三 仮面の舞踏会2
一方。
アイシャは相変わらずのいじめにあっていた。バケツをひっくり返されたり、なんてことのないことで罵りを受けたり、叩かれることもしばしばあった。それでもアイシャは奥歯を噛み締めながら耐えた。思い出すのは、プルトと最後に二人っきりで話したあの日のことだ。プルトはアイシャにセロイド家を託すと言っていた。アイシャは亡き父の遺言を守ろうと必死だった。必死だったが、それだけにボロボロになっていく。一人でいるときは泣くことも多かった。しかし、逃げ出すことだけはしなかった。
そんな生活が約五年続いた。
「アイシャ、早く手伝って、全くのろまなんだから」
テラがあいも変わらず婚活の準備をする。あれからずっとテラはこの調子だ。どこか鼻持ちならないその性格が災いして、なかなか結婚するに至っていなかった。
アイシャが背中のファスナーを無言で閉める。
「アイシャ、こっちもよ。こののろま」
今度はエラである。エラも成人して婚活に明け暮れている。こちらは意地悪な性格が災いしてもらい手がいない。
もちろんこれは二人だけのせいではない。セロイド家は当主を亡くして没落の道筋を辿っている。そんなセロイド家を忌避している上流市民は多い。もちろん、トーラが再婚すれば別なのだが、そのトーラに再婚する意志はないようで、まるで滅ぶことを受け入れているようでもあった。ただ、トーラは母親としての責任は果たそうとしていた。つまり、子ども達の婚姻に関しては積極的に協力していた。これはプルトの遺言がそうさせているのだろう。
ただし、ある一人を除いてだ。
アイシャは成人してもお見合いに行かされることはなかった。すっかりいじめられる家政婦としての地位にいた。アイシャの中にも焦りはあった。アイシャも今年で一九である。来年を過ぎれば結婚が難しくなる。セロイド家の跡取りを得たい気持ちと、自分も幸せになりたい気持ち、そういったものがアイシャの焦燥感を煽った。それでも粘り強くアイシャは耐える選択をした。いつかきっと何かが来ると信じて。
アイシャの願いが通じたのか。その何かは来た。今年で二十歳になるこの国の王子の披露宴兼婚約者探しのための仮面舞踏会の招待状である。それが三枚分、セロイド家に届いたのである。
「今日は大事な話があります」
トーラが食事前に話を切り出す。
「お城より使者が来て、招待状を頂きました。何やら王子様が二十歳になったそうで、披露宴のついでに仮面の舞踏会を行うようです」
「まあ、それは素敵なことだわ。きっとこれがあるから今までのお見合いも上手く行かなかったのですね」
テラが色めきだつ。
テラはテラでセロイド家のことをしっかり考えている。亡き父プルトの残したセロイド家を自分が残すんだという気持ちだ。ただ、気持ちが入りすぎて、相手を選り好みし過ぎなところはある。
ちなみに、結局プルトとは血が繋がっていないことは明かされないままだった。故に、自分が現セロイド家の子どもとして最も跡取りを得るにふさわしい存在だと思っている。
「じゃあ、王子様に自分が選ばれるかもしれないということですね」
エラが夢見がちに言う。
こちらもこちらで別の意味で選り好みが激しかった。性格がともかくわがままなのだ。自分にふさわしい人は、格好良くて、家柄も良くて、優しい好青年だと思っている。もちろん、自分自身のこともカワイイと思っている。正直、アイシャへのいじめ筆頭はエラである。
「わ、私も。私も行けるのですか」
アイシャが家政婦として、部屋の隅に控えながら一歩前に出て反応する。アイシャとしては待望の機会だった。王子様と一緒にとはならずとも、舞踏会であれば他の上流市民の男性とも踊る機会がありそうだ。そうすれば、少しはアプローチ出来る。そう考えた。
「何を自惚れてるのですか、家政婦が行けるわけ無いでしょう」
トーラが冷たく言い放つ。その言葉にアイシャはガツンと後頭部を打たれたような衝撃が起こる。しかし、やっと掴んだチャンスだ。棒には触れない。卒倒しそうになる気持ちを抑えて粘りに行く。
「しかし、奥様は三枚あると言いました。私も上流市民の娘です」
「お黙りなさい。あなたは家政婦です。家政婦にはそんな資格ありません。しかし、そうですね。確かに三枚あります。お城から頂いたものを使わないというのも失礼に当たるのは確かです」
アイシャは一筋の光明を見た気がして、息を飲んだ。
「いいでしょう。あなたがちゃんと私達の言うことを聞ければ、舞踏会に参加することを許しましょう」
「わかりました。何でもします。宜しくお願いします」
アイシャは二つ返事で了承した。アイシャにとってはこれとない機会である。絶対に取りこぼしてはいけないチャンスなのだ。しかし、そんな思いが折られるくらいにトーラの条件が厳しいものであるということを思い知らされるのだった。
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