一 家柄1
青々とした空が広がるある日。そこは街が一望出来る野原だった。愛の丘と呼ばれるその場所に二人の男女と一人の赤ん坊がいた。男はプルト、女はトーラ。赤ん坊はテラという名前だ。プルトはテラを抱き上げて、街を一望させる。
「お前はこの街で生まれたが、いつか今みたいに街を見下ろす上流市民になる。哀れむなその生い立ちを。憂うなその父を。君の未来には幸がある」
「何かのまじない」
トーラがクスクス笑いながらプルトに聞く。
「ああ、まじないさ。この子が間違いなく幸せになるまじないさ」
プルトは自信を持ってそう言い切った。テラは泣かずに街を一望していた。
「私にもかけて」
トーラがそう言うと、プルトはテラをトーラに返した。
「もちろんさ」
そう言ってプルトは手を空に掲げた。
「あの空を見よ。あの空は青々と澄んでいて美しい。その青はあのサファイアにも勝る品性と清々しさを備えている。そして空はどこまでも広々としている。あの空に果てはあるのだろうか。いや、わからない。誰もその果てを見たことがないのだから」
そこまで言うと、プルトは今度はトーラの手を握った。
「我々を見よ。我々の愛もまた澄んでいて美しい。愛は赤く燃え上がり、あのルビーにも勝る情熱と慈愛を備えている。そして愛はどこまでも深々と根付いている。この愛に果てはあるのだろうか。いや、ない。私はそれを知っている。君が私を求める限り、私は必ず振り向こう」
トーラはそれを聞くと、顔を赤らめてテラを揺すった。
「この愛には果てがないんだって、ねー」
楽しそうに揺すっているとテラも笑い出した。
「お坊ちゃま、お坊ちゃま」
と、急に男性の声がする。プルトは声を聞くとすぐさまに草むらに隠れた。指を一本立てて唇に当てている。トーラは頷いて静かにした。
「お坊ちゃま。お坊ちゃま」
声は近付いているがこちらには気付いていないようだ。
「えーん、えーん」
と、そんな折、テラが泣き出してしまう。すると、声の主たちが続々と集まって来てしまった。しかし、トーラは焦らない。
「トーラさんですね。プルトお坊ちゃまはどちらですか」
「知らないわ。私一人で来たので」
スンと澄ましてトーラは答えた。
「そうですか。しかし貴女と一緒に山に登る姿を見たという情報を得ています」
街は人が多いので山の入り口で待ち合わせたのだが、散歩の最中で出会う人にまで気が回らなかった。
「そうですね。途中で出会った男性と少し歩いたことはあったかもしれません」
「それがプルト様ですね。今はどこですか」
「知らないの。途中で分かれちゃったから」
「ここら辺に座る二人に男女がいると聞いています。それにしらばっくれても無駄ですよ。私は二人の関係を存じてます。トーラさん。貴女は悪漢達に性的暴行を受けていたところを、プルト様に助けられています。私も一緒に助けましたから」
そう、それは痛ましい事件だった。夜の裏通りでトーラは悪漢四人に襲われていた。気が狂いそうになって叫んだ時、プルトが助けてくれたのだ。その時確かに従者らしき人もいた。
「そうでしたか・・・・・・。その節はありがとうございます」
ピンチを救ってくれたのは事実だ。トーラはしっかりと礼を言った。
「いえ、真っ当な下流市民を救うのは上流市民とその従者の勤めですから。プルト様の場所、教えてくれませんか」
トーラは少し混乱する。プルトの場所を教えてはいけない。しかしあの時助けてくれた従者なら味方かもしれない。トーラは困ってプルトの方をちらっと見る。すると、プルトは首を横に振っていた。
「知らなーー」
「そこですね」
従者達からは後ろ姿しか見えないはずだが、プルトを見るために微かに動いた頭から見破られてしまう。従者がプルトの前に行く。
「参ったな」
プルトが立ち上がった。テラがパパーと叫んだ。
「テラ、という子でしたか。この方はあなたの父親ではありませんよ。あなたの父はーー」
「セバス」
プルトが制す。トーラは俯いていた。
そう、テラは悪漢達の誰かの子だった。プルトはトーラを助けた後も何かと世話をし、いつしか二人は恋に落ちた。トーラが自分の子を呪う中でプルトはトーラと約束をする。生まれた子の名は男の子ならソラ、女の子ならテラと名付けて二人の子として育てようと。それが二人の約束だった。
「今日の所は大人しく帰る。だから二度とその続きを口にするな」
「・・・・・・かしこまりました」
そうしてプルトとトーラはその日は別れることになった。その別れが五年以上続くとは知らずに。
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