二 世界で最も強い毒5
葬儀から三ヶ月後。葬儀にいた参列者を始め、下流市民の人々も集められて、トーラの演説が始まった。
「この度はお集まり頂きありがとうございます。トーラ・ノーシスと申します。今回お集まりいただいたのは他でもない、私の新たな夫を決めるためでございます。ご存知の通り、私は上流市民ですが、先日夫に先立たれてしまいました。このままではノーシス家はお取り潰しになりかねません。そこで、ここに集まった殿方様方には私を射止めてほしいと思います。下流市民の皆様にもチャンスを与えます。私を射止めた者がノーシスの土地と財を自由に使えるのです」
会場にどよめきが起こる。我こそはという声が所々で上がっている。
「お鎮まりを。続けて選別の方法を伝えます。選別の方法は、世界で最も強い毒を一山持ってくることです。期限は一年後の今日とします」
先程とは違うどよめきが会場に起こる。世界で最も強い毒。そんなものを手に入れて、何をするつもりなのか。恐れ慄く人は多かった。もう、我こそはという声は聞こえない。
それでも、挑戦しようという者はいた。ここに三人いる。一人は下流市民のメルト。上流市民として成り上がろうとする男だ。性格は正直悪い。他人を蹴落とすことをなんとも思わない輩だ。もう一人はラッキー。旅人だ。たまたま通りかかったこの街で上流市民が下流市民を集めているという噂を聞き、面白半分で参加した者だ。その名の通り、運が良いことで知られている。最後はカーキだ。そう、ナーリャ家の跡取りであり、プルトの親友でもあるカーキだ。どうやら彼は、トーラに惚れているようだった。
「なぁ、プルト。遂に私にも春が来たようだ。私はこの競争に勝ち抜いて、あのトーラ嬢を手に入れる」
プルトの横にいたカーキがそう言った。プルトは苦い顔になる。そう言えばプルトとカーキは小さい時から趣味趣向が似ていたなと思ったのだ。とはいえ、婚期の遅れている親友があのトーラと結ばれるならそれに越したことはないと思った。正直プルトは少し怖いところがあったのだ。未亡人となったトーラにまた迫られるのではないか、と。しかし、それは杞憂だった。トーラはこうして新しい夫を探している。何があったかは知らないが、これなら一安心だと胸を撫で下ろす。
「君が複雑な気持ちになるのも頷けるよ、プルト。君とトーラ嬢のことはそれとなく聞いている。だが安心してくれ。私が必ず幸せにしてみせるから」
プルトが難しい顔をしていたので、カーキが言葉を加えた。プルトは顔を改めて、穏やかに笑うとカーキに応える。
「頼もしいです。お義兄さん」
ヒルドと結婚した以上、同い年とはいえお義兄さんになる。
「よせ、プルト。フォーマルな場以外で私を兄などと呼ぶな。お前とは対等でいたい」
と、カーキからのダメ出しが入る。
「ああ、悪い。カーキ。人の目があるので、つい、な」
プルトとしても別にカーキを兄扱いしたいわけではない。
「しかし、世界で最も強い毒、か。これまた手に入れるのは難儀そうだが、何かアテはあるのか」
プルトが聞いた。
「いや、全くない訳ではないが、それでいいのかはわからん。まあ、時間はたっぷりとあるわけだし、しっかり探し出すさ」
カーキはそう言うと、大きく伸びをした。
「さて、久しぶりに遠出するか」
「なんだ、しっかりアテがあるんじゃないか」
プルトはそれを聞いて思った。カーキならトーラを射止めることが出来るだろうと。
「まあ、確かめなければいけないことは多々あるのは間違いないさ」
カーキはそう謙遜する。
「何にせよ、期待してるよ」
きっと、トーラもカーキを気に入るはずだ。
「いいのか、元恋人が親友に取られて」
カーキが悪戯っぽく言う。
「当たり前だ。今の俺にはヒルドがいる」
プルトがすぐに反発する。
「ああ、そうだったな。よかったよ。ヒルドとは仲が良いようで」
プルトの反応から仲の良さを読み取ったカーキがそう言った。プルトは一瞬ヒルドを虐げていた日々を思い返すが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべる。
「ああ、この上なく愛しているさ」
「羨ましいな。私もトーラをこの上なく愛するよ」
そう言うカーキは力強い目をしていた。
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