第15話 吹雪ダンジョン
――夢を見ていた。
赤のマントをはためかせ、美麗な青の装束を纏い黄金の剣を携え男が駆ける。
淡い緑の草原を踏みしめ、風を置き去りに唯一人で前へ前へ。向かう先に傲然と佇むは黒の巨鎧。超大な覇気と積み上げた武技、圧倒的な膂力を持つ世界屈指の魔人だ。
『我に挑む者よ。名を告げるが良い』
自身の何分の一しかない男の姿に、巨鎧は悠然と問いかけた。
王子姿の男は不敵に笑い、輝く黄金より魔力を帯びた白銀の剣を引き出す。切っ先は天へ。己こそ至強と鍛え上げられた胸を張り叫ぶ。
「オレの名はスケダ。貴様を滅ぼす男だ。――姫を返してもらうぞッ!!」
『クハハ、気勢はよし。来るがよい。我が名はムゲンブシン。いざ尋常に――』
駆ける男と構えた巨鎧が互いに手にした剣を打ち合わす。極大の衝撃が世界に波を打つ。
「『勝負ッ!!!』」
男と巨鎧の、たった一人の姫を巡る争いが始まった。
☆
フラットダンジョン攻略より一か月が経過した。
仲間とのダンジョン攻略とルルルアへのカッコつけにより精神的充足を得たスケダだったが、院長の「訓練をサボった分は今日から予備訓練という形で補いましょう」の一言で死んだ目になった。
とはいえ、一か月も経てばそれにも慣れる。
白石ゴーレムとの戦闘は開始して既に二か月だ。攻撃にも慣れるし、魔法無効というクソ仕様にも理解が及ぶ。逃げからの反撃パターンもある程度は見出せた。まあ襤褸屑にされるのは変わらないが。
現状のスケダの職業レベルは。
【魔法剣士3、普魔法使い2、武僧4、癒者2、普魔術師3、盗者5、強戦士5】
この通りである。
魔法剣の通じないゴーレムのせいで、本来あまり鍛える予定のなかったタフで物理火力のある「強戦士」のレベルが上がっている。
院長からもらった剣と姉お手製盾がなかったら本当に打つ手がなかったところだ。やはり装備は大事である。
「ふむ……」
最近スケダは妙な夢を見るようになったが、そういうこともあるかと軽く流している。それより日々の訓練がしんどくて死にそうなのだ。実際死にかけている。
とはいえ、それも今は忘れよう。今日は休日だ。休日という名のダンジョンアタックデイ。
三日ほどダンジョン攻略用に休日をもらった。依頼は裏ギルドで受け、「転移忍法」で姉に現地まで送ってもらった。帰り用の巻物をもらったが仕組みは不明だ。
場所は例のごとく都市シロニシより西の、それも馬車で二十日かかる寒冷地帯。空気は乾燥し、あまり背の高い草木は生えていない。見通しはよいが長居できるような場所ではなさそうだ。
「行くか」
低木地帯を抜けた先の山肌に見えたゲートへ飛び込む。
途端に吹き付ける雪の粒と異様な冷気に身を震わせた。
「さみぃ!」
即座に「普魔術師」で保温の魔術をかける。メイン職業は「強戦士」だ。院長の剣と姉の盾を取り出し、緩く構えて歩き出す。
「ここは雪ダンジョンか……」
視界いっぱいに広がる雪原と、吹き付ける雪混じりの風。視界不良に足場の不良、さらには風のせいで耳も利きにくい。寒さで体温を奪われ体力も落ち、場合によっては凍傷で死に至るだろう。スケダはソロだが「普魔術師」で体温を温存し足場を整えることができる。
魔術師系列は火力が低いので一人ではダンジョン攻略に向いていないが、これだけ便利だと多くのパーティから引っ張りだこなのだろう。まあその成り手が少ないのが問題なのだが……。
「ウォッシュ!」
変な鳴き声と共に襲い掛かってくる真っ白な狼を斬り捨てる。
雪景色に溶け込み襲うとは卑怯な奴らだ。今日も全殺である。
「雪程度でオレの歩みを止められると思うんじゃねえ! クソゴーレムの恨みここで晴らしてやらああああ!!!!!」
雪狼にしたらとばっちりもいいところだが、魔物らしく侵入者を襲い続ける。
ダイスケは「止まるんじゃねえぞ……」と呟いていた。止まるわけがない。
スケダの快進撃は「普魔術師」と「強戦士」、重ねてダンジョンで役立つ貴重な回復役「癒者」によりどこまでも続いていく。
一から十階層までを一日で踏破すると、階段前でかまくらを作り睡眠をとる。
相変わらず階段前で魔物が襲ってくることはない。しかし普通見張りも立てずダンジョン内で眠ることはない。そこは「普魔術師」の地雷魔術と「盗者」の警戒網設置スキルで代用した。職業選択の自由万歳!
十から十五階層は雪狼に加えて雪原にいそうな動物型の魔物がいっきに増えた。
雪兎、雪土竜、雪狐、雪鳥、雪鹿。すべてが連携して襲ってくるのでなかなかに階層踏破は手間取った。スケダの腹時計でダンジョン突入から既に三日が経過している。
「はっ!!」
狼を斬り、鹿の突進を盾で防いだら角を引っ掛け周囲の狐、兎を薙ぎ払う。同時に飛び跳ね土竜を踏み潰し、上空の鳥を掴んで叩き落とし動物共を蹴散らす。
留まっていては格好の的なので、素早く職業を切り替えダッシュ。反転、すれ違い様にまとめて切り裂き魔物を処理した。
「はぁ、ふぅ……」
現在階層、十七階。
階層を深めるごとに敵の数が増え、魔物同士の練度も上がっている。全員が真っ白なため総数の把握は難しく、特に雪鳥を見逃しやすい。
"吹雪ダンジョン"内部は大まかに雪山、雪原、氷洞窟の三つで構成されており、階段の位置はランダムだ。十七階は先の戦闘で雪山と雪原探索を終えたため、残りは氷洞窟だけ。氷洞窟には雪蝙蝠や雪蛇がいるので、それはそれでイライラする。どちらも院長の魔物を思い出してむかつくのだ。
「ウォッシュルゥ」
「クソ蛇死に晒せぇええ!!」
現れた蛇を即断即斬。
息つく暇なく雪蝙蝠も殺し、背後に罠を設置して休憩だ。
「あー疲れた。さすがに20階層型はレベルたけえな。ソロじゃきついか?」
一瞬ぼやき、内なるスケダが叫ぶ。
「否、オレは高みを目指し最強――至強の座に手をかける男。たかだか20階層型程度で音を上げる柔な男じゃねえ」
勝つぞッ!! と気合を入れ直し、飲食を熟し立ち上がる。
今のところ「普魔術師」でしかほとんど魔力を消費していないので、この調子なら勢いでボスまで進んでよさそうだ。あとは戦闘回数と体力の問題。さあ往こうか。
「――出鼻をくじくクソ蛇の群れ、と」
氷洞窟奥に進んですぐ、広い空間で群れる雪色の蛇を見つけた。
シュルシュルうるさい奴らである。
「いいぜ。――蛇肉パーティーの始まりだああああ!!!!」
獰猛に笑みを浮かべスケダは躍りかかる。雪蛇の不運は、スケダの頭がおかしかったこと。それだけである。
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