第3話 俺が愛の告白に聞こえないふりをするのだって、全部カラオケのせいなんだ(前)

「久しぶりに来たな。この街にも……」

 思わず、感想を口に出していた。


 いま俺がいるのはガレオスの街。アイザイル王国の中でも首都の次に大きな街だ。

 赤煉瓦の街並みはいつ見ても美しい。あちこちの煙突からは煙が上がり、広場ではたくさんの行商人がそれぞれ声を出し、身振り手振りを大きくして、行き交うたくさんの人々の注目を引こうと頑張っている。


 さらに街の中央広場までやってくると、巨大な魔力晶板マジッククリスタルプレート魔力拡音機マジックスピーカーが広場の柱にくくりつけられていて、映像と音声を流していた。


『アイザイル王国、今月の人気曲ランキングでした』


『ラッダーズの全然前世、相変わらず強いですね。先月からずっとランキング上位です』


『何年後になっても、語り継がれる名曲になりそうですね』


『本当に。……さて、それでは次は勇者情報のコーナーです。王国辺境のヒットポイ村付近の村に出現したスライムを、王国公認の勇者、アラン・ディアック様が追い払いました。村人たちは勇者様に感謝の意を表しています』


『さすがは勇者アラン様ですね。いやはや、大したものです』


 晶板クリスタルプレート拡音機スピーカーが放送している映像と音声は、電視テレビ番組と呼ばれている。

 内容は、魔王軍についての速報だったり、勇者オレについての情報だったり、料理の作り方だったり、魔法講座だったり、音楽番組だったりする。


 番組を作っているのはアイザイル王国だ。王宮で作られた電視番組が、魔法の力で国中の魔力晶板に送られているのだ。国民は晶板を操作することで、電視番組を視聴することができる。


 もっとも、晶板は高価なので持っていない国民も多い。そういう人のために、これまた国が、いろんな街や村の広場に晶板を配置しているのである。街頭電視がいとうテレビってやつだな。


 これのおかげで、いろんな人たちがニュースを平等に知ることができるし、音楽を始めとするさまざまな文化の勃興にも、一役買っているというわけだ。 ラッダーズの『全然前世』も、曲自体のレベルの高さもさることながら、電視番組で放映された人気連続劇ドラマの主題歌だったから流行したのだ。


 まあ、あんまり田舎の村だと街頭電視はないんだけど……。ガレオスの街は大きいから、逆に街頭電視が街のあちこちにあったりする。都会はいいね。


 もっとも、大きな街には欠点もある。ガレオスの街は治安が良くないのだ。

 ここは都会だから、あちこちから仕事を求めて人が集まってくる。

 しかし仕事が見つからなかった場合、その人たちは、金を求めて犯罪者になってしまうことが多いのだ。もちろん全員じゃないけれど……。


 まぁ、治安を考えるのは俺の仕事じゃない。王様や騎士団の仕事だ。

 勇者は魔王とモンスターを倒すことだけ、考えていればいいのだ。

 ちなみに俺がこの街にやってきたのは、食料と道具の補給のためだ。


「そういえば甘いものも欲しいな。最近食べてなかったし……」


 俺は大の甘党だ。ケーキなど、特に目がない。

 必要な道具を買ったら、カフェにでも入って、お茶とケーキでも頬張ろうかね。

 この街には、ケーキが美味しいカフェもあるんだよなー。

 ……そんなことを考えながら、市街地を歩いていたときだった。


「アラン様! アラン様ではありませんの!?」


 その声に反応して、振り返る。


「サーシャ……!?」


 そこには確かに、スライムから助けた少女。

 あのサーシャ・ブリンクが立っていたのだ。


「まさかこんなところで、アラン様とお会いできるなんて。夢のようですわ!」


「あ、う、うん……」


 瞳をきらきらさせながら、俺に迫りよってくるサーシャ。

 両頬を紅潮させている。嬉しくて仕方がないといった様子だ。

 ――かと思うと。


「……はぅ」


 ばたん。


「お、おい!?」


 サーシャは、その場に倒れ込んでしまった。

 ど、どうした!?


「ポアル!」


 俺はサーシャに、体力を回復させる魔法をかけてやる。

 これでも勇者だ。魔法は回復系も攻撃系も、補助系だってお手の物だ。

 サーシャは「ううン……」とかぶりを振りながら、ゆっくりと立ち上がる。


「アラン様、申し訳ございません。わたくしとしたことが、気を失ってしまったようで」


「いや、俺はいいけど。それより大丈夫か。持病でもあるのか?」


「それは――はい。わたくし、病を得ております」


「そうだったのか。大変だな。ちゃんと医者か僧侶にかかっているか?」


「……いえ。わたくしの病は、お医者様でも僧侶様でも治せません」


 サーシャは儚げに首を振る。そんなに悪い病気なのか――


「そう、わたくしは、恋の病にかかってしまったのです!」


「は?」


 思わず、ぽかん。

 口が開く。


「サーシャ・ブリンク。十六歳にして初恋です。……その方は、とても勇敢で、優しくて、たくましくて。わたくしをスライムから助けてくれて」


「…………」


「わたくし、ひそかに想っておりました。つい先ほども、その方のことを考えておりましたの。わたくしはその方が好き。だけどその方は、わたくしのことなどなんとも思っていないかもしれない。


 もし、愛を伝えて断られたらどうしよう。そのときは舌を噛んで死ぬべきでしょう。ああ、それでもこの想いは止められない。そう思っていたときですわ。……なんということでしょう! その方とわたくしは再会してしまったのです」


「ええと……」


「なんと幸せなことでしょう。愛する方が目の前にいるなんて。あまりの嬉しさにわたくし、立ちくらみがしてしまったのですわ」


 サーシャは高いテンションで、全身をくねくねと動かしまくる。

 そして彼女はうっとりとした眼差しを俺に向けながら、白桃色の唇を開いて、


「アラン様。……あの、わたくし、あなた様にお伝えしたいことが」


 真剣極まる表情で、そんなことを言い始めた。


「こんなところで気持ちを伝えるなんて、はしたない女とお思いでしょう。ですが、いまを逃しては、次がいつになるか分かりませんので」


 サーシャはこちらへと近づいてきて――

 白昼堂々、衆目の中。

 ……俺に向かって告げたのだ。


「好きです」


 切なげな告白だった。


「お慕いしています。あなた様のことを。……わたくしを、お嫁にもらってください」


 そのはっきりとした声音を、俺は間違いなく聞き届けた。

 心臓がドクンドクンと脈打つ。

 顔がなんとなく、赤くなる。

 だが。だが俺は――


「え? なんだって?」


 聞こえないふりをした。


「すまない、人混みの中でよく聞こえなかった。ほんとにすまない! ええと」


「好きです!」


 間髪入れず、二回目テイクツーがきた。


「アラン様が大好きです!」


「え? なんだって?」


「好きです! アラン様が、本当に好き!」


「え? なんだって?」


「好き好き好き! 大好きっ! 何回言わせるんですかっ! アラン様っ!」


「え、え、え? なんだって? 聞こえないな」


 俺はかぶりを振り、顔をそむける。……申し訳ない。

 勇気を出して告白してくれたのに、聞こえないふりなんて最低だ。

 だが、仕方がないのだ。

 だって彼女はカラオケボックスの娘なんだぜ? ここで彼女の気持ちに応えてしまえば、空唱ワールドに突入してしまう。


 だが、断るわけにもいかない。

 だって断ったら、舌を噛んで死ぬとか言ってるし。

 俺としては、もう、聞こえないふりをするしかないのである。


 ……おっと。

 サーシャはもう、叫ぶのをやめているぞ。


「アラン様。照れ屋ですのね」


「……なんのことだ?」


「いいんですのよ。純朴なアラン様。恥ずかしくて、告白に答えられない気持ち、分かりますので。ああ、アラン様、そんなところも素敵ですわ」


「…………」

 この子、けっこう前向きだよね……。


「――ところで、どうしてサーシャはこの街に?」


 俺は無理やり話題を変えた。


「あ、はい。今度、このガレオスの街に父が支店を出しますの。空唱室『歌姫』ガレオス支店でございます。その仕事のために、わたくしもこの街までやってきたのですわ」


「なるほど、仕事か。元気なお父さんなんだな」


「それはもう。最近は商売だけでなく、ますます空唱にも身が入って。『空唱は三度のメシより好き』『空唱こそわしの命だ』『サーシャの結婚相手は空唱好きでないと許さん』と毎日のように言っております」


「そ、そうなんだ」


「わたくしも空唱は好きですが、父ほどではありません」


「サーシャもやっぱり好きなんだね、空唱」


「ええ。父の生業ですし――それにわたくし、ラブソングを歌うのが大好きですの。大切な相手にドキドキとときめく乙女心。それを歌として表現し、心から歌ったときの幸せ、喜び。うっとりしますわ。……子供のころからラブソングを歌うたびに、いつかわたくしにも運命の男性が現れると思っていました。それが、いま――」


「あーあーあー! お父さんのお仕事、うまくいくといいな!」


 話がまた妙な方向にいきそうだったので、慌てて軌道修正する。


「はい、うまくいってほしいですわ。いいえ、きっとうまくいきます!」


 サーシャは笑顔でそう言った。

 よしよし、話を逸らせたぞ。


「ところでアラン様。父は支店におります。よろしければ、会ってくださいませんか」


「ん。……ああ、そうだね」


 ちょっと考えた上で、俺はうなずいた。

 空唱室にはあまり近づきたくない。しかし俺は、前もサーシャの誘いから逃げちゃったからな。二度断るのもちょっと悪い気がする。

 いってみるか。お父さんにあいさつするくらい大丈夫だろう。


「じゃ、会いにいこうか」


「はい、アラン様! ささ、支店はこちらですわ」


 俺とサーシャは、人混みの中を歩き出した。




 そんなわけで、空唱室カラオケボックス『歌姫』ガレオス支店である。


「アラン様、はじめまして。サーシャの父、ガイでございます」


 ガイさんはにこにこ顔で出迎えてくれた。


「サーシャがお世話になったそうで、その節はありがとうございました。スライムに襲われるなど……十六歳の娘の肌に傷がつかず、ほっとしております」


「あ、いえ。大したことはしていませんが……」


「ご謙遜を。……ところでアラン様。サーシャから聞きましたが、道具と食料をお求めだとか。よろしければ、わしが用立てましょうか。もちろん代金はいっさい頂きません」


「本当ですか。ありがとうございます」


 食料と道具がタダで手に入るのはありがたい。持ち金も危うくなっていたしな。

 なお、勇者の給料は王国から支払われる。

 毎月一回、王様から直接貰うことになっているのだ。

 道具を貰えたのは助かったけど、財布の中身が心細いのは間違いない。

 いったん首都に戻って、王様から今月の給料を貰わないとなぁ。


 ……なんて考えこんでいると、おや?

 サーシャが、なにやらもの言いたげだぞ?


「アラン様。実はこの店、今日がプレオープンの日なのです」


「プレオープン?」


「近隣住民の方やお得意様を招待して行う、仮のオープンです。住民の皆様をおもてなしする意味もありますが、従業員の仕事をチェックする最終確認の意味もあるのです」


「なるほど。大事な日だね」


「はい、大事なのです。そこでアラン様。お願いがあるのですが」


 嫌な予感がした。


「アラン様。今日だけ、この空唱室で一緒にお客様をもてなしていただけませんか?」


 …………なんだと?


「ちょ、ちょっと待って。……え、なんで? どうしてそうなるの?」


「アラン様。わしは今回の支店に命をかけるつもりです」


 サーシャではなく、ガイさんが言った。


「この支店が成功するかどうかで今後の人生が決まるほど、わしはこの支店に資金をつぎ込みました。ですので、今日のプレオープンは絶対にしくじれません」


「はあ、それが俺となんの関係が」


「勇者のアラン様がプレオープンの場にいてくだされば、こんなにありがたいことはありません。勇者様がプレオープンに参加する空唱室など聞いたことがありませんから。きっと話題になるでしょう」


 客寄せのマスコットじゃないか!

 確かに勇者の俺が参加したら、プレオープンは盛り上がるだろう。


 この国では、数百年前に当時の魔王を倒した『勇者』のことがとても尊敬されている。そして現在の勇者である俺も――自分で言うのもなんだが、国民からけっこう支持されている。

 電視番組の勇者情報でしょっちゅう活躍が報道されるので、アイドル的な人気を得ていると同時に、人々を守っていることを尊敬されているのだ。ほんと、自分で言うのはあれだけど。


 だけど、空唱室のプレオープンに参加してくれ、なんて。


「じ、冗談じゃない。お断りですよ」


 だって参加したら、俺も一曲くらい歌わないといけないじゃん。そんなのゴメンだ。


「わたくしからもお願いしますわ、アラン様」


「いくらサーシャの頼みでもダメだよ。そんなの勇者の仕事じゃない」


 本音を言えば、別に客寄せのマスコットくらい務めたって構わない。

 食料や道具をタダでくれるんだし。

 でも、空唱室はダメだ。絶対にイヤだ。


「どうしてもダメですか?」


 瞳を潤ませながら、上目遣いにお願いしてくるサーシャ。

 こんな目で見られたらなんとかしてやりたくなる……。

 でも、空唱だけは断固拒否だ。俺は首を横に振った。


「……そうですか」


 サーシャはがっくりと肩を落とした。

 その細い肩を、父親のガイさんがぽんと叩く。


「仕方がないよ、サーシャ。わしらが悪かった。勇者様を客寄せに使おうなどと……。アラン様、申し訳ありませんでした。商売人のあさましい根性でした」


「あ、いえ。そんなことは……」


 ほんと、空唱でさえなければなぁ。


「さて、こうなったら自力でプレオープンを成功させなければいけないな。我々だけで準備を整えるとしようか、サーシャ」


「はい、お父様」


「さしあたって、ケーキの準備はもう済んでいるんだろうね?」


 ぴく、と俺の耳が動いた。

 ……ケーキ?


「はい、お父様。『流れ星』のケーキを三百個。ちゃんと揃えてありますわ」


 な、『流れ星』だと!?

 ケーキが美味しいことで、めちゃくちゃ有名なカフェだ。

 大人気で、いつも行列ができていて、それでもなかなか買えないっていう……。


 俺も、何度も並んだ。

 だが、食べることができたのはこれまでにたったの一度だけ。

 しかし、その一回だけ食べたケーキの美味さは、いまも脳に焼きついている。

 それほど絶品のケーキだぞ。それを三百個なんて!


「さ、サーシャ。『流れ星』のケーキをそんなに、なんのために用意したんだ?」


「それはもちろん、プレオープンのお客様をおもてなしするためですわ」


「空唱室が、どうしてケーキを出すんだよ」


「最近のお客様は空唱にも食事を求めるのですよ、アラン様。昔のように、ドリンクとスナックをちょっと用意していればいい時代ではありません。ケーキのような甘味はもちろん、食事も一流の材料を用意し、一流の料理人が作ったものを用意して提供しなくては、お客様に満足していただけません」


「そ、そうなんですか」


「だから『流れ星』のケーキなのですよ、アラン様。あそこのケーキはとても美味しいので、きっとお客様も喜んでくださるはずですわ」


 そりゃそうだ。『流れ星』のケーキだぞ!

 舌の上で、クリームがスーッと溶けていって、それでいて後味はまろやかで、何日も口の中にスポンジの甘い余韻が残る、あのケーキ……!


「……ガイさん。サーシャ」


 気が付いたとき、俺は一歩を踏み出していた。


「さっきのプレオープンの話なんだけど――」


 ――これが過ちの始まりだった……。

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