第16話 迷宮ダンジョン

「グウォオオオオオオオオ!!!!」

「ヴォッ……シュオオ……ォォ……」


 雄叫びに落命の声が重なる。

 "吹雪ダンジョン"、第二十階層。ボス部屋。広大な雪原に空から氷柱が降り落ちる異様な空間だ。しかし部屋の主は既に息絶え、全身から魔力の光を散らして消えようとしていた。


「はぁぁぁ……クソ、雪熊強かったじゃねえか……あー死ぬかと思ったぜ」


 討伐者は一人、無職のスケダである。

 相変わらずの村人装備で挑んだスケダであったが、今回はダンジョンボス雪熊の鋭い攻勢の前に大怪我していた。一時は腕を食い千切られ、突進をまともに受けた時は全身の骨が砕けていた。とはいえそんな怪我程度、院長との修行では日常茶飯事。「癒者」でかけた事前のリジェネとヒールでどうにか治療し、縛りプレイを止めた「普魔法使い」の大火力で 雪熊を焼き殺した。とどめは「強戦士」の「フルバースト斬撃」である。


「けど――オレの、勝ちだ!!!!」


 死にかけはしたが、勝利は勝利。これにて20階層型ダンジョン踏破完了だ。

 ボスドロップを拾い、崩れるダンジョンからゲートを通って脱出する。


「ふー。帰るかー」


 呟き、ダンジョン攻略に四日もかかったとざっくり腹で確認する。

 収穫はあった。職業レベルの上昇と、クソゴーレムに対する「強戦士」の活用方法だ。やはり魔法無効には物理で挑むしかない。「強戦士レベル5」で覚えた「フルバースト斬撃」なら奴の硬い装甲も貫けるだろう。問題は如何にして当てるかだが……それは別で考えよう。疲れた。


「……姉ちゃんの巻物か」


 収納魔法より例の帰還用巻物を取り出し、封を外し広げる。呪文はきっちり覚えている。姉から直に教えられた。ものすっごい印象的で覚えないわけがなかった。


「お姉ちゃん大好き! 一緒に帰りたいよー!!」

「――――お姉ちゃんを呼ぶ可愛い弟くんの声が聞こえるよ!!!」


 即応だった。台詞はともかく早すぎてちょっと引くスケダだ。

 巻物がボンと煙を発し、気づいたら目の前に姉が立っていた。イイ笑顔を浮かべている。


「えへへへ、スケダくんお姉ちゃん大好きなんだもんねー。仕方ないよねー! お姉ちゃんと一緒に帰ろうね!」

「おう……」

「じゃあ帰ろー!!」

「……おう」


 そんなわけで、姉に擦り寄られ都市シロニシへ帰還した。

 疲れた顔のスケダに裏ギルド長のヌフルは心配した様子だったが、姉の件を聞いて察していた。ヌフルは空気の読める小男なのである。

 何はともあれ、これにてスケダ、20階層型ダンジョンソロ攻略完了である。

 

 ――翌日。

 

 スケダの前には、砕けた白石ゴーレムと剥き出しになった核に突き刺さる院長製の剣があった。


「よおおっしゃあああああああああ!!!!!」


 全力の雄叫びに、幾度となく振り上げられる拳。

 スケダはついに白石ゴーレムを討伐することに成功していた。


 手順はこうだ。

 逃げる。逃げ回る。超逃げる。逃げながら大量の地雷と罠を設置し、ゴーレムの足を弱め続ける。修復されないように細かく魔術を起動し、「盗者」の見極めスキルでタイミングを見計らって残りの魔術をすべて起動する。足が砕かれ姿勢を崩したゴーレムに、空中からの「強戦士」で「フルバースト斬り」だ。


 装甲を破壊したら後は「盗者」で素早く核を貫くだけ。完璧な作戦通りに事は進んだ。本当に紙一重だった。魔術設置のために魔力はすっからかんだ。「魔法使い」と「魔法剣士」は結局一切使わなかった。


「スケダ君」

「おう、院長。オレの勝ちだぜ」

「はい。よくやりました」

「へへっ」

「これで魔法の効かない相手との戦い方を学べましたね?」

「……学べたっつーか、強引に学ばされたぜ」

「ふふふ、それも経験です。さあ、今日の訓練はここまでです。次の魔物は私も考えていなかったので、しばらく自由に行動していいですよ。30階層型ダンジョンの許可も出しておきます。決して油断せず、魔法に頼り切らず、自身の持つ力をフル活用すること。いいですね?」

「――おう!!!」

「よろしい」


 師弟のやり取りを済ませ、一息。

 コロッセオの壁に背を預け、カッコつけながら心身を休める。魔界の青い空を眺める。世界は変われどその美しさは健在。一人黄昏れ、クールに笑みを浮かべる。


 愛する弟の勝利に浸る姿を見た姉は、静かに満面の笑みを浮かべていた。隣にいた院長の顔が引きつっていたが、魔界コロッセオではよくあることである。


 しばらく休息を挟み、孤児院に戻って外へ。一日ぶりのシロニシ外出だ。ダンジョンもいいが、たまには街中ぶらり旅もいいだろう。


「……なんだ?」


 少し歩き、違和感に気づく。

 街人の様子に変化は少ないが、これからダンジョン探索に赴くといった様子の武装した者たちがどこか浮ついているような――いや、これは焦りか。


「ふむ……」


 頷き、様子見を兼ねて近かった表ギルドを見に行く。ダンジョン探索者なのに久しぶり過ぎて涙が出そうだ。というかスケダはまだ未登録なので実質ダンジョン探索者ではない。ただの無職孤児院居候だ。悲しい。ダイスケも「草」と言っている。なんだ草って、ふざけんじゃねえ。


 前世と喧嘩してもしょうがないので、ギルド内に入らずひっそり様子を窺う。


「おいおい、白霊びゃくれいダンジョン攻略間際だったんじゃないのかよ!」

「今日ボスアタックって聞いたぜ? 失敗したとは思えねえが……」

「それが討伐目前で別のダンジョンと繋がったらしいのよね」

「別のダンジョンと!? そんなことあるのかよ……?」

「わからないわ。けど起きている以上あるんじゃない? ボス自体はそっちに逃げたって聞いたわ」

「へー、やばそうだな。その別のダンジョンってのは?」

「それがねぇ……"迷宮ダンジョン"だってさ」

「「……」」


 メインで盗み聞きしていた会話が止まる。数秒会話の再開を待っていると。


「おい兄ちゃん、商売の邪魔だよ。どいてくれ」

「ああ、悪ぃ。すぐどくぜ」

「頼むよ」


 ギルド近くで屋台を開いている男にどけと言われてしまった。仕方なくその場を離れ遠くへ行く。これ以上ギルド近くでの盗み聞きはできそうにない。近くの噴水広場に設置されているベンチに座る。


「……迷宮ダンジョン、か」


 知らない名前だ。スケダはほぼすべてのダンジョン知識がないので知らないのは当然である。

 ひとまず、最近直接会っていないがメッセージのやり取りは一番多い仲間のセティレに魔法メッセージを送る。


【セティレ、迷宮ダンジョンってなんだ?】


 返事が来るまでしばらく。


「……来ねえな」


 ダンジョン探索中か。魔法の届かない場所にいるか、返す暇がないか。理由は不明だが返事が来ない。文通にマメなセティレにしては珍しい。

 顎に手を当てながら、別の仲間にメッセージを送る。


【ルルルア。迷宮ダンジョンって知ってるか?】


 十秒ほど経ち、メッセージではなくコールがかかってきた。


『スケダあ? 今どこにいるのかしらあ?』

「んあ? シロニシの表ギルド近くにいるが。噴水広場わかるだろ?」

『ん、りょうかーい。今行くわあ』

「ちょ、待て……やれやれ」


 すぐ切られてしまったので首を振る。何故かダイスケが「ちょ待てよ」と連呼していた。なんだこいつ……。


 いつも通りおかしな前世を振り払っていたら、噴水の上に魔力が渦を巻いた。桜に色付いた魔力光が短く散り、ぱっといつもの服のルルルアが現れる。スカートの中が見えそうで、しかし謎の光により視界は遮られていた。安心設計のスカートである。


「よおルルルア」


 地面に降り、気だるげな様子でスケダの隣に少女は座る。


「スケダあ」

「ああ」

「セティレを助けに行くのねえ?」

「は?」

「んぅ……?」


 どうやら互いの認識に齟齬が生まれているようだ。

 困った顔のルルルアに、先の話と今の状況を伝える。


「――つまりあなた、偶然ギルドで迷宮ダンジョンの話を聞いただけなのねえ?」

「おう」

「ふぅーん……そう。なら順を追って教えてあげるわあ」

「おお、助かるぜ。ありがとよ」


 自然な動作で頭を撫でると「不敬よお?」とジト目で見つめられた。今日も頭を撫でるとほんのり頬を赤らめる龍ロリである。そしてダイスケは今日もまた「うっひょお! これが撫でポですな! おほほほ!」と異様な笑い声を上げていた。


「まず、シロニシ中心にある100階層型ダンジョンのことは知っているわねえ?」

「ああ。オレでも知ってるぜ。100階層型は攻略しても消滅しないで、新しく生まれ変わるってやつだな」

「くふふ、そお。だから毎回新しいの。シロニシの今のダンジョンは"白霊びゃくれいダンジョン"と呼ばれているわあ」

「へえ」

「そこが今日、ダンジョンボス戦に入るって話だったのよお」

「さっきオレも聞いた話だな」


 こくりと頷いた少女に先を促す。


「大事なのはここから。迷宮ダンジョン、というものがあるの」

「おう。名前だけ聞いたぜ」

「くふ、ええ、迷宮ダンジョンはね、ものすごーく広いダンジョンなのよお。いろんなダンジョンが繋がってできた本物の迷宮。ダンジョンボスはいないけれど、魔物の種類はダンジョンの数に応じて増えるわあ」

「他のダンジョンと繋がるか……。原因はわかってるのかよ?」

「詳しくは知らないけれど、ダンジョン崩壊が原因と聞いているわあ。だからボスもいないのよお」

「……今回は例外、ってことか」

「……そういうことになるわねえ」


 段々雲行きが怪しくなってきた。まだ話は終わっていない。ルルルアの目を見て、話を待つ。


「……迷宮ダンジョンにねえ、セティレが挑んでいたらしいのよお」

「……」

「ダンジョンで試したいことがあるとかで、いつも通りソロで挑んでいたらしいわあ」

「……なるほど」

「白霊ダンジョンと迷宮ダンジョンが繋がって、白霊ダンジョン討伐隊は帰ってきたわあ。すぐ迷宮ダンジョンに挑むみたいねえ」

「ボスを追ってか?」

「ん」


 セティレが、か。小さくごちる。

 助けに行くのは確定だ。言うまでもない。仲間は見捨てない。それこそがパーティだ。どんな状況であろうと絶対に助け出す。仲間とは、パーティとはそういうもの。


「了解、わかったぜ。セティレを助けに行こう」


 立ち上がり、迷わず言い切ったスケダにルルルアは微笑む。上目遣いで、ちょいちょいと手招きされる。寄ると強引に手を引っ張られベンチに座らされた。何故だ……。


「まだお話は終わってないわよお。座りなさあーい」

「あいよ……」


 大人しく座り、満足げなルルルアと話を続ける。


「前提として、スケダの力じゃ絶対に100階層型ダンジョンのボスには敵わないわあ」

「だろうなぁ」

「それどころか迷宮ダンジョンのちょこっと強い魔物に当たって死ぬのが見えているわねえ」

「そうかもなぁ。死なねえけど」

「わたくしが守ってあげてもいいけれど……それじゃあただの足手纏いだものねえ?」

「うん」

「けどスケダあ。あなた運が良いわあ」

「おう?」

「セティレの種族を覚えているう?」

「あー。何だったか。"夢喰い"? だったか?」

「くふ、ちゃんと覚えているじゃない」


 仲間のことくらい覚えている。セティレが夢喰い、ルルルアは星龍、ユウヒメは悪魔皇姫、そしてスケダは普人。スケダだけモブっぽくて悲しくなる。しかし最強にはなる。これは決定事項だ。


「わたくし、スケダが修行している間に一度セティレとダンジョンに潜ったのよお」

「は!?!?」

「くふふ♡」


 驚愕に声を上げるスケダへ、ルルルアが「可愛い反応ありがとお」ところころ笑った。ずっりぃの声は飲み込むが、内なるダイスケは「お前の方が可愛いだろうがよッ!!」と飲み込まなかった。着眼点が違い過ぎる……。


「その時セティレの職業も聞いたのよお。あの子、"夢召術士"らしいわあ」

「なん……なに?」

「"夢召術士むしょうじゅつし"よお。夢を召喚する術士のことお」

「なるほど。夢追い人のセティレらしいな」

「ふふ、でしょお?」

「ああ」


 からりと笑い合う。

 ついでとばかりに「夢召術士」は最上位職の亜種ねえと言われて表情を強張らせた。スケダの仲間の職業ランクが高すぎる件。


「問題は、夢に特性のあるセティレが運悪く白霊ダンジョンのボスと出会っちゃったことお」

「? それの何がだめなんだ?」

「白霊ダンジョンのボスは霊体系の精神変異型なのよお」

「……つまり?」

「くふふ、もお。わからないなら素直に言いなさいな」

「わかんねえから教えてくれ」

「んふ、素直な子は好きよお」

「おう、オレもルルルアのこと好きだぜ」

「っ!? も、もお。不敬なんだからあ……」


 ツンと頬を突かれ強引に顔を逸らされる。一瞬見えたルルルアの顔が真っ赤になっていたのは気のせいではないだろう。これが裏表ない好意の押し付け。パーフェクトコミュニケーションと言っても過言ではない。


「スケダでもわかるように言うと、相手の思考や想像によって姿を変える魔物ってことお」

「なるほどな。オレが相手をしたら理不尽な院長修行フルコースになるってことか」

「それはよくわからないけれど……そういうことねえ。セティレは夢を操るの。ボス魔物は夢を真似る……いいえ、そのものを再現するから夢を取り込むと言ってもいいかもしれないわあ」

「それ、やばくねえ?」

「やばいわねえ」

「「……」」


 セティレにとって致命的に相性の悪いボスで、相手ボスにとっては最高に相性の良い魔術師だったということになる。

 白霊ダンジョンで討伐間際だったと聞いたから、そのボスはすごく弱っていたのだろう。そんな今にも死にそうな時に現れた強大な夢――妄想を持つ存在。一も二もなく飛びついたに違いない。


 セティレの夢はボスにより再現され、ボスは取り込んだセティレの夢の主となった、と。


「……なあ、今迷宮ダンジョンどうなってるんだ?」

「わたくしがさっき、あなたに"運が良い"と言ったのは覚えてるう?」

「そりゃ今のさっきだからな。――あんたの言うことなら一言一句覚えてるぜ。一切忘れねえさ」

「んぅぅっ!!? ……きゅ、急にそういうこと言うの禁止いっ」


 ついカッコつけを入れてしまったら、少女が照れ照れと頬に桜を広げて抗議してきた。可愛らしい視線の圧力は角撫でで粉砕した。「ふ、ふけいものおぉーっ」と甘ったるい小声で抗議を重ねてくる。スケダの完全勝利だった。

 ちなみに前世のダイスケは何も言わず、無言でニッコリ世界の壁になっていた。私は壁になりたい。西鯛助、辞世の句。


「オレの運が良いってのは?」

「ん……迷宮ダンジョンはねえ、今おかしなことになっているそうよお?」

「ほう」

「想いの力が本当の意味で力になる。そんな探索者泣かせのダンジョンに変わっているらしいわあ」

「それはオレの出番ってことだな」

「くふふ、どうかしらねえ。ここからは行ってみないとわからないわあ。どう? 行くのお?」

「そりゃ決まってるぜ」


 ふ、っと笑い立ち上がる。

 一歩前へ。座ったままの少女に手を差し出し、バシッと決めるために背筋を伸ばし声を張る。


「行こうぜルルルア!! オレたちの仲間を救いにッ!!!!!」

「あぁもおっ、あなた本当に恥ずかしさとかないのねえっ!」

「ははは! オレは恥ずかしくねえ! 何故なら楽しいからだ!!」

「もおほんっとばか。おばか……はぁもう。ユウヒメも呼んで三人でセティレを助けましょお?」

「おうよ!」


 羞恥に頬を染めながらも、ルルルアはしっかりとスケダの手を握って立ち上がった。

 目指すは迷宮ダンジョン。目的地はダンジョン最奥、おそらくセティレが囚われているであろうボス部屋だ。待っていろセティレ、絆ゲージを携えた真の仲間が今行くぞ!!

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