第12話 倒しても倒してもカラオケが復活してくるんですがどういうことなの

「それじゃ、まずは私から歌うわね」


 まず最初に前に出たのは、マリカだった。

 長い黒髪をひるがえし、ドヤ顔で拡音杖を持つその姿は、なかなかサマになっている。豪華な部屋の中でスポットライトを浴びているので、いっそう彼女は美麗に見えた。


「わぁ、なんか、カッコいいですねー。もうこれだけで素敵に見えます」


 イナイナさんは、マリカの姿に魅了されているようだ。

 よしよし、いいぞ。このままマリカの歌を聞けば、もっとイナイナさんは空唱に魅力を感じてくれるだろう。マリカの歌唱力は折り紙つきだからな。


 これはもう、サーシャたちの出番はないぜ!

 ――そう思ったときである。マリカが叫んだ。


「それじゃ、イナイナさんのために――『クキラクキラゴマンヴエ』歌います!」


 …………なにそれ?

 舌を噛みそうなタイトルの曲である。


 やがて不思議な曲調のイントロが始まり、マリカはいっそうドヤ顔になったのだが、俺はこのクキラなんとかという曲をまったく知らないのでなんだかシラけていた。サーシャたちも、呆然としている。

 すると、イナイナさんが口を開いた。


「あ、これ、ゼイロヌ国の曲ですね」


「え。そうなんですか?」


「はい。そういえば曲のタイトルを聞いたことがあるような気がします」


「な、なるほど!」


 そうか、マリカのやつ、イナイナさんを喜ばせるためにゼイロヌ国の歌を調査したのか。なかなかやるじゃないか――


「でもこれ、すごくマイナーな曲ですよ。売れない歌手が出した歌で、一部のマニアにだけ評価されてるっていう。ウチだってタイトルをうっすら知ってるだけですし」


「え。…………」


「まあ、ウチのためにゼイロヌ国の曲を歌ってくれるのは嬉しいですけど、もう少しメジャーな曲だと、なお嬉しかったです」


「…………」


 やがて曲が始まった。


「クキラクキラゴマンヴエ~♪ おおお…… クキラキラッチョマンヴエ~♪」


 マリカは実に気持ちよさそうに歌い出したが――実に流暢に外国の曲を歌いまくるその姿を見て、俺は彼女の考えていることがなんとなく読めた。

『クキラクキラゴマンヴエ』は、歌うのがかなり難しい曲のようだ。ゼイロヌ語である上に、曲のテンポが速くなったり遅くなったり一定しない。だがだからこそ、マリカはこの曲を選んだに違いない。


 かつてヒカルの曲を歌ったマリカ。彼女はなによりも、自分のすごさをアピールできるような歌が好きなのだ。歌うのが大変な曲を得意顔で熱唱し、人からすごいと思われるのが好きなのだ。そして人から賞賛される自分に酔いしれるのだ。


 どれだけ自分大好きだよ、お前。


 で、マリカは『クキラクキラゴマンヴエ』を実に見事に歌いまくるのだが。

 なにせその曲を知っている人間がその場にだれもいないので、場の空気はこの上なく微妙になった。イナイナさん、途中で枝毛探し始めちゃったし。

 というわけでまずマリカは失敗。はい、次にいこう!




「どうして……なんでこの私がダメなのよ……なにがいけないのよぅ……」


 がっくりとうなだれて、ブツブツ言い続けるマリカのことはほっといて。


「はい、それじゃ次、あたしが歌うねっ!」


 フィルが笑顔で手を挙げた。

 可愛げのある、爛漫な笑みだ。

 フィルならうまく空唱の良さを伝えてくれるだろう。


「歌うのは――『愛する未来のビスケット』。これ、有名なアイドルソングだよ。イナイナさん、知ってる?」


「あ、はい。アイザイルの街頭電視でよく目にする曲ですねっ。分かりますよ~」


 おお、イナイナさんも知っているとは。確かに『愛する未来のビスケット』はヒットした曲だ。俺でも知っているしな。これはいよいよ期待できそうだぞ。

 イントロが、ちゃららら、と流れ始めた。フィルはマイクを構えて、曲を歌い始める。

 と、そのときであった。


【ランキング 現在 194位】


 そんな文字が、ぴこん、と魔力晶板の右下に表示されたのだ。

 フィルは、それを見て――ぎょっとした顔を見せる。


「え? な、なにこれ!? ランキングって、どういうこと!?」


「この部屋の空唱で、過去に『愛する未来のビスケット』を歌った人のデータはすべて、機具の中に残っていて――そのうまさに応じて、順位づけされているのですわ。フィルさんも、そのうちのひとりになって、いままさにリアルタイムで順位づけされている、ということです。歌うにつれて、順位は上下していくはずですけれど」


 サーシャが説明する。

 彼女の言う通り、歌が進むにつれて、ランキングはどんどん動く。


【ランキング 現在 199位】

【ランキング 現在 201位】

【ランキング 現在 204位】


 順位はどんどん下がっていく。

 そりゃそうだ。フィルはまったく歌っていないんだから。


「フィル、どうした。なんで歌わないんだ?」


「だ、だって、だって。ランキングなんて、ヒットポイ村の空唱にはなかったから、あたし、どうしたらいいか」


「……なるほど」


「ランキング機能は、最新の空唱機にだけ存在する機能ですわ」


「私の『クキラクキラゴマンヴエ』のときには、ランキングなんて出なかったわよ」


「前に歌った人がいない曲だと、ランキングは出てきません」


「ぐ。……歌ったのが私だけなんて……この私がぼっち……」


 うめくマリカはともかくとして、フィルはランキングが表示されることに、まったく馴染めなかったらしく、ろくに歌えないまま空唱を終えてしまった。


「えーん、ランキングなんて邪道だー! えーん、えーん!」


 フィルの無知というか無邪気というか、田舎育ちが招いた敗北だった。

 だれも悪くない、だれも悪くない。気持ちは分かるぞ。俺もマリカと空唱にいったとき、採点システムのボタンを押し間違えたし。最新機具って混乱すること、多いよな。


 イナイナさんはそんなフィルの頭を撫でながら「そのうちいいことありますよー」なんて慰める。

 いい人だ。さ、次いってみよう。




「次はミドラに任せてほしい」


 すっと、ミドラが前へ出た。


「ミドラも歌うの? なにか歌える曲、あるの?」


 ……実のところ、ミドラは戦力として計算していなかった。マリカあたりが、びしっと決めてくれるだろうと思っていたからだ。そもそも前に一緒に空唱をやったとき、彼女はなにも歌ってなかったし。


「心配するな、勇者よ。ミドラには、ワガハイが歌を教えてある」


「いっそう不安になったんだが。モンスターの歌とか教えたんじゃないだろうな」


「大丈夫だ。ちゃんとした人間の歌だ。『酒と泪と姫騎士とオーク』という」


 あの歌か。

 まあ、それなら大丈夫だろう。


「ミドラさんの気が散らないように、ランキングが出ない設定にしておきますわね」


「あたしのときに、それをしてくれたらよかったのに……」


 機具をいじるサーシャを見ながら、ぼやくフィル。


「フィルにはまた次の機会に歌ってもらうさ。とりあえずいまはミドラの歌を聴こう」


 やがててイントロが始まり、歌詞が晶板に表示される。

 ミドラはくちびるを開き、高らかに歌い始めた。


「ある日ぃ、女騎士が、オークに捕まりぃ……」


 おお……。なかなかうまいじゃないか、ミドラ。俺は驚いた。

 常日頃のクールボイスとは異なって、情感をたっぷりと込めた声音だ。

 歌は、なお続く――


「貞操の危機を……感じ、ましてぇ……♪」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」


 イナイナさんがいきなり声を上げた。


「どうしたんですか、イナイナさん」


「なんですか、その歌詞。子供になんて曲を歌わせてるんですか!」


「なんて曲、って……『酒と泪と姫騎士とオーク』だよ。なあ、魔王」


「うむ」


「うむ、じゃなくて!」


「殺せ……殺せ……くっ……殺せ……♪」


「ああ、もうっ。ダメですよ、子供にこんな曲を歌わせちゃ! 中止です、中止っ!」


「はあ」


 イナイナさんに言われて、俺は曲を『演奏中止』にしてしまった。

 ぶつん、と曲が終わる。


「……中止されてしまった。ミドラ、もっと歌いたかった」


「けっこういい曲なんですけどね、これ。国中でヒットしたし」


「なんでこんな歌がヒットしているんですかっ!? ……んもう、空唱ってなんなんですか。マイナーな曲は出てくるし、女の子は泣くし、子供はエロい曲を歌っちゃうし――」


 イナイナさんはいよいよ空唱を嫌い始めてしまった。

 ヤバい。このままじゃセールスは失敗だ。本当にマズいぞ。

 次だ、次。今度こそうまくやってくれよ!




「いよいよ、わたくしの出番ですわね。空唱室の娘として必ずお役に立ちますわ!」


「頼むぜ、サーシャ。君が最後の希望なんだ」


「お任せください、アラン様。では、わたくしは『いとしのシェリー』でいきますわ」


『いとしのシェリー』か。これは確かに名曲だ。切ないラブソングとして、アイザイル国はもちろん世界的にヒットした歌なのだ。だからイナイナさんも知っているだろう。


「だけど『いとしのシェリー』は高音続きの曲だ。歌えるのか?」


「心配には及びません。わたくし、この曲はマスターしております」


「サーシャ……なんて頼りになる子なんだ!」


「言ったでしょう。アラン様のためならば、例え火の中、歌の中だと。……それでは参りますわ」


 シャーン、シャーン……。

『いとしのシェリー』のイントロが始まる。


「泣かせたことはない~……♪ 冷たくしたこともぉ~……♪」


 サーシャが高らかに歌い始めた。

 うーむ、実にうまい。マスターしている、と豪語するだけはある。

 テクニックはもちろん、気持ちまでしっかりとこもった歌い方だ。その美しい歌声に、フィルもミドラもオルタンスも、あのマリカでさえも無言で聞き入っている。


「ああ……いい曲ですねぇ……『いとしのシェリー』……。ウチも大好きですよっ。……この曲をこんな風に歌ったり聴いたりする空唱、楽しいですねぇ……」


 イナイナさんもご満悦のようだ。いいぞ、サーシャ。

 曲はいよいよサビに入ろうとしている。

 シェリー、マイ、ラブって歌う、この曲屈指の名歌詞の部分だ。


 いけ、サーシャ。このまま、一気にいってしまえ!

 そう思ったときだった。


「アラン、マイ、ラブ♪」


「……へ?」


 俺の聞き間違いかな。

 いま、シェリー、じゃなくて、俺の名前が呼ばれた気がするぞ――


「アラン、マイ、ラブ♪」


「って、やっぱり俺の名前だ!?」


 俺は仰天した。

 いや俺だけじゃない。

 フィルたちもイナイナさんも、思い切り目を見開いた。


「アラン、マイ、ラブ♪」


「だから違うって!」


 ツッコみつつ、俺はふと気がついた。

 これは、これはもしかして、あれか。だれかの名前を呼ぶような歌のとき、その名前の部分を好きな人の名前に入れ替えて歌う、ってやつか!?


 マジか。そ、そんな恥ずかしいことをする人が、まさか本当にいるなんて!

 しかも自分が呼ばれる側になるなんて! それも初対面の人が場にいるのに!!


「アラン、マイ、ラブ♪」


「やめろ、サーシャ。は、恥ずかしい――」


 消え入りそうな声で、俺はツッコんだ。

 するとサーシャは「ごめんなさい、アラン様」と、歌の最中なのに喋り始めた。


「わたくし、わたくし、自分でも驚いております。まさか曲の途中でこんなことになるなんて。でもわたくし、ああ、気持ちが抑えられませんの! アラン、マイ、ラブ……! アラン、マイ、ラブ……!! おおお、アラン、マイ、ラブ!!」


 抑えてよ!

 そこは抑えてよ、頼むから!


「「「…………」」」


 あ、なんかヤバい。視線が痛い。フィルとマリカとミドラ、少女たちが、なぜか俺をジト目で睨んでいる。

 なんでよ、なんで俺を睨むのよ。睨むならサーシャだろ? あ、魔王のやつ、ため息なんかつきやがって。俺のせいじゃないぞ、俺のせいじゃ――


 そのとき、イナイナさんが困ったような顔で言った。


「アランさん、愛の告白をされているようですが、どうするんですかー?」


 確かに、サーシャはアランマイラブを連呼している。

 いつの間にか、この場の主役は俺になってしまっていた。


 ……どうするもなにも。

 こんな状況になって、俺ができることはたったひとつだ。


「え? なんだって?」




 かくして四人娘の空唱は終わり。で、イナイナさんは、


「むううううーん……むううううううーん……」


 腕を組んで、黙り込んでしまった。

 それを見て、俺たちは顔を突き付け合わせて話し合う。


「ヤバいぞ、イナイナさんにアピールできなかったみたいだ」


「当然だ。まともに歌われた曲が全然ないのだぞ」


「ちょっと魔王さん。私は最後まで歌ったわよ?」


「マリカ。……変な曲を歌うから」


「あたしだって、ランキング機能さえなければちゃんと歌えたよっ」


「だったらフィルさん、これから改めて歌ってみます?」


 サーシャが尋ねると、フィルは「うんっ」とうなずいた。そして空唱機の前までいくと「どのボタンを押したらランキングが消えるのかな、これかな?」なんて機械の操作をやり始める。

 って、あれ?


「おい、フィル。ランキング機能は君が歌ったあとにサーシャがオフにして――」


 と、言った俺だったが。……遅かった。

 ぽちっ。

 ――しゅるしゅるしゅるっ!


「え」


「ふぇ?」


「……」


「なっ」


「はい?」


 触手が、ニョロニョロと出てきた。

 卑猥に蠢く何十本ものグネグネが、サーシャに、フィル、マリカ、ミドラ、さらにはイナイナさんにまで絡みつく!


「こ、これは……空唱の触手機能……あはァンッ!」


「なにこれなにこれ! やだやだグロい気持ち悪い助けてああああンッ!」


「…………絡まれ」


「ちょっと! またあんなに激しいのやられたら私、今度こそ――あふゥンッ!」


「あわわわわ、やめてください、耳に、耳にそういう動き……や、あンッ!」


 狂乱の図が完成した。


 美少女たちに絡みつきまくる触手。サーシャのブラウスがはだけ、乳房が責められる。フィルはふくらはぎから太ももにかけて、汗ばんだ柔肌を晒しているが、触手は容赦なく少女のナマ脚に接していく。少女といえばミドラの小さな全身にも、グネグネはまったく手加減をしない。全身を締め上げるようにまとわりつき、リズミカルに動いていく。彼女はいつもの仏頂面だが、時おり激しくまばたきをするのは、なにかを感じているのだろう。さらにはマリカも腰のあたりを触手に巻かれて「ああン」と逼迫した喘ぎをこぼす。


「ちょっとー! やめてください、耳が、お耳がぁ!」


 イナイナさんについては、不思議なことに、ケモノ耳だけを責め込んでいく触手であった。そこがネコマタ族の弱点なんだろうか。


「やっ、あ、あっ、やですぅ……」


 イナイナさんは床の上で転げまわる。

 ロングスカートがはだけて、白い下半身が露わになった――

 って、いかんいかん! 見とれている場合じゃなかった! 助けないと!


「勇者、どこかのボタンを押すべきではないか!?」


 魔王が叫ぶ。俺は「そうだ」とうなずいた。


「って……お前は無事なんだな」


 まあ、こいつが触手にやられているのは見たくないけど。


「か、空唱機の触手は、攻撃したら破壊されそうな相手は襲わないのですわ。アラン様もオルタンスさんも戦闘力が高いので襲われないのです……あンッ!」


「そ、そういうことなら気に入らないわね……アラン君が恐れられて、私は襲われるなんて――んんん、あ、や、やぁ、やだぁ、もうやだあああああ……ああああンッ……!」


 丁寧に説明してくれたサーシャと、半泣きになって叫ぶマリカ。

 そういうことか。どうりで前のときも、俺だけは触手にやられなかったわけだ。


「勇者、感心している場合ではないぞ。ボタンを押せ」


「そうそう、そうだった!」


 俺は慌てて、空唱機に駆け寄り、ボタンを適当にいくつか押した。

 すると、しゅるしゅる。触手は引っ込んでいった。


 ……とりあえず場は収まった。

 女性陣は、はあはあ、と、頬を染めながら息を荒くさせている。


「はぁ、はぁ……も、もう! けっきょく空唱ってなんなんですか!!」


 イナイナさんが激しい声音で叫んだ。


「歌う場面はどれも変だし、こんなグネグネまで襲ってくるし、なにからなにまでおかしいですよ! いまのところ、これがゼイロヌ国で売れるビジョンが見えません!!」


「う」


 言葉に詰まってしまう、俺。

 くそ、このままじゃダメだ。なんとか売り込まないと。


「あの、ちょっとトラブルが相次ぎましたけど、空唱は本当は、とても楽しいんです。今回はちょっとアレでしたけど、つまりですね――」


 しどろもどろになりながら、なんとか空唱のフォローを試みる。まさか俺が空唱をかばうことになるなんてな。

 そんな俺を見て、哀れだと思ったのか。

 イナイナさんは、俺の目を見据えながら言ったのだ。


「そういえば、まだ歌っていない人がいますね」


「え?」


「ここまできたら、とことんやってみてほしいですね。ウチとしても、アイザイル王国までやってきて、無駄足でした、なんてオチはゴメンなので」


 ……まだ歌っていない人がいる?

 とことんやってみてほしい?


「…………」


 数秒間、沈黙した後。

 俺はマイクを手に取ると、魔王に押し付けてから告げた。


「イナイナさんが、空唱を歌ってほしいそうだ」


「なぜワガハイに押し付ける」


「歌っていない人がいるって、イナイナさん言ったじゃん」


「それは貴様もそうだろう」


「俺はダメだ。オンチだから空唱の楽しさを伝えられない」


「ワガハイとて同じだ。採点システムで十三点しかとれなかった」


「俺よりよほどマシだって。俺なんか七点だぞ」


「ぷ。ひとけた」


「うるせえ、笑うな! ……な、だからぜひ歌ってくれ」


「いや、断る。ワガハイは二度と空唱はやらぬ!」


「俺だってそうだ。絶対にいやだ!」


「パパ、アラン。ケンカはよくない」


 俺と魔王の言い合いは、次第にわめき合いになり始めた。ミドラが止めようとしてきたが、それでも俺たちは叫び続ける。


「勇者よ、だれかがやらねばならぬのだぞ!」


「だから俺よりはお前のほうがまだマシだって!」


「五十歩百歩だ! ならば言い出しっぺのお前がやるべきだろう! 空唱の実演はお前がやるべきだ!」


「あーあーあー、聞こえない聞こえない。え? なんだって? え? なんだって?」


「ええい、聞こえないフリをしおって! このままじゃ輸出作戦は失敗だぞ!」


「そんなこと言われても――」


「アラン様、もう終わりましょう。……わたくしが失敗したのがいけませんの」


「お兄ちゃん、また別の作戦を考えようよ」


「そうよ。退くべきときに退くのもまた戦術よ?」


 サーシャたちが声をかけてくる。

 雰囲気はいよいよ撤退ムードになり始めた。


 だが、俺はどうにも諦めきれない。

 空唱を国外追放にするチャンスなんだ。

 なにかいい売り文句を考えろ、俺!

 ――だが、とっさにそんなセリフが浮かぶはずがない。


「くそ、こんなことなら売り込み用のセールストークを考えて、空唱機に登録しておけばよかった。そうすりゃ、その文章を見ながらセールスできたのに……」


 思わず、俺は小声でぼやいた。

 それは聞こえるか聞こえないかの小さなセリフだったのだが、


「あ。いいですね、それ」


 イナイナさんが、ぽんと手を叩いた。


「「「「「へ?」」」」」


 怪訝声をあげる、俺とオルタンスと女性陣(ミドラだけは無言だけど)。


「空唱機を使えば、歌詞を晶板に表示できる。それと同じように、空唱機を使って、セールストークを晶板に表示できるようにすれば――なるほど、面白い! いけます!」


 イナイナさんのケモノ耳が、ぴこぴこと動く。


「商売ってやっぱり、トークができて一人前なんですよー。流れるようなセールストークで、お客様に商品を売りつけてナンボ! だけど、どうしてもおしゃべりがヘタクソな人がいます。だから事前にある程度、売り文句を考えておいて、紙にそれを書きつけておいてセールスする。そういうやり方があるんですが、不自然さは否めません」


「はあ」


「だけど、売り文句を紙じゃなくて空唱機に登録して、それを拡音杖で叫ぶようにすれば――うん、これは派手でいいですね! 店頭で、空唱を使ってセールストークをするお店って斬新で面白いですっ! いけますよ。空唱は、ゼイロヌ国の商人に売れます!」


「う、売れますかね?」


 空唱機を使ってものを売る商人はいないから、確かに斬新ではあるだろうけど。


「絶対にいけますよ。ウチも個人的に欲しいですもん。ほら、ウチって無口なほうだし、トークも全然できないほうじゃないですか。だから前々から欲しかったんです、トークの手助けになるアイテム。いやー、引っ込み思案なウチにはありがたいなー、これー!」


 あんたのどこが無口で小声で引っ込み思案だ。

 ツッコみたくなったが、そこはぐっとこらえる。

 ともあれ、イナイナさんは白い歯を見せながら言ったものだ。


「買いますよー! 空唱機を!」




 ――こうして、空唱機はゼイロヌ国の商人イナイナさんが大量に買い取ってくれた。


 ちょっと変な売り方になったが、まあいい。王国中でほこりをかぶっていた大量の空唱機は、ことごとくがゼイロヌ国に売られていった。そしてその運送の仕事には、失業者たちとモンスターたちが就くことになったのだ。


 空唱の道具を国外追放にもできたし、俺と魔王にとってもめでたしめでたし。

 これですべて万々歳だ。やったね!




 ところが、また半月ほど経って――

 俺はサーシャと、その父親のガイさんに呼び出された。


 呼び出し場所は首都のはずれにある大きな建物だった。

 なにかの工場みたいな場所だけど、こんなところに呼び出してなんのつもりだ?


「アラン様!」


「おおっ、アラン様!」


 サーシャとガイさんがやってきた。


 父娘はにこにこ顔で「よくぞおいでくださいました」と声をハモらせて言った。


「いまの俺はガイさんの店の警備員なんだから、そりゃ呼び出しがあったら来ますよ」


「いや、それでもアラン様はアラン様ですよ。わっはっは。……っと、それより」


 ガイさんは「こちらへ来てください」と言って、建物の中へと俺を案内した。

 俺は、はてな、と思いながら屋内に入っていく。

 すると――


「……げぇっ!?」


 俺は絶望的な悲鳴をあげた。


 なぜならその建物の中では、空唱機が生産されていたからだ。

 職人が道具を作り上げ、魔法使いが空唱のために魔力を吹き込んでいる。


「こ、これは……どういうことだ?」


「ここは空唱機生産工場です。うふっ。これは父の新しい仕事ですわ」


「か、空唱生産? ばかな、アイザイル王国は空唱が禁止になったはず……」


「いま生産しているのは、ゼイロヌ国に輸出するために作られている空唱機ですわ」


「輸出用?」


「うちで眠っていた在庫品の空唱機は、すべて売り切りました。ですが、ゼイロヌ国のイナイナさんから『空唱機がゼイロヌ国の商人に売れている。もっと空唱機を売ってくれ』と注文が来るので、新しく空唱機を生産することにしたのです。空唱輸出の件には魔王オルタンスも一枚噛んでいると聞きます。モンスターの仕事にもなっているそうですし。それならまさか、魔王から文句を言われたりはせんでしょう」


「そ、それはそうですが……しかしそれにしても、やたら生産量が多いような……」


「バレましたか。……実はアラン様」


 ガイさんは、照れ臭そうに頭をかきながら言った。


「わしはゼイロヌ国で空唱室を始めるつもりなのです。そのための空唱機生産です」


「え。……ええっ!?」


 俺は仰天し、思わず口をあんぐりと開けた。

 ガイさんは、少し真面目な顔になって続ける。


「イナイナさんは、空唱機を商人のアイテムとして販売しているようですが――それは空唱本来の使い方ではありません。わしはゼイロヌ国の人たちに、空唱本来の楽しみ方、娯楽としての空唱を伝えたいのです!」


「だ、だからって、なにも空唱室をまたやらなくても」


「分かってあげてください、アラン様。お父様は空唱こそ我が命、の人ですから」


 サーシャが笑顔で言った。

 父親がもう一度空唱室をやることを、心から喜んでいるようだ。


「ゼイロヌ国で空唱をやるのは、問題ないはずです。空唱をしてはいけないという王様からのお達しは、あくまでアイザイル王国にのみ適用されるものですからね」


「……それは、確かに」


「そういうわけで、アラン様。わしはやりますぞ!」


 ガイさんは盛り上がっているが……。

 か、空唱文化。滅ぼしたと思ったのに、外国とはいえ、もう復活してくるとは……。

 呆然とする俺。そこへ、ガイさんは白い歯を見せてさらに話しかけてくる。


「それではアラン様。共にゼイロヌ国へ参りましょう」


「……はい? な、なぜ?」


「わしはいまからゼイロヌ国に向かい、空唱室開業の仕事を行いますが、アラン様にもついてきてほしいのです。なにしろ外国! いろんな危険がありそうですからな。元勇者のアラン様がわしの警護についてくだされば心強い」


「い、いや……だけど……」


 空唱室開業の仕事?

 そんな仕事についていきたくない!


 俺は露骨に不満げな顔をしたが、すると、サーシャがやんわりとした雰囲気で言った。


「アラン様。……アラン様といえど、いまはお父様の部下なのですから。そこは手伝っていただかないと。先ほど、アラン様もおっしゃったではありませんか。いまの俺は店の警備員だ、と」


「あう。……う、うう、ううう……」


 サーシャの言うことは正論だ。

 ガイさんには恩もあるし、ここは従うべきだろう。

 しかし、なんてことだ。やっと、やっと逃げられると思ったのに。


 また空唱と関わらないといけないのか!?

 俺は、どうやっても空唱から逃げられないのか!?


 俺をどこまでも苦しめる敵。その名は空唱。

 空唱。空唱。空唱――


 あああああああああああいやだああああああああああああああああああああ!!

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