二 プルトの死6

 それからしばらくして、アイシャが帰ってくる。帰るとすぐにトーラに呼び出される。何だろうと思いながら、アイシャは部屋へと行く。呼びに来たのはメルトだ。正直アイシャはこのメルトが苦手だった。あまり絡むことがないからである。小さい頃に頼み事をしたら、そういうことはセバスかメリーにお願いしますと断られた経験もある。それからはずっと避けられてるような気がして、こちらも不用意に近付かなかった。

 そんなメルトが笑顔で迎えに来た。不気味だと思った。頼み事を断るときでさえ作り笑いも浮かべなかったメルトが満面の笑顔である。アイシャは気持ち悪いと正直思ってしまった。それにしても、何故ヨーキではなくメルトなのかという所も気になる。先ほども言ったが、メルトはあまりアイシャと絡みたがらない。故に、トーラに呼び出されるときは直接かヨーキが呼びに来る。ヨーキはどこいったのか。もう薬草を採りに行く必要も無いはずだ。いつもなら台所で下準備をしているのだが、今もしているのだろうか。


「入ります」


 そうこう考えているうちに部屋まで付いた。恐る恐る入ると、いかにも怒ってますという風のトーラがいた。一体何を悪いことをしたのだろう、自分は。アイシャは考える。


「あなたのお母様はひどい人です」


 トーラが口を開いた。のっけから意味がわからない。アイシャの今のお母さんはトーラである。つまりトーラは自分自身を怒っているということになる。もちろんアイシャとしてはそちらの方が理解出来るが、トーラの目が、態度が他人に向かっている。つまりはそうではないということだ。しかしだとすると思い浮かぶのはヒルドだけとなる。しかしヒルドは随分前に病死している。今更ヒルドが何かをしたとは思えない。


「あの、意味がわかりませぬ」


 アイシャは困惑を隠せないまま言った。


「あなたのお母様はご主人様から財産の一部を受け取ったにもかかわらず、それをいいことに恩義を忘れてこの家から去りました。薄情者です」


 やはりトーラのことではないようだ。かといってヒルドのことでもないようだ。しかしアイシャには心当たりになる人物はいない。


「私の、お母様ですか」


 アイシャは怪訝な顔をして聞いてみる。


「そうです、あなたのお母様です。そうですか、その様子だと誰だかわかっていないようですね。良いでしょう、教えます。ヨーキですよ。ヨーキがあなたの母様です」


 アイシャは後頭部をガツンと鈍器で殴られたような衝撃が起こる。確かに実母が誰かかは知らなかった。プルト曰く生きていることも知っていたし、確かに身近にいるような口ぶりでもあった。色々と合点がいくところもある。しかし、それだけにならどうして言ってくれなかったのかとか、そういう恨み言も出てくる。本人の口からではなく他人から聞かされた事実もどこか受け入れがたい。

 そもそも、トーラは今なんと言っているか。財産を得たのを良いことにこの家から去ったと言っている。娘である自分を置いていき、自分は悠々自適な生活を送ると言うことなのだろうか、自分が母親だと言うことも告げずに。

 いや、何かおかしい。ヨーキはそんな人物だったか。あの、優しいヨーキが。優しくしてくれたヨーキが。何か、何かがあるはずだ・・・・・・。


「あなたには責任を取って、ヨーキの代わりをして貰います。あなたはこれから家政婦です」


 アイシャの思考がまとまらないまま、現状が過ぎていく。トーラが何かをやったに違いない。あるいはメルトが。そう思い至るも、何も証拠が無いのでは何も出来ない。


「良いですね、アイシャ」


 トーラの語気が強い。曲がりなりにも今はアイシャのお義母さんだ。どちらにしても逆らえない。


「は、い」

「聞こえません。もっとしっかり言いなさい」

「はい」

「よろしい」


 どちらにせよ、生活の仕方が大きく変わることはないとおもったため、向こう見ずに返事をする。一通りの家事が出来るようになっていたアイシャは、ヨーキの分の負担が増えるだけだと思っていた。

 しかし、その考えは甘かった。


「今日は大事な話しがあります。ヨーキがこの家を去りました。無責任にも挨拶もなしに。そこで、その責任をヨーキの娘であるアイシャに負わせることにしました。これからはアイシャを家政婦として扱います。テラとエラもそのつもりでいるように。ほら、アイシャ、挨拶なさい」


 それは屈辱だった。今まで姉妹だと思っていた存在(特にエラは年下だ)にひれ伏さないといけないと言うことだったのだ。特にこの二人なら絶対につけあがる。いつぞやいじめられていたときのことが思い浮かぶ。これはまずいと思った。


「いえ、その私は・・・・・・」

「何を渋っているの。さっき私と約束したでしょう。もう忘れたの。約束を違えるのならすぐに出て行きなさい」


 この家にいる限りはトーラには逆らえない。かといって家を出る選択肢はアイシャにはない。セロイド家を守れるのは自分だけだという思いがあるからだ。このままだとノーシス家に侵食されてしまう。それは避けなければならない。


「はい、お義母様。申し遅れました。家政婦のアイシャです。どうぞ宜しくお願いします」


 しぶしぶアイシャはとりあえず従うことにした。


「長女のテラです。宜しく、アイシャ」


 テラの面白そうなものを見る目がムカムカさせる。


「次女のエラです。宜しく、アイシャ」


 しかし、もっと嫌なのはこのエラの横柄な態度である。ここ一番にニヤついて、嫌味を言ってくる。


 アイシャは軽く会釈するだけにとどめた。元はと言えば姉妹だ。血が繋がっていなくても、そういう風に過ごしてきた。媚び諂うなんてとても出来ない。出来ないが、やるしかない。これもセロイド家を守るためだ。

 アイシャは席について朝食を摂ろうとする。


「あれれー、家政婦さんは別の時間に食べるんじゃなくて、アイシャ」


 エラが面白そうにそういう。アイシャは奥歯を噛んで耐える。


「そうです。アイシャ。あなたは今日からただの家政婦です。立ち上がりなさい」


 トーラに言われて、苦々しく立ち上がる。


「はい、お義母様」

「それと、これから私のことは奥様と呼びなさい」


 トーラが鋭くそういった。

 これに関してはアイシャも賛成だった。こんな人のことをお義母様なんて呼べない。呼びたくない。そういう気持ちが勝っていた。


「はい、奥様」


 こうして、アイシャの家政婦としての生活が始まるのだった。

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