第2話 二次会はカラオケにいこうとか言い出すやつはみんな死ね(後)

 ……どうして俺はここにいるんだろう。


「さささ、村長、まずは村長から一曲、どうぞ!」



「いやいや、まずは君から歌いたまえ!」


「あは、僕が一番手ですか!? いやいや村長を差し置いてそんな――」


「いいからいいから、まずは君から。ほら、歌って歌って。あとが詰まってるよ!」


 空唱室の中。小さな窓がひとつ取り付けられただけの室内に、村人たちが集まってワイワイと、だれが最初から歌うのどうのと盛り上がっている。

 そんな中、俺はひとり、死んだ魚のような瞳で佇んでいた。


「ちょっと、アンタたち。今日はだれよりも勇者様から歌ってもらうべきでしょ!?」


「おお、そうでした! 勇者様! まずは一曲、勇者様! どうぞ!」


「え!?」


 そらきた!

 いきなりこれだ。じ、冗談じゃないぞ。

 どうしよう。昔みたいにキレて空唱から逃げ出すか?


 だけどこの状況でキレたら、王様から叱られるかもしれない。

 勇者が村人にキレるとはなにごとか、ってね。

 しかもその理由が『空唱が嫌いだから』というのは――ちょっとこれは通らないよな。

 ど、どうする……?


「い、いやいや、主役は大トリってのが相場でしょ。俺は、その……最後に歌います!」


 思案した結果、俺は引きつった笑顔と共にそう言った。

 すると、村長さんたちは「おおお」と納得したようにうなずいた。


「なるほど、その通りですな!」


「では勇者様は最後ということで……まずは村長!」


「ううむ、やはりわしからか! 参ったな、こりゃ!」


 セリフほどには参ったような顔も見せず、村長さんはマイクを手に取ると、ドヤ顔で村人たちの前に出ていく。

 ……ふう。危なかった。まずは空唱を回避できたようだ。


 村長さんの空唱が始まる。歌っているのはどうやら民謡のようだ。「アイ! アイ! アイアイアイッ!」「はーどっこい!」「オラッショ、セイッ!」――村人たちが、威勢のいい合いの手を入れている。全員かけ声がバラバラだが、いいのだろうか。


 と、そのときだ。

 フィルが俺の隣にやってきた。


「お兄ちゃん、どうしたの? さっきからなんだか顔色が悪いよ?」


「それは……」


 空唱が苦手だからだよ。

 と言いたいが、この子に言っても仕方がないな。

 ん。……いや、待てよ?

 そうか、具合が悪いって言えばいいんだ。そうすれば空唱を抜け出せる。


「そうなんだよ、フィル。俺、ちょっと腹が痛くて……いてて……」


 わざとらしく、腹部を押さえてしかめっ面を作る。


「そんなわけだから、俺、宿屋に戻るよ。今日の空唱は残念だけど参加できない。村長さんにはそう言っておいてくれ。あー、残念。参加したかったのになー、歌いたかったのになー、悲しいなー」


 俺なりに全力で芝居をする。

 いいぞ。これで空唱から脱出でき――


「キュア!」


 フィルが人差し指をこちらに向けて叫んだ。

 かと思うと、指先が青白く光り、その光が俺の全身を覆っていく。

 ……なんだか、気分が少しすこやかになった。


「お兄ちゃん、これで楽になったでしょ?」


「フィル。これは回復魔法だよね? 毒とか麻痺とか、体調不良を回復する魔法……」


「うんっ! 言ったでしょ。あたし、学校で一番、回復魔法が得意だって。村のみんなの病気だって、あたしが治しているんだから!」


「…………」


「お兄ちゃん、お腹痛いの、治ったでしょ?」


「……うん、まあ」


「よかった。じゃあ、お兄ちゃん、空唱できるね」


「…………うん。ありがと」


 なんていらん能力をもっているんだ、この子は……。

 ど、どうしよう。このままじゃいつか俺の歌う番がくる。

 なんとか逃げ出さなければ。


「フィル、俺、ちょっとトイレに」


「酒場でもいってなかった? またトイレ?」


「間違えた。ちょっと飲み物を取りに」


「そこのテーブルの上に全種類置いてあるよ。なに飲む? オレンジジュース?」


「村の近くにスライムの気配がする。倒してくる」


「スライム、もう追い払ったんじゃないの?」


 俺がなにか言うたびに、的確にツッコんでくるフィル。


「お兄ちゃん、どうしたの。また顔色悪いよ。キュア、もう一度かける?」


「…………いや、いいよ。魔法で解決できる体調不良じゃないから」


「そう? でもお兄ちゃん、本当に辛かったら言ってね。あたし回復魔法ほとんどマスターしてるし、蘇生魔法も知ってるよ」


「はあ」


「だから、例えお兄ちゃんがいまここで死んでも、魔法で復活させて空唱を歌わせてあげるからね!」


 死んでも空唱から逃げられないのか。

 絶望感半端ねぇ。


 と、そのとき、ボックス内がわっと沸いた。

 どうやらだれかが歌い終わったらしい。


「さて、諸君。村人はひと通り歌い終わったようじゃし――」


 村長さんの声が部屋中に響いた。


「ここで大トリ! 本日の主役! 勇者アラン様に一曲歌ってもらおうと思います!」


 ひっ!

 つ、ついにきた。きてしまった。


「勇者様! 勇者様! 勇者様! 勇者様!」


 わーっと、空唱室全体が盛り上がってコールを始める。

 ふと隣を見ると、フィルは瞳をらんらんと輝かせて俺のことを見ている。


「勇者様! 勇者様! 勇者様! 勇者様!」


 ああ、逃げたい。でも逃げられない。

 窓外を見ると、まだ雨が降っていた。

 空唱の音量ほどじゃないが、屋根を叩く雨音もけっこうなものだ。

 俺の心境を表現しているかのような土砂降りだ……。


「ん? ……雨だと?」


 このとき俺にあるアイデアが閃いた。

 もしかしたら、この状況を打破できるかもしれない。

 そんなアイデアだ。……賭けになるが、やるしかない!


「勇者様、ぜひ一曲。お願いします」


 村長さんが俺にマイクを差し出してくる。


「それでは」


 俺はすっくと立ちあがると、村長さんからマイクを受け取った。

 手のひらには汗が浮かんでいた。モンスターと戦うときより、よほど緊張する。


 任意の楽曲を選ぶ。

 拡音機の上に乗っかっている魔晶円盤マジックディスクが、忙しく回転を始めた。

 そして魔力晶板マジッククリスタルプレートに曲をイメージした映像と、歌詞の最初の部分が表示される……。


 歌う曲は『全然前世』を選んだ。ラッダーズというバンドが歌っている曲で、いま王国中で流行している。

 付き合っている彼女がいた。その人は前世からの恋人だった。しかし付き合いが進むにつれて、実は前世の恋人ではなかったと分かる。それでも俺は愛を貫くぜ、全然前世なんか関係ないんだぜ、という、感動するべきなのかどうなのか、よく分からない歌だ。


 しかし正直、この選択はどうでもいい。

 問題はここから先だ!

 イントロが室内に鳴り響く。村人たちがざわついて、村長さんが「拍手! 拍手!」なんて叫ぶものだから、みんないっせいに手を叩き始めた。じいさん、いらんことするな。


 さて、いよいよ歌い始めだ。

 俺は息を一度、大きく吸い込むと――


(サンダー!)


 心の中で魔法を発動させた。

 すると――ゴロゴロ、ガッシャーン! 激しい光と轟音が響く!

 空唱室の外、雨が降りしきる草原の中に、雷が落ちたのだ。


「わぁっ!?」


「か、カミナリが落ちたぞ」


「かなり近いんじゃないか?」


 村人たちはいっせいにざわつき、窓から外を見ようとする。

 俺の空唱など、もはやどうでもいいといった様子だ。当然だろう。


 これが俺の作戦だった!

 すなわち、歌いだすと同時に魔法を発動させる。

 建物の外にいかずちを落とすのだ。するとみんなの注意は外へ向く。


 これだけ雨が降っているし、さっきからカミナリもずっと鳴っているんだ。

 それなら、本当にカミナリのひとつやふたつ落ちたって、なんら不思議はない……!


 魔力晶板に表示されている歌詞はみるみる進んでいく。

 いいぞ、計算通りだ。

 この曲が終わるまでみんなの注意が外に向いていれば、俺は歌わなくて済むんだ!


「これっ、皆の衆!」


 そのとき、村長さんが叫んだ。


「勇者様が歌っておられるのに、外を見るとは無礼千万。カミナリくらい、たまには落ちよう。それよりも勇者様の美声に耳をかたむけようぞ!」


 ジジイ、いらんこと言うんじゃねえ!!


「おお、そうだった!」


「勇者様、すみません」


「みんな、勇者様の歌を聞きましょう」


 村人たちがいっせいに振り向いて、俺の空唱を聴こうとする。

 あなたたちにとって、空唱はそこまで大事か。

 それならこっちだって、とことんやってやるぜ!


(サンダー!)


 ゴロゴロゴロ、グワッシャーン!

 ひときわ激しいカミナリが、再びボックスの外で炸裂した。

 その強烈な光と音に、村人たちはやはり一瞬、外を見る。

 頼む、ずっと見ていてくれ。……あっ、またひとりかふたり、俺のほうを振り返った。まだカミナリが足りなかったか。


(サンダー!)


 グワッ、シャーン!


(サンダー! サンダー! サンダー! サンダー! サンダァーッ!!)


 ゴロゴロゴロゴロ――ガッシャーン! ガッシャーン! ガッシャーン!

 グワッ……シャーン!


「ひいぃっ!」


「か、カミナリがどんどん落ちてきてるぞ!」


「終わりだ、世界の終わりだ!」


 さすがに恐怖で顔を引きつらせる村人たち。

 俺は何度も何度もサンダーの魔法を発動させた。

 ヒットポイ村に次から次へとカミナリが落ちる。地獄絵図だ。しかし人とか建物に当たらないよう、発動場所をうまく調整しながら魔法を使うのはちょっとした苦労だった。


 だが、それでもいいのだ。

 人前で空唱を歌う恥ずかしさよりは、よっぽどマシだ!


(サンダー! サンダー! サンダー! サンダー!)


 グワッ、シャーン! グワッ……シャァァーン!!


 選んだ曲が終わるまでの数分間。……俺はマイクを口に当てて口パクしながら、いかにも歌っていますみたいなフリをしつつ、ひたすら魔法を使いまくっていた。


 やがて曲が終わると、ボックス内は、もはや空唱どころではなかった。

 数分間、延々と村中に降り注いだカミナリに村人たちは恐怖し、ただ呆然としているだけだったのだ。


 当たり前だが、俺の空唱のことなど、だれも気に留めていない。

 俺は、なに食わぬ顔で、


「歌い終わりました。いい気分だ。次の人、どうぞ。……村長さん、歌いますか?」


 拡音杖マイクをそっと、村長さんに向かって突き出したものである。




 翌日。

 魔法力が切れたため、疲れまくっている俺は、しかし最後の力を振り絞り、


「それでは皆さん、俺はこれで」


 ヒットポイ村の人たちに頭を下げて、再び旅に出ようとした。


「勇者様、今回はどうもありがとうございました……」


 村長さんも村人たちも、疲れ切った表情で俺を見送ってくれた。

 何百発ものカミナリを間近で見たのだ。みんな疲れるのは当たり前だ。


「お兄ちゃん、昨日は変な空唱になっちゃったね」


 そのとき、フィルがやってきて、ちょっと困ったような笑顔を向けてくれた。

 フィルは本当に、俺と歌いたかったんだな。

 なんだか、ちょっとだけ心が痛んだ。

 どうしてだろうな。なんで、みんなと一緒に盛り上がれないというだけで、罪悪感を感じなきゃいけないんだろうな。


 そんな風に思いながらも、しかし俺は言ったのだ。


「フィル。空唱のとき、キュアをかけてくれてありがとな。嬉しかったよ」


 それは俺の本音だったから。

 フィルの向けてくれたまっすぐな好意は、本当にありがたいものだったから。


「フィルならいい僧侶になれる。俺が保証するよ」


 微笑と共にそう告げると、フィルは目を輝かせてから、うんうんとうなずいた。


「……ありがとう、お兄ちゃん! あたしも嬉しいよ……!」


「また、この村に来るから」


「うん、絶対に来てね。きっとだよ!」


「ああ、きっとだ。それじゃ俺、そろそろいくよ」


 そう言って、俺はフィルと村人たちに背を向けようとする――

 だが、そのときであった。


「あ、お兄ちゃん。最後に教えてほしいんだけど!」


「ん? どうした?」


「あのね。昨日の空唱のとき、口をパクパクさせてたのはどうしてなの?」


 ッ!?

 俺は蒼白になって振り返る。

 フィルはにこにこ顔で、村人たちはキョトンとしている。


「フィル。まさか昨日……見てたのか?」


「お兄ちゃんが雷の中、声も出さずに口を動かしていたのは見ていたよ。……なんかのおまじないだったの? あれ」


 ……ヤバい! この子だけは、俺の口パクを見ていたんだ!

 魔法でごまかしたことはさすがに気付いていないだろうが……。

 そ、それでもだ。顔から火が出そうだ。雷鳴轟く空唱室の中、必死に口パクをしている俺の姿は、どれほどみっともなかっただろう。……恥ずかしい!


「ねえねえお兄ちゃん。あれ、なんだったの? なんで歌わずに口を動かしていたの? ねえねえねえ――」


「言うなッ!」


 田舎娘の無垢な追及が、たまらなく恥ずかしかった。


 うまく乗り切ったはずだったのに。歌わずに済み、一件落着だと思っていたのに!

 こんな、こんな恥ずかしい思いをするなんて――



 やっぱり空唱は、大嫌いだ!

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