第11話 洞窟ダンジョンとフラットダンジョン。

 ――都市シロニシより南西、馬車で十日のダンジョン。

 

 新しい仲間、ことセティレが強すぎて40階層型以降のダンジョンしか入れないと判明して三日。「転職」を果たしたスケダは裏ギルドで新しい依頼を受けてダンジョンのある辺境までやってきていた。


 前回は森しかなかったが、今回は沼だ。また街村はなく、じめっとした沼地と泥地が延々広がっている。足元は泥濘とし歩きにくさは普段の三倍以上。「普魔術師」の足裏保護魔術がなければ移動だけで疲れていたかもしれない。


「あれがダンジョンか」


 沼地の一角、廃村と思わしき場所に腐りかけの木扉があった。頑丈な枠だけが残され、斜めに立てかけられたそれの内側には不透明なゲートが渦巻いていた。


「行くぜ」


 躊躇いはなく、「魔法剣士」で軽やかに入り込む。

 景色が切り替わった後、世界は薄暗い闇に包まれた。


 ボォッと火の玉を宙に浮かべ周囲を見渡す。


「洞窟か」


 ダンジョンっぽくて笑みを浮かべる。

 凸凹と穴の開いた洞窟型のダンジョン。沼地の要素は継続しており、足元は泥濘み歩きにくい。魔術も継続だ。


「どろぉん……」

「……クソゴーレムの猿真似かぁ? 死ね!」


 闇より這い出た大人サイズの人型ゴーレムに魔法剣を叩き付け成敗する。

 苛立ちを解消し、周囲を警戒しながら進む。


「どろぉん」

「あばよ!」ザシュ。

「どろぉん……」

「どうも死ね!」ザシュ。

「どろどぉん」

「じゃあな!」ザシュ。

「どろぉぉ」

「失せろ!」ザシュ。


 現れたそばから討伐を続け、10階層型ダンジョンらしい弱めの泥ゴーレムを殲滅した。

 ゴーレムを見ていると、未だ勝てない白石ゴーレムを思い出してイライラするのだ。八つ当たり上等。魔法剣の餌食となれ。

 ダイスケが「どろどろ言っててかわいい……かわいくない?……かわヨ」と妄言を吐いている気もしたが気のせいだろう。魔物に可愛いも何もない。


 「転職」のおかげで魔物への対応も容易く、白石ゴーレムと比べて泥ゴーレムは魔法剣が弱点だった。そうだよ、これが普通のゴーレムだよ。魔法がよく効くんだ。よかった、ゴーレムに魔法は効いたんだ!!

 内心喜びながら作業的に階段を下りていく。思ったより攻略が楽しくない。ドロップアイテムは泥の玉のようで、たまにレアリティ高そうな丸いツヤツヤ玉がある。すべて収納魔法に放り込んだ。


 サクサクと六階層まで進むと、洞窟の壁から土竜もぐらのような魔物が襲い掛かってきた。サイズは小型猛獣程度。口のギザギザが噛まれたら痛そうだ。


「だが遅い」


 華麗に身を翻し、素早く土竜を叩き切る。ついでに泥ゴーレムも処分しておく。

 難易度は上がったが今のスケダの敵ではなかった。


 六、七、八、九と攻略し、ほんの数時間でボス部屋前までやって来た。

 階段前で座り、ほっと息を吐く。軽い休憩だ。


「……」


 水を飲み、軽食を腹に入れる。

 泥沼ダンジョンはスケダの想像より断然楽だった。余裕過ぎっしょ! グワハハハ!! と言いたいところなのだが、冷静に考えるとなかなかキツイとわかる。

 

・視界不良→魔法使い系職業必須

・泥ゴーレム→物理軽減、魔法攻撃必須

・泥怪我→ばい菌辛そう、治癒系職業必須

・泥濘→高速機動型職業辛い、魔術系いた方が楽

 

 軽く挙げるだけでもこれだ。

 特に魔法系は必須であり、常に明かりを灯しておくなら魔法使いor魔術師が二人は欲しい。ソロで挑むなんて以ての外だ。スケダとて「転職」し足元保護を覚えていなかったら大変だった。総じて下位職業のみで挑むのは普通にキツイダンジョンなのである。


「しかしオレは攻略する。何故ならオレはサウザンド・スケダ・ブレイズだから……」


 洞窟にスケダの名乗りが木霊する。


「……ふむ」


 ここまであまりはしゃがず探索してきたが、ちょっと思いついてしまった。


「オレは最強!」

(オレは最強!)


 木霊が返ってくる。


「おっほ」

(おっほ)


 なんだこれ楽しいぞ。


「うおおおおお!! オレが!ダンジョンだッ!!」

(うおおおおお!! オレが!ダンジョンだッ!!)

「わはははは!!」

(わはははは!!)


 阿呆ガキスケダ、ダンジョンボス目前で一人木霊で遊び倒す。

 

 ――十分後。

 

「――往くぜ」


 存分にダンジョン探索を楽しんだのでボス部屋へ突入する。


「どろろろぉぉおん」

「もぐぐらー」


 現れたのは頑丈そうな巨大泥ゴーレムと、より小さく鋭利になった土竜。


「ハッ! 上等だぜ。かかってこいよ。木霊王スケダが相手になってやる! グウォオオオオ!!」


 本日初の咆哮と共に両手に魔法剣を携え、泥濘を一切感じさせない足取りで男は駆け出した。

 「魔法剣士」スケダと相対したボス魔物二体が魔力光に変わるまで、ほんの十分もかからなかった。


 

 


 泥沼ダンジョンから都市シロニシに帰って数日。

 クソゴーレムに襤褸屑にされる日々は変わらず、しかしスケダの戦闘可能時間は少しずつ伸びていた。大事なのはどうやって生き延びるかだ。分身魔術を駆使し、機動力に任せ逃げ続ける。勝てない? 勝てなくてもいいんだよ! 痛いのは嫌だ!


 考えていると発狂しそうなので、本日の目的地である街中Cafeにやってきた。小洒落た黒木で建てられた店。大通りに近く、周囲はカップルばかりだ。


「遅いわよお。十秒遅刻ねえ」

「悪ぃ。ごめん。すまない。オレが悪かった。すまねえ」

「そ、そこまで謝らなくても――んぅ……人の頭撫でるのやめなさーい」

「悪いな。道に迷ってたんだ」


 薄っすら頬を赤らめた少女がジト目で見つめてくる。

 白い髪に薄青の服、桜色の瞳が珍しいひらひらスカートの龍ロリだ。ちょっと前に龍ロリのルルルアが上級の探索者だと判明したが、それはそれ。幼子扱いをやめるつもりはないスケダである。まんざらでもない顔をするルルルアもルルルアだ。

 前世のダイスケは「っぱロリよ!」と叫んでいた。


「もお、不敬なんだからあ」

「フッ、あんたは変わらずだな」

「短期間で変わるわけないでしょお?」

「それもそうか」


 カッコつけて笑う男と、仕方ないオトコ、と微笑する少女。

 適当に注文を済ませ、雑談もそこそこで本題に入る。


「ルルルア。オレにパーティメンバーができた」

「あら……よかったじゃない」

「ああ。そりゃよかったんだがな。どうもその人は40階層以下?以上からしか入れねえらしい」

「……80階層型ダンジョン攻略者ってことお?」

「らしい」

「わたくしたち、最高踏破ダンジョンの半階層までしか探索できないものねえ……」

「らしいな」

「……スケダ、知らなかったでしょお?」

「おうよ!」

「自信持って言わないのお……というかあなた、よくそんなヒト見つけたわねえ」

「オレの人脈ってやつだな」

「おばか」


 ちょいちょいと手招きされるので身体を向かいに寄せると、ぺしぺし小さな手で頭を叩かれる。なんだこのロリ。不敬か? 不敬なのはスケダだ。


「真面目なお話、今のスケダじゃまともにパーティ組めないわねえ」

「戦力が釣り合わないって話だな」

「くふ、わかってるじゃない」

「それくらいはわかってるぜ」


 前世知識チートの出番だ。

 レベリング、養殖、寄生プレイ、金魚のフン、アカBAN。ここまでがダイスケの記憶だとセットだった。

 要は強い仲間に守られて安全にレベル上げするって話だ。スケダはそんな楽しくない冒険絶対に嫌だった。冒険には情熱!友情!成長!葛藤!衝突!勝利! が付き物だろう。それでこそダンジョン探索が楽しくなる。そんな旨をルルルアへ説明すると、呆れた目を向けられた。


「本当おばかねえ」

「ぐぬぬ」

「わたくしは嫌いじゃないけどお」

「へへへ」

「でも現実的に――あ」

「どうした?」

「あるわよお。ランク差ある相手と一緒にダンジョン潜る方法」

「あるのかよ」

「くふふ、あるのよねえ」


 目を細めて笑うルルルアに、やれやれと肩をすくめて続きを促した。


「それむかつくわねえ」


 ジト目で見られた。けどやめない。何故ならカッコつけはスケダの人生だから。

 ダイスケも「ジト目っていいよなぁ。俺もジト目ロリに見つめられたい人生だった」……。ダイスケは相変わらず変態だった。前世は振り払い、ルルルアに話を聞いていく。

 

 それから一週間が経ち――ランク差OKダンジョン前。

 

「よし、行こうぜ! オレたちの冒険の始まりだ!!」


 都市シロニシより東に馬車で数日の場所に、フラットという街がある。

 レベル差、ランク差を無視して探索可能な「フラットダンジョン」と呼ばれるダンジョンを擁した中規模の街だ。シロニシよりは小さいが充分に発展している。


 フラットダンジョンの中央、大きな門が作られたダンジョンゲート前でスケダは叫んでいた。いつものアレである。

 隣には巨乳魔法使いのセティレ。


「す、スケダさんっ。は、恥ずかしいですようっ!」


 いつものコートで身体を隠し、今は縮こまるように顔まで服を引っ張っていた。

 そして二人の後ろには龍ロリのルルルア。


「ほんっとお、おばかなんだからあ……もおぉ……」


 こちらも恥ずかしそうに額に手を当て顔を隠していた。頬と耳が赤くなっている。

 さらにルルルアの隣、自称姉のユウヒメ。


「きゃーっ♡ スケダくん一緒にダンジョン頑張ろうねーっ!!」


 愛しい弟の派手姿にヒカルオトメゲージもぐんぐん上がる。

 成長した弟はやはり男らしくカッコよく阿呆なところも可愛くて愛おしい。恋は盲目。愛は盲信である。


 先日ルルルアに教えられた、"自動的にランクとレベルが標準化されるダンジョン"へスケダはやってきた。本来仲間はセティレだけのはずが、「くふ、どうせならわたくしも行こうかしらあ」とルルルアが同行することになり、その晩当たり前に盗み聞きしていたユウヒメも「お姉ちゃんも当然行くからね!」と同行を表明した。結果の今である。


 男一人に女三人。しかも巨乳目隠れ美女に龍ロリ美少女、天使系悪魔美女と目立つ組み合わせだ。

 周囲の人間はちらちらと謎のパーティに注目していた。


「おいおい、なんだよあの選り取り見取りエロパーティはよぉ」

「お前胸しか見てねえだろ。そんなんだから冷めた目で見られるんだよ……」

「うぐぉ、正論が苦しいっ」


「おいアレ"星龍"じゃねえか!? しかも"悪魔皇姫"もか!? ど、どうなってんだあのパーティ!! ソロばっかじゃねえか!!」

「どうした急に。誰だそれ」

「馬鹿お前知らないのか!? 星龍も悪魔皇姫も生まれた種族が他にいねえレベルで珍しいから種族名を二つ名にされてんだよ! しかも超強いソロで有名なんだよ!知っとけ!」

「そ、そうなのか。すごいのか……」


「ていうかあの女の人アレじゃない? ちょっと前にパーティ募集してたソロの"夢呼び"じゃないの?」

「あー見たかも。募集で"死んでも蘇ってくれる男の人"とか書いてあったかも」

「ね。癒術師系統でもかなり上行かないと無理なのにねー。そんなの超上位パーティにいるかいないかくらいでしょ? 無理だよね」

「うん。でもなんでわざわざ? 趣味かな。趣味かもね。趣味だね」

「……急に決めつけるわね」

「だって仲間だし――あぁ引かないで!」


 喧騒もそこそこ。好き勝手話されているがスケダはその程度を気にするような男ではない。

 ダンジョンへLet's Goと意気揚々に足を踏み出す。セティレは小走り、ルルルアはふよふよ浮遊、ユウヒメは音なくルンルン歩きで進んで行った。


 ダンジョン探索者を始めて二か月近く、ようやくスケダは仲間との冒険を始めることに成功したのだ。

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