二 世界で最も強い毒2
深夜と言うこともあり、辺りは真っ暗だった。夜空には唯一星の輝きが一杯に広がっている。ただ、今はその満天の星空を拝む気にはなれなかった。ラルフの意識は常にトーラへと向いていた。
トーラが丘の際、崖になっている部分の際に立つ。やはり自殺を考えているのか。ラルフは無理矢理引き戻したりはせず、自らは際の際に立っていざというときに備える。
「話とはなんだい」
ラルフはすぐに本題に入る。
「あなたと出会ったのも確かこの丘だったわね」
トーラはすぐには本題には入らない。
「あ、ああ」
ラルフはトーラの真意を掴みかねていたが、ともかくトーラに合わせることを優先する。
「あれから色々あったわね」
「あ、ああ、そうだな」
ラルフはトーラと一緒の方角を見る。それ愛の丘から見える、夜空の地平線だった。
「あなたの意見を聞いて、これならと思ってしゃかりきになって頑張って、上流市民まで上り詰めた」
「ああ、よく頑張ったよ、トーラは」
「でもその先にあったのはどうしようもない絶望だった」
「……」
ラルフは応えることが出来ない。なんと言えば良いかわからない。トーラは構わず、そのまま続けた。
「本当はわかっていたのです。プルト様に再会したあの日、ブルト様は乗り気ではなかった。私との再会を喜んで下さらなかった。変わってしまってしまわれたのです。ブルト様は。あの時、断るために私を説得しようとしていた」
トーラの言葉が闇夜に堕ちていく。
「人は変わる。変わってしまったのなら、また変えればいい」
ラルフはなんとかトーラを救い出そうとする。
「あなたも、そう思いますか」
「もちろんだ」
ラルフは意見がトーラと合ったことに少し安心する。
「では、最後まで付いてきてくれますね」
「ああ……」
トーラの言葉が闇色に染まっているように感じられ、ラルフは今度は不安になる。
「そう、良かった」
それでもラルフはトーラが久方ぶりに出した明るい返事を信じようとした。
闇夜がラルフの足元から這うように妖しく侵食する。
「わたし、あなたのことは好きよ。プルト様の次にね」
ラルフは動けなかった。やっと聞けた好きだという言葉、わかってはいたがプルトよりは下である事実。今、置かれている状況。様々なことが頭を駆け巡る。
ただ、何か言葉を出さなければ、返事をしなければならない。
「ありがとう」
言ってしまった。こう言えば、プルトに負けたことになる。いや、なにをいわんや最初からわかっていた事だ。
ただ、初めて聞いた好きよという言葉に感謝をしたかった。報われたかった。噛み締めたかった。
余計な言葉は闇夜に捨てて、ただ明るい話に華を咲かせたかった。
目からはツーっと雫が流れた。
「私も、ありがとう。そして、さようなら」」
ラルフはその言葉を聞いた瞬間に身構える。手を伸ばし、トーラを捕まえようとした。と、トーラに手を弾かれる。そして、ドン。ラルフの身体は空中を彷徨った。トーラが体当りしてきたのだ。
ラルフは辺りがスローモーションになる中で、トーラが何故こんなことをしたのかを考えた。好きだと言ってくれた。ありがとうと言ってくれた。少し明るく前向きになっているようだった。そう、思いたかった。しかし違った。どうしてと思った。どうしてと思って、どうしてどうしてと思って、どうしてどうしてどうしてと頭が埋め尽くされる。
まだ、死ねない。そう思ったとき。崖のコブを掴んでいた。
「トーラ。どういうことだ」
恨みではない。責めるわけでもない。純粋な疑問として、ラルフは叫んだ。
「こうするしかないの。私がプルト様を手に入れるには。ごめんなさい。でも、今のあなたは邪魔なのよ」
悲痛な言葉だった。空間が切り裂かれるように歪んでいるようだ。トーラの雫がラルフを濡らした。
依然として、ラルフにはどうしてこうなったかはわからない。ただ一つだけ、確認しようとした。
「変えるため、か」
「ええ、変えるため、です」
トーラは幾分か静かに答える。
そうか、変えるためか。変えるためなら仕方ないのかもしれない。元より捨て石になる覚悟はあったのだ。捨て石が闇夜の崖に落とされただけ。つまりはそれだけのことなのだ。
ただ、それでも、ラルフは言いたかった。ただの捨て石ではなく、トーラを愛した一人の男として。
「トーラ。愛してる」
悔いなどない。トーラは泣いていた。こんな二番煎じの自分が死ぬことに泣いていた。謝っていた。ありがとうと言った。好きだと言った。トーラは美しい。身も心も美しい。とても純粋で、可憐だ。テラもエラもよく似ている。エラなんてーー。
「これで、良いのよね」
トーラがボツりと呟くも、その言葉に答える人はもういない。トーラはゆらりと立ち上がり、ゆらゆらと家へと入っていく。お腹が空いた。確かラルフが作ったサラダがあったはずだ。それを食べよう。
満月の輝く夜の出来事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます