三 再婚3
「はい、赤ワインに混入されていたようです」
ヒルドは情報を小出しに出していく。
「赤ワインに。でも赤ワインということはコックか従者が犯人なのでは」
トーラは純粋に疑問に思ったことを聞く。
「最初は上流警察もそう思って調査したみたいですが、当日はパーティーが開かれており、コックか従者が特定の誰かを殺すことは不可能だというふうになりました」
パーティーでは通例、コックや従者は食事は用意するものの、それを取るのは上流市民のセルフ式である。
「パーティー。そう言えば、セロイド家創立二百周年のパーティーがあるとは聞いていましたが、その時でしたか。ノーシス家は当主不在につき、参加していませんでした。しかしパーティーということであれば名簿が残っているはずでは。名簿の中に犯人がいるでしょう、きっと」
トーラはトーラなりに推理を伸ばす。
「はい、上流警察もプルト様もそう睨んで名簿を確認しております。ただ、二百周年のパーティーということで、名簿の人数も多くて」
ここで、ようやくプルトが今、中々寝れずにいる理由が明らかになった。
「そういうことだったのですね。私も何かお手伝い出来れば良いのですが」
トーラも親身になっている。
「そういえば、トーラ様はどうして参加されなかったのですか。招待状は送ったはずですが」
と、ここでヒルドは疑問に思っていたことを聞いた。
「さきほども言いましたが今は当主不在ですので、今回はお断りしました」
トーラはツンとして答えた。
「そんなの誰も気にしないでしょうに」
「そんなことありません。大事な友達の顔に泥を塗るわけにはいきませんから」
トーラは強く反発する。
「まあ、無理強いするようなものでもないのだけど」
その友達を思ってこそ、来て欲しかったとヒルドは思った。
「それよりプルト様です。犯人見つかると良いのですが」
トーラから、犯人の話に戻る。
実はプルトはトーラを容疑者の一人にしていた。トーラには動機があるのだ。プルトとトーラの結婚に反対していたのはホープとルーだ。恨み辛みはあったかもしれない。しかし、それはプルトへの愛情がまだ冷めていないという事態でもある。故に、プルトはまず、トーラが自分にまだ未練があるかを確認していた。また、ヒルドはヒルドで情報を小出しにして様子を見ていた。が、どうやら両方とも白らしい。少なくても、ヒルドはそう思った。
「ええ、そうね。早くプルト様を楽にさせてあげたい」
しかし、そうなると、犯人は誰になるのか。ホープとルーを殺したくなるほどの動機を持った人物とは誰か。上流警察に言わせるといないというのが実情のようだ。ホープとルーは恨みを買うほどのことをしていない。つまり、動機が明確にありそうなのはトーラのみなのだ。しかし、そのトーラはパーティーには出席していないときた。あちら立てればこちらが立たぬ状況だ。
「ところで、ヒルド様。例のあれは毎日飲んでいますか」
暫く沈黙が流れた後に、トーラが話題を変えるためにそう聞いた。
「ええ、飲んでいます。あれから確かに病気にはかかっていません」
トーラの言う例のあれとは、何やら最近出来た薬屋で販売している上流市民向けの元気薬と言うことだ。これを飲むと、無病息災になると言われるものらしくトーラが強く勧めるのでヒルドは飲んでいる。病気にはかかっていないと言ったが、そもそもそれがデフォルトであり、ヒルドは滅多に風邪などは引かないのだが、トーラは薬の効能について信じ込んでいるようだし、顔を立てるためそういう言い方をしている。
「それはよかった。元気があれば、良い跡継ぎも生まれます」
トーラの前ではヒルドが妊娠出来ないことは秘密であったため、トーラはヒルドが赤ん坊を産めるものだと思っている。この事実を知るのは、今やプルトしかいない。
「そうですね」
ヒルドは視線を逸らす。産めるならどんなに産みたいものか。
「毎日元気薬を五粒飲んでいれば、きっと。無くなったら、言って下さいね。すぐに届けさせますから」
トーラはにこやかにそう言った。
「はい。ありがとうございます。ところで、この薬はプルト様にも飲ませても良いのですか」
ヒルドとしては、最近体調が優れないプルトにこの薬を飲んで欲しい。
「いいえ。それはとんでもないことでございます。最初にも説明したとおり、これは婦人用です。良い赤ん坊を産むための薬なのです。男性には効果がありません」
ヒルドが続けるもう一つの理由はこれだ。医者にはもう産めないと言われたが、少しでも可能性を捨てたくないのだ。
「そうですか。やはり男性には効果が無いのですね」
ヒルドは肩を落とす。
「そうですね。でも、何かプルト様が元気になるものを今度送りますね」
トーラは少し落ち着いてそう言った。
「ありがとうございます」
二人はそれからも少しだべって、解散した。
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