外伝その3 ミドラママ襲来! 洋上のカラオケ対決!

 やっぱり、船上である。

 島影ひとつない大洋を、大きな船体が進んでいる。


 その船の、甲板の上にて。


「いっせーのーが、2だ!」


「いっせーのーが、3」


「いっせーのーが、ゼロ! ……へっへっへっ」


「む。むむむ。……やるな、勇者」


「アラン様、今回も一番ですわ! さすがです!」


「あなたたち、ずいぶん懐かしい遊びしているわねー」


「マリカお姉ちゃんはやらないの? 楽しいよ!」

 

 俺に、魔王オルタンス、その娘ミドラ。

 さらにサーシャ、マリカ、フィルまで集まって。

 みんなで、わいわい。わーいわい。

 親指を上げる遊びを、していたのである。

 そのときであった。


 ゴゴゴゴゴ……。


 突如、前方の海が激しく渦巻き、船が大きく揺れだした。


「な、なんだ? 嵐か?」


「冗談でしょ。そよ風ひとつ吹いていないわよ。――ん? あれは……」


「……女性が海に浮いている」


 と、ミドラが言った通り。

 渦の上に、水色の長い髪をした女性が浮かんでいた。

 白いドレスを身にまとっているようだが……、

 しかし光に包まれていて、全身がよく見えない。顔も分からないのだ。

 魔法……? いや、モンスターか?

 俺は怪訝顔を作りつつも、用心のために腰の剣へと手をやった。

 だがそのときふいに、魔王が叫ぶ。


「あ、あれはまさか……!」


「知っているのか、魔王!」


 険しい顔で、問いかける俺。

 魔王オルタンスは「うむ」と大きくうなずいた。


「あの女は……」


「あの女は?」


「あの女は――」


 わずかに間を置いて、魔王オルタンスは――告げた。




「別れた、ワガハイの女房だ」




「………………は?」




 俺は絶句した。

 女性を包んでいる光が消える。

 すると、整った顔立ちが登場した。

 年のころは20代後半くらいに見える、綺麗な女性だが――

 このひとが、魔王の……別れた奥さん?


「あなたッ!」

 

 水色髪の女性は、ギロリと魔王を睨みつける。

 びくん。魔王は身を引かせた。


「……ママ……!」


 さすがのミドラも目を見開き、驚きの表情を見せている。

 ミドラが「ママ」って呼んだ。本当に魔王の元奥さんのようだ。マジかよ!

 信じがたい。こんな美人が、どうしてあのギャンブル狂のクソッタレ魔王の奥さんに……!?


「とうっ」


 奥さんは、海面をぱーんと蹴ると、船の上に飛び乗ってきた。

 そして、きっ。……俺たちへと視線を送ってくる。


 かと思うと。

 ミドラの側へ駆け寄って、彼女をぎゅっと抱きしめた。


「ミドラ、久しぶりね。ママよ。元気だった?」


「……うん。ミドラは元気」


「ああ、ごめんなさい、ミドラ。オコノはいけないママね。やっとあなたを見つけだせた……! もう、もうあなたを離さないわ!」


 ぎゅぎゅぎゅっ!


 オコノと名乗った奥さんは、強く、強くミドラを抱きしめたのだ。

 美しい母性愛だが――ところが、そのオコノさん。

 やがて、びしっとまなじりを吊り上げると、立ち上がって魔王を睨みつけた。


「オルタンス! やっと見つけたわ。まさか大陸から逃げ出して、こんなところにいるなんて!」


「い、いや、別に逃げ出したわけではない。実はそこにその、いろいろ」


「なにがいろいろよ!」


 オコノさんは、ますます表情を険しくさせて、咆哮した。


「あなたに事情なんてあるわけないわ。あなたはいっつもそうだった! ズボラで怠け者でワガママで、結婚してからこっち、金貨1枚だって稼がなくて!」


「そ、それは……」


「離婚が成立した瞬間、無断でミドラを連れて家を出て、魔王城までさっさと戻って!」


「その、つまりだな……」


「どっちがミドラを育てるかは、ちゃんと話し合う予定だったでしょ!? それだっていうのに、あなたってひとは勝手にミドラを連れ出して! ……それで魔王城を尋ねてみれば、別の大陸に向かったっていうし! どうしていつもそう勝手なの! おまけに慰謝料もいっさい払っていないままじゃない!! このダメ魔王!」


「お、おぐ、おぐぐぐぐ」


 オコノさんは、一方的に魔王を責めたてる。クソミソである。

 まあ魔王のやつのアレっぷりは、確かにあまりフォローできないが。

 俺、サーシャ、フィル、マリカは、ただ呆然とその光景を眺めるのみだ。


「とにかく! あなたのことなんか、もうとても信用できないわ。ミドラを育てるのも、あなたには任せられない。オコノが連れて帰るからねっ!」


「なんだと!?」


「……!」


 大きく目を見開く、ミドラ。

 オコノさんは、そんなミドラの手を取った。


「ミドラ。ママといっしょに帰りましょう。こんなクソ親父に無理やり連れていかれて、辛かったでしょう。ごめんなさいね。さ、イズサーベル大陸に戻りましょ」


 そう言って、オコノさんは右手を掲げた。

 すると、オコノさんとミドラは、真っ白な光に包まれる。

 ワープでもするのか……?

 だが、そのときだった。


「アラン……」


 ふいに、ミドラが悲しげな声をあげた。

 いつもクールな彼女が、双眸をわずかに潤ませている。


 ……ミドラ……!


 俺は察した。彼女はまだ、俺たちといっしょに旅をしたがっている。

 オコノさんと帰りたくはない、と思っている。

 ……だから次の瞬間、俺は動いていた。


「待った!」


 俺は叫び、ミドラの手を取ったのだ。

 するとオコノさんとミドラを包んでいた光が、ぱっと消える。

 オコノさんは、突然の事態に目を剥いた。


「な、なにをするの、人間!」


「オコノさん、すみません。だけど俺は、ミドラをそちらにいかせるわけにはいかないんです」


「なんですって?」


「あなたの立場に同情はします。確かに魔王オルタンスはクソッタレな男です。慰謝料のために人間を攻めるし、ギャンブルにハマるし、娘にパンツも買ってやらないし、空唱カラオケの採点では13点しか取れないし」


「7点しか取れない貴様よりましだ」


 オルタンスは、ぎろりと俺を睨んだ。

 だが、俺は無視して続ける。


「ですが、それはそれとして。ミドラを連れていくのは、少しだけ待ってくれませんか? ミドラはいま、俺たちと旅をしているんです」


 俺は、ハッキリと言った。


「ミドラは俺たちの仲間です。この旅が終わるまではいっしょにいようって、そう誓ったんです」


「そうですわ、オコノさま。せめてこの旅が終わるまで、連れていくのは待ってくださいまし」


「そうね……。ミドラちゃんも、それを望んでいるみたいだしね?」


「ミドラちゃんのことは、あたしたちが守り抜くし、面倒を見るから」


 俺、サーシャ、マリカ、フィルが、それぞれミドラの手を取る。


「……ママ。アランたちの言う通り」


 ミドラは、わずかに瞳を潤ませながら、母親のほうを見上げた。


「ミドラはアランたちと旅をしている。せめてこの旅が終わるまではアランたちと一緒にいたい」


「なにをバカなことを言っているの! あなたは子供よ。魔族とはいえ、危ない旅をさせるなんて……。許さないわ、そんなこと!」


「ママ!」


「ミドラ! あなたは、ママといっしょに帰るのよッ!」


 オコノさんが、吼える。

 かと思うと、ニョッキリ!

 なんと、彼女の頭からツノが生えてきた。


「み、ミドラちゃんそっくり!」


 フィルが、驚愕の声をあげる。


「オコノだってモンスターだからな。ツノくらい生えるだろう」


「他人事みたいに言ってんじゃねえぞ、魔王! 呑気に解説しやがって!」


「ミドラは絶対に連れて帰るわ! 人間ども! 逆らうならあなたたちを叩きのめすまで!!」


 ツノが生えたオコノさんは、くああ、と口を開いた。

 するどいキバが、チラリと見える。こ、これがモンスター形態のオコノさんの姿か!?

 俺は剣を構えようとして、ためらった。……相手はミドラのお母さんだ。手荒な真似はしたくない。できれば、話し合いでなんとかしたいんだが……!

 だが、俺の考えは甘かった。


「くたばれ、人間ども!」


 ぴかっ。

 オコノさんの瞳が光った。

 かと思うと、彼女は口を大きく開き、


「~~~~~~~~~~~~♪~~~~~~♪♪♪~~~~~~~♪」


 ふしぎな歌を歌い始めた。……な、なんだ、この歌は?

 すると「いやああああああああああ!」と、突然マリカが叫んだのだ。


「どうした、マリカ!?」


「いやっ、いやっ、いやっ! アラン君! あなたが、まさかあなたの正体がオークだったなんて!」


「……は!? なに言ってんだ、お前」


「女騎士にとって不俱戴天の仇! それはオーク! そんなオークに恋をしていたなんて最低だわ! くっ、殺せ! くっ、殺せ……!」


 意味不明なことを叫ぶ、マリカ。

 どうなっているんだ、いったい?

 怪訝に思っていると、隣の魔王が解説した。


「これがオコノの能力だ。……彼女はモンスター、セイレーン。その歌声を聞いたものは、幻を見てしまうのだ」


「なんだって。じゃあマリカにそれにやられて幻を見ているのか? ……し、しまった。それじゃ……サーシャ! フィル!」


 俺はサーシャとフィルのほうを振り返った。

 すると。


「よーしよしよしよし。アラン様、おっぱいが欲しいんでちゅね。いいんでちゅよー、好きなだけ吸ってくださいませ。……ああんっ! もう、アラン様は赤ちゃんになってもエッチなんですね……(はぁと)」


「えへ、えへへ。お兄ちゃんがいっぱいだ。101匹お兄ちゃんがあたしを囲んでる、まるで夢みたい。お兄ちゃんフェスティバル開催だぁ~……!」


「…………」


 ふたりは、地獄絵図のような幻を見せられていた。

 さすがセイレーンの力、といったところだが……。

 もう少し、マシな幻は見せられなかったものか。


「おかしいわね。なぜあなたにだけ、オコノの歌が効かないのかしら?」


 オコノさんは、俺のことを怪訝顔で見つめてくる。


「……俺はこれでも元勇者だ。並の能力は通用しない」


「なんですって、勇者!? オルタンス! どうして魔王のあなたが勇者といっしょにいるの!」


「……まあいろいろあるのだ。いろいろとな」


「まったくいい加減な……勇者と魔王が旅をしているなんて前代未聞よ。嘆かわしいことこの上ないわ。……やはりミドラは、オコノが連れて帰らせてもらうわっ! ~~~~~~~~~~~~~♪~~~~♪~~~~♪~~~~~~」


 オコノさんは、美声を発し、さらに能力を全開にする。


「ああっ、アラン様ったらいけない子! そんなにおっぱいを吸われたら、わたくし、わたくし……!」


「お兄ちゃんが巨大化したぁ~~~! あははっ、巨大化お兄ちゃんが101匹だぁ~~! お兄ちゃん万博だぁ~~~!」


「だ、だめよアラン君! 脱いじゃダメッ。オークの下半身を見せられたら、私、私……! もうだめ、トロトロになってしまいそうッ!」


 いよいよとんでもない幻を見せつけられている、サーシャたち。

 だからもうちょっと、マシな幻を見てほしいんだが。

 ……くそっ、とにかくなんとかしてオコノさんをやっつけないと。

 このままじゃサーシャたちが幻の世界に閉じ込められてしまう。


「魔王。オコノさんを止めたい。どうしたらいいんだ? できるなら、剣で攻撃とかはしたくないんだが……」


「暴力以外で、オコノの歌を止める方法はたったひとつだ」


「なんだ、それは?」


「オコノよりも、うまい歌を歌うことだ」


 はい。

 また魔王さん、えらいことを言い出した。

 歌、だと? よりにもよって歌で勝て、だと!?


「無茶言うな! 俺にそんなことができるわけないだろう!」


「しかし方法はそれしかないのだ」


「ぐ……し、しかし……。……魔王、お前が歌え。お前のほうが少しだけ歌がうまいだろ」


「ごめんこうむる。これ以上、オコノを敵に回したくない。慰謝料の金額も増えるし」


 ええい、ヘタレ魔王め!

 こうなったら、仕方がない。

 俺が歌を歌って、オコノさんを止めるしかない!

 方法が歌うことしかないのなら、やってやる。

 サーシャたちを助けるためだ……。無理かもしれないが、ここは挑戦だ。

 俺はその場にあった空唱機カラオケシステムからマイクを取ると、すうっと息を吸い込んで――そして歌いだしたのだ。


「割れたいとキに割れない~~~割れたいとキに割れない~~~切なくテ~~~もどかしい~~~~♪」


 俺が歌った曲は『トゲ使おう ~黄身想う~』だ。

 タマゴを割ろうとしている主婦がいる。しかしなかなかうまく割れない。そこで庭から薔薇を摘んできて、そのトゲを用いてタマゴを割った、という、ダジャレ丸出しの歌である。なにもトゲを使わなくていいだろうと思うが、そこはそれ、気にしてはいけない。

 とにかくそんな歌が、なぜかアイザイル王国ではヒットしていた。曲が発売された瞬間、タマゴの売上まで倍増したほどだ。我が故郷ながら、あの国のヒット曲の基準は分からない。

 ……まあもっとも。……俺、この曲けっこう好きなんだけどね。


「殻割れないでキレる~~~~トゲ使おう~~~~♪」


 ……ち、ちくしょう。我ながらやっぱりオンチだ。

 自分でも音程がズレているのが分かる!

 だ、だけど、俺は逃げないぜ。サーシャたちを助けるためだ。

 こんな歌でオコノに勝てるとは思えない。

 だが負けるわけにはいかねえ!


「そゥ♪ いつの日だっテェ♪ 黄身のことは忘れないノ……♪」


 俺は必死になって歌った。

 精一杯、魂を込めて熱唱したのだ。

 うう、相変わらず俺の歌唱スキルはゼロのままだ。

 し、しかし歌うぞ。仲間たちのために歌うんだ!


「~~~~~~~~~~~~~♪~~~~♪~~~~♪~~~~~~…………」


 オコノさんの歌は止まらない。サーシャたちの幻も解除されない。

 くそっ、やっぱり俺じゃ彼女には勝てないのか!?

 だが、そのときだ。


「…………」


 ふっと、オコノさんは歌うのをやめた。

 ……え?


「……ぐすっ」


 そして、なぜか彼女は、涙を流し始めたのだ。

 ……ど、どうした? なにがあった?


「……おじょうず」


「え?」


「人間。……あなた……名前はなんていうの?」


「……アラン。アラン・ディアックだ」


「アラン……あなた……」


 オコノさんは、瞳をいっぱいに見開いて、ワナワナと震えている。

 かと思うと、くわっ! すさまじい形相になって、俺の両肩をつかんだ。

 そして、叫んだ!


「あなた、歌がうますぎでしょ! すごいわ! オコノの負けよ!!」


「……え。え、え、え!? ……え!?」


 俺は驚愕する。――サーシャたちは、その場にぱたりと倒れ込んだ。どうやら幻が解けたようだ。それについては確かによかった。

 だが……しかし。俺は何度もまばたきをする。どうして、俺なんかの歌がオコノさんに勝利したんだ?


「オコノはな」


 と、魔王が言った。


「ミドラと同じだ」


「え?」


「つまり。……耳オンチだ」


「あなた!! 歌がうますぎよーー!! 感動したわ! 泣けたわ!」


 オコノさんが、よよよと泣き崩れる。

 するとミドラも、こくこくとうなずいた。


「アラン、相変わらず歌が上手だった。ブラボーだった」


「そうよね、ミドラ! ママもそう思うわ! ブラボーよ!」


「…………」


 奇妙な成り行きに、俺は呆然とした。


「素晴らしい歌声だったわ。あんな声、聴いたことがない……。まさか、まさかセイレーンのわたしが敗北を認める日がくるなんて……!」


「……いや……その……」


「ミドラ! オコノは……ママは決めたわ!」


 オコノさんは、俺の手を取り、ぎらぎらと輝くまなざしで叫んだ。


「このひとと再婚する!」


「はぁ!?」


 俺は思わず、すっとんきょうな声をあげた。


「あんな、あんな素晴らしい歌声のひとと巡り会えるだなんて思わなかった。オルタンスもいい声をしていたけどね! あなたのほうがずっと上よ!」


 魔王が……いい声……?

 ……そうか、オコノさんは耳オンチだから……オルタンスの声に騙されたのか……。

 ……そしていま、また俺の歌声に騙され――

 って、冗談じゃないぞ!?


「ミドラ、今日からこのひとをパパと呼ぶのよ! いいわね!?」


「……アランが……ミドラのパパ……?」


 ミドラは、なにか思い切りジト目になって、俺とオコノさんを交互に見比べるのだが――待ってくれ! なんだこの流れは! なんで、こんなことになってるんだ!? 俺は、俺はただミドラやサーシャたちを助けたかっただけなのに!


「アラン。……もう一度歌って……あなたの声、もっと聴きたいの……♪」


「や、やめろ。俺は歌わん。もう二度と歌わないぞ!」


 俺は絶叫し、にじり寄ってくるオコノさんから逃げ出した。

 ちくしょう! やっぱり歌なんか歌うと、ロクなもんじゃねえ!!

 空唱なんか、大嫌いだ!




「……あの……ところでワガハイは……?」




 魔王オルタンスは、アランとオコノとミドラの触れ合いを、むなしく眺めていた。

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