第10話 セカンドコンタクト
スケダが10階層型泉の森ダンジョンを攻略し「転職」してから一か月が経過した。
院長に連行される強制訓練は週に五日行われ、大体一日に百回はボロ雑巾になる。これで服は微塵も解れないのだから、院長の魔法強度がうかがえる。
今日も訓練により襤褸屑にされたが、レベル上げとクソ石――ゴーレムの攻撃慣れにより死にかけた回数は数十回に留まっている。結構な進歩である。
現状のレベルは。
【魔法剣士1、普魔法使い1、武僧2、癒者2、普魔術師1、盗者2、強戦士1】
となっている。メイン火力になるはずの魔法系列は白石ゴーレムの持つ「魔法無効」とかいう阿呆みたいな特性のせいでパーになった。レベル上げもクソもない。
これなら「魔法剣士」は「剣術士」にしておけばと後悔したが、院長のことだ。それならそれで別の魔物にしていただろうから意味はない。無駄な思考だ。鬼!悪魔!悪魔王!!
罵倒はさておき、修行(訓練)にも慣れてきたので明日はダンジョンに行く予定だ。
「ダンジョン……!」
急に声を上げたスケダに周囲の子供が文句を言ってくる。すまねえと謝り、こそこそ布団に潜った。年長者の肩身は狭いぜ。
二度目となるダンジョン攻略に向け、ニマニマしながらスケダは目を閉じた。ダンジョンでは「魔法剣士」を鍛えよう。魔術も魔法も使おう。楽しみだ……。
――翌日。
久しぶりとなる裏ギルドに赴くと、入口で気配を感じ取った。これもランクアップの恩恵ッ!
咄嗟に飛び退き、入口が開くのを待つ。もう誰かとぶつかるようなへまはしないぜ。
「……」
通行人から変な目で見られるが無視。スケダの精神はタングステンでできている。
「…………」
出てこないな……。
「…………フッ」
ニヒルに笑い、今の十数秒をなかったことにする。
やれやれと首を振り、裏ギルドの戸を開く。
「あぅ」
「お、おうい?」
そしてぶつかる現実。何故だ。疑問は捨て起き、ぶつかった相手を見た。
「――おお。あんたはあの時の魔法使い!」
「へぅ、あの……スケダさん、ですよう?」
「おう。ははは、奇遇だな。ん、オレの名前先に知られちまってたか」
「ぁ、え、えとあの、そのそれは……」
「まあオレもダンジョン探索者だからな。そういうこともあるだろ。へへ、オレはスケダだ。よろしく。あんたは?」
勢いで押し切る光のコミュ力により未来の――否、既にパーティメンバー確定(スケダの中では)した魔法使いと話す。
相変わらず片目を隠した長い前髪に、身体の線を隠すコートを着ている。でかい乳だぜ。
「わ、私はその……セティレと言いますよう」
「セティレか。前にオレが言ったこと覚えてるか?」
「えぅ、その……パーティメンバーになるお話ですよう……?」
「おう。段階を踏むって話だったよな。ダンジョン、攻略してきたぜ」
キラメキ笑顔でシュビィと親指を立てる。
セティレはあわあわと困った顔をして、それからほんわか緩い笑みを浮かべる。
「それは、おめでとうございますよう。10階層型なら、次は20階層型ですよう?」
「……オレもそうしたいんだがな。どうも保護者……というか、親か。親が過保護でな」
「あぁ。ふふ、悪魔院長さんですよう?」
「おう、知ってたのか。そうそう、あの人がオレを痛めつけてくるんだ。ひでえ人だぜ。まあその分強くなれたけど」
「ふふっ、毎日疲れて眠っちゃっているんですよう?」
「うん。そうそう。ダンジョン行く元気もなかったんだ」
「一か月ずっと訓練は大変ですよう……」
「そう思うよなぁ。オレもだぜ。つーかオレが大変だったんだから思うも何もねえけど」
「ふふ、ふふふっ、二度目のダンジョンなわけですようっ」
「そういうことだ。だからまあ、20階層型はお預けだな」
うんうんと頷く。セティレも微笑んでこくこく頷いている。
話が早くて助かる。助かるが。
「しかしセティレ、あんたアレだな。オレの心読んでるだろ?」
「ぁ」
スケダはその辺敏感なので、楽しく話しながらも察することができた。
名乗る前から名前を知られていたのも、この一か月の修行・訓練についても。言う前に先回りされていた。記憶を読む魔法か、心を読む能力か。なんとなく後者だと思った。勘だ。
「えと、えとあの、あの……その、ご、ごめんなさいですよう」
「――謝らなくていいぜ」
ぺこりと頭を下げるセティレに、一瞬目を見開いたスケダはここぞとばかりにカッコつけを始める。パーティメンバーとの仲を深める良い機会だ。全力全開で決めて往こう……!!
「オレは気にしてねえよ。話が早くて助かるじゃねえか。――あんたがその能力でどんな労を背負ってきたのかは知らねえ。けどな、オレは最強になる男だ。心を読まれる程度のことを気にするほど度量のちいせえ漢じゃねえ」
「へぅ、ほ、ほんとうですよう?」
「おうよ。なんならオレの心読んでみてくれよ」
「わ、わかりましたよう……」
自信満々に笑みを浮かべて言うスケダを見て、セティレの物語脳が激しく動き始める。彼女の大きな胸がとくりと高鳴った。
普段はできる限りシャットアウトしている能力を解放し、目前の青年の"声"を聴く。
「――……」
セティレは息を呑んだ。
確かにスケダの言う通り、心を読まれることへの躊躇はなかった。羞恥の欠片もなく、心の底からセティレを"仲間"と認識し受け入れていた。
まだ了承もしていないのにそのポジティブさはなんなんだと問いたいが、今は置いておく。
定期的に胸の大きさを頭の隅で思考するのは如何なものかとも思うが、英雄色を好むとも言う。セティレ視点それはありだったからいい。
ダンジョン攻略の目的がチヤホヤされること、という俗的な理由もまあいい。セティレとて人のことは言えないのだからいい。
問題は一つ。
『――フッ、ついに見つかってしまったようだな。この俺の真なる王としての姿が』
と何やら呟いている心の一部がいた。ちょっと意味がわからなかった。まさかこの青年、スケダは心の内に別の人間を飼っているとでも言うのか。しかもすごく頭悪そう……。
「どうした? オレに何かあったか?」
「へぅ、ぁ、えと、なんでもないですよう。……本当に、気にしていないですよう」
「ははは! そうだろうそうだろう。仲間の力を気にするほど狭量じゃねえのよ。オレはな」
セティレはじっと見つめ、嘘偽りなく言ってのける姿に感心する。
ここまで裏表なく、本気も本気で前だけ見て生きている人間は極めて珍しかった。あと羞恥心とかないのかなと少し思う。
「スケダさん、でもその……私の胸ばかり気にしていますよう?」
「…………オレも男だ。許せ、セティレ」
敢えてそこに踏み込んでみると、すごく気まずそうな顔と気まずい"声"で許しを請うてきた。
ありのまま素直な物言いに、女はぽかんと男の顔を見つめ。
「ふふ、ふふふっ。ふふ、はいですようっ。許してあげますよーう」
「お、おう。いや悪ぃな。まあなんというか……」
頬を掻き、男は言葉を続ける。その先をセティレは既に把握しているが、ちゃんと聞いてあげるのも"仲間"かと思い笑って待つ。
頭の悪い声も「……胸はずるいってばよ。胸は。ぺぃぺぃはずるいってばね。ぺぃぺぃは」と頭が悪いなりに申し訳なさそうにしていた。根は悪い人ではなさそうだ。
「セティレ、オレと組んでくれるか?」
そっと手を差し出してきた男に、女はくすっと笑ってその手を重ねる。
「はいっ。お願いしますようっ」
「へ、へへ! よっしゃ、よろしくな!!」
「はいですようっ」
こうして、未だ10階層型ダンジョン一つしか攻略していない無職のスケダに初めてのパーティメンバーができたのであった。
感激し手をにぎにぎと握りしめる男へ、次第に顔を赤くしていくセティレだ。
「へぅ、あぅあぅ、あのえと、あの、て、手を……離してほしい、ですよう」
「あ、おうっ。悪い。……女の手は大事にしねえといけなかったな」
「えぅ、えとえと、て、手を撫でないでくださいようっ」
「そうだ。軽く"ヒール"と」
「――……癒しの術ですよう?」
素早く「癒者」になったスケダが回復の魔法を使う。
魔力は最低限なのでかすり傷程度しか治らないが、痛みはすぐ消える。別にセティレは痛かったわけではなく、男性との接触に免疫がなかっただけなのだが……それより何より、どう見ても軽装戦士のスケダが回復の術を使ったことに驚いた。
「ん? あぁそうだな。仲間には教えねえとな。ダンジョンに向かう途中で話そうぜ」
「は、はいですよう……あ」
ダンジョンと聞き何かを思い出した様子のセティレ。どうしたと問いかける前に、先に尋ねてくる。
「……スケダさん、10階層型ダンジョンに入るのですよう?」
「あぁ。その予定だぜ」
「私、40階層型ダンジョンからしか入れないのですよう」
困った顔を見せるセティレに、スケダは決め顔のまま固まった。
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