第14話 勝利と余韻。

『――絆バトルの最大値更新を確認。規定値以上のダメージを確認。試練を終了します』


 シュイィィンと音を立て、機械は崩れ落ちた。色を失い、完全にエネルギーをロストしていた。


「――オレたちの、勝ちだな!」

「やったー! スケダくん! わたしたちの勝利だね!」


 満面の笑みで抱きついてきた姉を柔く抱きしめ返し、そのまま向こうが変な手つきに移行したので普通に離れた。


「ルルルア、セティレ。お疲れ」

「くふふ、お疲れ様あ」

「ふふ、スケダさんもお疲れ様ですようっ」


 ゆったりした様子の二人に近づき手を掲げる。一瞬戸惑った顔のルルルアは、すぐに察したのか「しょうがないわねえ」と微笑んで手のひらを合わせてくれる。次いで、セティレも恥ずかしそうにぺたりと手を合わせてくれた。これぞ真の仲間。ダイスケも「――俺たちの青春はここにあったんだ……ッ!」と涙していた。意味が分からない。


 背後から割り込んできた姉がハイタッチを求めてきたので、繰り返しイェイイェイと十回はハイタッチをした。


 ひとしきり勝利を噛み締め、さてと頷く。

 視線を向けた先は部屋の出口。機械魔物討伐後に現れた道だ。


 ボスドロップはなく、機械魔物の残骸も魔力となって空に消えた。

 一見ダンジョンっぽくなかったが、やはりこのSF空間もダンジョンであったらしい。全員で部屋の出口に向かい、先の空間である発見をする。


「なんだこの、魔法の火……?」


 部屋の奥、揺れる不透明のゲート手前に浅い階段状の台座があり、何もない空中で淡い煙のような火が燃えていた。


「珍しいわねえ。それ、スキルトーチよお」

「なに!?」


 振り向き、ふわふわ浮いているルルルアを見る。


「なんだよスキルトーチって」


 とりあえず驚いたが、知らない単語だったので訊いてみた。

 呆れた顔をする龍ロリと、くすっと笑うセティレと、気づいたら隣にいた姉だ。答えは隣から返ってきた。


「スケダくん。スキルトーチはね。パーティ皆がスキルを手に入れられるものだよ。スキルオーブの上位互換、みたいなものかな」

「すげえじゃん」


 ということらしいので、迷わず火の中へ手を突っ込んだ。これで合っているのか知らないが、たぶん合っているだろう。


【スキル習得:キズナクロス】


「おお!!」


 思わず声を上げる。

 ステータスへの表記はないが、直感で新しく使えるようになったとわかる。脳裏に過る見覚えのない記憶……ッ!


 どうやらキズナクロスというスキルは、仲間とのコンビネーション技らしい。絆ゲージだとか絆バトルだとかキズナクロスだとか、このダンジョンはとことん絆を推している。大好物だぜ、もっと推せ。


 親近感を覚えながらも、フラットダンジョンが崩壊する気配を見せないことに気づくスケダだ。


「ふむ……ダンジョン崩壊しないのか?」

「えと、たぶんですけど、フラットダンジョンはまだ攻略し切ってないですよう」

「そうなのか?」

「はいですよう。二回目はもっと攻略が難しくなると聞いたことがありますよう」

「そうなのか……そういうダンジョンもあるんだな」


 ルルルアとユウヒメも頷いていた。常識かよ? と尋ねると再び頷かれる。どうやら無知なのはスケダだけだったようだ……。


 気を取り直し、全員が同じスキルを習得したところでダンジョンを出る。キズナクロスは絆ゲージを上げないと使えないらしい。ちょっと何を言っているのかわからなかった。もちろんステータスに絆ゲージなんていう項目はない。


「……外か、ここ?」

「フラットのようねえ。夜だけれどお」


 ダンジョン外は夜だった。街灯は明るく、夜天に青白い月が二つ浮かんでいる。遠く空が薄まっていく。朝が近いようだ。景色は見えるがスケダの体感ざっくり二十四時間だったため、まさか外が夜明け前だとは思わなかった。


「……オレの腹も信用ならねえな」


 無駄に自信を持っていたため少々傷つく男だ。


「んん……五日、かしらあ?」

「あの、五日とは、どういうことですよう?」

「あぁ、ふふ。ダンジョンに入ってからの経過時間よお。セティレも色々潜ってきた子ならわかるでしょお?」

「ああっ、そういうことですよう? そういえばそんなお話聞いたことありましたよう……!」

「ふんふん、なるほどねー。お姉ちゃんもわかっちゃった。思ったよりかかっちゃったんだねっ」

「そうねえ。やはりわたくしたちの行動が原因かしらあ、くふふ」


 女性陣の会話に訳知り顔で頷く。もちろん理解できていない。

 ルルルアからジト目で見られたが肩をすくめておいた。溜め息を吐いている。やれやれだぜ。


「ところで姉ちゃん」

「うんっ、なになに?」

「五日って、のは?」

「あ、ふふ。そうだね。えっとね。ダンジョンってたまにダンジョンの内外で経過時間に差が出ちゃうんだ」

「へー」

「だから、ダンジョンで一日しか経ってなくても外だと一週間経ってたーとかもあるの。今回は五日間だったってこと」

「なるほどな。わかったぜ、ありがと姉ちゃん」

「うんっ、えへへー、わからないことを放置しないのはえらいぞー!」

「へへへ」


 褒められ撫でられ喜ぶお子様である。

 ルルルアのジト目よりセティレの曖昧な作り笑いの方がダメージは大きい。ダイスケも「う"っ!(絶命)」と言っている。


「いつまでもここにいたってしょうがねえし、ギルドに報告だけして帰るか。オレは表行けねえから誰か頼むわ」

「私が行ってきますよう。少し待っていてくださいよう!」

「あ、じゃあわたしも行くね? 全部セティレちゃんに任せるのはお姉ちゃん失格だし」

「へぅ、ありがとうございますよう」

「うんっ。じゃあ行ってくるね。わたしは孤児院も気になるし、スケダくんとルルルアちゃんとはいったんお別れかな」

「わかったわあ」

「転移で先に帰るのか?」

「うん。お姉ちゃんはスケダくんだけのお姉ちゃんだけど、皆のお姉ちゃんでもあるからねー!」

「了解。皆のこと頼んだぜ、姉ちゃん」

「はいはーい!」


 姉とはさっぱりと別れる。どうせ孤児院で会うのだから悩む場面でもない。


「セティレはどうする?」

「えぅ、それなら私は……私もちょこっとやりたいことできたので、先に帰っていいですよう?」

「それは構わねえが、転移か?」

「はいですよう。別の都市に寄りたいので、ちょこっとお時間かかるかもですよう。連絡は取れますから、メッセージの魔法はいつでもくださいよう」

「了解。フラットダンジョンか、オレが40階層型ダンジョン挑む時か、訓練か修行か何かあったら呼ぶぜ。ダンジョン、ありがとうな。最高に楽しかったぜ」

「え、えへへ。私もですようっ。とっても発見がありましたよう! ルルルアさんも、ありがとうございましたよう!」

「くふふ、どういたしましてえ」


 姉に続きセティレとも一度お別れだ。

 フラットダンジョンに入る前、一応表ギルドにダンジョン探索をすると報告はしておいた。スケダは「オレら全員まともに登録なんてしてねえし無理だろ」と思っていたが、セティレも姉も、何ならルルルアも普通に登録していた。本当に未登録なのはスケダだけだった。やっぱ無職ってクソだわ。


 無職の闇はさておき、二人を見送った後残るのは男寂しいスケダだけ。


「はぁ。帰りもまた一人かよ」


 フラットダンジョンには現地集合でやってきたため、スケダ以外全員転移の術を使っていた。一人寂しい歩行者旅人のスケダである。「旅人」とかの職業生えねえかなと思っていたが生えなかった。現実は厳しい。


「――あらあ。それはわざとわたくしを無視しているのかしらあ?」


 もう一人の居残り組、ルルルアがスケダの隣にふよふよ寄ってくる。


「なんだ。帰りは一緒に来てくれるのかよ?」

「くふ、あなたが寂しくて仕方ないなら、一緒に帰ってあげてもいいわよお?」


 からかいに満ちた桜の瞳がスケダを見上げる。

 しかし漢スケダ。そういった機微は完全に無視することのできるメンタル強者だった。


「ああ寂しいぜ。頼むルルルア、オレたちの街に帰ろう」

「んな……も、もお。そ、そんなにわたくしと一緒に居たいのねえ?」

「ああ。あんたと一緒に居たい、ルルルア。オレと帰ろう」

「~~~っ、しょ、しょうがないわねえっ、一緒に居てあげるわあ……っ」

「ありがとよ。やっぱりルルルアはオレの最高のダチだ」


 夜でもはっきりわかるほど頬を赤くしたルルルアの頭をやわやわと撫でる。「や、やめなさいぃーふけいものおーっ」と抗議する少女にはからから笑って返した。

 微塵も羞恥心を見せず、真正面から全力のラブコール(仲間への)を行うスケダは無敵だった。ルルルアは二百歳を超えているが、今まで友も仲間もいなかった孤独な少女だ。知識はあれど、こういったやり取りに免疫はなかった。その結果が、年下も年下な男に好き勝手撫でられ満更でもない顔をする龍ロリである。


 照れが極まりそっぽを向いてしまったルルルアと共に、スケダは家路に就く。

 都市フラットを出て、街路に沿って西へ。馬車で数日なので徒歩ではその倍以上かかるだろう。まあ肉体強化を施せば一日とかからず着けるため焦る必要はない。


 白む空を眺めながら、低い草木生える大地を行く。

 前を浮くルルルアの小さな龍翼が機嫌よさげに羽ばたかれていた。


「なあルルルア」

「なあにい?」

「あんた、どうして来てくれたんだ?」

「……フラットダンジョンにい?」

「ああ」


 浮いたまま器用に振り向く少女へ、男は頷く。


「オレとダンジョンに潜るのは、オレがもっと強くなってからって言ってただろ?」

「そうねえ……」


 セティレはそもそもスケダが誘ったため良い。姉もまあ、姉だから良い。だがルルルアは別だ。いつかとは言ったが、それはまだまだずっと先の話だったはず。セティレ風に言うなら、まだ段階が足りない。


「ねえスケダあ」

「ああ」


 少女はいつも通り気だるげに、しかしほんのりと頬を紅潮させて言う。


「私、あんまりお友達いないのよお」

「はは、だろうな」

「むぅ、不敬者お」

「悪い悪い。それで?」


 頬を膨らませていたのも束の間、スケダの謝罪に浅く息を吐いて続ける。


「……ダンジョン、私が最初のつもりだったのお」

「……? 悪ぃ、どういうことだ?」

「だ、だからあ……」


 目を逸らし、ごにょごにょっと小さな声で少女が言う。初めて見るルルルアの姿にスケダは戸惑った。あとちょっと可愛いなと思ってしまった。前世のダイスケは「――ルルルアルート、開通ッッ!!」と叫んでいた。何言ってるんだこいつ。


 胸の内の声は忘れ、じっと少女を待つ。


「最初にあなたとダンジョンに潜る仲間は私がよかったのよおっ」

「……なる、ほど」

「……うぅ、もお……この私が、こんな辱しめを受けるだなんてえ……」

「辱しめてはねえよ。ルルルア」

「……なによお」


 明るむ空の朝日は少女の細かな機微すらも鮮明に照らし出していた。暗闇から浮かぶように、少女の目にもスケダの表情がしっかりと映り込む。そこには眩しいくらいに明るい、未来を見据える男の笑みが深く刻まれていた。薄灰の瞳が桜の少女だけを見つめている。


「――オレはまだまだ走るぜ」

「はあ?」

「夢も理由もまだわからねえガキだが、それでもダンジョンを攻略するために走り続けるぜ、ルルルア」

「……」

「オレの仲間になったやつも、ずっとずっと、下手すりゃ死ぬまで走り続けることになるんだ。わかるか?」

「……わからないわよお」

「最初なんて知らねえ。最後までオレの隣に立っていたやつが、オレの人生の仲間。――ライフパートナーってやつだ」


 カッコつけるために新しい単語を生み出す男、スケダ。

 どこまでも自信を持って言い切る。何故なら真に自信しかないから。それがスケダという男なのである!


「ライフ、パートナー……」

「最初なんてどうでもよくなるくらい、オレとダンジョンを攻略して攻略して攻略しよう。最高にチヤホヤされて歴史に名を残そうぜ。オレたちの名前をよお!!」

「……すごおーく俗っぽいわねえ」

「だがその時こそ、オレたちは胸張って互いをライフパートナーだって言えるだろ?」


 想像してみる。

 スケダとルルルアと、セティレと、あとついでにユウヒメと。他に仲間がいてもいい。皆で数え切れないくらいのダンジョンを攻略し、100階層型ダンジョンだって攻略し切って、世界の秘密もダンジョンの謎も全部解き明かして……見果てぬ空を駆けながら皆で笑い合う。そんな夢の先。それはきっと、きっと心の底から笑ってしまうような美しく尊い未来。


「――悪く、ないわねえ」

「だろ?」


 得意げに笑うスケダの胸を少女はちょんと突く。「調子乗らないのお」と告げ、くすっと笑い声を漏らした後。


「付いて行ってあげるわあ」


 と、華やかに微笑んで続けた。

 その後しばらく和やかに歩き、思いついたようにルルルアは言う。


「そういえばスケダあ」

「おう、なんだ」

「私、50階層型ダンジョンからしか入れないからあ。よろしくねえ?」

「……えっ」


 間抜けな声を漏らす男に、少女はくすくす笑ってふわふわ浮き進んで行った。


 ダンジョン探索者、スケダ。二人目の仲間、ルルルア・ネピュロリアを正式にパーティへ引き入れることに成功。

 これにより、いつでも呼べば現れる姉を含めて仲間は三人となった。しかしそのうち、片や40階層型以降のみ探索可能、片や50階層型以降のみ探索可能という超上位のパーティになってしまった。未だスケダは10階層型ダンジョンまでしか入ったことがない。ランク・レベル差が著しいパーティである。


 ちなみにスケダは知らないが、ユウヒメも45階層型ダンジョン以降しか探索できないため、実質フラットダンジョン以外でスケダが仲間とダンジョン探索できるのは、40階層型以降である。


 ソロ探索者スケダのダンジョン攻略生活は、まだまだ続く。

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