第9話 修羅場と修行。
「ごぼぼぼっ!?」
ゲートを出ると水の中だった。溺れるぅ!!
腕を伸ばし触れたモノを叩き、衝撃で上に逃げる。ざばぁん! と外に出た。
「……オレだっせぇ」
場所は泉の森。ゲートがなくなり、ただの泉となったそこよりスケダは現れた。
下半身を水に浸け、両足で水底に立つ。溺れる気配など一切ないただの泉でスケダは慌てていた。
「――やれ、やれ、っと」
首を振り、肩をすくめ今の出来事をなかったことにする。
すました顔で泉を上がり、わざわざ「魔術師」になって乾燥魔術を使う。「魔法使い」は攻撃魔法ばかり覚えるので、細かい作業や繊細な罠は魔術が向いているのだ。ちなみにスケダは「魔法」と「魔術」の違いを知らない。
「――くふ♡」
「はっ!?」
聞き覚えのある笑い声を耳にし、即座に振り返る。右手は収納魔法へ。左手は職業変えでステータスを弄る。が、見えた姿に警戒を解く。
「なんだよ。ルルルアじゃねえか」
「くふふ♡ そうよお?わたくし。ふふふ、ねえスケダあ。あなた今とおっても面白いことしていたわねえ?」
「……フッ、お子様にはわからねえことさ」
「あらあ? 浅い泉で溺れかけたオトコが言うことかしらあ?」
「……忘れろ。そういうこともあるさ。それよりルルルア」
「くふふ、ふふ、なあにい?」
くすくす笑う浮遊少女、数日振りの露出過多なへそ出し謎スカート白髪ロリだ。淡い桜色の瞳が悪戯っぽく細められている。
「どうしてここにいる? オレはあんたに場所を知らせてねえだろ」
「くふふ、わたくし、魔法使いだものお。未熟な魔法使いを追うことくらい余裕よお」
「……なるほど。なんとなくわかっちゃいたが、あんたイイ女だな」
浮遊する少女へ近寄る。ハードボイルドに笑みを浮かべ「な、きゅ、きゅうになによおっ」と狼狽え顔を赤くしているルルルアの頭にいつものように手を置いた。頭部の小さな龍角を掠めるように手のひらで撫でつけると、少女はパタパタ手を振り暴れる。
「ん、んっ、やめなさいぃ」
「フッ、お嬢ちゃん。男が溺れている時は見て見ぬふりするもんだぜ」
ルルルアはぽかんと口を開け、すぐにジト目となって見つめ返してくる。
「……普通助けるものでしょお?」
「そういうこともあるな。まあいい。それより」
「――スケダくーん?」
続けようとして、ぞわりと耳を這う声に肉体が警戒と安堵の信号を発する。
横を見て、見覚えしかない女に気づいた。
「なんだ、姉ちゃんかよ」
「あーっ。お姉ちゃんに"なんだー!"とはひどーい! せっかくスケダくん大丈夫かな? 怪我してないかな? って見に来てあげたのにー!」
ぷんすかと怒るスケダの姉。金髪碧眼超級美女悪魔の自称姉だ。
毎日見ていた顔が数日ぶりになると、なんだか懐かしく思える。この弟想いの発言すらも姉らしくて安心する。
「ははは。悪ぃ。まさか姉ちゃんまで来るとは思わなかったからよ」
「うんっ。いいよ! お姉ちゃん許しちゃう。でも――そこのメスガキはなにかな?」
「えっ」
「――ふぅーん」
姉の物言いに驚き、同時すぐやんわりと手を除けスケダと姉の間に割り込むように動くルルルア。わざわざ高度を上げ、姉と目線が合うように調節している。姉には姉で驚いたが、それ以上にルルルアの底冷えしそうな冷たい声音にスケダは驚いていた。二人分の驚きにダイスケも「オイオイ、俺たち死んだわ」と嘆いている。何言ってんだ。オレは死なねえ。
「急に現れてずいぶんな物言いねえ? 悪魔風情がわたくしに文句かしらあ?」
「あなたこそわたしの弟くんに何か用かな? 貧相なちびっ子でも泥棒猫は許さないよ??」
「はあ?」
「なに?」
バチバチに口撃をし合っている。
何が原因かよくわからないが、ロリと自称姉の争いはどう考えても自称姉が不利だ。いやでもロリはロリでストーカー気質だからどうなんだ。ストーカーロリVS自称姉……ファイ!!
「――姉ちゃん、こいつはルルルア。未来のオレの仲間候補だぜ。たぶん結構強い。少なくとも魔法じゃオレより上なんだろうな。ガキだけど。ルルルア、こっちはユウヒメ。オレの姉だ。血の繋がりはねえけど。師匠のダチ……仲間?……家族っぽい何かだな。うん」
「「……」」
二人して微妙な顔になってしまった。スケダは無駄に自信と度胸だけあるので、二人の会話には容易く割って入れた。さすがダンジョン攻略者。ワンランク上のステージに立っている。
「……ん。まあいいわあ。ユウヒメねえ、私は星龍のルルルア。よろしくう」
「はぁ……弟くんの顔に免じてだからねっ。わたしは悪魔皇姫のユウヒメ。よろしく」
握手はないが和解はしたようだ。
とりあえず姉には待っててもらい、不機嫌度が上がった怠そうなルルルアと向き合う。
「よう。ずいぶんと荒れてるじゃねえか」
「誰のせいかしらあ、誰のお」
「フッ、オレか?」
「……はぁ」
「それは棚に上げて、だ。ルルルア。あんた割とデキルんだろ?」
子供扱いをやめるつもりはないが、姉のステータスを見てしまった手前、それと渡り合えそうな雰囲気のルルルアを無力なパンピー扱いはできない。
ルルルアは探索者だ。それも割と上級の。10階層型ダンジョンを攻略したからわかる。なんとなくちょーつよそう。
「くふ、そうねえ……」
ゆるっと流し目で淡い桜の瞳を向けてくる。微かに緩んだ口元から、彼女の機嫌が戻ったことを察する。ダイスケも「よっしゃー! 龍ロリちょっろ! やっぱちょろいロリ、ちょロリは最高だぜ!」と叫んでいる。やかましいな。
「わたくしはデキルわよお。くふふ、このわたくしを仲間にするのでしょお? もおっと強くならなきゃだめねえ」
「そうかよ。だと思ったぜ。だがなルルルア」
「んー」
「わざわざ今オレに会いに来たっつーことは、脈ありだろ?」
「――もお、不敬な物言いだわあ」
「返事はどうなんだよ」
真っ直ぐと、灰色の瞳にダンジョンへの燃え滾る情熱を宿して言う。
ルルルアの桜はそんな男の目につい惹き付けられてしまっていた。無言で数秒。強引に目を逸らした少女は、火照る頬を扇ぎ呟く。
「秘密よお。……けど、しょうがないから待っていてあげるわあ」
くすりと笑い、ふよふよ浮いてその場を離れていく。
ひらひら手を振り、気品ある仕草でゆったりと振り向いた。
「それとお。スケダあ、ダンジョン攻略、おめでとお。また、会いましょう?」
「お、おう。ありがとよ。またな」
しゅるりと、煙が消えるようにその身を宙に溶かしルルルアは去って行った。
結局何をしに来たのか。もしかしなくても祝福だけしに来たのかもしれない。相変わらず神出鬼没なロリだ。
「よーしっ!スケダくん! お姉ちゃんたちも帰ろうっ! えへへ、初ダンジョン攻略祝いだね!! おめでとー!」
「おう! へへ、ありがとな、姉ちゃん。帰ろうぜ」
「うんっ!」
鼻の下を擦り照れを誤魔化す。
スケダは短距離ワープしか使えないので、長距離ワープは姉に任せる。差し出してくる手に手を重ね、ぎゅっと握って術を待つ。
「じゃあ行くよーっ。忍法"影渡り"!」
ゆらり、と二人の足元が揺らぐ。薄い影が濃度を増し、あっという間にスケダの視界は真っ暗闇に閉ざされる。次瞬、ぱっと世界が開けた。まだ見慣れないが数日前に訪れた年季の入った酒場、裏ギルドだ。
「スケダくんっ。わたしは先に孤児院行ってるねー! 待ってるよー!」
「おう。ありがとな姉ちゃん」
「えへへー、弟くんのためだもんね。お姉ちゃんにお任せだよっ」
足元から聞こえる声にホラーを感じながらも、姉のワープには慣れているので軽く返事をして前に進む。初めて"忍法"を見た時は興奮して眠れなかった。カッコよかった。ちょっと忍者に憧れてしまった。ダイスケが「アィエ!? 忍者!!忍者スゲエ!?!?」と叫んでいた気持ちも少しわかった。
「――ヌフル、来たぜ」
「おやおや、スケダ様。いらっしゃいませ」
穏やかな物腰の裏ギルド長に話しかける。相変わらず裏ギルドは寂れて人っ子一人いなかった。
「シロニシ北西ダンジョン、攻略完了だッ」
「ぬふふふ、お早いですね。既に確認しております」
「なに? どうやってだよ」
「ぬっふふ、そちらはギルド秘密――と言いたいところですが、一部の職業にはダンジョンの発生源を特定できる魔法が存在するのでございますよ」
「なるほどな。それでか。フッ、なかなかやるじゃねえか」
「ぬふふ、それほどでもございません。ささスケダ様、今回の報酬にございます」
「受け取るぜ。――また来る」
マントはないがある風を装って身を翻す。
軽やかに手を挙げ、ヌフルとのカッコつけしか存在しないやり取りに頬を緩ませ孤児院へ。背後のヌフルもまた、幼き時分は患っていた身。カッコつけを楽しめる度量は持ち合わせていた。
意外に性格が似ている二人である。
真っ直ぐ孤児院に戻り玄関をくぐると。
「「「おめでとーー!!!」」」
「お、おう……」
ピカピカと光る魔法の花火。
子供と大人と院長と姉の声。揃ってスケダを出迎えた孤児院の人たち。皆が「あのスケダがなぁ」「よく、よくやった……!!」「兄ちゃんすげえ!」「俺もダンジョン探索者になるんだ!」「すごいよー!」と祝福の声を掛けてくれた。スケダは泣いた。
「うおおーーん……へへ、へへへ! イイ孤児院だぜ!!」
キランと白い歯を見せ笑う男に、子供たちはワッと沸く。院長は微笑み、大人たちはもらい泣きし、自称姉のユウヒメは「きゃーん♡ わたしの弟くんかっこよすぎー!!」と悶えていた。見なかったことにした。
「スケダ君。食事を用意しました。皆で君のために用意したのですよ。さあ、食堂へ行きましょう」
「おう! 行こうぜみんなー!!」
「「「わーー!!」」」
子供たちを引き連れ孤児院をだらっと駆けていく。
十六年もいれば大人を除いて最年長のスケダだ。ほとんど修行漬けの日々だったとはいえ、朝晩の食事はしっかり孤児院で摂っていた。寝床も子供たちと一緒だ。スケダは定期的に変な行動を取るが普段は明るく前向きで、孤児にありがちな暗さを一切持たない好青年だった。子供たちもそんな青年に懐き、話をせがまれ切った張った"オレ最強伝説"を語る姿に皆、瞳をきらきらさせていた。その内にユウヒメが入っていたことは言うまでもない。
朝食代わりに始まった祝賀会は昼過ぎまで続き、食事も終わり幼子はお昼寝タイムだ。
大人も仕事に動き始め、スケダは院長に連れられいつもの魔界コロッセオにやってきていた。スケダの正面に立つ院長と異なり、ユウヒメは当たり前に観客席で変な横断幕を広げていた。見なかったことにした。
「スケダ君。改めてダンジョン攻略おめでとうございます」
「ありがとう。これでオレも一端のダンジョン探索者だ。院長のおかげで、ようやくオレの夢の第一歩を踏み出せた。ありがとう院長」
「いいえ。すべて君自身の力ですよ。……さてスケダ君。どうしてここに呼んだのかわかりますね?」
「ああ。ステータスだろ?」
自身のステータスは既に確認し終えていた。魔力の量も肉体の動きも軽くではあるが検証してある。残りは一つ。
「転職できるようになったぜ、院長」
転職だけだ。
【転職可能職業:剣術士or魔法剣士、普魔法使い、武士or武僧、癒者、普魔術師、盗者or盗剣士or盗術師、強戦士】
院長は頷き、スケダと今後について話し合う。どんな職業を目指すべきか。ソロでやっていくのに必要な職業は何か。ダンジョンに挑戦してみて自分に合うものはわかったか。転職先の職業がどんな能力を持っているのか。
豊富な知識を使ってスケダの転職先を決定していく。
「――このようなところですね」
「おう。はは、ははは! オレは最強の
ステータスを見て傲慢に笑みを深めるスケダ。前世のダイスケも「俺はスーパー無職だ!!」と増長し笑っている。
―――――――――――――――――――――――――――――
スケダ
種族:普人族
職業:無職(魔法剣士)
職業レベル:1
体力 :25F
知力 :25F
思考力:25E
行動力:25F
運動力:25F
能力 :25F
【選択可能職業】
魔法剣士1、普魔法使い1、武僧1、癒者1、普魔術師1、盗者1、強戦士1
―――――――――――――――――――――――――――――
全体的に特殊攻撃寄りで、魔法や魔術の小細工を生かせる構成にしてある。今後のメインは魔法剣士になるだろう。職業を変えず魔法剣を操れるようになったスケダは無敵だ。
「……スケダ君」
院長は高らかに笑うスケダへ優しい笑みを向けていた。青年はその笑みを見て表情を凍らせる。知っている。覚えている。甦る十年の記憶。クソ蝙蝠に襤褸屑にされ、クソ蛇に襤褸屑にされ続けた日々。その原因がすべて目前の柔和な男一人だと知っている。
「とても元気でよろしい。有り余った元気は発散しましょう」
「まっ」
情けない声は院長の魔法によりかき消された。
コロッセオに浮かぶ魔法陣。上下に分かれた陣より出てくる真っ白な石。四角い白石を積み上げ人型を作った魔物。
「ゴゴゴゴゴレ」
スケダの身長三倍はある、真っ白なゴーレムが現れた。
「へ、へへへ。ゴーレムか。院長――いない!? 観客席かよ!」
「スケダ君。頑張ってくださいね」
「きゃー♡ スケダくん頑張れー!!」
軽い声援と黄色い声援を受け、スケダはゴーレムと向き合う。魔法剣を両手に構え、ニヤリと笑い魂を鼓舞する。
「ハッ! 今のオレを舐めるなよ! オレは最強のパワーを手に入れたんだ! 行くぜ!!!」
脳裏に「乗るな相棒ッッ!!」と声が聞こえた気がするがもう止まらない。加速した足は数メートルの距離を一息で詰め、回転させた肉体のまま白石に魔法剣を叩き付け――。
「――なにぃぃい!!?」
剣身は消滅した。
「ゴゴゴレ」
見上げれば石の腕を引いたゴーレムの姿が。
「は、ははは。待とうぜ。魔法無効?はずるだろ? な? オレもまだ心の準備ができてねえからよ。まあああてぇええ!!って言ってんだろクソ石がよ!――あぁあっ! 馬鹿お前石投げはずるだろふざけんなああああああ!!!!」
「盗者」になりコロッセオを逃げ回るスケダと、高速石投げにより爆音と轟風を引き起こすゴーレムの姿がそこにはあった。
「ふふ、あははっ。スケダくんがんばれー! もっと強くなろうねー!!」
「ふふふ、スケダ君。頂点は遠いですよ。夢はまだ遠く、増長するには弱すぎましたね」
にこやかな二人に応援され、十六歳になったスケダは必死の形相で逃げ惑う。そこには傲慢さの欠片もなく、ただ背後の格上魔物から生き延びることだけを考えた漢の顔があった。
スケダは叫ぶ。ほんの少し前の自分に向けて怨嗟の声を撒き散らす。
「ちっくしょおおおお!! ぜってえチヤホヤされてやるううう!!!」
青年スケダのダンジョン攻略栄光チヤホヤ山登頂までの道は、まだまだ険しい。
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