三 仮面の舞踏会3

 ある日のこと、テラがアイシャを呼び出した。


「はい、何でしょうお嬢様」

「お姫様抱っこをされる練習をするわ」

「はい、お姫様抱っこ」


 アイシャは思わず聞き返す。


「そう、きっと王子様は私を選ぶわ。その時はお姫様抱っこされるに決まってる。だからその時に備えて練習よ」


 まるで捕らぬ狸の皮算用である。アイシャは内心溜め息を吐くもそれは顔には出さなかった。


「そういうことは男のメルトに頼んだ方が良いのでは」


 遠回しに断ろうとする。


「いいえ、私はあなたにやって欲しいの。私を初めてお姫様抱っこする男性は王子様が初めてよ。それとも何、言うことが聞けないの。聞けないならお母様に言うけど」


 お母様という単語を聞いてドキッとする。この前言うことを聞くようにと言われたばかりだ。アイシャはこれは断れないなと思った。


「わかりました。そういうことでしたらお手伝いします」


 プルトが病に伏してからもアイシャは武術の鍛錬を積んでいた。家事で身体も動かしている。アイシャはそこら辺の上流市民よりは体力がある方だ。だから、女子を一人持ち上げるくらいは出来る。そんなに難しくないはずだ。そう思っていたのだが、現実はそんなに簡単な話しではなかった。


「アイシャ、そのまま歩いて」


 テラの要望はかなり多かった。最初は何度かお姫様抱っこをして、下ろすという作業をするだけだったのだが、次第にそれだけではなくなっていった。ずっとキープして、ジャンプして。スキップも。もはや何を想定しているのかがわからない。今はテラの部屋を歩き回らせながら、テラ自身は手を振る練習をしている。変に動かれるから腕への負担も多く、ついにアイシャは下ろしてしまった。


「お嬢様、限界です」

「ちょっと、誰が下ろして良いと言ったの。すぐにまた持ち上げなさい」


 すぐさまテラが抗議する。


「無理です。お嬢様。もう腕がしびれて持てません」

「言うことが聞けないの」


 テラが威圧するようにそう言う。言葉の影にトーラが見える。


「聞きたくてももう、身体がついてこないのです。許して下さい」


 アイシャは丁寧に謝った。トーラに報告されると困るのは事実だ。


「ふん。だらしがないわね」


 テラはツンと顔を逸らしてそう言った。どうやらトーラには報告しないようだ。なんとか助かったようだ。


「また、やるからしっかり鍛えておきなさい」


 ただ、助かったのは今だけのようだ。アイシャは内心溜め息を吐く。またこの意味のわからない訓練をさせられるのかと。

 そして、別の日。今度はエラに呼び出される。


「はい、なんでしょう。お嬢様」


 エラの部屋に行くと、エラとは別の男性がエラの隣にいた。エラのニヤニヤしている顔がいかにも悪巧みしていますと言っているようだ。


「服を脱いで、裸になりなさい」

「はい」


 あまりに突拍子もない言葉に疑問符を返すアイシャ。


「何、言う事が聞けないの。お母様に言うわよ」


 エラがそう言う。どうやら本気のようだ。男の人がいる前で裸になるなど、いかにもエラが考えそうな嫌がらせである。アイシャはどうにか断れないか、話をしてみることにする。


「と、言われましてもどうして私が裸にならなければならないのか見当もつきません」

「ふん。まあ教えてあげる。どうせすぐわかるのだから。この方は絵描きよ。あなたはモデル。わかった」


 エラが端的にそう説明した。

 まあ正直、この説明でもエラが何をしたいのかはわかった。絵描きにアイシャの裸の絵を描かせようとしているのだ。どうして裸なのかはエラの趣味だろう。絵、そのものが欲しいというよりは、ともかく嫌がらせがしたいのだ。ただ、ここでわかったふりをしてはいけない。


「どうして、それで裸なのですか。私の裸の絵が欲しいのですか、お嬢様は」


 こうまっすぐと疑問を返されると、エラも困るはずだ。そもそも成果物なんてエラは欲しくないのだから。


「違うわよ。この絵描きの経験のためよ。なかなか見どころのある絵描きなの。女性の裸なんて描ける機会なかなか無いでしょ。だから私がセッティングしてあげたのよ」


 焦り気味にエラが言い返す。しかしアイシャも引くわけにはいかない。


「失礼ですが、その絵描きは恋人か何かですか。お嬢様がそこまでする義理がどこにあるのです」

「そんなわけないじゃない。義理なんかないわ。たまたま会っただけだもの。とやかく言わずに良いから言うことを聞きなさい」


 エラが喚く。アイシャは慎重になってあと一押しを押した。


「お嬢様に義理がないのであれば、私にも義理はありません。そんなに裸の絵を描かせたいのであれば、お嬢様がモデルになるべきです」

「私が裸に。何を言い出すの。嫁入り前なのよ。そんなこと出来るわけないじゃない」


 少し言葉を間違えたかもしれない。過激に反応するエラ。ただ、エラの言葉にアイシャも遂に感情が露わになる。


「私も嫁入り前です」


 強くそう言い切る。だが、それは逆効果だった。


「知ってるわよそのくらい。でもあなたは嫁入りすることはないわ。家政婦だもの。それとも唯一のチャンスである舞踏会へ行くチャンスを逃したいわけ。言う事が聞けないならお母様へ言うわ」


 チェックメイトだ。結果はアイシャの負け。アイシャは唇を噛み締めながら、服を脱いでいった。返事をしなかったのは、せめてもの抵抗である。


「ほら、ノロノロしない」


 エラが勝ち誇ったようにせっついてくる。アイシャは睨み返しながら、服を脱ぎきった。


「ほら、今更隠さないの。ポーズがあるんだから」


 そう言われて、アイシャは恥ずかしいポーズをさせられたのだった。

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