第9話 「あれあれ~? なんで黙ってるの? 歌おうよ~! 空気読もうよ~!」←こいつ殺人事件

 人をからかうのがうまいやつっているよな。

 暴力はふるわず、暴言も吐かず。しかし確かに表情と声音でこっちのことを侮辱してくる、とても厄介でうっとうしいやつが。


「アランく~ん! なんで空唱来ないの? みんないくんだよ~。歌おうって~。も~、空気読もうよ~」


 これは俺の学生時代のクラスメイト、ギリアムのセリフだ。

 語尾にはたいてい『(笑)』がついてると思っていい。チャラチャラしていて、俺みたいにコミュ障気味のやつを見つけては率先して馬鹿にしてくる男だった。


 こいつが殺された。


 ざまあ!

 ――で終わるわけにもいかないのが勇者の辛いところだ。

 ギリアムが殺された翌日。俺は、フィル、サーシャ、マリカの三人を連れて、王国の外れにあるアンパーリルの街にやってきていた。事件現場はこの街の空唱室なのだ。


 また空唱かよ、うんざりだ――と言いたいところだが、とりあえずぐっとこらえて、俺はギリアム殺人事件の調査に乗り出す。


「ってか、犯人捜しは勇者の仕事なのか? 本来は治安を維持する騎士団の仕事だよな」


「そう言わないで。ね、お願い。協力してよ、アラン君」


 マリカが両手を合わせて拝み倒してくる。


「……仕方ないな。だけど、なんでサーシャとフィルもついてくるんだよ?」


「アラン様。ご存知ありませんの? ギリアムは、わたくしの父の部下ですのよ?」


「……なんだって?」


「被害者のギリアム氏は、『歌姫』アンパーリル支店の従業員だったのよ」


 初耳だ。

 学生時代のクラスメイトが、サーシャの店で働いていたとは。世間は狭い。


「それなら、サーシャがついてきたのは分かるけど……フィルはどうして?」


「あたし、お兄ちゃんの役に立ちたいの」


「役に? どうやって」


「お兄ちゃん、忘れたの? あたしは蘇生魔法を使えるんだよ。だからさ」


 フィルは白い歯を見せて告げた。


「ギリアムって人を生き返らせようよ。そうしたら、犯人が分かるよ」


 この世界、ミステリーもへったくれもないな。




 そんなわけで、空唱室『歌姫』アンパーリル支店の中である。

 俺の目の前で、後頭部から血を垂れ流しているギリアムが、白目を剥いてぶっ倒れている。

 こいつの顔を見るのも学校卒業以来だが……。

 ギリアムは確かに殺されていた。このまま死んでいていいのに。


「じゃ、この人を生き返らせるよ、お兄ちゃん」


「このままでもいいんだが……まあ、とりあえず頼むよ」


「それじゃ、ヨミガル!」


 ヨミガルは死んだ人間を蘇生させる僧侶専用の魔法で、これだけは俺にも使えない。

 ついでに言うと、殺されてから二十四時間以内に使わないと効果はないそうだ。あと寿命や病気による死にも効かない。


「うーん……」


 ギリアムが首を振りながら起き上がる。

 くそ、本当に生き返りやがった。


「ここは……えっと、オレ、どうなって……」


 ギリアムは、まだボーッとしていたが、やがてこちらの姿を発見すると、


「あれあれあれ~~~? アラン君? うっわ、アラン君じゃん? アラン君でしょ!?」


 ウザい感じでニヤついてきた。


「……ああ、アランだよ」


「うっわ、なついわ~! なんでこんなところいるん? あ、なんか腰に剣とか差してるし。勇者ごっこ? ねえ、勇者ごっこ? やっぱアラン君っておもしれえわ! クラスでも人気者だったもんな!? ほら、ちょっとアラン君、笑おうよ。ウェーイ、ほらウェーイ! もうアラン君、笑おうよ。空気読んでよ――」


「ギリアム!」


「いっ!?」


 調子こいてるギリアムに、喝を飛ばしたのはサーシャだった。


「お、お嬢様!?」


 社長令嬢たるサーシャの存在に、これまで気が付かなかったらしいギリアム。

 彼女がいきなり出てきたことに、仰天しているようだ。


「ギリアム。先ほどからの態度はなんですの? わたくしのアラン様を侮辱するなど、絶対に許しませんわよ!?」


「え、ええ? ……わたくしの、アラン様!?」


 ギリアムは目を白黒させて、俺とサーシャの顔を交互に見比べている。

 そこへさらに、フィルとマリカも一歩前へ出てきた。


「ギリアムさんだっけ? お兄ちゃんを馬鹿にするようなセリフは、あたしも許さないよ。なんなら死の魔法でもう一度、あの世にいってみる?」


「私も同じ気持ちだわ。私がライバルとして認めたアラン君を侮辱するのは、私への侮辱も同然……」


 女性陣が、それぞれ強烈にガンを飛ばす。

 ギリアムは「え、え、え……!?」とパニック状態だった。

 学生時代にイジって遊んでいたクラスメイトが、本当に勇者となって、さらに社長令嬢と一緒にいるなど、信じられないのだろう。


「……ギリアム。とりあえず、殺されたときの状況を説明してくれ」


 俺はとりあえず、大きくため息をついてから言った。




 そんなわけで推理のお時間。


「状況っていってもなぁ~。オレ、本当に殺されたの? 実感わかねぇなァ。っていうのもよォ、オレ、普通に仕事してたんだわ。ドリンクのコップとか洗って、空き部屋の掃除をして、お客様に飲み物届けたりして。で、この廊下を歩いていて――」


 ギリアムは広い廊下を見つめながら言った。


「で、気が付いたら、お前らが目の前にいたってわけよ」


「……なるほどね」


 マリカは納得したようにうなずいた。


「ギリアム氏は後頭部を殴られていたわ。つまり簡単な答えよ。廊下を歩いていたところを、後ろからボカリとやられて殺された……」


「犯人をまったく見ていませんの? 少しも?」


 サーシャは、ギリアムを見ながら問いかけたが、やつはかぶりを振った。

 全然見ていないのか。

 ……なるほどなあ。なるほど、なるほど――


「じゃあ、この事件は迷宮入りだな!」




第9話 「あれあれ~? なんで黙ってるの? 歌おうよ~! 空気読もうよ~!」←こいつ殺人事件


終わり
















「そういうわけにもいかないでしょ!?」


 マリカが怒号をあげた。

 ちっ、やっぱりダメか。

 ギリアムなんて放っておけばいいのに。


「お兄ちゃん、今日は本当にやさぐれてるね~」


 フィルが少し呆れたように言ってきたが、当たり前だ。俺はギリアムへの数々の恨みを忘れてないぞ。

 鉛筆を借りパクされたり、教室の笑いをとるために俺をイジってきたり、体育の授業で球技をやったときなんて、当時運動オンチだった俺をウェーイウェーイ言いながら挑発してきたり、ムカつくことこの上なかったわ。死んでしまえ。あ、もう一度死んだか。


「ギリアム、殺されたときのことをもう一度、よく思い出してごらんなさい」


 サーシャのセリフに、ギリアムはうーんと考え込んで、


「そう、そのときは……四人で来ていた学生グループのお客様がいて……オレは、その学生グループの注文したジュースを、その部屋に届けて……接客して……」


「それから?」


「で、部屋から出て……廊下を歩いて――気が付いたら、こう……」


 ギリアムはそこで、倒れる真似をした。

 ここで話は終わりらしい。

 ううむ、聞いている限りだと、特に不審な点はない。


「しかしその学生グループがちょっと怪しいな」


「そうですわね。ギリアムと最後に話をしたのが、その人たちですし」


「そういう人たちには見えなかったッスけどねぇ。……それに、その学生たちとオレはそれまで面識ないンスよ? なんでオレが殺されるンスか」


「あなた、なにか変な接客をしませんでしたか?」


「殺されるほど失礼なことをした覚えはないッスよ」


 ギリアムは肩をすくめて言う。

 だが、こいつのセリフを俺は否定した。


「お前にとってはどうってことなくても、された側にとっては殺したいほど嫌だったってことも、あるかもしれないぞ」


「あん?」


「……やる側は、えてして気が付かないけどな」


 ――そういうものだ。


「ねえねえ、お兄ちゃんたち」


 フィルが明るい声を出した。


「ちょっと、ギリアムさんが殺された直前の状況を再現してみない? そうしたら、ギリアムさんが殺された理由が分かるかもしれないよ?」


「なるほど。って――俺もやるのか? お客さんの役」


「もちろん。再現するんだもん」


「…………」


 俺はたっぷり三秒、間を置いてから叫んだ。


「また空唱かよ!」


 そう、またである。




 そんなわけで、俺たち五人による、事件を再現するための空唱が始まった。


「まず四人のグループはウェイウェイ言って盛り上がっていたッス。で、お客さんのひとりが『酒と泪と姫騎士とオーク』って曲を歌ってたンスよ」


「なんて曲だ……」


「じゃあ、私がその曲を歌ってみるわね」


 言うが早いか、マリカは即座に空唱装置に向かって曲番号を入力。

 程なくして、ちゃらららん、とイントロが始まった。


「殺せ~~ 殺せ~~ くっ~ 殺せ~~♪」


 マリカは美声で歌いまくる。


「こうして、お客さんのひとりが歌ってる間に、お前が部屋の中に入ってきたんだな」


「そ」


「再現してみてくれ」


「ういッス」


 ギリアムは一度部屋を出て、コンコンとドアを叩いた。

 そして入ってきて、四人分のジュースを机上に置くと、


「ここでちょうど『酒と泪と姫騎士とオーク』が終わったッス」


「はい、終わった、と……」


 俺は『演奏中止』の処理を施した。

 すると曲が終了し、マリカが「あっ!」と短く叫ぶ。


「ちょっと、アラン君。いまいいところだったのに!」


「歌いに来たんじゃないんだぞ。俺たちのやってるのは、あくまで再現だ。……で? このあとどうした?」


「学生グループのふたりが『ワンワンラブ』って曲を歌い始めたッス」


「はい、ふたり組。フィルとサーシャ、頼む」


「お兄ちゃんと歌いたかったな~」


「わたくしだって、アラン様と一緒に歌いたかったのに……」


 ぶつくさ言いながらも、フィルとサーシャはふたりで歌い始めた。


『ワンワンラブ』はいまアイザイル王国で一番売れているアイドルグループの曲だ。犬のことが好きで好きでしょうがない男がいる。犬に対して百年先も愛を誓う、という歌詞なのだ。

 男も犬も、百年後には死んでいると思うのだが、生まれ変わっても好きなんだ、と解釈しておくのが妥当だろうな、うん。


 ところでフィルとサーシャは無難に『ワンワンラブ』を歌っている。

 そういえば前、フィルはアイドルの歌いたがっていたな。好きなんだろうな。

 実際、歌はなかなかうまいもんだ。


 ……っと、いけない。

 これは殺人事件の再現だ。

 歌に聞き入っちゃいけないぜ。


「で、ギリアム。それからどうした?」


「えーと、学生グループから『盛り上げ係が足りないんで、店員さんタンバリン叩いてくださーい』って言われたんで」


「……叩いたのか? タンバリン」


「そう。こんなふうに」


 ギリアムは、シャカシャカとタンバリンを鳴らす。

 フィルとサーシャの歌声に合わせて踊りつつ、シャカシャカパンパンとタンバリンを鳴らすギリアムの姿。腰の振り方がやけに堂に入っていてキモい。


「百年先も~♪」「犬に誓うよ~♪」タンバリンに合わせて踊りまくるサーシャとフィル。こちらは可愛い。サーシャのおっぱいがばいんばいんに揺れているところとか、フィルのミニスカートがめくれあがってパンチラしているところは、永久に記憶しておこうとも思った。

 で、五分後。歌は終わった。


「ふうっ、歌い終わりましたわ!」


「サーシャお姉ちゃん、一緒に歌ってくれてありがと~! うぇーい!」


「うぇーい! ですわ!」


 なんか盛り上がってハイタッチしているフィルとサーシャ。うぇーいが感染ってるよ、ふたりとも。うぇーい。


 ……ちょっと前は俺を巡ってなんだかギスギスしていたふたりだが、いまはそこそこ仲が良くなったような気がする。たぶん。なんだかんだでこの子たち、相性は悪くないんじゃないだろうか。


「で、ふたりが終わったら、そこで、最後のひとりが歌ったッス」


「…………最後のひとり」


「そう。そいつが歌ったのを聴き終わってから、オレは部屋から出たンスよ」


「…………」


 最後のひとりって、やっぱり……。

 俺はぶわっと脂汗を出しながら、室内を見回した。


 フィルもサーシャもマリカもギリアムも。

 四人はじっと俺を見ている。

 俺は、ふっと笑って席から立つと、


「…………最後のひとりは、まあ、スルーでいいだろう」


 そう言って、部屋を出ていこうとして――


「そうはいかないわよ、アラン君」


 マリカに腕をつかまれた。


「私たち三人は再現空唱をしたんだから。あなたもやるべきだわ」


「いや、でも。……ギリアムはあと、黙って歌を聴いただけで、それで部屋から出たんだろ? それなら別に俺が歌う必要は……ないんじゃないか?」


「でも、あたしたちも歌ったんだし」


「アラン様も歌わないと不公平ですわ」


 フィルとサーシャのもっともな言葉。

 ……やっぱりこうなるのか。もっと早く逃げ出すべきだった。

 もはや覚悟を決めて歌うしかないのか――


「ギリアム。最後のひとりはどんな曲を歌ったんですの?」


「『俺の尻をなめてくれ』って曲ッス」


 なんかとんでもないのがきた。


「ぷっ、な、なによその曲!? そんな曲あるんだ?」


「あはははっ、お兄ちゃんが歌うんだ? おもしろーい!」


「アラン様のお尻なら、わたくしがなめてさしあげたいですわ!」


 お前らばかやめろほんとやめてください。


「ウェーイ! じゃ、入れるッスよ~」


 ギリアムは素早く空唱機を操作し、『俺の尻をなめてくれ』を入力してしまった。

 程なくイントロが流れだし――


『俺の尻をなめてくれ』


 魔力晶板マジッククリスタルプレートに曲のタイトルが表示される。

 ヤバい。このままではこんな曲を歌うことに……ど、どうする!

 俺は脳みそをフル回転させた。魔法を使うか? なんの魔法を! サンダーも、ダウンも、いまとなっては意味をなさない。他の手段もなにひとつ思いつかない。


 ずずずん。ずん……♪

 ずずずん。ずずん……♪


 いよいよ曲が始まる。

 もうダメだ。歌うしかない!



 ――ぷぅっ。



「……へ?」


 空唱は――

 屁のような効果音を出して、それだけで終わってしまった。


「……なに、いまの?」


 すると、ギリアムがげらげら笑いだした。


「あーっはっはっは! いまの顔、いまの顔! アランくんのいまの顔っ!!」


「……ギリアム。この曲はなんだ?」


「いやぁ、『俺の尻をなめてくれ』って、宴会用のウケ狙いソングなんスよ。タイトルもさることながら、曲もたったの二秒! オナラの効果音だけで終わっちゃうから、なんだそりゃ! ってみんなが笑っちゃう曲なんス!」


「なんだそりゃ!」


「当時も笑いが取れてたッスよ。へへへ。いや~、やっぱりアランくんは面白いなぁ!」


 ギリアムはやたらげらげら笑って――

 その笑い方で気が付いた。


 こいつ、俺をイジりやがった!

 そ、そのカンに触るニヤつき方。学生時代を思い出すぞ。なんでこの手の連中は、本当に、ほんっとうに、嫌味ったらしい笑顔をするんだろうな!? ああ、トラウマが!!


「…………ま、まあいいわ」


 マリカが少し呆れたように口を開いた。


「とにかく、ここまで見届けて、あなたは部屋を出たわけね?」


「そッス。で、廊下に出て少し歩いたところで」


「殺された、というわけですわね……」


「なんか変なオチになっちゃったけど。とりあえず、こうして再現してみたところ、特にギリアムさんが殺されそうなポイントは見つからないね。どうする、お兄ちゃん?」


「……そうだな」


 俺はイライラしながら口を動かす。

 歌わなければならないのかと緊張させておいて、この結末。しかもギリアム殺人事件のヒントさえ見つからないし。徒労とはまさにこのこと。その上、昔の怒りまで思い出してきて……。

 ――なんて思っていると、ギリアムが、やたらニヤニヤしながら俺を見つめてきた。


「いや~。それにしてもアランく~ん。さっきすっごいマジな顔してたッスよね。『俺の尻をなめてくれ』が始まる直前。くくっ、アランくんって昔と変わってないッスね! いつもなんか糞真面目で!」


 イラッ。


「……別に俺は真面目じゃない」


 少し、ドスをきかせた声で言った。

 本音だ。お前らのノリがチャラすぎるだけだ。俺は……普通だ。


「またまたぁ。アランくんっていつもそうだったよね~。オレらが空唱に何度誘っても来ねえし~。空気よまねぇし~」


「…………」


「ほらほら、アランくん。真面目じゃないって言うなら、いまからなんか空唱歌っちゃってくださいよ~~ノリがいいとこ見せてくださいよ~~」


「……は?」


「だって、女の子たちはみんな歌ったのにアランくんだけ歌わないのは不公平っしょ! ってわけで――アランくぅーん?」


 ギリアムが、昔みたいにウザい感じで調子こいてきた。

 トラウマが本格的に甦ってくる。

 学生時代、さんざんコケにされた恨みも……。


 う、う、う……。

 ううううう――


「うーたーえ! はい、うーたーえ! はい、うーたーえ! はい、うーたー……」


 次の瞬間、俺ははがねの剣を引き抜いてギリアムに斬りかかっていた。


 俺の攻撃!


「ぐふっ!」


 ギリアムに大ダメージを与えた!

 ギリアムは死んでしまった!


「……あっ」


 しまった。

 ギリアムを殺してしまった。

 俺の前には、左肩から腹部にかけてばっさりと斬られ、傷口からどくどくと血を流しているギリアム――の死体が転がっている。


 完全に殺してしまった。

 手ごたえあり。


「……やっちゃった」


「ちょ、ちょお! アラン君っ!?」


 マリカが、さすがに慌てふためく。

 しーん、と静まり返る室内。

 ――俺は頭をかいた。


「いや、ごめん。なんかこう、ついカッとなって……」


「つい、じゃないわよ! あなた、仮にも勇者が一般市民を殺していいと思ってるの!?」


「ごもっとも……。いや、学生時代の恨みつらみって、本当に尾を引くもんだな。あんまり昔を思い出す感じで迫ってこられたもんで、気が付いたらこう、バッサリと……」


 ウェイウェイうるさくイジってくるやつをブチ殺したい。

 という、学生時代の暗い願望が噴出してしまった。自分でもびっくりだ。


「なにを他人事みたいに……どうするのよ、これ!」


「でえじょうぶだ、フィルの魔法で生き返れる」


 俺はフィルのほうへと向き直る。


「そういうわけだ。ギリアムを生き返らせてやってくれ」


「あ、はーい。ヨミガル!」


「人の命がゴミのようですわね……」


 フィルが魔法を使い、サーシャはその横で顔を引きつらせている。


 ギリアムは、むくり。本日二度目の蘇生を果たした。

 かと思うと、かつてのクラスメイトは復活するなり戦慄の表情を俺へと向けてくる。


「こ、これが勇者のやることかよ……こええよ……どうかしてるよ、お前……」


「殺したのは確かにやりすぎだった。申し訳ない」


 俺は素直に頭を下げた。


「……でもまあ、おかげでギリアムを殺したやつのことが少し分かったぜ。ギリアムは俺より背が高い。剣で斬りかかったが、頭をやるのは難しいと瞬時に思った。それで左肩からばっさりとやったんだが……。そうなると――」


「ギリアム氏は、後頭部をやられていたわね」


「そう。ということは、犯人はギリアムよりも背が高い人物の可能性が高いってことだ」


「ギリアム。昨日のお客様の中で、背が高い人はいましたか?」


「親子連れがいたッス。四十歳くらいの父親と、十二歳くらいの女の子で……。その父親のほうが、めちゃくちゃ背が高かったッス」


「その親子、まだこの街にいますかしら?」


「たぶん……。宿屋に泊まるみたいなことを言っていたような……」


「よし、その親子に会いにいこう!」




 街の宿屋。

 その一室に泊まっている親子連れは、魔王オルタンスとその娘、ミドラであった。

 もちろんふたりは人間に化けている。


 オルタンスはカリカリしていた。

 昨日、魔王城に戻る途中、この街に立ち寄ったとき、ミドラが「もう一度だけ空唱にいきたい」と言った。なので、仕方なく空唱室に赴いたのだ。

 そして事件は起きた。オルタンスが、空唱室の廊下を歩いていると、目の前からチャラそうな店員が歩いてきたのだ。


「あ、こんちはーッス」


 チャラ店員はいいかげんなあいさつをしてから、オルタンスの横を通りすぎていく。

 そのとき店員は鼻歌で『酒と泪と姫騎士とオーク』を歌っていたのである。

 魔王オルタンスは激怒した。なぜならばその曲は、以前、採点システムを使って歌ったときに十三点だった曲だからだ。トラウマが甦ってくる……。


 ただでさえ、ウェイウェイ言ってそうなチャラ男が嫌いなオルタンスはキレた。

 この人間、生かしておくものか!

 オルタンスは、チャラい店員を後ろから殴りつけて殺した。

 ――これがギリアム殺人事件の真相だった。


「まったく、これだから空唱に関わる人間などろくなものじゃないわ。ミドラがどうしてもと言うから、空唱室にもう一度だけいってみたが……。不愉快な思い出だけが残ったぞ! この魔王オルタンスを馬鹿にしおって!」


「だからといって、なにも人間を殺さなくても」


「むう。しかし、ついカッとなって……。気が付いたらこう、ポッカリと……」


「あれは、ポッカリ、というレベルを超えていた」


 ミドラの淡々としたツッコミに、オルタンスは「ううむ」とうなった。

 そのときである。


「すべて聞いたぞ!」


 部屋のドアが勢いよく開き、そこに――




 俺が登場したのである。

 後ろにはフィル、サーシャ、マリカ、ギリアムもいる。


「……アラン?」


 ミドラが小首をかしげる。

 俺はミドラに微笑を返しつつも――ミドラの父親、オルタンスさん……。

 いや、魔王オルタンスを睨みつけた。


「ずっとドアに耳をくっつけて、聞き耳を立てていたんだ。オルタンス、あんたは魔王だったんだな!」


 俺が叫ぶと、魔王オルタンスは舌打ちして、立ち上がった。


アイザイル王国にんげんのりょうどを出るまでは、おとなしくしておいてやろうと思ったが……。仕方がない。いかにも、ワガハイが魔王オルタンスである!」


「やっぱりそうか!」


 俺は、はがねの剣を鞘から抜くと、その場で構えた。

 後ろにいるマリカがレイピアを引き抜き、さらにフィルとサーシャも構えを取るが、


「よせ、相手は魔王だぞ。ここは俺がひとりで戦う!」


「そんな、アラン様……」


 サーシャの声がとどろく。マリカとフィルも、戸惑っているようだ。ついでにもうひとり、ここにはギリアムもいるのだが、こいつはまあどうでもいい。むしろ戦いの巻き添えになって死ね。


 おっと、それどころじゃない。

 前を見ると、魔王オルタンスは正体をあらわしていた。

 顔面の皮膚が崩れ落ち、青黒い肌と鋭い眼差しが登場する。


「小僧、まさかお前が勇者だったとはな。先日、会ったときには気づかなかったぞ」


「俺もだよ、魔王」


「まぁいい。ここで会ったのも運命なのだろう」


 魔王はニタリと口角を上げると、大声で叫んだ。


「ここで一気に、勇者の貴様を片付けてくれるわ!」


 ものすごい迫力だった。

 ……くそ、空唱から逃げるために勇者になったのに、まさかこんな流れで魔王と戦うことになるとは。

 ミドラの父親と戦うってのもなんだか嫌な気分だが、もう仕方がないぜ。


 魔王との決戦だ!


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