外伝その1 女騎士さんとふたりきりで無人島に残されました

 それは俺たちが、アイザイル王国を出て、船で外国に向かっている最中のことだった。



「……どうしてこうなった」



「……どうしてこうなったのかしら」



 俺とマリカは、ふたりで呆然としていた。

 現在地は、絶海の孤島である。


 目の前には、海。

 足元は、白い砂浜。

 空は蒼一色。

 後ろを振り返ればジャングル。


 無人島だ。

 典型的な無人島に、俺たちは取り残されてしまったのだ。


「……そもそもなんでこうなったのかしら」


「船でこの島の近くを通った。君がこの島に行きたいと言った。世界一の美少女騎士たるマリカ・エスボードに似合いの美しい砂浜だわ! あそこでポーズをとってみたい! とか言い出して」


「私の記憶は違うわ。あなたがこの島に行きたいと言い出したのよ。見ろよ、マリカ。あの島のジャングルにはバナナが生えてるぞ。めちゃくちゃ甘くて美味そうだ! あのバナナを食わなきゃ俺は生涯後悔する! とか言い出して」


「…………」


「…………」


「たぶん、証言はどちらも正しいわ」


「俺もそう思う」


「そして、私たちは救命ボートに乗ってこの島に上陸した」


「ああ。サーシャたちにちゃんと断ってな」


「1時間で戻るつもりだったのよ」


「なのに。……サーシャたちの船は俺たちを置いて」


「さっさと出発したのよね」


 現状確認、終了。

 まあ要するに、一言でいえばアレだ。

 俺はマリカと、無人島でふたりきりになってしまった。


「……まあ、なってしまったものは仕方ない」


 俺は言った。


「サーシャが俺たちを見捨てるとは思えないし、なにかトラブルがあったんだろう。きっとこの島に引き返してきてくれるさ」


「そうね。……ただ問題は、いつになったら戻ってくるかってことね」


「それまではサバイバルだな」


「とにかく水を確保しましょう。バナナならあるけど、水よ。とにかく水が大事だわ」


「その通りだ。……よし、探そう。こっちのジャングルの中に、水がありそうな気がするぜ」


 そう言って、俺とマリカは背後のジャングルに足を踏み入れた。

 ふう、なんかえらいことになっちまったな。

 とにかく食糧や水を確保しないと――


 と、考えたその瞬間だ。

 森の奥に、小さな建物が見えた。

 あれ? ここはもしかして、無人島じゃないのか?

 そう思って、近付いてみると。




空唱室カラオケボックス 無人島】




「は」


 俺は絶句した。

 看板に、どうどうと書かれてある空唱という文字。

 無人島に似合わない、きらびやかな照明までついている。


「……なんだこりゃ」


 俺は思わずつぶやいた。

 マリカも、隣で呆然としている。


「な、なんでこんなところにカラオケがあるんだ?」


「私が知るわけないでしょう。もしもーし、どなたかいらっしゃるんですかー?」


「……返事がないな。とりあえず中に入ってみるか」


 ドアを開け、中に入る、俺たち。

 室内は、アイザイル王国にいくらでもあった空唱室カラオケボックスと同じ構造だった。

 すなわち、カラオケ機具が一通り揃っていたのだ。


 しかも恐ろしいことに、部屋の片隅には水道まである。

 ひねってみると、なんと水まで出てきた。

 ありがたいけど、これはいったいどういうことだ――


「あ、アラン君。これを見て」


「ん?」


「ほら、これ」


 マリカが指差した先を見ると、それは部屋の壁。

 壁に直接、メッセージが書かれてあった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ハロー、ここはなにもない絶海の孤島だよ!

 あまりになにもないから、天才発明家たるボクが開発した空唱カラオケを、この島に置いていくことにした。どうだい、この天才的発想!!


 使用料はタダだ。

 こんな無人島にやってきた物好きなキミへのプレゼントだよ。思う存分空唱をやっていくがいい!!


 パメラ・シュバイク

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あんたのせいかッ!!」


 俺は思わずツッコんだ。

 17年前、カラオケを発明した女、パメラ・シュバイク。

 まさかその名を、無人島で見ることになるなんて!


「パメラ・シュバイクって確か、カラオケを発明したひとよね? アラン君、知り合いなの?」


「え? ……あ、ああ。まあ、知り合いっていえば知り合いだな」


「あ、あなた、案外すごい人と知り合いなのね! どうやって知り合ったのよ!?」


 マリカは本気で驚いたまなざしである。

 確かにパメラ・シュバイクはカラオケの発明者として有名だから、知り合いってのはすごいことかもしれないが。

 どうして知り合ったのって問われると、困るな。

 なんだろうな、俺とパメラの関係って。

 説明しにくいことこの上ない。


「……でもまあ、水が手に入ったのはありがたいか。よし、マリカ。ここを島での住処すみかにしようぜ。屋根があるから雨露も凌げるし」


「それもそうね……。ん、この建物、まだ奥があるみたいよ? カラオケ機具の陰にドアがあるわ」


「ほんとだ。開けてみるか」


 俺はドアを開けた。

 すると、そのドアの向こうには、なんと。


「べ、ベッドがあるぞ! こっちにはクローゼットがあって、中には……うわっ、服に水着にシュノーケルに……花束まであるぜ!?」


「こっちには食べ物まであるわ。パンにビーフジャーキーにエールに……なに、ここ。まるで高級宿屋じゃないの! どういうこと?」


「パメラ……こんなのまで用意してくれたのか!?」


「あっ、アラン君、見て。また壁にメッセージが書かれてあるわ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 この部屋のアイテムはボクからのプレゼントさ。

 好きなだけ使っていくといい。

 魔法で作った道具や食べ物だから、何年経っても新品の服だし新品の食べ物だよ!

 ……ただし!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ただし?」


 俺は片眉をあげて、メッセージの続きを読む。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 アイテムを使うには空唱で満点をとらなきゃダメだよ。

 満点をとったらどんなアイテムも使い放題さ。

 それじゃ頑張ってね!


 パメラ・シュバイク

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「なに考えてんだ、あの女!」


 思わずツッコんだ。

 改めて、ベッドを触ってみる。

 あ、固い! まるで岩みたいだ。これじゃ寝られないぞ。

 花束もカサカサだし、シュノーケルも曇っている。


「パンもガチガチ。水着や服もめちゃくちゃ重いわ」


「空唱で満点を取らなきゃ、アイテムは重たいし固いままってわけか」


「変わった趣味ね、パメラさんって」


「そういうひとなんだよ。――くそ、ふかふかベッドで寝られると思ったのに」


「え?」


「ん?」


 俺とマリカは思わず顔を見合わせる。なんだ、どうした。

 かと思うと彼女は、いきなり赤面した。


「そう、そうよね。無人島にふたりきり。どうしてこれに気付かなかったのかしら。ベッド、そうベッドをもし使うとしたら、アラン君とふたりで同じベッドに……あ、あああ……!」


「ち、ちょっと待て……確かにベッドはひとつしかないけれど」


 しかしマリカは目の色が変わっている。

 どこか狂気を帯びた目つきになって、うふふ、うふふ。

 彼女は美貌に似合わぬ奇声をあげはじめた。


 そして。……じろり。


「ひっ!」


 俺を見る、マリカの目。

 それは野獣のまなざしであった。

 性と愛の情欲に飢えた一匹のけだものが、自分の貞操を狙っている。

 俺はほとんど本能的に、それを察したのだ……!


「いくわよ、アラン君!」


「どこへ!?」


「空唱に決まってるでしょう!」


「なんで!」


「ベッドと服と水着とシュノーケルと、ついでに食べ物を手に入れるため!」


「最後のが一番大事じゃね!?」


「いいえ、大事なのはベッドとか水着とかよっ! いい? なんとしても空唱で満点を取って、ふたりで夏の島を満喫するのよ! う、うふふ。アラン君と夏の島にふたりきりふたりきり。うっへっへ、うっへっへ……!」


「マリカ、冷静になれ。こんなのはいつものお前じゃない!」


「むしろいつも通りよ、この上なく!」


「それもそうだな」


「って、納得されるのも腹立つ! ……とにかく!」


 マリカは、俺の手をむんずとつかんだ。

 す、すげえ力だ。とても振りほどけない。


「歌うわよ! 空唱を! 取るわよ! 満点を!」


「ち、ちょっと待ってくれ。こんな、こんなことが、あ、ああ~~……」




 というわけで、こうなった。


「魅せられて♪ 天国の果ては浮気の都~♪ 堕ちたふたりの男女~♪」


 マリカは絶好調で、『エロティカ騎士きし』を歌っている。男勇者と女騎士がエロい関係になってどこまでも堕ちてゆくというちょっとヤバい歌だ。キワどさがウケたのかどうか知らないが、なぜかヒットした曲でもある。


 彼女は華麗な歌声で、次々と満点をとってゆく。

 すると、どうだ。隣の部屋のベッドはふかふかになり、水着は軽くなり食べ物はアツアツの出来立てになる。どんどん隣室のアイテムが使えるようになっていくのだ。どういう仕組みだ。


 しかしその分、なんかいろいろとヤバいことにもなってきている。


「我はエロティカ~♪ 騎士っ♪」


 くねりくねりと歌っているマリカ。

 すでに水着姿である。


 シミひとつないまっさらな素肌。

 スレンダーな肉体に、無駄な脂肪ひとつついていない腰回りと太ももがまぶしい。

 サラサラの黒髪ロングが、水着姿によく似合い、スポットライトと相まって、なんだかエロいかっこうに見える。


「……これでシュノーケルも使えるわ」


 マリカは『エロティカ騎士きし』でも満点をとった。

 さ、さすがだ。歌唱スキル最高だな。大したもんだ。

 その分、俺はいろいろと危機を感じてしまっているのだが。


「あと1回、100点を取ればコンプリートよ。隣の部屋、最後のアイテムが使えるようになる。……さすがに緊張するから最後にとっておいたんだけど、ね」


「へ、へえ。ちなみに最後のアイテムはなんだ?」


「アイテムというか、隣室にくっついているまた別の部屋に入れるようになるわ」


「なんだって? また別の部屋? なんだよ、それ」


「気付かなかったの? ……いいわ、教えてあげる」


 マリカは、ちょっと顔を赤らめて言った。


「シャワールームよ」


「ッ!!」


 なん、だと。

 なん、ですと。


「うふふふふ、シャワーよシャワー。もう1回空唱で満点をとったら、私たち、シャワールームに入ることができるのよ。――アラン君、私、絶対に100点を取るわ。あなたとビーチで遊んで、海でシュノーケルをして、ごはんを食べて、最後はシャワーを浴びて……ベッドの上で……う、うふ、うふふふ、うふふのふ!!」


「か、帰る! 俺は帰るぞ!」


「待ちなさい! どこへいくの、ここは無人島よ!」


「泳いででも帰る! 帰るってんだ! 俺は、俺は!!」


「いいかげんにしなさい! 往生際が悪いわね!」


「よせ、マリカ。腕を引っ張るな! ……この際だ、ハッキリ言っておく!」


 俺は相手の目を見て告げた。


「俺はサーシャの告白に、真剣に応えたんだ」


「気の迷いよ、そんなもの!」


「あっ、1秒で一蹴された!?」


「確かにあの子は可愛いし優しいし金持ちだしおっぱいでかいしあなたに一途だし同じ女性の目から見ても魅力的よ!」


「お前けっこう他人の長所認めるよな。ナルのくせに」


「だけど、それとこれとは話が別! あなたは本当は私のことが好きなんだから!」


「どっからくるんだ、その自信!?」


「そう、それに――あの子とあなたが付き合っていようがどうしようが! 今日この日に作る既成事実の前にはむなしいことよ!」


「お前本当に今回発言めちゃくちゃヤバいぞ!?」


「むしろこういうシチュでヤバくなくてどうするの!!」


 マリカは、吼えた。


「ここにはあなたと私のふたりきり! 他に誰もいない絶海の無人島! その孤島の中において、男と女がふたりっきりになっている! それでヤラしいことをしないほうが、うら若き男として女として人として! よっぽどおかしいんじゃないの!?」


「な、なんだと……」


「はい、ここでBGMスタート!」


 マリカはカラオケのリモコンを操作した。


 た~ら、ららららら~ん……♪


 スピーカーから、やけにムードのある、エロい感じの音楽が流れてきた。


「……さあ、アラン君。あなたは本当は私が好き。たまらなく好き。サーシャ・ブリンクよりマリカが可愛い。ほら、言いなさい。マリカは可愛い、マリカは可愛い、マリカは可愛い」


「う、うう。……だ、だめだ。俺は……俺は耐えるぞ。ここで誘惑に屈するようでは勇者といえない。もう勇者じゃないけど」


「だめよ、アラン君。向き合うべきことには向き合わないと。ほら、私を見て?」


「うああっ、ひとが何ヵ月もかけて得た教訓をそんなにあっさりと!」


「無人島で美少女騎士とふたりきりになっておいて、指一本触れないなんて、それこそ勇者じゃないわ。ただのへたれよ。無職よ。この無職!」


「やめろマリカ、その攻撃はなぜか効く。あ、ああ、しかし……マリカ……マリカが可愛くエロく見えてくる……」


 なんだか、クラクラしてきた。

 マリカって確かに、顔はすげえ綺麗なんだよな……。

 黒髪も艶やかだし、身体もなんか抱きしめたら折れてしまいそうな細さが愛おしい。

 あ、耳……耳たぶ、小さくて可愛い。指先……マリカの細くて白い指先……あれは……なんかよさそう……よさ……あ、あ、あああ……。


 マリカ……マリカっ!


「うあああああああああああああああああああああ!」


 俺は、けだものになった。


「マリカアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「アランくううううううううううううううううんん!!」




 そのときであった。


 バタンッ!


「アラン様っ!」「お兄ちゃん!」「…………」


 サーシャとフィルとミドラが、ドアを開けて突入してきた――




「申し訳ございません、アラン様。父の勘違いで、船が出航してしまっていました」


「いや……いいけど……」


 というわけで、船上である。

 俺とマリカは船に戻ることができた。

 ……それにしても危ないところだった。

 あと3分、サーシャたちが来るのが遅かったらと思うと、ぞっとするぜ。


「……まったく、なんてタイミングで来るのよ。外で狙ってたわけじゃないでしょうね……」


「ん? マリカお姉ちゃん、なんか言ったー?」


「いいえ、なんでも!」


 水着から騎士服に戻ったマリカは、投げやりに叫ぶ。

 なお水着とかあれこれのアイテムは島に置いてきた。

 空唱のスイッチを切ったら、隣室のアイテムはまた元通り、重く固くなってしまった。

 次の利用者に備えたってところだろうが……。


「ところでアラン」


「ん? なんだミドラ」


「あの空唱室カラオケボックス。魔法アイテム『ゆうわくの花』の香りがした。だれが使った?」


「『ゆうわくの花』……?」


 それって確か、敵の理性を一時的に奪って混乱させる道具じゃ……。

 そこで俺は、あの隣室のアイテムの中に、花束があったことを思い出した。

 まさか。まさか、あのアイテムを、マリカは……。


 じろり。

 隣を見ると、マリカは黒髪をなびかせていた。


「アラン君、見て。夕陽がとてもきれいよ」


「ごまかすんじゃ、ねえええええええっ!」


 俺の絶叫が洋上に轟きわたる。

 サーシャたちは俺の雄叫びに、目を丸くした。

 とんでもねえ魔法道具使いやがって。それでも騎士か! チクショウめ!

 俺の歯ぎしりに、マリカはただ、口笛をしれっと吹いていた。




 旅は、まだ続く……。

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