第13話 時をかけるアラン! カラオケのない歴史を作れ

「どうすりゃいいんだ……」


 自室の椅子に腰かけながら、俺はつぶやいた。

 俺はいま、首都の片隅にある宿屋に住んでいる。その宿の一室だ。


「空唱からは、逃げられないのか?」


 そのことで、ずっと悩んでいた。


 アイザイル王国から空唱を追い出そうとしたのはいいが、結局空唱機の生産は止まらず、さらにその空唱輸出の仕事を俺が手伝わされる始末……。

 このままじゃ、また「歌って」なんて状況になるのも時間の問題だ。


 俺は一生空唱から逃げられないのか?

 そんなことを考えていると、トントン。部屋のドアがノックされた。

 だれだろう? 俺はドアを開けた。すると、


「あれ、ミドラ?」


 するとそこには、魔王の娘、ミドラが立っていた。珍客である。

 相変わらずのワンピース姿だが、今日は下にパンツを履いていた。

 人間界バージョンとでもいうべきか、ツノも生えていない。


「ミドラ、ひとりで来たのか。魔王はどうした?」


「バクチにいっている」


 うわっ、ダメ親父。


「貿易の仕事で利益が出たから、それを元手にしてさらに儲けたいと言っていた。お馬さんのかけっこにいくとのこと」


 本格的にダメだ、あの魔王は。

 人間と魔族の和平条約は、ミドラのためを思ってのことでもあったが、こんなことなら魔王を倒していたほうがよかったのかもしれない。


「……事情は分かった。それでミドラは、魔王が競馬をしている間、俺のところに来たってわけだ」


「パパが、アランのところへいって、勉強でもしていなさいと」


 そう言いながら、ミドラは部屋に入ってくる。

 そして背負っていたリュックから、本を何冊も取り出した。


「勉強って、なんの勉強?」


「魔王になるための勉強」


「それを、勇者だった俺の部屋でやるってか……」


 俺は引きつったような笑みを浮かべながら、ミドラが持ってきた本のうちの一冊を、何気なく手に取ってタイトルを眺めた。


『時魔法』


「時魔法……?」


 はじめて聞く魔法だ。俺はページをめくった。

 すると、時魔法はその名の通り、時間を操る魔法ということが分かった。

 魔王の一族に代々伝わる魔法で、昼夜を逆転させたりできるようだ。


 だが、一番難しい時魔法。

 これはなんと、


「時間を移動できる……だと……?」


 俺は、冷や汗を流しながらつぶやいた。

 時間移動。それはだれもが一度は空想する夢である。


「ミドラ。この時魔法ってやつ、魔王は使えるのか?」


「使えないはず。パパは、魔法があまり得意じゃない」


「だろうな」


 あいつ、昔、ギャンブルで大敗したとか言ってたし。

 時間移動が自由にできるなら、バクチに負けるわけないもんな……。


 くそ、魔王が時間移動できるなら、俺としてはぜひ頼みたかったのだが。

 だって、過去の世界とか未来の世界って、ちょっといってみたいじゃないか。

 時間移動。すてきな響きだ。魔族の魔法だから俺には使えないだろうが……。


 でも、ちょっと試してみようかな?

 俺は時魔法のテキストを眺めながら、解説文を音読する。


「精神を統一し、魔力を高め――そして魔法の名前を叫ぶのです」


 すうっと息を吸い込んで、俺は叫んだ。


「『トキトブ!』」


 ……なんちゃって。

 はは、こんなので時間移動できたら苦労はな――



「は?」



 気がついたとき、俺は空き地のど真ん中に突っ立っていた。

 ……周囲には、掘っ立て小屋みたいな建物が何軒か立ち並んでいるだけの、寒村みたいな光景。


 そんな馬鹿な。俺がいたのは首都の片隅にある宿屋の室内。

 静かな場所ではあるが、こんなに寂れた場所じゃないぞ。

 なによりも、室内にいたのに一瞬にして屋外にいるなんて……。


「いや、待てよ」


 この景色、見覚えがあるぞ。

 どこかで……。


「そうだ、宿屋の周りに似ているんだ。道の作りとか、遠くに見える山の形とか……」


 そこまで思案を進めてから、俺はさっと青ざめた。

 さっき使った時魔法。あれがもし発動していたとしたら?


 時間移動の魔法を、俺は使ってしまったのかもしれない。

 だとしたら――


「ここはもしかして、過去のアイザイル王国か!?」


 ありえるぞ。そうだとしたら、ここは首都の外れ。

 まだ宿屋が建っておらず、開発もそこまで進んでいない時代のこの場所なんだ。


 なんてことだ。

 まさか本当に時を越えてしまうなんて!


「…………」


 俺は腕を組んで考える。

 もう一度、時魔法を使えば、たぶん元の時代に戻れると思うんだけど。

 って言うか、ここはいつごろのアイザイル王国なんだろう?


「……っと」


 ぼんやりしていると、向こうからふたり組の男女が歩いてきた。

 背が高いオールバックの男と、亜麻色の髪をした妙齢の女。

 俺は近寄ってから声をかけた。


「あの、すみません」


「はい?」


 女性のほうが俺を見てきた。

 すごい美人だ。なんだかゆったりとしている雰囲気の人。


 どこかで見た気もするけど、どこだったかな。

 ……まぁいい。


「お尋ねしたいんですが、今年って王国歴何年でしたっけ。ちょっとド忘れしちゃって」


「王国歴二七十年ですけれど」


 二七十年……。

 俺がいた時代は王国歴二八七年だ。

 十七年前……またずいぶん半端に時間移動をしたもんだ。


 ギリギリ俺が生まれていない時代でもあるな。一年後に俺が生まれるんだ。

 この時代の俺と鉢合わせする可能性はないわけだ。


「すみません、ありがとうございます」


「いえ。ありますものね。ド忘れするときって」


 女の人はくすくす笑いながら頭を下げて、男と一緒にその場を去っていく。

 そして歩きながら彼女は、ちらりとかたわらの男の人のほうを見て――このオールバック男もどっかで見たな。どこだっけ――にこにこ顔で告げたものだ。


「あなたも先日、忘れていましたわね。わたくしたちの結婚記念日」


「い、いや、それこそただのド忘れで……その話はもういいだろっ! サフィリア!」


 女性の名前はサフィリアっていうのか。


「お詫びに『流れ星』のケーキ、たっぷりご馳走したじゃないか?」


「ええ、そのときはご馳走様でした。ああしてケーキをたくさんおごってくださるのであれば、ド忘れも悪くありませんわね」


「ちえっ。いつもあんな高級店のケーキをおごっていたら破産だぜ。開業のために資金を貯めなきゃいけないんだぞ、オレは」


「だけどまだ、なにを商売にするかも決めていないんですわよね?」


「……そのうち思いつく! いい商売をな!」


「はいはい。分かっていますわ。応援していますわよ、ガイ」


 ……ガイ!?

 俺ははっと目を見開いて、去りゆく夫婦の後ろ姿をじっと見つめた。


 あ、あのふたり……ガイさんと、その奥さん。

 つまりあの女性はサーシャの母親か。どうりで見覚えがあるわけだ。


「だけどガイさん、未来で俺と初めて会ったとき、思い切り初対面って対応したよな」


 まあ、こんな一瞬の出会いを十数年後まで覚えているほうがおかしいか。

 それにしても、昔のガイさんと出会うことになるなんて……。

 開業って言ってたな。ガイさんはこれから空唱室を始めるわけか。


「……空唱?」


 記憶の中にある、空唱の歴史。

 空唱は、王国歴二七十年に初めて作られ、あっという間に国中に広がり、やがて空唱ブームに繋がっていったんじゃなかったか?


「と、いうことは……」


 いまから空唱開発者のところへいって、その開発を止めれば――


「空唱はこの世に生まれない!?」


 それは素晴らしい発見だった。

 そうだ、空唱がこの世に誕生するのを止めてしまえば、俺が未来であんなに苦労することはなくなる。


 ……そうか、そうか。

 ……そうか……。


「神様。なぜ、俺が時魔法でこの時代にやってきたのか分かりましたよ」


 信じてもいない神の名を呼びつつ、俺は独りごちた。


「俺は……歴史を変えるためにこの時代にやってきたんですね!」


 俺はこれまで空唱から逃げ続けてきた。だが、逃げ切れなかった。

 ついには魔王と手を組んでまで、空唱を国中で禁止させ、最後は国外に空唱を追い出そうとした。


 しかし、それでも空唱は俺について回った。

 ……俺は空唱から、永遠に逃げられないのか?


 否!

 断じて否だ!!


 空唱を歴史そのものから消滅させる。

 そうすれば、いかに空唱といえど、もう俺の人生について回ることはないはずだ!


 ふはははは! 今度こそ、今度こそ空唱とおさらばしてみせる!

 いくぞ! 俺!! まずは空唱の開発者の家へ!


 俺は、かつてないほど舞い上がりながら、人気のない道を駆け出し始めたのであった。

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