第19話 姉とロリの戦い方。

 男同士の戦いが「お菓子ダンジョン」に轟音を撒き散らしている頃、スケダのお姉ちゃん、悪魔皇姫のユウヒメは菓子製の忍びと殺し合いに興じていた。


「忍びはお喋りしないけど、お姉ちゃんは忍びお姉ちゃんだからお喋りしちゃうんだよねー!」


 遠くから騒音が聞こえる以外何も音のない世界。足音も、金属音も、呼吸も、魔法音も、一切の音がない世界で忍びたちは戦っていた。ただただ、ユウヒメの言葉が空間に広がり続ける。


「やっぱりスケダくんに目を付けたわたしは大正解だったよね! あんな可愛かったスケダくんも、今じゃわたし好みのカッコイイ男の人だもん! まだまだ成長中って言うのがまた……いいよねっ!」


 分身の術は容易く見破られて本体が首を切られる。

 火遁や風遁は素早く回避され、時には有利属性の忍法で押し返される。苦無を投げれば掴まれ投げ返され、同時に襲っても紙一重で避けられ殺される。影の世界に潜めば、むしろそちらが本領とばかりにどこからともなくユウヒメが現れ、死の間際に黄金の残像を見るはめになった。


 お菓子の忍者は菓子さえあれば再生する肉体を持つが、そんなの知らないと再生したそばから削られていく。そこに派手さはなく、忍者らしく暗殺――否、忍殺の一言に尽きる理想の動きを披露し続けるユウヒメだけがいた。


「お姉ちゃんもこんなにいっぱい動くの久しぶりだからねー! 弟くんの前でカッコ悪いところは見せられないし、超頑張っちゃうよーっ!」


 一、二、三。お姉ちゃんステップによりするりするりと駆け抜けながら忍びを処理していく。余裕はある。しかし相手は不死身だ。どうにか手段を考えなければならない。普段ならいくらでも料理できるが、今のユウヒメはスキルを縛られたただの忍者だ。それでも過剰な戦闘力を保持しているわけだが、不死身の存在は少々相性が悪かった。だから少し趣向を変える。


「――ねえねえ、聞いているんでしょ? お姉ちゃん忍者だからそういうのわかっちゃうんだよね! お姫様を攫ったわるーいお菓子の王様!!」

『――黙れ狂人』

「あ! やっぱり聞いてたー! 王様だからって好き勝手してるとお姉ちゃん神が天罰下すんだよーっ!」

『黙れ』


 ほんわかした口調の割に苦無を操る動きは優に音を超える。

 不死者を相手にしたまま、ユウヒメは物語の「黒幕」と話を続ける。


「表に出てきたってことは、お姉ちゃんが強敵だと思ったってことだよね!」

『その汚い口を閉じろ悪魔よ』


 少しは情報収集になるかと思い菓子忍者の一人に分霊を入れたが、黒幕は既に後悔し始めていた。苛々だけが募る。


「ふんふん、スケダくんの方には行ってないのかな? わたしとルルルアちゃんだねっ! まだスケダくんよりわたしたちの方が強いからかな」

『少々強大なスキルを持った人間より悪魔と龍を狙うに決まっているだろう馬鹿か?』

「どうしてわかったのか? ふふふーっ、何故ならお姉ちゃんはスケダくんのお姉ちゃんだからね! スケダくんの状況はどこにいてもまるっとお見通しなのだ!」

『これだから狂人は。他人の話すら聞けない低俗さは見るに堪えん』

「でもスケダくんを舐めてると痛い目見るよー? あ、お姉ちゃんはいくらでもスケダくんのこと舐められちゃうけど! えへへ、スケダくんの肌は甘ーいお月様の味がするんだよ!」


 と、と、と。三歩で音を置いて三人の忍者を細切れにする。

 転がるお菓子の山は自然に動き、数秒経てば元のヒト型を取り戻した。


「うーん! やっぱりキリがないから足止めまでかなー。今のスケダくんじゃ忍者は相性悪いもんね。横やりも大変だろうし……うんうん。お姉ちゃんが見ていてあげるから頑張ってねー!」


 会話は成立せず、姉は姉の役割を全うする。

 黒幕も舌打ちをしながら視野を広げ、ユウヒメを殺そうと動きはする。しかしやはり、強い。この空間が侵入者の創造性に依存する異様な代物だとはわかっている。故に強大なステータスを保持している探索者であっても容易く死ぬ。自分自身を0から100まで信じ切れる人間などいるはずがないのだ。普通は。


『……クソ、やはり狂人か』


 火遁でドロドロに溶かされ風遁で飛ばされた菓子は再生するのに時間がかかる。

 ユウヒメの菓子忍者処理速度が上がっているのを見て、黒幕は毒づいた。狂った自我を持っている奴に常識は通用しない。ユウヒメは頭がおかしかった。ただそれだけの話だ。しかし。


『ククク、オマエの言う"弟"とやらは死んだようだなぁ悪魔』

「――は?」


 ユウヒメの動きが一瞬鈍り、そこに突き刺さる忍術。素早く体術で避け切った悪魔美女だったが、黒幕の発言に心が凍て付く。


『クク、自らの力も弁えぬ雑魚が粋がるからこうなるのだ。愚か者の末路よな、クククク』

「……」


 押し黙る。饒舌に語る黒幕の言う通り、確かにスケダは雑魚だった。自分やルルルアとは比べものにならない弱さだった。実際に今、スケダの気配は消えている。確実に死んでいる。それはわかる。痛かっただろうなと思う。可哀想にと思う。悲しい。応援したい。でも、たかが死程度・・・でスケダが負けるわけがない。


 何故ならスケダはユウヒメの弟だから。理由はそれだけ。

 故に、彼女が怒りに震えていたのはスケダの弱さを馬鹿にされたからではない。


「わたしのスケダくんを……」

『あぁ? ククク、聞こえんなぁ! 下等な悪魔よ!』


 絶好調な黒幕はユウヒメの狂い具合を理解していなかった。ユウヒメの力が急上昇していく!


「わたしの!! スケダくんは!! わたしだけの弟くんだッ!!!!!! 魔物風情がわたしの弟を弟扱いするなんて――――ユルセナイ!!!!!」

『は?』


 絶叫したユウヒメが種族特性を発揮する。青の瞳が赤く染まり、白金の髪が黒銀に染められていく。怒り狂うユウヒメの発言に理解が追いつかないまま、白霊ダンジョンボスの分霊は跡形もなく消し飛ばされた。


 

 


 時間は少し巻き戻り、お菓子兵団と対峙する星龍ロリのルルルアである。


「もお、わたくしがこんな尻拭いみたいなことだなんて、楽しくないわあ」


 呟きつつ、魔法の代わりに「職業:守護龍王」の力を存分に使っていく。傲岸不遜に自身は浮遊し留まり、張り巡らせた広範囲のバリアを敵に押し付けて粉砕していく。さながら半透明の障壁戦車だ。


 菓子の兵は何もできず吹き飛ばされ、脆い者は蒸発していく。とはいえ数が数だ。スケダと歩んできた道を戻っていくにしても、道のりは遠い。というか、一人で進むのはイマイチ楽しくなかった。


「……けど、それも仕方ないわねえ」


 そっと、宝物を見るように目を細め微笑む。彼女の笑みを見れば、いかなスケダと言えど見惚れること間違いなしの美しく可憐な笑みだった。


「だって、わたくしを見つけてくれたんだもの」


 少し硬いお菓子兵はカウンター式バリアで吹き飛ばす。威力は二倍になる素敵仕様だ。


「わたくし、星龍なのよお。星龍はねえ、星を司る龍なのよお? 星の精霊と龍人のハーフだから当然なのだけれど……」


 バリアの上を飛び越えてくる相手は杖剣を一振りして別の編み込みバリアで粉砕した。「残念、そこも範囲内よお」と呟きつつ話を続ける。


「星霊も星龍も、存在が大き過ぎて普通の人からじゃあんまり認識できないのよねえ。ユウヒメみたいなのは、また別のお話よ?」


 自称姉を思い出して苦笑する。面白い男の傍には変な女が付き物なのだろう。自分も含めて。


「スケダの魂が面白くて声を掛けたけれど、まさか次会った時普通に覚えているとは思わなかったわあ。……あの子がわたくしの名前を呼んだ時、わたくしがどれだけ驚いたかあの子は知らないのでしょうね」


 当たり前な顔で、普通に名前を呼び馴れ馴れしく話しかけてきたスケダ。今より幼く、けれど今とまったく変わらない普人族の子供。


「それからも、あの子はずっとわたくしのことを覚えていてくれたわあ。気づいたら仲間なんて言われて……くふ、このわたくしを"友達"だなんて、ねえ。くふふ、ふふ、本当に不敬で……愛おしいわあ」


 物量で押してくるお菓子兵団はバリアを弾けさせ殲滅した。後から後から湧いてくる兵団には攻勢バリアを押し付けておく。一人でタワーディフェンスをやっている気分のルルルアだ。


「龍は番いを見捨てないし、星霊は友を見捨てないの。たかが逆境程度・・・・でスケダを打ち倒そうなんて甘過ぎるわあ。わたくしが認めた男なのよお? ねえ。聞いているのでしょお? ダンジョンボスのビャクレイ?」

『――よく喋る龍だな。ククク、しかしこのわたくしをビャクレイと呼ぶとは良い趣味をしている。配下にしてやっても良いぞ、龍』

「魔物に褒められてもねえ……お断りよお。スケダに成ってからもう一度来なさいな」


 スケダが相手なら一日くらい配下をやってあげてもいい。不敬だけど、それくらいはまあ……友達ならそういうこともするだろうと思う龍ロリである。何を想像したのかちょっぴり頬を染めている。


『ククク、しかし貴様の言うスケダとやら、既に死んでいるようだぞ?』

「くふ、ええ知っているわあ。それがどうかしたのお?」

『……死んでいる、と言ったが?』

「くふふ、ええ。だからそれ・・がなに?」

『……』


 黒幕、ビャクレイは押し黙った。

 ルルルアは一切動揺せず、微笑を浮かべながらお菓子兵を殲滅し続ける。そこに特定の感情は浮かんでいなかった。しいて言うならスケダへの途方もない……それこそ星より重い信頼という名の愛。


『……狂人しかいないのか、貴様ら』

「くふふ、どうかしらあ。でも……ほおーら。スケダの死を認めるのは、少し早くないかしらあ?」


 くすくす笑うルルルアが示した先、巨鎧とスケダが戦っていた方向。

 一筋の光が天に向けて伸びていた。

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