第17話 お菓子な迷宮



 "迷宮ダンジョン"は複数のダンジョン要素が絡まって出来ており、出現する魔物に統一性はない。

 広大なエリアは一時間も歩ければ気温・環境の変化が著しく、適応能力に優れた職業を必須とする。


 ダンジョンボスや階層ボスがいない代わりにダンジョン浅層、深層問わず魔物が跋扈しており、最低でも繋がった先のダンジョンを攻略できる程度のレベルがなければ太刀打ちできない。


 具体的には、100階層型ダンジョンと繋がったシロニシの迷宮ダンジョンならば、九十階前後の魔物から逃げられる力を持たなければ死ぬ。


 ただしこれらは、あくまで通常時の迷宮ダンジョンであれば、と注釈が付く。


 スケダ、ルルルア、ユウヒメの三人は、現在異常を訴えている迷宮ダンジョンへ侵入を試みていた。


「ここが迷宮ダンジョン……」

「お姉ちゃんは前にも来たことあるけど……こんなカラフルだったかなぁ……」

「セティレの夢が反映されている証拠でしょうねえ」


 ゲートをくぐってすぐ、明るい紫がかった青空に気づく。現在地は小高い丘のようで、起伏に富んだ一本道がずっと遠くまで続いている。大地は短い緑草に覆われ、茶色い岩や濃い青の小川、色とりどりの木が点在している。


「聞いた話と結構違うな。階層は一つになってるのか?」

「どうかしらあ。わからないけれど……向こうに見えるお城が最奥っぽく思えるわねえ」

「うんうんっ。お城目指して進もっか!」

「おう」

「はあーい」


 他にも探索者はいるはずだが周囲には見当たらない。

 警戒は姉に任せ、特に環境適応魔術も使わず歩く。


「動きやすいな」

「そうねえ。それに……ん、甘い匂いがするわあ」

「ああ。焼き菓子に果物、チョコレイトと他にも色々ありそうだ。よく見りゃその辺の草も食えそうだぞ」

「ええ……? ちょっと食べるのお?」

「ふむむ……こいつは甘い野菜だな。うまいぞ」


 自分で食べてみて、数本千切り取りルルルアに差し出す。

 困った顔で逡巡していたが、薄っすら頬を赤くしてぱくりと口に含む。


「……甘いわあ」

「だろ?」

「ん」

「あー! ずるいずるい! スケダくんお姉ちゃんにも! お姉ちゃんにもあーんして!!」

「いいぜ。ほら姉ちゃん」

「えへへー、あーん……んふふぅ、あまぁーいっ!」

「そりゃよかった」


 これで本当に警戒できてるのかよと思いつつ、姉に餌付けを続ける。

 草だけでなく、どうやら歩いてる地面もまたお菓子でできているようだ。通りがかりの小川に近寄り液面を確認したら、少し粘度のあるさらさらの液体だった。

 指で掬い舐め取ると、案の定強い甘みを感じた。糖液や果汁に近い甘みがある。


「スケダくん!」

「さすがにオレの手は舐めさせねえよ!?」

「えー、弟くんがお姉ちゃんに厳しいよぉ!」

「ふざけていないで先に進むわよお」


 呆れる少女に並ぶ。


「なあルルルア、ステータスはどうなってる?」

「どうもこうも、さっきから一切魔法が使えなくて困っているわあ」

「やべえじゃねえか!?」

「くふふ、やばいわねえ」


 いや笑い事じゃねえだろと戦慄する。対して自分は全然変わっていないので、これはどういうことだと首を傾げた?


「姉ちゃん」

「はいはーい! スケダくんの愛するお姉ちゃんだよ!」

「姉ちゃんのステータスはどうだ?」

「んー、そうだね。警戒とか気配察知とか、普段から使うのは働いているかな。あんまり使わない忍法は全部だめみたい」

「やばいじゃねえか」

「あははっ、やばいかもねー!」


 やっぱ笑い事じゃねえと戦慄した。


「二人とも戦えるのかよ」

「平気よお。魔法はだめでも主力の防御スキルは全部生きているものお」

「お姉ちゃんも暗殺術は全部生きてるから平気平気っ! スケダくんこそ気を付けてね!」

「……了解」


 思ったより大丈夫そうな二人に安堵する。

 そう、ここは迷宮ダンジョン、夢の中。想いの力――思い込みが力になる。ならば見せてみよう。サウザンド・スケダ・ブレイズの思い描く最強至強の在り様を。


「魔物来るよ!」

「わかったわあ。わたくしが前に出るわねえ。スケダ、少し見ておきなさい」

「お姉ちゃんは遊撃だね! 参加できそうならスケダくんも動いてみて!」

「了解」


 正面の一本道を通って律儀にやってきた黒茶色の小さな兵隊たち。

 チョコレイトっぽい見た目のチョコレイトの香りを漂わせた――完全にチョコレイト製の兵士だった。


「チョコココ」

「声までチョコレイトかよ!!」

「鬱陶しいわねえ」


 前列に剣士、中列に弓隊、後列に魔法兵と軍隊として統率の取れた動きをしている。そのすべてをルルルアは一人で防いでいた。盾はないのに背後のスケダに向かう攻撃はすべてバリアに阻まれ地に落ちる。魔法も矢も、相手のスキルと思わしきチョコレイトや菓子の弾丸も、一つとして後ろに通すことはなかった。


 敵の攻撃はどうにか目で追える程度。今のスケダでは足元にも及ばない――否!


「――オレは強いぜ」


 自己暗示は得意だ。

 スケダは強い。諦めることを知らず、下を向くことを止め、ひたすら自らの求める未来ユメに向けて走り続ける。

 強さとは、想いだ。この場、この瞬間においては想いの強さが力となる。それならば。


「オレが、戦えねえ通りはねえ!!」


 一足、ルルルアの横を飛び出て敵軍の前衛に爆発しながら着地する。

 身を起こし、周囲を睥睨し笑う。


「――かかってこい。オレが相手になってやるぜ」


 不屈の闘志を胸に、ステータスの鎖から解き放たれたスケダが自由という名の力を得てお菓子の戦場に降り立った。

 両手の魔法剣を乱舞させる男の姿に、少女と美女は揃って微笑みを浮かべる。


「まったく……わたくしの想像通りに動けてしまうんだからあ」

「そうだよ、ねえ! やっぱりスケダくんはわたしの弟だぁっ!」

「その理論はわからないわねえ……」


 スケダをフォローできる位置で、付かず離れずとお菓子狩りを続ける。

 影すら残さぬ身のこなしで音もなく現れては消えるユウヒメ。紛れもない忍者の姿がそこにはあった。無音の苦無捌きは見事の一言に尽きる。

 防御専任から、龍族固有職業のスキルをフル活用して魔物を蹴散らすルルルア。近距離戦闘職業らしく手足から伸ばした魔力の竜爪と背の龍翼、さらには「種族:星霊」由来の自動迎撃バトルピットを浮遊させド派手に戦っていた。ルルルア一人で殲滅しそうな勢いだ。さすがは星龍と名高き推定年齢二百五十歳である。


「超魔法剣技! 無限分裂魔人剣ッッ!!!」


 想像力を高め、普段じゃ絶対にできない超妄想技を放つ漢。

 振り下ろした魔法剣が飛ぶ斬撃となり、左右に分裂し続け前方のお菓子軍団すべてを呑み込む。数秒後には虹色の光を放って大爆発した。これぞ超魔法剣技。今スケダが思いついた必殺技だ。使うと相手は死ぬ。


「ちょっとお、一部わたくしの方まで来たのだけれどお」

「それはごめん……」

「お姉ちゃんはスケダくんの後ろに避難したから平気だったよっ!」

「それはありがとう」


 近寄ってきた無傷のルルルアに謝る。

 姉は背後でニコニコ笑っていた。いつの間にか来ていてちょっと怖い。でもいつも通りだからやっぱり怖くない。もう慣れた。


 ひとまず敵影はなくなったので、ドロップアイテム代わりのチョコレイトの残骸を拾い食べてみる。


「ちょっとスケダあ!」

「あっま。うまいぞ」

「……もお、おばかあ」

「あははっ、さすがスケダくんだね! お姉ちゃんも食べてみよっかなっ」


 さも当然とばかりに得体の知れない魔物の残骸を食む姉弟だ。ルルルアは引いているが、スケダからチョコレイトを差し出されて諦めた顔をする。

 食べたくないのにあーんされると断れなくて変な羞恥に襲われる龍ロリだ。


「――……美味しい」

「だろ?」

「癪だけれど……美味しいわあ」

「やっぱりセティレちゃんの夢だからかな?」

「だろうな。セティレは……夢女子だから」

「でしょうねえ」


 少々の休憩を挟み、再び城へ向け歩き出す。

 なかなかに派手な戦闘を繰り広げたにしては他の探索者と出会うことがない。道も一本なのだから誰かと会うくらいありそうなものだが……。その旨を二人に伝えると。


「別空間なのかもしれないわあ」

「つまり?」

「パーティ単位で分断されているということよお。まったく同じ景色の別空間をわたくしたちと他のパーティは歩いていると言うことお」

「他の探索者と合流はできねえってことか」

「そお。けどおそらく、ダンジョンボス……白霊ダンジョンのボスとやらは一体だけのはずだから、そこで集合、となるわあ」

「そこまで辿り着ければ、か」

「ん」

「大丈夫だよ! 最悪スケダくんはお姉ちゃんパワーで守ってあげるから! あ、ルルルアちゃんは自分で頑張ってね」

「言われなくてもそうするわよお」

「姉ちゃんありがとう、頼むぜ」


 お姉ちゃんパワーってなんだよ、というツッコミは飲み込んでおいた。聞いたら絶対詳しく教えようとしてくるだろう。大体察しはつくからいいのだ。妄想力の限界突破で姉の弟愛をなんとかかんとかだろう。スケダにはわかる。何故なら弟だから。

 前世のダイスケが「俺も美少女と美女を守るためなら股間の限界突破ができるかもしれねえ……」と真顔で頭の悪いことを呟いていた。スケダは無視した。


 チョコレイト連合軍の襲撃は適度に行われ、そのたびにスケダは新しい必殺技を生み出し能力値を上昇させ強くなっていった。

 気づけばダンジョンの城は手の届きそうなところまで来ている。道中に街はなく補給ポイントも一切なかった。手軽に取れる甘味があって助かったスケダ一行だ。


 最後の丘を越え、さああと一息だと言ったところで三人の前に巨大な魔物が立ち塞がる。


『――止まるが良い、侵入者よ』


 天より現れ地面に激突した魔物は、轟音を鳴らしながらもよく通る声で話しかけてきた。

 スケダは事前に察知していたユウヒメに抱えられ背後に跳んでいる。ルルルアは風に舞ってひゅるりと宙を飛んでいた。少々間抜けだがダメージはなさそうだ。


「オレはスケダ。あんた、何者だ」

『クハハ、潔い名乗りである。我が名はムゲンブシン。オカシ王国ムゲン騎士団団長。貴殿らの道を阻む者也』

「そうか。そうか……?」


 甘い香りの砂埃が晴れ、見えたのはスケダの十倍はある黒の巨鎧。

 右手に長大な剣を持ち、左手には盾。奇しくもスケダと同じスタイルの盾剣士がそこには立っていた。


「スケダ、どうかしたのお?」

「いやなんつーか……」


 夢でよく見ているとは言えない。気づいたら傍に浮いていたルルルアになんでもないと首を振る。


「そお……?」

「おう。それよりどうするよ。でかいぜ」

「くふふ、そうねえ。大きいわねえ」


 ころころ笑う少女は余裕そうだった。


「お姉ちゃんじゃさすがに倒せないかなぁ。もともと鎧とか甲冑とか相性悪いんだよね。あ、でもでもスケダくんに応援されたら頑張っちゃうっ!」

「無理しないでくれ。いくら姉ちゃんでも心配だ」

「きゃぅーん♡ はぁぁん……立派になった弟くんがかっこよすぎて惚れちゃいそう!!」

「もう、惚れてるだろ?」

「きゃー♡♡ 大好きー!!」


 姉のよいしょには決め顔で応えた。カッコつけに最高の返事をくれる姉はスケダの理解者だ。むしろ姉のせいでカッコつけが悪化したまである。


「おばかやってないでどうにかするわよお。スケダ、手段はあるのお?」


 呆れた顔のルルルアに、ふむと頷く。手段ならある。


「あるぜ。あの巨鎧はオレが相手をする。ルルルアと姉ちゃんは――」

「――わたくしは雑兵の相手ねえ?」

「――わたしは忍びが相手だねっ!」


 スケダたちの背後からやってきた兵士はルルルアが一人で相手をする。

 無音で近くに現れた集団の忍び装束はユウヒメが相手だ。

 そして目の前の巨鎧。幾度となく夢で争ったムゲンブシンはスケダが相手取る。


『ほほう。我が騎士団の者を容易く止めるとは、さすがにここまで来ただけのことはある。スケダ、貴様は良い仲間を持っているようだな』

「当然。オレの仲間は最高だぜ?」


 スケダの言葉を聞き、女性二人はやんわりと頬を緩める。


「スケダあ、負けたらわたくしが助けてあげるから、気軽にやりなさあーい」

「はは、了解。けど負けねえ。そっちこそ油断すんじゃねえぞ」

「くふふ、誰に言っているのかしらあ?任せなさい」

「スケダくん! 怖かったらお姉ちゃんを呼んでもいいからね!」

「ありがとう、姉ちゃん。姉ちゃんも気をつけてな。頑張れ姉ちゃん」

「――ふふ、うふふっ、お姉ちゃんパワー全開だよっ!!! 超頑張っちゃう!!」


 二人の気配が離れ、この場に残ったのは一人の男と一人の巨鎧。

 なんだか既視感のある光景に苦笑し、けれど横たわる現実に向けて魔法剣を輝かせる。言うべき言葉は一つだけ。


「ムゲンブシン、姫を返してもらうぞ!!」

『クハハ、我らの姫である!! 奪いたければ力ずくで奪うがよい!!』

「はっ! そうかよ。なら奪わせてもらうぜ。いざ尋常に――」

「『――勝負ッ!!!』」


 二人の怒声が重なり、轟音と共に戦いの火蓋が切って落とされた。

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