二 ヒルドという女性2

「一つ余興を終えたところで、早速本題に入りたい」


 ホープがお見合いの進行を促した。


「ああ、是非始めよう」


 ユメルも同意する。


「兼ねてよりナーリャ家とセロイド家は深い親交にあります」


 ルーが言う。


「この度の縁談がその親交を更に深め、両家の繁栄を高めるものである事を願います」


 この一言でお見合いが始まった。


「通例、縁談の場では両家両親の紹介と血筋の説明がされるが、両家はその親交から既にお互い知り得ているため、この行程を飛ばしたいと思うが構わないかな」


 ホープが確認を取る。プルトは何をそんなに焦っているのだろうと思った。もちろん、こんな血筋の話など聞いていても仕方がないのだが、風習や掟を大事にする父らしくないなと思ったのである。


「ああ、構わない」


 ユメルが言った。


「では早速、縁談の返礼、祝辞として贈る当家の店について話をする」


 やはり少し焦っているような気がする。これが何も知らない人間ならば何も感じる事はなかっただろうが、プルトは家族だ。違和感を抱いてしまうのだった。


「その件だが、そこまでしてくれなくても、つまり店の経営権を譲るなど、そのような事をしなくても良いと思っている。確かにナーリャ家は昨今と業績が悪く、上流市民の権利を剥奪されかねない危機に陥っている。だがそれは当家の長男カーキが軍の将校として戦死した噂が流れているからに過ぎない。しかしそれは噂でしか無いと私は思っている。あれはそんな簡単に死ぬ玉じゃない。私はいつか帰ってくると思っている」


 ユメルが演説した。正直プルトはびっくりしていた。カーキの噂は知っていたが、ナーリャ家が上流市民を追われるほど追い詰められているとは知らなかった。


「ユメル。その話は済んだはずだ。君が何か大きな借りを作って、そのお礼ということなら受けてくれるというから、私はこの話を持ってきたのだ。君もヒルド嬢とプルトの結婚を喜んでいたじゃないか」


 なるほど焦りの正体はこれかとプルトは思った。それにしても驚いた。店を一つ与えれば良いと思っていたが、父は既にその手配をしていたのだ。しかしユメルは首を縦に振らなかった。そこで理由をつけるために縁談を取り付けた。

 ただし、本人の意志は考慮せずに。

 まあ、上流市民の縁談などそんなものだと言えばそんなものだ。ただ一つ言えるのは父ホープにとっては一石二鳥の話なのは違いない。没落間際とは言え、ナーリャ家は由緒正しい家系だ。プルトの結婚相手として体裁は保てる。それに加えて親しき友人も助けられるかもしれないのだから。

 本人の意志、か。

 プルトはヒルドを窺ってみる。ヒルドの意志はどうなのだろう。確かに没落した後ではもう上流市民と結婚することは難しい。かくいうプルト自身がそうだからだ。しかし、下流市民には自由恋愛がある。好きに恋愛出来るのであれば、その方がヒルドには幸せではないのか。そう思う。そもそも本人の意志なきままに行うこれは、父ホープの驕りだとプルトは思った。


「ああ、私としては二人に意志があるのであれば結婚させたい。しかしそれは二人の意志があれば、だ。子どもを道具に政略を行うのは好きではないのだ、私は」


 プルトはユメルの言葉に大きく頷いた。


「ユメル、君は事の大事さをわかっていないんだ。由緒正しきナーリャ家を潰してしまって良いのか」


 ホープが怒鳴った。


「ホープ、縁談は当人達の人生だ。一生を決める大事な事件だ。当人の意志なしに進めることは出来ない」


 ユメルも落ち着いているが強い口調で返す。


「そんな甘っちょろいことを言うから家が没落する。私はそう言う家を何個も見てきた」


 父ホープの気持ちも全くわからないわけではないとプルトは思う。確かに没落する家は家を残すことに積極的ではない。


「家の繁栄など栄枯盛衰だ。自然の流れに任せれば良いのだ。当人達だってそれくらいの事情がわからない年齢でもない。二人を信じる。何故それが出来ないのだ」


 それは父が私の意志を知っているからだ、とプルトは思った。父ホープが言葉に詰まっている。


「・・・・・・ではヒルド嬢に聞く。貴女はプルトとの結婚を望んでいるのかな」


 ホープはヒルドに焦点を絞ったようだ。


「はい、望んでいます」


 ヒルドは静かにそう応えた。


「では縁談は成立だ。プルトはここに来ることでそれを示している。これでいいだろう」


 ホープが無理矢理話を進めた。プルトが抗議するために立つと、それをユメルが手で制す。


「ホープ。私は本人の口から直接聞きたいんだ。ちょうどプルト君も何か言おうとしている。私はそれを無視出来ない。プルト君言いたまえ」


 ホープが何か言おうとするのも、ユメルは手で制した。そしてその手を紳士的に動かしてプルトを促す。


「私は、私には他に愛する者がいます。故に私はこの縁談を受けることは出来ません」


 プルトは礼儀を持ってそう応える。


「だ、そうだ。ホープ」


 ユメルが目をしっかり閉じてから言う。ホープは頭を抱えていた。


「私の息子はまだ家というものをわかっていないのだ」


 ホープは何とか反論する。


「一つ宜しいでしょうか」


 ヒルドが自ら口を開く。


「なんだヒルド、言ってみるが良い」

「はい。プルト様の気持ちが他にあろうとも、私はプルト様と結婚しとうございます」


 ナーリャ家を除く誰もが鳩が豆鉄砲食らった顔になる。


「どうするプルト。私は二人の気持ちが聞きたいと言ったが、何よりも娘の意見を大事にしたい。私も親だからな。良い答えを聞くことは出来ないかな」


 ユメルがそう言った。プルトはここにきて悩んだ。出来れば誰も傷付けずに終わらせたかったが、そうはいかないらしい。

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