導入 魔女の家2

「助けを呼んだり驚いたり、忙しい子だね」


『そう言って、たぶん笑っていたのだと思います。ただ、フードの奥にあるその顔は焼けただれたようなひどい顔で、一瞬にして僕は青ざめました』


「ま、ま、ま、ま、魔女」


『いないと思っていた魔女がそこにいたのです。しかも顔を見てしまっています』


「いかにも私は魔女だよ。でも人は食べないから安心おし」


『魔女はそう言うと、手を差し伸ばしてくれました。僕は少し躊躇しましたが手を握ることにしました。魔女の言う通り、敵意は感じなかったからです』


「さて、随分汚れているね。こっちにおいで」


『そう言って魔女は僕の手を引いて歩いて行きました。僕は無心でそれについて行きます。時折怖くなって手が震えてしまいましたが、そのたんびに魔女は手を温かく握りしめてくれるのでした。魔女が持つランタンが森を明るく照らしてくれています。しばらくすると、小さな家が見えました』


(魔女の家だ)


『僕はそう思いました。木造の平屋でそんなに大きくはないです。おとぎ話で聞くお菓子の家でもないです。回りは少し開けていますが、少しです。とても質素な家がそこにはありました。魔女に連れられるまま中に入っていきます』


「さっ、上着だけでもお脱ぎ」


『魔女は僕を玄関に置き去りにすると、指示だけ出して入っていきました。通路の奥にキッチンらしき部屋があり、そこへと魔女は歩いていきます。途中にある左の部屋は魔女の部屋でしょうか、今は締まっており中はわかりません。右にある扉はたぶんトイレです。僕はぼーっとしていました。あまりにもイメージと違ったからです。見た目や声こそおどろおどろしかったですが、話す言葉や態度は普通の人でしたし、この家も普通でした。こうしているとお婆ちゃん家にいるのと変わらないなと思いました』


「何してるんだい。早くこっちにお来」


『魔女が角から顔を覗かせて言います。どう考えても普通の人です。僕は上着を脱いで、奥へと進みました』


「そこへ置いておいて、後で洗うから」


『魔女は四つある椅子の一つを指してから台所でを忙しなく動きました。何やらお湯を沸かしているようです。種火をつけて薪をくべています。それが一通り終わると、急にこちらを向いて腰に手を当てました。フードは取れていました』


「さて、上着の代わりになるものだね」


『そう言うと、すぐにまた動き始めました。先ほどの魔女の部屋に行っています。僕はざっと見回しました。机が一脚、椅子が四脚、台所はかまどで、水道は井戸水を持って来ているようでした。森の家として変わったところはありません。と、魔女が長めの布を持ってきました。すると、その布を掛けて結んでくれます。それは簡易的な服になりました』


「これで良いね」

「あの、本当に魔女なの」


『僕はここに来てからの疑問をぶつけました』


「ああ、魔女だよ。なんだい、なんか文句あるのかい」

「でも魔女らしくありません」

「魔女らしいね。じゃああんたの言う魔女を教えてくれ」


『そう言われて僕は考え込みます。確かに魔女らしいってなんだろう、と』


「上着洗うよ」


『そう言って魔女は桶に水を張り、ゴシゴシと洗い始めました。これだと僕は思いました』


「だって全然魔法使わないじゃん」


『そう言うと、魔女は手を止めました。水が沸いたみたいです。魔女はコップを用意してそこにとろりとした何かを入れてお湯を混ぜました』


「魔法なら今使ってるよ。ほれ、ゆっくりお飲み。はちみつ湯だよ」


『僕は首を傾けました。魔女は洗濯に戻っています』


「どこに使っているの」


『物が宙に浮いたり火が勝手に起こることはありませんでした』


「あんたにじゃよ」

「僕に」


『僕はびっくりして身体中を見回してみます。しかしどこにも異常はありません』


「あんたもう泣いとらんだろ」


『そう言われてハッとしました。確かに魔女に会ってから全然泣いていなかったのです。魔女は服を絞っていました』


「さあ、それ飲んだら帰るよ」


『僕は慌ててはちみつ湯を飲み干しました。熱過ぎず、温過ぎず、甘い味が口を満たしました。そしてそれが身体中に広がっていきます。僕が飲み干したのを見て、魔女は玄関へと向かいました。僕はそれに付いていきます。扉を開けると外はすっかり暗くなっていました。ほとんど何も見えません。寒気がしてしまいます』


「怖いかい」


「僕は頷きました」。


『じゃあもう一つ。森が怖くなくなる魔法を掛けようかね。一つ大昔の話をしてあげよう』


「そう言って、魔女は歩き出しました」

「それはずっと大昔。あんたが生まれるもっと前。一人の男と三人の女。そして一人の赤ん坊が生まれるまでの物語。プルトが歩んだ軌跡の話」

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