三 仮面の舞踏会1

「出来たよ」


『魔女がそう言いました。薬が全て出来たようです。僕としてはこれで用は無くなったのですが、僕は立ち去れないでいました。魔女のことを観察します。皮膚がただれて酷い顔だ。声も喉が潰れたようなかすれ声で、とても若さは感じない。ただ、差し出す手は老女のそれよりは随分若く不釣り合いなものを感じさせます』


「魔女さんは、ヨーキなの」


『僕は魔女にそう聞いた。どうも話の筋からはそれを感じさせるのだ。まるで、当事者のように詳しい内容。顔と不釣り合いな肌を持つ手。潰れたような声。そのままヨーキだと思われるのです』


「そう、呼ばれていた時もあったかな」

「やっぱり、ヨーキなんだね」

「その名前はもう捨てたんだ。魔女で良いよ」


『魔女が寂しそうにそういう。一体何があったのだろう。気になって仕方がありません』


「ね、ヨーキはその後どうなったの」


『ほぉ、アイシャではなくヨーキが気になるかね。良いだろう。まだ時間もあるしね。番人の家まで行く道すがら話してあげるよ』


「そう言って、魔女は語ってくれました」


 その後のヨーキはすぐに憂さ晴らしのリコに向かった。早くあの悪魔の住む家から逃げなければ殺されてしまう。そういう気持ちだった。

 カランコロン


「いらっしゃっ、ひぃ」


 ケルトが出迎えるが、すぐにそれは悲鳴となる。

 まだ人気のないときの訪問で良かった。もし、お客がたくさんいたら、阿鼻叫喚に騒ぎ立てただろう。ヨーキは潰れた声で話しかける。


「悪魔に、悪魔にやられたのさ」

「悪魔に。えっとお前さんは一体誰何だい」


 潰れた声とこの容姿じゃケルトにはヨーキかどうかはわからなかった。


「ヨーキだよ。忘れたのかい」


 ヨーキはそう言いながら悲しんだ。もう、元の自分ではないんだと思わされる。


「ヨーキ、ヨーキかい。本当なのか。あんたの父親の名は」


 ケルトは念の為に質問する。


「ビリーだよ、ケルト」


 これで確定した。今は亡き父親の名前に加えて自分の名前も言い当てた。間違えなく目の前の女性はヨーキだ。


「ああ、本当にヨーキなんだね。なんてこった。美人が台無しじゃないか。一体何があったんだ。ともかくここじゃ落ち着かない。奥の部屋で話そう」


「ええ、私もひと目にはつきたくない」


 ケルトとヨーキは奥の部屋へと行った。

 話を聞く前にケルトは仲間を集めた。事情を知っている人間はある程度いた方が良いと思ったのだ。大工のドーキ。靴屋のモーリー。芸者のネヌット。みな、ヨーキと仲の良い人達だ。


「こりゃひどいね、何がどうしてこうなったんだい」


 モーリーが言う。


「トーラ様よ。トーラ様が嫉妬に狂って私に老け薬という毒薬を塗ったのさ」


 ヨーキが答える。


「様なんてつけるこたねぇ。悪魔の所業だ、これは」


 ドーキだ。


「ちげえねぇ。上流市民じゃ無きゃ死刑もんだぜ、こんなん」


 ネヌットが言う。


「しかし、どうしてそのトーラがご乱心なさったんだ」


 ケルトが聞く。


「それが、どうやらアイシャの母親であることがバレたみたいなのさ。生前プルト様がトーラにバレたらこうなると言っていたね」


 ヨーキはプルトの忠告を思い出す。バレたら嫉妬で追い出されると言っていた。


「つまり、ヨーキがしゃべっちゃったということかい」


 ネヌットが聞く。


「いいや、どうやら自分自身で調べ上げたみたいなんだ。おそらく、私が財産を得たことが原因だね」


 ヨーキは今やこの憂さ晴らしのリコのオーナーだ。そこから嫉妬の連鎖が始まったのだろう。


「あいやー、せっかくプルト様がくれた厚意が裏目に出たつーことかぁ」


 ドーキが言った。


「で、これからどうするんだい。復讐かい」


 モーリーが聞く。


「復讐なんておぞましい。復讐したら何倍にもなって返ってきてしまうよ。あれはそういう人だ」


 ヨーキは身震いする。


「じゃあアイシャを救い出しに行くかい。きっとアイシャも似たような目にあってるんじゃないか」


 ケルトが言う。確かにアイシャもひどい目に合うかもしれない。しかし、ヨーキはその意見には乗り気になれなかった。


「いや、それもしない」


 ヨーキは短く断った。


「それは一体どうしてだぃ」


 ドーキが突っ込む。


「それは……、会いたくないからさ」


 ヨーキが目を伏せる。


「会いたくないって、何だ、喧嘩でもしてるのか」


 ネヌットが聞いた。


「いえ、喧嘩なんかしてないよ」


 ヨーキはすぐ否定した。


「じゃあ、何なんだい」


 ネヌットがもう一度聞いた。しかし、ヨーキは口をむんずりとして、喋ろうとはしない。


「バカねぇヨーキの気持ちがわからないのかい。ヨーキはこんなにも変わってしまったんだよ。いざ会ったときに自分だって気付いてもらえない可能性だってあるんだ」


 モーリーが代弁すると、男連中はあーあと、口を漏らした。



「確かに、俺もわからなかったしな」


 ケルトが言う。


「しかし、どうするんだ。まさか全く放っておくってわけにはいかないだろ。アイシャだってどんな目に合わされるかわかったもんじゃないんだ」


 ケルトが続けて言う。


「とはいえ、上流市民の土地には早々簡単には入れないし、実際、何かあったときのために見張りを立てておくらいしか対応できないかもしれないね」


 ヨーキが言った。そして、みんなで少し考える。


「ちげぇねえな。よし、遠目からでも、セロイド家を見張ろう。アイシャも馬鹿じゃないんだ。どうしても耐えられないことがあったら自分から出ていくだろう。俺たちはそん時に助けられるようにする。これでどうだ」


 ネヌットがそう言った。みな、一様に首を縦に振る。ここに、アイシャのことを見守り隊が結成されたのである。

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