第5話 女騎士でさえカラオケが好きなこんな時代じゃ(前)

 どうも近頃、本分を忘れている気がする。

 カラオケから逃げまくったり、女の子と話してドギマギしたりしているが、本来、俺は勇者として魔王軍と戦うべき男なのだ。


 だから、遅れを取り戻すってわけでもないが――

 とある森の中で、俺は戦っていた。


「グオオオオォォォッ!」


 目の前で、巨大なドラゴンが吼えている。

 血走った眼に、灼熱のよだれを垂らしている口元。いかにも強そうだ。

 だが、その強そうなドラゴンといま戦っているのが俺なのだ。


 ――まともに戦ったらさすがに手こずるな。

 そう判断した俺は、左手を突き出して、


「ダウン!」


 と、声に出して魔法を発動させた。

 敵の攻撃力、守備力、素早さを下げる魔法だ。


 ついでに言うと、別に魔法名を叫ぶ必要はないのだが(ヒットポイ村で、サンダーを使ったときみたいに、心の中で魔法名を叫べばその魔法は発動する)、そこはそれ、ノリというやつだ。俺だけでなく、普通の僧侶や魔法使いも魔法名を口にしていることが多い。


 ところで魔法は確実に命中した。

 ドラゴンの動きが一気に遅くなる。


「よし!」


 俺は一気にドラゴンとの距離を縮めると、地を蹴ってジャンプ。

 そしてそのまま、はがねの剣を、ブスッ! と、ドラゴンの背中に突き刺した。


「グオオオオオォッ!」


 咆哮と共に、ズズン、と音を立て、ドラゴンは、その大きな体を横にした。

 ふう。ドラゴン退治完了だ。剣を死体から引き抜く。

 刀身には、ドラゴンの血液がべっとりとこびりついていた。つん、と、鉄の香りが鼻腔をくすぐる。何度嗅いでも慣れない臭いだ。


「アラン様!」


 声がした。

 振り返るとそこには、この森の近くにある村、ナンモナイ村の村人たちが立っている。


「アラン様。ドラゴンは死んだのですか?」


「ええ、もう大丈夫ですよ。確実に倒しましたから」


 俺はこの人たちの依頼で、森の樹木を喰い荒らすドラゴンと戦うことになったのだ。

 モンスターはなるべく追い払う主義の俺だが、度を過ぎて暴れるやつは倒すことにしている。

 ドラゴンが死んだと聞いて、村人たちは一様にほっとした顔を見せた。


「ありがとうございます! さすがは勇者様だ」


「剣も魔法も使いこなせる。お見事ですね」


「勇者様は、どなたに剣や魔法を教わったのですか?」


 村人たちが笑顔で話しかけてくる。

 俺はちょっとだけ顔を引きつらせた。

 剣も魔法も、俺は独学で修業を積んだので、先生とか師匠とかその類の存在はいない。それで剣を使えるようになり、ほとんどの魔法を使いこなせるようになったのは、我ながらちょっと変態的だと思う。


 すべては空唱から逃げるため。

 仕方なかった、仕方なかった。


 ――と、そのとき女の声がした。


「一足遅かったようね」


 顔を上げると、そこにいたのはひとりの女騎士。

 腰まで届いた黒髪が美しい、気の強そうな顔立ちをした美少女だ。


 凛とした佇まいに細身の肉体。しかも足はすらりと長く、その体躯は、思わず見惚れてしまいそうなほど麗しい。腰には銀の細工が施された剣を差していたが、その持ち主は銀どころか黄金と比べても見劣りしないほどの美形であった。


「マリカ・エスボード……」


 そう、俺は彼女を知っている。

 マリカ・エスボード。

 アイザイル王国に仕える女騎士で、俺と同じ十六歳だ。


「久しぶりね。アラン――アラン・ディアック君?」


「ああ。一か月ぶりかな?」


「そんなところかしら。……ふふ、この村にドラゴンが現れたというから、退治に来たのだけど。先を越されちゃったわね」


 マリカはくすくすと笑った。

 そんな彼女を見て、村人たちが声をあげる。


「マリカ様!」


「マリカ様がいらしてくれたぞ」


「来てくださっただけで我々は感激ですよ」


 そう、この女騎士マリカは国民にえらく人気があるのだ。

 理由は分かる。卓越した剣腕、目を引く美貌、気品のある物腰……。

 俺だって、もし普通の村人だったら、彼女を崇拝していたかもしれない。

 もっとも俺は、彼女のことが少しだけ苦手なのだが。

 なぜかって? まあ、すぐに分かるよ。


 ――さて。突然だがここで問題です。

 人気のある美少女騎士が目の前に現れた場合、この国の村人たちはどんな行動に出るでしょうか?


「マリカ様。せっかくですから、村でゆっくりしていってください」


「山菜料理をご用意しますよ」


「空唱もありますから!」


 ……お分かりいただけただろうか。

 最後のやつが、やっぱり出てくるんですよ。この国では。


 村人たちの申し出に、マリカは柔和な笑みを浮かべつつ、ちらちらと俺のほうを見つめながら唇を開く。


「……みんなの言葉は嬉しいけど、今日の主役は私じゃないでしょ? アラン君よ。ドラゴンを倒したのは彼だもの」


 マリカがそう言うと、村人たちは、もちろんとばかりにうなずいた。


「アラン様にも、深く感謝しております!」


 ついでみたいな扱いだな。


「ですから、ぜひおふたり揃って、我が村で空唱を楽しんで――」


「いいんですよ! 俺のことなんて!!」


 俺は気持ち強めに声を出す。

 声の大きさに、村人たちが一瞬身を引かせた。


「山菜料理も空唱もいきたいけれど、お礼が目当てでドラゴンを倒したわけじゃありませんから。俺はけっこうです。マリカだけ誘ってやってください。……それでは!」


 一気にしゃべりまくってから、俺は身を翻して森を出た。

 このまま村人たちと一緒にいたら、空唱に参加させられる。絶対にそうなる。

 だから逃げ出すに限る!


「ちょ、ちょっと、アラン君」


 森を出て、人気のないけもの道を歩いていると、後ろからマリカがやってきた。


「どうして村人の申し出を受けないのよ。あれじゃ失礼よ。私が謝っておいたけど」


「マリカが受ければよかったじゃないか。料理も空唱も楽しんでこいよ」


「ドラゴンを倒したあなたがいないのに、私だけ宴に参加しても仕方がないでしょ」


 マリカは困り顔で言った。

 ――かと思うと彼女は、ちょっとニコッと笑ってから、


「ね、アラン君。いまからでも遅くないわ。ナンモナイ村で空唱を歌いましょ。私と一緒に歌ったら、きっと楽しい――」


「いらん」


 一刀両断に切り捨てて、俺はいっそう早足で歩く。

 ……するとマリカは、じわっと瞳を潤ませて――


「なんであなたはいつもそうなのよーーーーー!!」


 激しい声音でおたけびをあげた。


「この私と勝負するのが、そんなに嫌なわけーーーー!? そんなに、そんなに勝ち逃げでいたいわけーーーーーーーーー!?」


 先ほど、村人の前で気品ある態度をとっていたのが嘘のような発狂ぶりだ。


 これだ。

 これが素のマリカ・エスボードなのだ。

 と、いうわけで。……俺がマリカを苦手としている理由がここにある。

 つまり。……本来の彼女はとても負けず嫌い。で、俺をライバル視しているのだ。なにかひとつでもいいから俺に勝ちたいと思っているのだ。


 で、いま彼女は、空唱を用いて俺に勝利しようとしているのだ。

 わけが分からんだろ? 俺も分からん。

 だが、ひとつだけ分かっていることがある。

 それはすべての始まりが三か月前、勇者試験の日ということだけだ。




 ……じつは俺とマリカは、勇者試験の決勝戦で戦った関係だ。

 剣の腕では互角。しかし魔法では俺のほうが上だった。俺はマリカに勝利した。

 その結果、俺は勇者に。マリカは剣腕を買われて王国の騎士になった。


 俺と彼女は、共に王国に仕える仲間となったわけだが――

 しかし彼女にとって、試験の決勝で俺に負けたことは、とにかく屈辱だったらしい。


『この私が……故郷の村で一番の美貌、一番の剣腕、一番の頭脳だったこの私が負けるなんて! 負けるなんて! 認めないわ! この私が!!』


 王国に仕えた最初の日、彼女は俺に向かってそう言った。


『見てなさい、アラン君。私はいつか必ずあなたを追い抜いてみせる。世界で一番強く、美しく、気高いのは、このマリカ・エスボードなんだから!』


 自分が大好きなんだよな、この人。

 だから他人オレに負けるのが嫌なんだ。


 で、そのライバル宣言の後、彼女はなにかにつけて俺に挑んでくるようになった。

 剣の練習試合で戦いを求めてくる、のはまだいいとして、王宮の食堂でメシを食っていたらいきなり隣にやってきて俺より量を食べようとしたり、故郷の両親へ送る手紙を書いていたら、俺より長文の手紙を書こうとしてきたりするのは、さすがに意味が分からない。


 ちなみにメシは俺のほうがたくさん食ったし、手紙でさえ俺のほうが長い文章を書けた。手紙に勝ち負けもクソもないと思うが、マリカは地団太を踏んで悔しがっていた。

 で、そんなマリカさん。ある時期から、やたらと俺を空唱に誘うようになってきた。


『アラン君。私は故郷にいるころから空唱が大好きだったのよ。歌っているとき、鏡に映った私の美貌。そして私の美声。空唱ほど私の素晴らしさを表現できるものはないわ』


 どれだけ自分大好き《ナルシスト》やねん。


『それでね、アラン君。私、先日、最新の空唱を使って歌ってみたんだけど、驚いたわ。なんと最近の空唱は採点システムが搭載されているのよ!』


 それがどうした。


『と、いうわけで。……アラン君、勝負よ! 私と空唱で戦いなさい!』


 どういうわけだよ。アホか君は。


 冗談じゃない。俺は空唱が苦手だし、勝負なんてゴメンだ。

 マリカの勝ちってことでいいよ。はい、この話おしまい。


 だが。


『嘘、嘘よ! あなたは私と本気で勝負をして負けたくないんでしょ!? そんなに勝ち逃げでいたいわけ!? 逃がさない。私、絶対にあなたを空唱で負かしてみせるんだから!』


 ――まあ、そういう感じになった。

 と、いうわけで。俺がマリカを苦手にしている理由がお分かりいただけただろうか。

 この自分大好き女騎士は、俺をなんとか空唱に誘って、勝利しようとしてくるのだ。

 正直、ウザい。いやもうほんと、めんどい。めんどみ。




 というわけで現在。


「アラン君、そんなに急いでどこにいくのよ」


 と、声をかけてきたのはいま俺の隣にいるマリカ。


「首都。まだ王様から今月の給料貰ってないから、いただきにいく」


 本音はさっさとナンモナイ村から離れて、間違っても空唱に参加しないためだが、まあこの理由も嘘ではない。


「ふうん。……王様、機嫌がいいわよ。あなた、最近活躍しているらしいから」


「そうか」


「もう! なんであなたは、いつも私にそっけないのよ」


「別に。普通だよ」


「普通じゃないわよ。普通の人は、マリカ様マリカ様って私にすりよってくるもの。昔からずっとそうだったのに……私がだれよりも上で、だれよりも注目を浴びていたのに……あなたって人は……アラン君って人は……! ぶつぶつ、ぶつぶつ……」


 世界中の人間が自分に寄ってこなきゃ気が済まないのか、この子は。

 まあいい。とにかくさっさと首都にいって、給料を貰おう。そうしよう。




 ――アランは気がつかなかった。

 隣のマリカが「ここまでやってもダメなら、最後の手段ね」なんて、意味深な独り言をつぶやいていたことに。




 翌日。

 俺はアイザイル王国の王宮にやってきていた。


「勇者アランよ、よくぞ戻った!」


 王様と一か月ぶりに面会する。


「その功績は聞き及んでいるぞ。商人ガイの娘サーシャを救ったこと、ヒットポイ村のスライム退治。さらにナンモナイ村のドラゴン退治。見事である。これからも励むがいい」


 そんなお褒めの言葉と一緒に、給料として金貨袋をいただく。


「ありがとうございます。これからも頑張ります」


「うむ。商人ガイは、そなたにぜひ空唱に来てほしいと言っていたぞ。ワシも含めてな。ふふふ、そなた、よほどガイに気に入られたようじゃの。今度、ワシと一緒に空唱にいこう。一緒に歌おうではないか、勇者よ」


 来月から、給料は俺の家に直接届ける方式にできないだろうか。

 もう二度と、ここには来たくない。なんで王様と空唱にいかなきゃいかんのだ。

 ――などと考えていると、王様は、ふと表情を曇らせた。


「ところで勇者アランよ。そなたにやってほしいことがある」


「はい、なんでしょう」


「実はのう、この王国の首都にモンスターがまぎれこんでいるとの情報を耳にしたのだ」


「なんですって?」


 俺はふと、首を横に向けて窓外を眺めた。

 人口一万人を誇るアイザイル王国の中心。すなわち首都の街並みが見える。


 たくさんの人たちが、石畳の道の上を忙しそうに行き交っている。立ち並んでいる色煉瓦の建物は、いずれも五階建て以上の高さだ。それだけ多くの人が住み、またいろんな店や施設が揃っているということだ。街の隅々に街頭電視が備えられ、電視番組を放映しているそのさまからも、この街が繁栄していることが分かる。


 なるほど、これだけの都会ならばモンスターの何匹か、混ざっていても無理はない。魔法で人間に化けられたら、ちょっと見分けがつかないだろう。


「あくまで情報にすぎぬが、聞き流すこともできぬ。そこでアランよ。そなたにその情報の真偽を確かめてほしい」


「分かりました。しかし首都はなにぶん広い。俺ひとりでは調べきれません」


「それはもちろんじゃ。だが安心せい。そなたにはちゃんと相棒を用意している。これ、入ってまいれ!」


 相棒……?

 怪訝顔を作って、その人物の登場を待つと――げっ!

 なんと、登場したのはマリカだった。


「こんにちは、アラン君」


「ま、マリカ。……王様、まさか相棒というのは」


「もちろんマリカじゃ。彼女は我が国きっての優秀な騎士。それにふたりは既に知り合いじゃし、適任じゃろ」


「え、ええ。まあ……」


「それにモンスターがまぎれこんでいる場所も分かっておる。繁華街の中にある空唱室のどこかだという情報じゃ」


「は……?」


 なんでモンスターが空唱室にまぎれこむんだよ。

 だが王様は、俺の心中など知る由もない。


「アランよ。繁華街にある空唱室を、すべて捜査せよ」


 しっかりと命令してきた。


「…………」


 俺は呆然としながら、マリカの顔をちらりと見た。

 ――ふふん。

 と、ドヤ顔を俺に向けるマリカ。


 その瞬間、俺は悟った。

 ――ハメられた!


 恐らくこの、モンスターが首都にまぎれこんだという情報はウソっぱちだ。空唱室というのもデタラメだ。すべてマリカが王様に吹き込んだのだ。

 なぜそんなことをしたのか。理由は分かりきっている。俺と空唱にいくためだ。

 王様の命令、しかも勇者の仕事って形にすれば断れないからな。


「さぁ、アラン君。一緒に空唱に行きましょう。ボックスの中を調べるんだから、空唱客に扮するくらいはしてもらわないと困るわよ?」


 マリカはニタリと口角を上げて言ったが――ちくしょう!

 お前はそこまでして、俺を空唱に連れていきたいのか……!?

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