外伝その2 転生いちゃラブエロコメもの(ただし主人公はカラオケ)
洋上。
船の中である。
旅は、まだ続いている。
談話室でまったりしていると、フィルがやってきて、
「お兄ちゃーん、たいくつだよー。持ってきた本とかも読みおわっちゃったしー。なんかして遊ぼうよー!」
「なんかって、なんだよ。この船、遊ぶものなんてなにも――」
「カラオケがあるよっ! ほら!」
フィルは、俺の目の前にあるカラオケ機具を指さしている。
って、また
俺は顔を引きつらせた。……いや、確かにカラオケはあるけどさあ。
そりゃ、すべての部屋に空唱のっけてる船だから当然だけどさあ。
だが、俺はかぶりを振った。
「カラオケはいい……俺は疲れているんだ」
本音を言えば、マリカの一件で、空唱に対するトラウマが復活し始めていたからなのだが。
「えー、つまんないなー。だったらあたし、なにをしたらいいんだろ」
「勉強とか、僧侶の修行をしろよ。フィルはまだ学生なんだからさ」
「お兄ちゃん、おじさんみたいなこというねー。ま、いいや。じゃあ勉強しよ」
フィルは本を取り出して、魔法の勉強を始めた。
よしよし、素直でよろしい。
さーて、俺はどうするかな。
久しぶりに剣の特訓でも――
「えーと、じゃあこの、敵全体にかける死の魔法、やってみるかな。『シンドケ』!」
「ぐふっ!!」
俺は、死んでしまった。
…………。
って、ちょっと待ってくれ。
ほんとに死んでどうするんだよ、おい!
ま、真っ暗だ。なにも見えない。聞こえない。
嘘だろ? マジで俺は死んだのか?
おーい、みんな! フィル!
助けてくれ! 生き返らせてくれ!
おーい! おーい! お――
「お兄ちゃん!?」
……おっ、フィル。
フィルが、俺の顔を覗きこんでいる。
よかった。どうやら彼女が、俺を生き返らせてくれたようだ。
しかし彼女は、とても慌てた、というか、愕然とした表情である。
まあ、死の魔法で人を殺してしまったんだから当然かな。
【こら、フィル。死の魔法をうっかり使っちゃダメだ。俺が死んじゃったじゃないか。反省しなさい】
「お、お兄ちゃん……だよね?」
【ん? 当たり前だろ、ほかのだれに見えるんだ――】
って、あれ。
なんか俺、声がおかしくね?
身体も変だぞ。やけに重い。というか手足が動かない。
……何気なく、足下を見る。
すると俺が死んでいた。
…………。
え?
あれ?
なんで?
じゃあ、この俺はだれだ?
俺は、部屋の片隅にかかっていた壁掛け鏡を見つめる。
【……】
カラオケ機があった。
いや、そりゃあるんだけど。
あって当然なんだけど。
……なんか、違和感が。
俺は、ぴょん。
跳び跳ねてみた。
びょーん。
鏡の中のカラオケ機具も、跳び跳ねた。
【……】
「お兄ちゃん。……あのね。お兄ちゃん、いま、カラオケになってるよ……?」
【………………】
俺はしばし、茫然自失とした上で……
吼えた。
【どういうことだああああっ!?】
そういうわけで、俺はなんとカラオケになってしまった。
前代未聞である。人外に生まれ変わるっていう物語の小説は何度か読んだことがあるが、カラオケに生まれ変わる勇者がどこにいる!
俺が、この俺が、よりにもよって、カラオケに。……カラオケに!
【うっうっうっ、あんまりだ。あんまりだ。俺がいったいなにをした……】
スピーカーから、くぐもった俺の声が溢れる。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。きっともとに戻れるって!」
フィルが笑顔で励ましてくれるが、心には響かない。
これまで俺の人生の中で、こんなにショックな出来事はなかった。
【なんで、なんで、俺がカラオケになるんだ? 意味が分からねえ……!】
「ごめんね、お兄ちゃん。きっと、わたしの魔法力が足りなかったせいだと思う」
【なんだって? どういうことだ?】
「あのね、あたし、
【…………】
「だけど、とにかくお兄ちゃんを甦らせなきゃって思って、無理やり
【そういうことか。ちくしょう、なんてこった】
俺は、がっくりとうなだれ――たかったが、カラオケなので頭を垂らすこともできず、ただただ落ち込んだ。
「だ、大丈夫だよ、お兄ちゃん。カラオケになってるお兄ちゃんもかっこいいから!」
【全然フォローになってねえよ!】
ぴょいーん。
俺は飛び跳ねた。これでもいちおう怒っているつもりだ。
「あ、あたし、頑張るから。必ず元の身体に戻れるようにしてみせるから」
【どうやるんだよ、具体的に!】
「ど、どうって……どうしよう、えーと、えーと」
フィルは、大きな瞳をさまよわせながら考え込み、やがて、
「そうだ! いいこと思いついた!」
【いいこと?】
「いくよっ、お兄ちゃん! おらっしゃああ!!」
バァーンッ!
【げっほ!?】
フィルはいきなり、カラオケとなった俺を平手打ちした!
俺はむせた。……カラオケなのになんでむせるのか分からんが、とにかくげほげほとせきこんだ。
【な、なにをする!?】
「あれ、なおらない。うちの田舎じゃ、カラオケの機械が壊れたときはこうしたらなおるんだけどなあ」
【
「そ、そっか。そうしたら、えーとえーと。……そうだっ!」
フィルはなにかを閃いたのか、ぽんと手を叩く。
かと思うと、いったん部屋から飛び出して、やがて数分後、よいしょよいしょとバケツいっぱいにお湯を運んできた。……って、
【フ、フィル。それはなんだ?】
「温泉だよ!」
【!?】
「うちのおばあちゃん、よく言ってたんだよね。『温泉に浸かると生き返る』って! だからお兄ちゃんも温泉を浴びると復活するかもしれないよ!」
【いやいやいや! 生き返るって絶対にそういう意味じゃ、っていうか温泉どっから調達してきた!?】
「浴室。知らなかった? この船の大浴場って温泉を使っているんだよ!」
【ああ、どうりで入浴するたびに肩コリが取れてお肌がツヤツヤに――ってふざけんな! 都合よく温泉なんか登場しやがって!!】
「さー、とにかくかけるよ~。なおれっ、お兄ちゃん!」
【や、やめ――】
「そおれっ!」
ザパーン!
思いっ切り、温泉をかけられた。
…………が。がが。ががが。
【ピー……! ガー……! ピピピピピ、ガガガガガ!!】
「ぎゃーっ、お兄ちゃんが壊れた!」
ピピピピピ。
ガガガガ、ガガガガガ。
ピガガガガガガッ、ピガガッ!
「どうしよう、どうしよう! そ、そうだっ。そいやぁ!」
バアァーンッ!
フィルは再び、俺に平手打ちを食らわせた。
……あ、なおった。
【あ、危なかった。カラオケとして壊れて人生を終えるところだったぜ】
「よかったね、お兄ちゃん!」
【よかねえよ! フィルは俺を殺したいのか助けたいのか、どっちなんだ!?】
「も、もちろん助けたいよっ。ごめんね、カラオケに温泉をかけたら壊れるなんて思わなくて」
【思うだろ、常識的に考えれば!】
「あうあうあう。ど、どうしよう。殴ってもだめ、温泉をかけてもだめ。ほかに方法は――あ、そうだ……」
【あ、また思いついたな。おい、待てよ。リアクションをとる前に、なにをするのか俺に相談をしてからに――】
と、俺は言った。また妙なことをされたらたまらない、と思ったからだ。
が、遅かった。――フィルは顔を真っ赤にして、ちょっぴりもじもじしながらも、やがて、
「えいっ」
と、意を決したように短く叫んでから――ええええええ!?
フィルは自分のスカートを両手で持って、なんとたくし上げたのである。
逆三角形の白い下着が、少女の股間を覆っている。ピチピチとした成長期の太ももは極めてまぶしく、それでいてわずかに汗ばんでいるのがよく見えた。フィル本人は、本当に恥ずかしいのだろう。両頬を紅に染め抜いて、双眸を俺からそらしつつ、「見ないで……恥ずかしいよぉ……」なんて、行動と矛盾した発言をしている。って――
【なにやってんだよ、フィル。よせよ、そんな痴女みたいなこと!】
「だ、だって、だって。昔、うちのおじいちゃんが言ってるのを聞いたことがあるんだもん。『うひょひょひょひょ、久方ぶりにああいうお店にいったがのう、女の子のパンツはやっぱりええわ。生き返る気持ちじゃ』って……」
じじい!
なんてセリフをほざいてやがる!
「どう、お兄ちゃん。……あ、あたしのパンツで……生き返る……?」
【ンなわけねえだろ!!】
「えっ、まさかパンツだけじゃだめ? だ、だったら、おっぱいとかも……? サーシャお姉ちゃんほど大きくないけど、でもあたし、お兄ちゃんが見たいなら――」
【だ、だからよせって!】
フィルが上着を脱ぎかける。可愛いブラがチラリと見えた。それはやめろと俺は駆け寄り――たいところだったが足がないので駆けられず、ぴょいんぴょいんとカラオケボディをバウンドさせた。
とにかくフィルを止めるんだ! ぴょいーん!
俺は激しくジャンプした。すると――
ぼよん!
「きゃっ!」
【うおっ!】
俺とフィルは、ぶつかってしまった。
しまった、勢いよく跳びすぎたか。そう思った瞬間だった。
「あ……ああああっ!」
フィルの全身が、きらきらと光り輝き始めた。
【な、なんだ?】
「あ、あたしの魔法力が回復している!」
【なに!? ……あ、そうか。ぶつかったことで俺の魔法力がフィルに伝わったのか!】
どうやら、勇者としての俺の魔法パワーは、カラオケ機具になっても健在だったようだ。
勇者は自分の生命力や魔法力を、仲間の誰かに分け与えることができる。それに違いない。
「いけるよ、お兄ちゃん。この魔法力ならお兄ちゃんを復活させられる! いくよっ、ヨミガル!」
【お、お、おおおおお……!】
ピカッ!
部屋中に光が
そして。
「う、ううん……」
俺は、頭をかきながら起き上がる……。って、頭をかく?
おお。手がある。足もある。カラオケじゃない。人間の肉体だ!
俺は、元に戻ったんだ!
「や、やった。カラオケから元に戻ったぞ!」
思い切り叫んだ。するとかたわらのフィルも「わぁっ」と笑顔を作る。
「やったね、お兄ちゃん。よかった! 本当によかったよ!」
「ああ、やったぜ。いやあ、ほっとした! まさかカラオケの身体になるなんて思わなかったからな」
「ほんとだよね。……お兄ちゃん、ごめんね。いっぱい迷惑かけて」
「まあ、過ぎたことはもういいさ。次からは気をつけるんだぞ」
俺たちふたりは笑顔になった。
これにて一件落着だ。いや、本当によかった。一時はどうなることかと思ったぜ。
死の魔法なんてそうそう使うもんじゃない。フィルにそのことを教えなきゃな。
……と、そう思っていたそのときだ。
ばたーん!
部屋のドアが開き、
「なんですの!? いまの光は!」
「まさかモンスターじゃないでしょうね!?」
「モンスターの気配はしない……」
サーシャ、マリカ、ミドラの3人が突入してきて――
「え」「あ」「……」
それぞれ、絶句した。
フィルがパンツ丸出しの上、上半身も上着脱ぎかけのブラ姿だったせいだ。
「「「…………」」」
3人娘は、唖然とするのみ。
「あ。……や、やだ、もう…」
フィルは、顔をぽっと赤らめつつ、俺のほうをちらりと見て、
「どうしよう、お兄ちゃん。……えへへ」
はにかんだ。……この場合、赤くなって微笑むというのがどういうふうに人から見られるのか、この無邪気な少女はまったく知らない。サーシャたちの瞳から、すっと光が消えていく。
なにか強烈な
……旅は、なお続く。
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