二 世界で最も強い毒1

「あれ、でもアイシャってプルトの娘でしょ。なんで言わないの」


『僕が尋ねました』


「うん。実のお父さんだというと、なんで今まで孤児院で過ごさなければならなかったのか話さなければならないだろう」

「ああ、うん。そうか」


『僕は思い当たって納得しました』


「確かに五歳の子には複雑すぎる内容だもんね」

「うん。特にヨーキのことは話したくても話せないことになっていたんだよ。ホープの作った決まりでね」

「でも、なんか本当は両親いるのに可愛そう」

「そうだね。でも、辛いのはアイシャだけじゃないんだよ。話したくても話せないプルトも辛かっただろうさ」

「あーあ、確かに」

「もう一杯いるかい」


『魔女が無くなったはちみつ湯を見て、気を利かせてくれます』


「まだ良いの」


『僕は随分時間が経ったのを気にしていました』


「もちろんさ。トーラがどうなったかを話してあげるよ」


『まだ話の続きを話してくれるらしいです。確かに、トーラとしてはアイシャは予想外の登場人物のはず。自殺してしまうのだろうか。僕の頭の中はすぐに話に興味津々になりました』


「うん」


『僕は元気よく返事して、耳を傾けました』


「トーラはそれはそれは荒れ狂ってしまったのさ。実は第一子は男児が良いからと、女の子であるアイシャを隠し子として産んでいたと聞かされて、嫉妬に、憎悪に、喪失感に苛まれ、それはもう凄かったそうだよ」



「トーラ、トーラ、落ち着いてくれ」


 ラルフが暴れるトーラを鎮めようとする。


「何よ。上手くいくって言ってたじゃない。嘘つき。貴方の顔なんか見たくもない。あっち行って」


 まるで彼女を包み込む世界が壊れるような叫び声だった。ラルフはどうすることも出来ないと思ってしまう。時間が解決する。そう思って二日経ったが、一向にトーラの荒れ方は収まらない。それどころか段々悪くなっているような気さえする。ラルフに出来るのは、唯一トーラが身投げしないように見張るだけであった。二人で寝るはずの寝室は今もトーラに壊されている。

 そこからさらに三日過ぎた時、トーラが自ら扉を開けた。


「お腹空いた」


 そう呟くトーラは無表情だったが、落ち着いているようだった。


「おお、すぐに用意する。ともかく、まずはそこのパンでも食べていてくれ」


 ラルフは机の上にあるバスケットを指差し、すぐに朝食を作り始めた。トーラは言われたとおり、食卓についてパンを食べ始める。と、すぐにむせてしまう。ラルフは速やかに水を持って行く。トーラはそれをすぐに飲む。


「どうだ、落ち着いたか」


 ラルフが優しく問いかける。


「子ども達は」


 それには答えず、トーラは辺りを見ながらラルフに聞いた。


「ああ、君の荒れた姿を見せたくなくて、挨拶回りの時に懇意にしてくれたタルト氏に預けているよ」

「そう」


 トーラは短くそう言って、もう一つのパンに手を伸ばした。ラルフは戻って調理する。調理と言っても、燻製肉をスライスしてサラダを盛った簡単なものだが。


「出来たよ」


 ラルフがそう言って出すと、トーラはそれには見向きもせずに


「愛の丘に行きたい」


 そう言った。

 ラルフはその言葉を聞いて緊張する。自殺するつもりではないだろうか。そう思ったからだ。


「何しに行くんだい」


 ラルフは慎重になって聞いた。


「久しぶりに行きたくなったの。あなたとそこで話がしたくて」


 話がしたい。何だろう。ただ、一緒に行くなら何とかなるかとラルフは思った。


「話。わかった」


 ラルフはそう言って、トーラをエスコートしながら愛の丘へと行った。


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