第6話 目隠れ巨乳魔法使い
朝。いつものように軽いランニングを終え食堂で朝食を済ませた後、スケダは身軽なまま外に向かう。
院長と姉への挨拶は昨晩のうちに済ませている。荷物は「魔法使い」の収納魔法で亜空間に入れてあるため手ぶらだ。
赤蛇討伐報酬として、院長からは剣を、姉からは
服装は新品の灰色シャツと青いズボンだ。姉に「お姉ちゃんが用意してあげたよーっ!」と笑顔で言われ着ることになった。他意しかないが、スケダは気づいていない。
「……行くぜ」
ニヤリと笑い、晴天の下を行く。
思えば孤児院から外れて街に行くのは十年ぶりだ。我ながら酷い引きこもり具合である。苦笑し、朧げな記憶から街の地図を呼び起こす。
スケダが居る街はダンジョン型地球、通称ダンチの中央大陸西で最も栄える国、超王国ニシダの中でもさらに西方の大都市シロニシである。
西の国の西の都市の、もう一つ西側にスケダの孤児院はあった。院長から教わった"裏ギルド"とやらは都市内部でも寂れた西方にあるらしい。衝撃である、スケダの住む場所は寂れていたらしい。そりゃ外走っていて人を見ることがないわけだ。
「ちょっとお、スケダあ? 聞いているのお?」
前世のダイスケも裏ギルドという響きにワクワクしているようで「ついに俺たちの力を見せつける時が来たようだな……!」といつにも増してカッコつけている。どうでもいいが、過去のくせに妙に自我が強い。一切実害ないからどうでもいいが。時折スケダの脳内に狂った閃きが奔るだけ。実害あったわ。
「もお。せっかくわたくしが出向いてあげたのにい。不敬な子ねえ……あ。くふっ」
院長からは「裏ギルドで10階層型のダンジョン探索依頼を受けてください。できれば仲間も見つけられると良いですが、そこは自由です。今のスケダ君ならば一人でも問題ないでしょう」と言われている。
どうせなら仲間を見つけたいものだ。信頼できる仲間との冒険。心躍る。
「
「フゥォっ!?」
奇声を上げ、青年の意識が強制的に持っていかれる。
ビシビシと脳を刺激する魅了の力。ダンジョン欲に塗れているスケダだが、彼も一端の思春期男子。人並みの性欲や食欲は持ち合わせていた。圧倒的な魅了により、スケダは背後に全神経を集中させる。させられる。
「くふふ♡」
「――」
そこには、純白の星龍がいた。
ゆるふわな白い髪に、浮遊する肢体。ひらひらなスカートと露出の多い服。華奢な手足や淡い桜の唇が艶めいて見える。――だが。
「――なんだ、ただの子供か」
その肉体は、貧相であった。貧乳であった。貧尻であった。
ほっそり小さく、十六歳となったスケダより頭一つ分以上小さい少女だった。名をルルルアと言う。
「ちょ、ちょっとお! なんだとは何なのよお!」
「よおルルルア。奇遇だな。オレを待ってたのか?」
「え? え、ええ。そうよお? ふふふ、わたくしが待っていてあげたのよお? 感謝なさい」
「ありがとよ。サインは今度でいいか? オレ、用事あるんだ」
「そうねえ。後で構わないわ――っていつもいつもわたくしがサインを強請ると思わないでくれるかしら?」
背に小さな龍翼、頭の左右に小さな角、さらに髪の毛先を妙に光らせた浮遊少女を連れて歩き出す。
五年前にルルルアと出会ってより、彼女はスケダが孤児院の外を走っていると定期的に現れた。スケダは暇なんだろうなと思っていた。事実暇であった。
「そうかそうか。まあいいぜ。オレを待っていたんだろ? 悪いが今日は本当に忙しいんだ」
「ふぅーん、裏ギルドに行くのでしょお?」
「おう。なんだ知ってたのかよ」
「くふふ、ようやく一歩前進ねえ。わたくしとダンジョンに行けるまで、どれほどかかるかしらあ」
「十年かかっちまったからなぁ……。ま、どっちにしろあんたが大きくなるまでお預けだな」
緩やかに少女の頭を撫でる。コツは角の根元を滑らせるようにすること。
「んっ……もお、不敬なんだからあ」
文句を言いながらも口端が上がっているのは見逃さない。
ルルルアが大人っぽい偉そうな口調ながら、こうした軽いスキンシップを好んでいることをスケダはこの五年で学んでいる。
「ルルルア。あんた裏ギルドのこと知っているようだが、どうなんだ?」
「どお?」
「おう。表との違いとか所属する人とかだな。院長には聞いてこなかったからよ。ルルルア知ってるんだろ?」
「そうねえ……」
ひとしきり撫でられ満足したのか、淡い桜色の唇に指を当てて考えている。
少女の浮遊速度はゆったりしているので、それに合わせてしばらく歩いていると。
「ごみ溜めねえ」
「……」
思わず言葉を失ってしまった。考えてそれかと言いたくなる。
「……そんなひでえのかよ」
「くふふ、ええ、ひどいわあ。まともな人間は裏になんて回らないでしょお? スケダ、あなたもねえ?」
「……まあそうだな」
言われてみればその通りだった。
スケダだって他人に見せられないステータスを持ってチヤホヤされたいという不純な動機のみでダンジョンに挑もうとしている。チートなんて他人には言えない。言えないからチートなのだ。
「ルルルアはどうなんだ? あんたみたいなのは裏に入る必要ねえだろ」
「どうかしらあ。要不要だけで判断するものではないでしょお?」
くすくす笑う少女に青年は黙り込んだ。言葉遊びのような賢い物言いは子供離れしている。
ダンチという世界はたくさんの種族にあふれているため、ルルルアもきっと寿命永遠的なアレなのだろう。「異種族で百年生きてお子様とかよくあるよな! 異世界サイコー!」と前世のダイスケが叫んでいた。勘違いではないが、ルルルアにそれは当てはまらない。彼女はただ見た目幼いだけの大人だ。
「確かにな」
呟き、石の地面を歩き進む。
裏ギルドがどんなところかなんて、考えてみればどうでもいい。大事なのはダンジョン探索だ。それ以外はすべて些事。
適当な話をしながら歩くこと十分ほど。
「スケダあ。わたくし、まだ一緒にギルドは行ってあげられないわあ。ここからは一人で行ってちょうだい」
「わかったぜ。またなルルルア」
「くふ、初のダンジョンにしては気楽そうねえ?」
「ははっ、オレは100階層型ダンジョンを制覇する男だぜ? 待ってな。すぐチヤホヤされてやる」
「最後の台詞で台無しよお」
呆れた顔を見せる少女にきらりと笑いかけ、スケダは颯爽と歩き行く。
振り向きはしない。男はカッコつけるものだ。
「……ほんとお、面白い男だわあ」
そっと呟いた少女は、音一つ残さずパッと姿を消す。消えたルルルアに気づくことなく、青年は裏ギルドを目指す。
西から東へずんずんと歩いていると、徐々に街中を歩く人が増えてきた。
すれ違う人の多くがダンジョン探索者だと思うと興奮してくる。俄然、負けていられないとやる気が湧いてきた。
「……へへっ」
急に笑い出した青年へ、前を歩いていた男がギョッとした様子で身を引く。
スケダは周囲を気にしないので、そのまま教えられた裏ギルド前まで直行した。
「ここが、オレの始まりの地か」
中央通りより外れた道。人通りは少なく、看板には「ヴラキルト」と書かれている。文句を言われないよう姑息に名前を変えているらしい。
建物は古びた木造で、黒々と年季の入った木が特徴的だ。どう見ても一般酒場の一つだが、笑みを浮かべたスケダは意気揚々と戸を開ける。
「ぬふふ、どうもいらっしゃいませぇ」
「ああ。あんたがヌフルか」
店内は薄暗く、酒場というより場末のバーのような雰囲気だった。
正面にはバーカウンターの受付、左に伸びた通路の奥まで人は一人もいない。
「ええはい。ワタクシがヌフルにございます。貴方様はスケダ様にございますね。イチョウ様から伺っております、ぬふふ」
受付に立つ身綺麗な小男。院長から聞いた特徴に当てはまる。この男が裏ギルドのギルドマスターだ。見た目ただの中年小男だが、院長の知り合いな時点で侮ってはいけない。
過保護な院長により話は通っていたのか、10階層型ダンジョンの依頼を複数見せてもらう。
「スケダ様は初ダンジョンにございますから。裏ギルドの依頼についてお伝え致しましょう」
「ああ。頼む」
「ぬふふ、簡潔に三つほど。一つ、依頼の多くは人の寄り付かない地のダンジョンが多いこと。二つ、報酬はダンジョン探索後裏ギルドにてお渡しします。三つ、多くの場合救援は行えないこと。以上にございます。何かご質問はございますか?」
「ふむ……」
裏というだけあり未開の地で探索、しかも救援なし。怪我でもしたら一巻の終わりといったところか。
「……フッ。何も問題はない。この依頼三つ、すべて受けよう」
「申し訳ありませんが、初心者の方は一人一つのみにございます」
「そうか……」
しょんぼりするスケダだ。
カッコよく三枚の紙をバーカウンターからひったくったのに、しょうがなく丁寧に伸ばして置き直す。ダサすぎる。悲しい。しかし漢スケダ、この程度で怯むほど軟な精神をしていない。
笑いを引っ込めてまで無言で空気を読んでくれているヌフル。さすがギルド長。できる男。
改めてちゃんと依頼票を見てみる。
一つ、シロニシより西に馬車で十日。
二つ、シロニシより南西に馬車で二十日。
三つ、シロニシより北西に馬車で七日。
「……」
思わず無言になる。
どれも遠すぎるし場所が大雑把過ぎる。もっと細かい情報を……いや、皆まで言うまい。これが裏ギルド。表に居られない人間の行き着く場所だ。
「ヌフル、これを受けよう。北西……未だ名も無きダンジョン。行ってくるぜ」
マントはないが羽織ってる風に身を翻し、「いってらっしゃいませ、ぬふふ」と送ってくれたヌフル――否、裏ギルドマスターへ手を挙げる。男はカッコつける生き物。前世のダイスケも「イイ男はクールに去るぜ……」と呟いていた。
滞在時間は短く仲間との巡り会いも一切なかったが、戸を開け、風を浴び、颯爽と旅立ちの晴れやかさを伴って漢は往く。
「――あぅ」
「おぉ、悪ぃ」
「い、いえ。だ、大丈夫ですよう」
「ああ。……」
出鼻をくじかれ、ちょうど扉を開けようとしていた女にぶつかってしまう。
身体を隠す黒のコートに、長い黒髪を揺らした女だった。スケダより幾らか背が低く、片目を完全に隠した長い前髪の隙間から濃紫の瞳を覗かせている。
頭部より生える小さな巻き角は魔族の証。長い杖をぎゅっと握っていることから魔法使い系の職業とわかる。
「……あんた、魔法使いか?」
「へぅ、あのえと……は、いですよう」
「そうか。ならオレと組まねえか?」
「へぅ!? きゅ、急ですよう。あの……ごめんなさいですよう。
別にコートで隠し切れない巨乳に惹かれたわけではない。ダイスケなら「これは乳との運命……」と戯言を言うだろうが、スケダにそんなつもりはなかった。しかし運命は感じた。
「段階、か。なら……次だ。次また会ったら自己紹介をしよう。そうしたらオレとパーティを組もうぜ。オレには仲間が必要なんだ」
仲間は必要だ。その方が冒険は盛り上がる。院長も仲間を作れと言っていた。
スケダの主人公的台詞に、女は驚いた顔で一歩下がる。
「……わ、わかりましたよう。次に……生きて会えたら」
「おう。へへ、幸先いいじゃねえか! いっちょダンジョン攻略してくるぜ! うおおおおお!!」
走り出す。
夢を背負い、希望を抱き、ダンジョンを求めスケダの物語が動き出す。
子供っぽく明日に夢見て走り出した男の背をじっと眺め、女は静かに裏ギルドへ入っていく。
「おじゃましますよう」
「おやぁ、セティレ様にございますか」
「はい。あの……
「ぬふふ、ええはい。報告は来ておりますとも。こちら、報酬にございます」
「ありがとうございますよう……それと、あの、先ほどの方、
「あぁ。ぬふふ、スケダ様は本日初のダンジョン探索者にございます」
「あぁそれで……。あの年で初ダンジョンは珍しいですよう」
「ぬふ、あの方は特別にございますから。悪魔院長様の愛弟子にございますよ」
「――……ふ、ふふ。ありがとうございますよう。ふふ、ふふふっ」
にっこりと笑いながらギルドを出ていく女、セティレ。
スケダは忘れていた。裏ギルドに所属する者は皆等しく表から外れた者だということを。
セティレもまた異色な夢を追う者の一人。彼女と真っ当にパーティを組めた者は未だかつて存在せず、彼女もまた、夢を叶えるために表から裏へと渡り歩いてきた探索者の一人である。
そんな夢狂いの魔術師に目を付けられたスケダが彼女の夢を知ることになるのは、今しばらく後の話。
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