二 世界で最も強い毒8
「ラッキーさんを呼んで下さい」
メルトがいなくなると、トーラが従者にそう命令する。従者はすぐにラッキーを呼んできた。
「ラッキーさん、この度はご参加ありがとうございます。お調べしたところ、旅人だそうですね。様々なところに行ったことがあるとか」
トーラがラッキーに話しかける。
「お望みならば、千の夜を旅の話で埋め尽くしましょう。世界は広いです。私は様々なことを学びました」
ラッキーは恭しくお辞儀した。
「この競争に勝ったならば是非聞かせて欲しいと思います」
「そこは、聞きたいのであなたが優勝です。ではないのですね」
ラッキーはケラケラと笑った。
「さほど世界に興味が無いのかもしれません。ところで、世界を愛するあなたがこの土地の上流市民になろうとはどういうことでしょう」
トーラは前菜を頬張る。
「そうですね。ひとえに上流市民になるチャンスなどそうそうないので、そのためですよ。でもそれだけじゃない。貴女が絶世の美女だということもある。色々なところを旅してきましたが、貴女ほどの美女を私は知りません」
ラッキーはにっこり笑いながらそう答えた。
「あら、おべっかが上手ですこと」
「お世辞ではないですよ。本当のことです」
ラッキーはじーっとトーラを見つめた。
「野心的でいて、大きな目的があるように見える。なるほど。ところで、私はすこぶる運が良い。この運の良さがあれば、トーラさん貴女はさらに上へと目指せますよ」
そしてラッキーが付け加える。
「鋭い洞察眼と運ですか。例えばどうなるのです」
トーラも冷静になって相手を洞察する。
「子どもがたくさん出来て、その中の子どもが王族と結婚するとかですね。つまりは王族にもなれるかもしれない」
「なるほど、王族ですか。考えたこともなかったです」
トーラはにっこりとしてそう応える。
「考えたことがない。ではその大いなる野心はどこに向かっているのやら」
ラッキーは目を細めて、さらにトーラを窺う。
「そうですね、どこに向かっているのでしょう。ではメインディッシュとして、あなたの毒を見せて下さい」
トーラは澄ました顔でそれを促した。
「毒を好むあたりがミステリアスで魅力的ですよ、ほんと」
ラッキーはそう呟いてパンパンと手を鳴らした。従者が黄色い布に被せた一山をラックに載せて持ってきた。
トーラが布を退けると、小瓶が一山そこにあった。
「これは……」
小瓶を一つ手にとってみると、小瓶の三分の一ほどに液体が入っている。
「酸という毒です。大抵のものなら何でも溶かします。女性にとっては天敵です。こんなものを顔に浴びればたちまち老婆のように顔が爛れます。どうです、女性の貴女からしたら世界で最も強い毒足り得るでしょう」
ラッキーは笑顔を絶やさずにそう言った。
「なるほど、それがあなたの答えなのですね」
トーラのどこか興味ななさそうなその言い方にラッキーはムッとした。
「この酸をこれだけ集めるのは中々苦労がありましたよ。なんたって、大抵のものは溶かしてしまう猛毒です。瓶に詰めるのだって一苦労でしたよ。単に貴女を恋しく思えばこそ、これほどの量を集められたのです」
ラッキーはいかにトーラを想いながら作業していたかを語る。
「それはそれは、ありがたいことです。ご苦労さまでした」
しかし、どんなにラッキーが熱くなろうとも、トーラは平静でいた。
「トーラ殿。私は貴女をーー」
「ありがとうございます。では、控室でお待ちを」
ラッキーはトーラに言葉を遮られて、一瞬顔が赤くなるも、すぐに肩を落とし
た。とぼとぼと部屋を去る。
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