一 家柄3
「ふー」
もう何倍飲んだかわからない。プルトはそれくらい酒を飲んでいた。
「何が何とかしてあげたいだ。なら自分の経営する店一つでもくれてやれば良いんだ」
プルトがブツブツと文句を言う。道中、トーラの家に寄ってみたが、ルーの言うとおりトーラ家は引っ越していた。それらしき場所をいくつか回ったが、どれにもトーラはいなかった。途方に暮れてこの酒場に来たのだ。
この酒場はセロイド家の店だ。店はとても賑わって繁盛している。店の名前は「憂さ晴らしのリコ」。周りを見ると、見せ物場で一人の芸者が手品をやっていた。オオーと沸き立つ。プルトもその歓声でちらっとそちらを見た。そしてそれが終わると次に出てきたのは踊り子だった。ソロで踊っている。プルトはだいぶ酔っていたからか、ライティングのせいか、その踊り子が幻想的で華やかに見えた。その踊り子を見ていると、愚痴を全部忘れられる。すっかり魅入ってしまっていた。
「なあマスター、あの踊り子と話せないか」
ほんの出来心だった。
「あれは知り合いの娘でしてね。ヨーキっていうんですわ。プルト様が気に入ったなら是非話してやって下さい。部屋も空けときますよ」
マスターのケルトが言った。
プルトとしてはそういうつもりはなく、話し相手になるのならそれで良かった。
「ああ、呼んでくれ」
プルトはもう一杯飲み干した。
「ヨーキと申します」
踊り子の衣装とは違い、普段の服装は落ち着いていた。先ほどの踊りとは違う顔がプルトの胸をかき立てる。プルトは一口酒を飲んだ。
「プルトだ」
細かい無礼はもう関係ない。多少ぶっきらぼうだが短くそう言った。
「プルトさんは何をしてるんですか」
あどけない質問が繰り出された。
「上流市民さ」
吐き捨てるように言う。
「まあ。私上流市民の人に会うの初めてです。いつも我々下流市民のためにありがとうございます」
無垢だと思った。
「ふん。私は何もやっていないよ。下流市民の幸せは下流市民が手に入れたものだ」
プルトは一点を見つめながら言った。
「そうなんですか。私のお父様はいつも私達下流市民が楽しく生きているのは上流市民のお陰だって」
ヨーキはその言葉になんの疑問も持っていなかったようだった。
「昔はそうだったかもな」
プルトは鼻を鳴らす。
「上流市民は下流市民のために色々整備する。それが当たり前だった。いや、当たり前とされている。だがどうしたことかそれを守る上流市民などいない。今の上流市民は腐敗だらけだ。名前ばかりに固執し、自由な恋愛も許されない。そう、自由な恋愛も・・・・・・」
プルトは喚くように吐き散らかす。ゴホッとゴホッと咳を込むとヨーキが背中をさすった。
「プルト様は、プルト様は自由に恋愛出来ないのですか」
プルトの脳裏にはある考えが思い浮かぶ。
「君のように優しくて美しい女性を目にしても、恋愛する事なんか出来ないさ」
プルトはさすってくれたヨーキの手を握って見つめながらそう言う。ヨーキは見つめられて恥ずかしいのか、その言葉が嬉しいのか上手く目を合わせられない。
「そんな、そんなのあまりにも不憫です」
ヨーキは俯くようにそう言った。
「そう思うかい」
プルトは俯いたヨーキの顔を、顎を持ち上げて言う。ヨーキは必然的にプルトの目を見た。
「はい」
ヨーキは漏らすようにそう言った。
「では部屋に行こう」
そう言ってプルトはヨーキの手を引いて部屋へと連れて行った。二人の夜は長かった。
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