第12話 フラットダンジョン1
フラットダンジョンにゲートインすぐ、スケダの視界に広がったのは石造りの近未来的景色だった。
「おおお!」
思わず歓声を上げる青年だ。
穏やかな人口灯に包まれ、遠く真っ直ぐの先まで見通せる。曲がり道もちらほら見えて未来ダンジョンっぽい。正方形パネルがはめ込まれたような壁は触れるとつるりとしており、前世の大理石やタイルを思い出す。ダイスケも「コイツぁSFダンジョンだぜぇ旦那ぁ」と言っている。誰が旦那だ。
「スケダ、気を引き締めなさあい。能力値が下がっているわよお」
「お、っと。そうか。だからちょっと身体重いのか。了解だぜ。ありがとよルルルア」
「ん、くふっ、どういたしまして」
「むっ。スケダくん! 大丈夫だよ! お姉ちゃんが守ってあげるからね!」
「おう。ありがとよ姉ちゃん。けど今はフラットなんだろ? ならオレが姉ちゃんも守ってやるよ」
「キューン♡ や、やだカッコいいっ♡」
「へへっ」
頭の悪い姉弟(偽)のやり取りはさておき、警戒しながら進んでいく。
職業はそのままだがステータスや使えるスキルは下位S2から中位程度まで下がっている。事前に話した通り、前衛はスケダ・ルルルア、中衛にユウヒメ、後衛にセティレという隊列で探索を開始した。
完全に「魔法使い」な雰囲気のルルルアだったが、当人申告によれば極稀にいるダブル(職業二つ持ち)であり、前衛防御系戦士と魔法使いを兼ねているそう。硬くて前衛もできる魔法使いのロリとか最強か。ダイスケは興奮して絶叫した。セティレはその声を聴いてドン引きした。
「フラットダンジョンに入ったことのあるやつはいないんだよな」
「ないわよお」
「ないですよう」
「ないよー!」
「皆ソロだもんな」
奇しくもこの場に集まっていたのは全員が元ソロの個人プレイ上等な探索者たち。
個戦闘力は高くとも連携のレの字も知らない連中だ。とはいえ、そんなものはこれから学べばいい。今は仲間と行うダンジョン探索を楽しんでいこう。
うっきうきで進むスケダだったが、一時間経って宝箱も罠も、魔物一体すらいない現状に萎えてきた。
「なぁルルルア。ヒントとか聞かなかったけど、このダンジョンって魔物いねえの?」
「確か五階層からしかいないわねえ」
「五階までどれくらいかかるんだよ」
「知らないわあ」
「はいはい! お姉ちゃん知ってるよ!」
「おー。どれくらいなんだ?」
「えっとねー。一日ごとに自動で一階ずつ下に降りるんだって!」
「……つまりあと四日はこのまま?」
「うんっ。ここのフラットダンジョンは別名"忍耐ダンジョン"だもん」
「……」
「す、スケダさん、大丈夫ですようっ。私は待てますよう!」
「セティレは忍耐強いんだなぁ。すげえぜ……」
「そ、そうですよう? え、えへへ」
変なところで照れているセティレに苦笑し、スケダは立ち止まる。同時に立ち止まる他三人。
「皆。ここを休息地とするぜ」
「ふぅーん。くふふ、いいんじゃないかしらあ」
「お姉ちゃんはどこでもいいよー。ふふー、一緒に寝ようねー!」
「な、なんだかダンジョン攻略っぽくないですよう……」
「ルルルア、魔物が襲ってこないのは確定情報か?」
「不明ねえ。五階層から、としか情報がないのよお」
「なるほど……なら警戒しながらだらだらするか」
こんなこともあろうかと、以前購入したテントを収納魔法から取り出す。皆で休める大型テントだ。
休憩用の椅子と調理用アイテムをセットし、立派なキャンプ地が誕生した。ルルルアは「何かあったら呼びなさあい」と欠伸しながらテントに入って行った。マイペースな龍ロリである。
姉は何やら自分の収納忍法から色々モノを取り出し調理を始めている。
ぼんやり立ったままのセティレを座らせ、スケダも彼女の向かいに座る。ここからまるまる四日間あるのなら、全部仲間と親睦を深めるのに使おう。絆ゲージを上げてコンビネーションブラストやシンクロアーツを使うのだ。もちろんそんなスキルは存在しない。
「セティレ、急に悪い。オレもまさかフラットダンジョンがこんなだとは思わなかったんだ」
「い、いえ。いいですよう。私も新鮮で嫌じゃないので……」
「そうか? ならいいけどよ。……どうせなら色々話そうぜ。オレたちまだ全然互いのこと知らねえだろ。他の皆のこともさ。オレだけ知ってたってしょうがねえからな!」
姉からの「しょうがなくないよーっ」という声は聞き流し手を振っておく。スケダの本心そのままを聴いて、セティレはくすりと笑う。
「ふふっ、じゃあお話しますよう。スケダさんのことから聞いてもいいですよう?」
「おうよ!」
良い機会だ。手始めにスケダは己の境遇について話す。
前世のこと、無職のこと、チートのこと。
「――オレはオレを馬鹿にした奴らを見返したくて、ダンジョンに挑み始めた」
神妙な顔で頷くセティレと、ニコニコといつも通り笑顔な姉と。いつの間にか話の輪に加わったルルルアも気だるげに浮いて耳を傾けている。
「だけど修行して修行して修行して……ようやくダンジョンを攻略して、気づいたんだ。あぁ、こんなもんかよ、って」
スケダは馬鹿だ。猪突猛進で考えの浅いお馬鹿の系譜だ。
けれど、馬鹿なりにちゃんと物事を考えていた。ダンジョンに挑む。その理由。意味。目的。
以前院長が『ダンジョンに挑むならば夢を掲げなさい。辿り着きたい未来を、自身の望む夢を持つのです。でなければ、遠からずあなたは死にます』と言っていた。
ダンジョン攻略者になって、ある種自分なりに節目を経験して、立ち止まって自分を省みた。結果。
「オレは、たぶん他の奴らみてえに夢がねえ。ダンジョンに挑む理由がねえ。空っぽだったんだ。チヤホヤはされてえし、見返したいのも嘘じゃねえ。けどそれじゃあ"足りねえ"んだ。死ぬ気で成し遂げないほどじゃないからよ」
「足りない、ですよう?」
「ああ」
どうしてダンジョンなのか。その先で成し遂げたいことは何なのか。
いくら考えても答えは出なくて、たまに「こんな襤褸屑になってまで強くなりてえのなんでだろうな」と思ったりする。いやそれは修行が苦しいからか……。
「ふぅーん、べつにヒトなんてそんなものでしょお?」
「んなことねえだろ」
だらっと言うルルルアは興味なさげに調理中の火を指で遊んでいた。くるくる巻き取り、フーフーして口に入れる。それ食うのかよ……。
「あなたは人間に期待しすぎ。ダンジョンに挑む理由なんて、名誉や金銭程度の者ばかりよお?」
「うんうんっ。でもでも、お姉ちゃん。いっぱい考えるスケダくんはとぉぉっても偉いと思うよ?」
シュタッと俺の後ろに回り頭を撫でてくる。相変わらず姉の動きは目で追えない。無音はびっくりするからやめてほしい。
「……浅い理由の奴らは、早死にするって院長が言ってたぜ?」
「くふ、あなたはダンジョンに挑み初めてどれだけ経ったのお?」
「それは……」
ダンジョン探索自体はまだ一年も経っていない。本当にずっと、修行しかしていなかったから。
ルルルアはくすくす笑い、優しい目でスケダを見る。時折忘れそうになるが、この場の面々は全員スケダより年上なのだ。お姉さんである。
「スケダが夢も何も持っていないのも仕方ないわあ。これから見つければいいのよお。初心者なあなたが考えるだけ無駄。ねえ?」
「……ぐぬぅ」
正論が痛い。理解はする。納得はできない。
そう簡単に「初心者だから」と割り切れれば苦労しない。
溜め息を吐き、ルルルアの優しい眼差しから逃げた。背後の姉はよしよしと頭を撫で続けていた。嬉しいやら恥ずかしいやら。ヒカルオトメ計画は順調に進んでいる。
まあひとまずは保留にしておこう。
話題を戻し、自分のことを続ける。今度は現在までの人間関係だ。孤児院の子供たち、鬼悪魔院長、自称姉、ルルルア、そしてセティレ。
途中でご飯やおやつタイムを挟み、姉が「大事な姉」という単語で嬉しそうに抱きついてきたり、ルルルアが「友人」という単語に照れた様子でもごもごしたりしつつ、和やかに時間は過ぎていった。
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