第18話 夢と迷宮の戦い。

「――なんなんだあの頭のおかしい王子とかいう連中は!!!」


 お菓子の城内部、最奥、玉座の間。

 眠り姫となったセティレは深く夢を見続けており、誰からも干渉を受けないよう薄い泡沫に包まれていた。そんな魔法の泡の近く、宙に浮かべた大量の画面を見ながら、一人のヒト型魔物が叫んでいた。


「クソ。素晴らしい素体に出会えたと思ったのが全て間違いだった。頭のおかしい空間、頭のおかしい妄想、頭のおかしい登場人物!! 何が物語だ狂人め……!!」


 幾度となく思ったことを再度眠り姫にぶつける。しかし返事はなく、状況も変わりはしない。

 このヒト型魔物、ゆったりとした魔術師風衣装を纏った魔物こそが、100階層型ダンジョン「白霊ダンジョン」のダンジョンボスそのものであった。


 セティレに取り憑き肉体の自由を奪おうとしたのが運の尽き。異様な執着と妄想により逆にボスの方が取り込まれ、ダンジョンボスの能力さえ勝手に使われ「迷宮ダンジョン」が「お菓子ダンジョン」に早変わりしてしまった。


 高い知能を持っていたボス魔物であったが、今は「物語」の「役割」を押し付けられ感情を得てしまった。そして「姫の側近兼黒幕」という役割のせいで、碌に自身が戦いに出ることもできない。他の魔物の操作もできず、自由に行動もできない。唯一出来るのはこの場から指示を出し監視することだけ。


 これならまだダンジョンボスだった時の方が百倍マシだ。


「……クソ。落ち着け。まともに戦えばあの王子一行だろうと私が勝つ。ならば体力を消耗させることに手をかけるべきだ。よしそうだ。そうしよう。しょせん雑魚の人間……人間か? いやいい。――さあ兵士共よ。姫のために侵入者を殺せ!!」


 兵士への大雑把な指示を出し、魔物は苛立ちを抑え込み戦況を眺める。

 背後でひっそりと、静かに眠り続けるセティレの指先がぴくりと動いていた。ボス魔物は気づかない。得たばかりの感情に振り回されている魔物は、致命的なミスを犯してしまった事実に気づかない。故に、彼もしくは彼女は何も気づかず死を迎えるのだ。


 「物語」は続く。セティレが夢を見続ける限り、セティレが求める限り「物語」は終わらない。鍵はたった一つ。前だけを見つめ、絶対の自信と輝かんばかりの夢を携えた男がのみ持っている。


 

 


 魔法の剣を振るう。

 実体剣よりも素早く使い捨てできる魔法剣こそを今のスケダは使用していた。


「ウォオオオ!!!」

『クハハ! ぬるいっ!!』


 打ち合わせるたびに衝撃波が走り、魔力の削れる独特な高音が周囲に響き渡った。

 巨鎧はその肉体に見合わぬ素早さで剣を振り回し、堂々とした正道の構えで連続した打ち下ろしを行う。体格差があるため仕方ないことだが、上に振り上げなければならないスケダは不利だった。懐に飛び込もうとしても、盾と剣の構えに隙はなく、迂闊に踏み入れればシールドバッシュにより弾かれるのが見えている。というか既に何度か弾かれた。


「ちぃ! でかい癖に素早いとか卑怯だろうが!」

『戦場に卑怯もなし! 我が武を破るには未だ貴様の功夫が足りぬようだなぁ!!! クハハハハ!!』

「グォアア!!!?」


 剣戟の最中に蹴りを入れられ吹き飛ぶ。たかが蹴り、されど巨鎧による超質量の蹴撃だ。間一髪で盾を挟んだが吹き飛ばされ地面を転がる。なんとか立ち上がり、追撃の剣を避けて距離を取る。


 巨鎧は悠々と姿勢を戻し無傷で立っていた。


「ハッ、余裕かよ」

『強者故の傲りである。スケダよ、自身の弱さを克服してから吠えるべきだな』

「クソが、上等だぜ。だが舐めるなよ、オレは強いッ!!!」


 前へ前へ。

 想いに呼応しスケダの戦闘力が上昇する。腕に絡みついた盾はそのまま、自由になった手で職業を操作する。既にステータスは見ていない。職業もきっと既存のものとは異なるだろう。見に染みついた操作で「魔術師」となり肉体を強化。「盗者」で巨鎧との距離を詰め、至近距離で「普魔術師」の短距離ワープを使う。「魔法剣士」で魔法剣を投げ捨て、背後で一本爆発させ瞬間加速する。「強戦士」となり実体剣でスキル「強撃」を使う。


「オラァアア!!」

『なかなか、やるではないかッ!!』


 ソロのコンビネーションも看破され、ギリギリでスケダの剣撃が防御される。しかし今までと異なりスケダの位置は上、巨鎧が下だ。速度と勢い、重力も増した全力の攻撃は巨鎧の足元を地面に深くめり込ませる。


 それでも弾き切るのはさすがの膂力だった。だがスケダはただの「剣士」ではない。


「――足元がガラ空きだぜ?」

『ぬっ!?』


 「普魔術師」の地雷魔術で急爆破。直接ダメージは少ない。しかし体勢を崩した。


『クハハ! なんのこれしきよ!』

「わかってたぜぇ!!!」

『ぬぉ!?』


 それでも防御されるとわかっていた。だから剣を振り下ろした今のスケダは「普魔法使い」だ。

 起動した魔法は巨鎧の背後、巨体に負けないほど大きな炎の槍が宙に浮いていた。


「ブレイズランスッッ!!」

『ぐぬあっ!?』


 直撃だ。

 職業を変え、連続した攻撃を繋いでようやく一撃。


 地面に着地し次への布石をばらまきながら、爆炎を振り払い現れた煤塗れの巨鎧を見る。目立った傷はない。


『ハハハ、やりおる。まるで熟練の戦闘集団を相手にしているようだ。クハハ、だがぬるいぞスケダ!!』

「まともにダメージ入らねえのかよ……。いいぜ、とことんやってやる!!!」

『そう来なくてはなぁ!! 我も少々本腰を入れようかッ』


 気を張る。巨鎧が腰を落とし、ダッ! と浅く素早い音が聞こえた。

 同時、スケダの身体に衝撃が走る。次いで激痛。咄嗟に職業を「癒者」に変えて治療する。回復速度は普段の比ではない。砕けた骨も傷ついた肉も瞬時に元通りだ。


 しかしスケダの額に汗が浮かぶ。


「はは……!」


 遠くで体当たりの姿勢を取っている巨鎧に、今何が起こったのか察する。

 "ただ真っ直ぐ走ってぶつかった"。それだけだ。それだけのことだったが。


「見えなかったぜ……ッ!」


 目で追えなかった。自動で腕が動き防御しなかったら下手すれば死んでいた。

 得体の知れない姉の盾に助けられた。髪の毛っぽい何かが腕に絡みついてちょっと……いやかなり気持ち悪いが、背に腹は代えられない。今は全力で頼ろう。


『クハハ! よく耐えた! さあ付いてこれるかスケダよ!!』


 叫ぶ鎧に、スケダは口角を吊り上げる。

 瞳には眩い闘志。背負うは仲間の期待。秘めたるは勝利への執念。抱くは未来への夢。


「追いつくじゃねえ!! すぐにでも追い越してやるよォオオ!!!」


 駆け出し、職業を変えて変えて変えながら、持ち得る力のすべてを尽くす。

 巨鎧と男の戦いは、激しさを増すばかりだった。

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