第7話 泉の森ダンジョン1
超王国ニシダの西方都市シロニシより北西に馬車で十日の場所に、小さな泉を湛える森がある。街村はなく、街道もないため人はほとんど通らない。そもそも馬車すら通っておらず、いるのはダンジョンより溢れ討伐隊から逃れ繁殖した雑多な魔物と盗賊野賊の類だけ。
人の手の入らない森は草木が繁茂し、鬱蒼と茂った木々の合間に獣道が出来ている。
湿気が多く暑苦しい森の道を、一人の男が歩いていた。
「またサルかよ……」
「ウッキキー」
男の頭上、木の枝にぶら下がるサル型の魔物がいた。魔物ではあるが所詮ダンジョン外で育った生き物。強くはない。熊や猪の方がよっぽど強力だ。
「……クソがよ」
しかしこのサルたち、上からゴミやフンを投げつけてくるという嫌がらせを趣味としていた。
スケダは「魔術師」となり既に簡単な虫除けや軽毒予防の魔術を使っている。無駄な魔力消耗は避けたく、体力も使いたくない。そのため幾度となくゴミ投げをしてくるサルたちにはゴミを投げ返して対処していた。
「クソまみれで死んでろ!!!!」
苛つきで叫び、サルの顔面にフンを投げつける。一瞬で「武闘家」となり投げられたフンは枝からサルを叩き落とし地面に衝突させた。
「ウキキー!」
腐っても魔物なので死にはせず、奴は尻尾を巻いて逃げていった。既に同じ行動を数十度は繰り返している。
溜め息を飲み込み、再度歩き始める。
シロニシを出て三日。馬車はなかったが「盗賊」の速力に任せ、「癒術士」で体力を回復をさせながら最速で"泉の森(命名スケダ)"までやってきた。森の外で一晩休み、朝入って既に昼だ。
そろそろ泉に辿り着いて良い頃のはずだが……。
「……ほう」
ニヤリと口角を上げる。
思ったがすぐ。サルに無駄な魔力や気力を使わなくてよかった。スケダの前方、不自然に開けた木々の先に、円形の広場があった。中心には湧き水。透明度の高い、美しい水だ。
そして本命、泉の中心付近に不透明で先の見えない渦巻きが存在していた。ゲートである。ダンジョンゲートと呼ばれる現世とダンジョンを繋ぐ入口であり、どのダンジョンにも存在する。特徴は先が見えないこと。形は様々だ。
「いいぜ。……始めようか。オレのダンジョン攻略を!!」
似たような台詞は何度も吐いてきたが、改めて叫ぶ。
職業は防御と体力に優れた「戦士」へ。いざ行こう。
一息にジャンプし、スケダの身が泉の森ダンジョンに呑み込まれていく。一時揺らめいたゲートは、何事もなかったかのように渦を巻いていた。
☆
ダンジョンに飛び込み着地すると、そこは森だった。
「……また森かよ」
ぼやくが、しかし。
今度は獣道のみの自然森ではない。不自然なほど整備された一本道が真っ直ぐ伸び、道順はこちらですよ、と言わんばかりに丁寧な作りをしていた。これがダンジョンか……。10階層型ならこんなものか、そんな感想を抱きつつ、横から飛んできたフンを避ける。
「ウキー!」
「……クソザルが」
そして見つけるサル型魔物。今度は完璧なダンジョン産なので、地上で見たものより大きく強く賢そうだ。それでも所詮サルはサル。小賢しくもスケダの力量を見て遠くからゴミやフンを投げつけるだけの嫌がらせに徹していた。
「ウキー!」
「ウッキキー!」
「ウキキキー!」
ぺちゃりべちゃり、ぼとり。
フン、フン、ゴミ。鬱陶しさに上限はない。またサルの数にも上限はない。ここはダンジョンだ。
「……上等じゃねえか! サル共絶滅させてやる!!」
スケダに暴力耐性はあっても、嫌がらせ耐性はなかった。
叫び、「剣士」に切り替え収納魔法で剣を取り出し駆け出す。近くの木に駆け上――らず、力任せに切り倒す。慌てたサルには大ジャンプで切り上げだ。さながら居合のごとき一撃。空中で真っ二つになったサルは魔力光を散らして消えた。
着地し。――ぺちゃり。
「は?」
ズボンに付着するフン。毒はない。害はない。いやある。気分が悪い。背後を見る。
「ウッキキキキー!!」
枝の上で喜んでいるサルがいた。周りの仲間に自慢でもするかのように拍手している。
「ぜっころ!!」
スケダはキレた。サルダンジョンと、初心者探索者スケダの戦いが、今始まった!!
――十二時間後。
「……ふむ」
意味深に頷く。特に意味はない。
ダンジョンに乗り込み半日が経過した。スケダは時計を持っていないが腹の減り具合で時間を計算できる野生児だった。
現在地、泉の森ダンジョン八階。昼食は第一階層の階段手前で食べた。このダンジョンの階段は木の洞に隠されていたため、最初は探すのに手間取ったのだ。
第五階層までは景色も変わらず、魔物も碌にいない。サル型の鬱陶しいサル共ばかりで見つけ次第全殺しにしてきた。未だステータスはランクアップせず停滞している。
「……行くか」
休憩は終わりだ。第八階層入口より一歩前へ。景色は一階からずっと同じ。しかし。
「ウッギギー!!」
「ふん!」
目前に躍り出た牙ザルを一刀の下に斬り捨てる。続いてやってきたサル、サル、サルの群れ。
双剣士らしく両手に剣を持って流れ作業のごとく斬っていく。右左上下前後ろ。手早く魔物を処理しながらどんどん前へ。
「ふん! ぬっ! グァ! ズァァ!」
片や院長譲りの鋼鉄剣。片や魔法使い由来の魔法剣。
二つの剣を重ね合わせ、鋼鉄と魔法の融合! 名付けて鋼鉄魔剣!!
「うおおおおお! 魔剣ウルトラバスタァアア!!!」
小学生並みのネーミングセンスと共に振り下ろされた自称魔剣。魔力の圧縮充填により魔法剣がオーバーロードし、前方に向けて巨大なビームが出た。見た目ほど威力はない。しかし10階層型ダンジョンの魔物には過剰もいいところだった。
「「「ウッギギィィィ」」」
断末魔の悲鳴を上げながら消えていくサルたち。飛び散る魔力光の中を突き進むスケダ。男の顔には高らかな笑みが張り付いていた。カッコつけられてご満悦な阿呆だ。魔力の消耗はプライスレス。心の充実には代えられない。
「――――悪は滅んだッ」
呟きながらも新手のサルと対峙する。
魔法剣は消滅してしまった。魔力は温存しておきたい。ならばやることは決まっている。剣を収納魔法でしまい無手になる。
「オレの名は……否、我が名は超武現流師範代、サウザンド・スケダ・ブレイズ」
「ウギギギー!」
静かに名乗る男の前に、一匹の角ザルが飛び込む。鋭利な角を突き刺そうとする、素早さに長けたサルだ。
「いざ――推して参る」
「武闘家」になりカッコつけも極まってきたスケダが我流それっぽいポーズでサルを打ち倒した。
命懸けのソロダンジョン探索のはずなのに、心の底から今の状況を楽しんでいる変態の第二ラウンドが、今始まった。
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