第20話 覚醒。

 スケダは薄闇の中を歩いていた。少し先には眩い光があり、走れば辿り着けてしまうほどの短い距離だ。急かされるように光を目指すスケダだが。


「ちょ、待てよ」


 そんな一言で足を止める。振り返ると男がいた。スケダとは異なる白シャツ白ズボンの男だった。スケダより大人で、スケダより馬鹿っぽい顔をしている。


「なんだ、ダイスケじゃねえか」

「いや驚かねえのかよ!?……ってお前はそういうヤツだったな、相棒」

「オレの相棒はセティレなんだが」

「あーセティレなぁ! わかるぜ、あのパイはずりぃよな!! つーかパイがずりぃってエロ過ぎるだろ……天才か?」


 勝手に興奮する男を無視して歩き始める、が肩を掴まれ足を止める。


「なんだよ」

「まあ待てって。このまま戻っても死ぬぜ、相棒」

「……」


 言われ、先ほどまでの戦いを思い出す。


「……オレ、ムゲンブシンに負けたのか」


 床に座り込む。気づけば周囲は明るくなり、見覚えのない――ダイスケの記憶にあった一人暮らしのマンション部屋になっていた。無駄に床の絨毯が触り心地良い。


「おおとも。お前は負けたぜ相棒。あの野郎急にボスに操られてなぁ。舐めプ止めてワンパンソードとかマジないわ。まあアイツ今めっちゃショボーンとしてるから良いけど」

「この絨毯すげえ触り心地良いな」

「話聞いてねえ!?」

「悪ぃ。床暖房? すげえいいじゃねえか」

「おう、だろ?」


 二人で床に寝転がる。


「あたたかい……コレガ、オレノ、ココロ」

「なんだよそれ。あったけえのは床だろ」

「それはそう。しかしお前、意外と普通に俺のこと受け入れてんじゃん。ウケる」

「ウケねえから。……あんたが居るのはなんとなくわかってたからな」

「あ、そう? じゃあルルルアとエッチしてえとか姉ちゃんとエッチしてえとかセティレの乳に顔埋めてえとか思ってたのも気づかれてた?」

「……」

「うわやば、募穴掘った」

「……あんた変態過ぎるだろ」

「健全な男ならこれくらい思うでしょうよ。お前が無頓着過ぎんのよ」

「んなことねえよ」

「じゃあヤりたいのか? ヤりたくないのか? どっちなんだ!」

「そりゃまあ……なあ?」

「わかんないんだよねぇこれがねぇ。俺、無職だから!」

「誇るな」

「あそ。まあまあ、うんうん。あの三人だと誰が好みよ、お前。俺ぁやっぱルルルアかなー。あのちょロリ可愛すぎでしょ。エッチだし。へそ出しはエッチだって。アレもうエッチの塊」

「……」


 エッチエッチと連呼するダイスケに、黙りつつも内心ちょっと同意するスケダだ。基本気にしないが、たまに疲れている時はエッチだなぁと思っていたりもした。そういうこともある。男だし。


「で、お前は?」

「オレは……」


 胸のセティレか、美形のユウヒメか、合法ロリBBAのルルルアか。

 それぞれ物語狂い、自称姉、ストーカー癖、と個性が強い面子だ。この中だとやはり……。


「ってそうじゃねえ。あんたなんでオレ呼び止めたんだよ。あるんだろ? 理由が」

「くぅぅ、焦らしはずりぃぞ。まあ相棒だから許してやる。理由か……あるぜ。とりあえず時間稼ぎしといてやるから、お前自身を見つめ直してみろって。俺たちの選職はまだ可能性がある。だろ? 相棒」

「だから相棒じゃねえって……いねえし」


 気づいたらいなくなっていたダイスケ。よくわからないが、このままでは巨鎧に勝てないのだろう。

 見つめ直す。可能性。選職。


「……はー。孤児院にも絨毯欲しいぜ」


 呟くスケダの目の前には、選べる職業がずらりと並んでいた。

 天上の人工灯が淡く輝いている。


 

 


『すまなかった……スケダよ……』


 菓子の大地にクレーターを作り、肉体に深い裂傷を刻み呼吸を止めるスケダ。

 巨鎧は黒幕のビャクレイに操られ、理性を奪われ一瞬でスケダを殺してしまっていた。我に返った時には既に遅く、スケダは目を見開いたまま絶命していた。


 しんみりとした様子で男の亡骸を見つめ、振り返り、菓子の城へ鋭い視線を送る。しかしそれでも、巨鎧は騎士。姫を守る騎士。ならば、何が起ころうと仕え続けるのが定め。憤怒を飲み下し、その場を去ろうと動き始め――。


「――よう、ムゲンブシン」

『ッ!!』


 グォンと重い音を立てて巨鎧は振り向く。凝視する先には腰に手を当て不敵な笑みを浮かべるスケダ――否、ダイスケ。


『何者だ、貴様』

「俺か?」


 一目で男の変化を見破った巨鎧は、短く問う。ダイスケはニヤリと笑い。


「通りすがりの相棒だよ。覚えておきな!」


 カッと目を見開いたダイスケにより、巨鎧は超重力に襲われる。


『グォォ、なん、だこれはッ!』

「ははは。俺がただの人間だと思ったか? 残念、これでも俺は超能力者なんでね。職業も見ての通り」


【無職】


「あっれぇ?――いやまあいい。俺の超パワーを見せてやるぜ。相棒が目覚める、その時までなぁ!!」

『相棒……ク、クハハ! よくわからんがまだ死んでいないということだなスケダ!! ならば良し! 先ほどはすまなかったな! もうああはならん! 正々堂々、真正面から戦おうぞ!!』

「ははは! 嫌いじゃないぜそういうの! けどそりゃ俺の念力破ってから――え、嘘、マジっすか?」

『なんのこれしき!! 我はムゲンブシンなり!!!』


 重力を跳ね除けタックルしてきたムゲンブシンに、ダイスケは宙を跳ねて避けていく。上手く風圧も利用すれば回避は容易い。そのぶん三半規管がボロボロになるが許容範囲内だ。


「おぇ、きもち、わりぃ! だが俺は超能力者……真なる力を見せてやろう。過ぎた科学は魔法と変わらなくなると、どこかで誰かが言っていた!!」

『ヌゥ!?』


 ダイスケは念力に加えて謎エネルギー操作という謎の超能力を持っていた。

 それは謎のパワーを謎に発揮し、ビームっぽい何かや光弾っぽい何かを打ち出すこともできる。言うなれば気力、魔力的なアレ。元の世界でも謎の力としか言われておらず、ダイスケ自身もまた「俺は馬鹿じゃねえからわかるぜ。コイツは俺の可能性!!!」と叫んでいた。誰も相手にはしていなかった。


「だー! だだだだだだっ!!!」


 謎弾を連射し、巨鎧はそれをガードしつつも受け続ける。

 ダメージはある。しかしほんの微かなダメージでしかない。痛みも薄く、しかし無駄に攻撃速度が早く衝撃を伴うため反撃に出られなかった。


「だだだだだだだだだだだだだだっ!!!」

『クハハ!! なかなかやる! しかし甘いぞスケダァ!!!』

「な、なにぃ!?」


 あろうことか巨鎧は持っていた盾をブーメランにして投げ飛ばしてきた。豪速球ならぬ豪速盾だ。

 謎弾は見事にかき消され、パーフェクトブリッジをしなければ上半身が両断されているところだった。


「おい! 盾投げはヒーローの特権だろうがよ! 悪役はそんな技使わねえ!」

『クハハ! 我とて姫を守る騎士だからなぁ! そら避けてみよ!!』

「ぬぁ!?!?――しかぁし!サイズ感が仇だぜ!」

『なに!?』


 背後から戻ってきた盾に飛び乗る。勢いのままドロップキックだ。

 一瞬驚いた巨鎧はそのままダイスケを掴んで投げ飛ばした。


「覚えてやがれぇぇぇ――ぇぇ――――ぇ――!」


 遠のき消えていく男。ダイスケはお菓子王国の星となったのだ……


「――んなわけあるか! 流星隕石キィィィック!!!」

『グォォぉ!!!!』


 念力で速度を加算し、空からダイレクトキックだ。阿呆みたいな戦いだが、巨鎧へのダメージは相当に入っている。無論ダイスケも謎エネルギーを消費して疲れている。イーブンだ。


『クハハ、やるではないか!!』

「てめえこそな!」

「――やっほーっ! スケダくーん!! お姉ちゃんが助けに来たよーっ!!」

「――スケダ、わたくしが見に来てあげたわよお。状況はどうかしらあ?」


 互いに見合った体勢の戦場へ、悪魔と星龍が舞い降りる。

 一方は赤い瞳に黒銀の髪の美女。クールビューティな見目からは想像できない満面の笑みで走ってきている。羽は飾りだ。

 そして逆サイドよりふよふよゆったり浮いて来る白髪桜色アイの愛情激重龍ロリ。背後に巨大な龍――よりは竜っぽい細長のシルエットを引き連れている。一人怪獣大決戦でもしていそうな雰囲気だ。巨鎧の数倍は大きい。


「うおおお!! 生姉と生ロリだあああああ!!!!」


 叫び、大きな謎弾を精製し巨鎧にぶつける。『ヌァァ!?』と後ろへ吹き飛ぶのを無視し、ダイスケは夢にまで見た美女美少女ハーレムを喜ぶ。

 普段と見た目から中身まで大きく異なるスケダ(ダイスケ)に、寄ってきた二人は。


「あらあ、くふふ、そっち・・・はそんな性格なのねえ。ふふ、わかりやすくて助かるわあ」

「あははっ、弟くん可愛いね。どんなスケダくんもお姉ちゃんは大好きだよ。カッコいい可愛い! さすがわたしの弟くん!!」


 何事もなくいつも通りに話しかけてきた。


「え、いや、え、お、おう……」


 さすがのダイスケも、対応が一切変わらない二人にタジタジだ。「やべー女たちだ。可愛いし美人だけどやべー。女に好かれるってこんなやべーのか。やべー……」と内心焦っていた。


「くふ♡ ねえスケダあ。あなた、わたくしのこと性的な目で見ているでしょお?」

「そそそそ、そんなことはねえけどぉ??」

「くふふふ♡ ほんっとうに可愛い子ねえ。け、どお……今は、お、あ、ず、け♡」


 顔を寄せ、耳元で囁くルルルアの茶目っ気たっぷりな愛らしい仕草!


「ぐああああああ!!!」


 ダイスケに百億ダメージ!!

 鼻血を吹き出し漢は地面に倒れ込んだ。その顔は満足げににやけていた。


「スケダくん! 大丈夫? お姉ちゃんが膝枕してあげるからねっ!」

「ちょっとお、それじゃあ膝枕じゃなくて胸枕よお?」

「――我が生涯に――――一片の悔い、無しッッ」


 姉の胸に抱えられ、ダイスケは二度目の死を迎える。美しく尊い、その生は最後まで煩悩に塗れていた――――。


「――いや馬鹿かよ。そんなんで死ぬか阿呆が。姉ちゃん悪い。迷惑かけたぜ」


 目を開けたダイスケ――スケダは、鼻血を拭い立ち上がる。姉の手は借りない。エッチなルルルアの手も借りない。

 茶番はここまでだ。


「くふふ、スケダ、戻ったのねえ?」

「おうよ。ダイスケが悪かったな。あいつは馬鹿なんだ、許してやってくれ」

「ふふ、楽しかったからいいわよお」


 ころころ笑いながらも、胸の内にもう一人のスケダの名前を留めておくルルルアである。愛情激重系龍ロリの記憶力は高い。


「スケダくん、痛くない? 大丈夫? お姉ちゃんとハグする?」

「いやいい。ありがとう姉ちゃん。――もう、負けねえ」

『クハハ、戻ったかスケダよ!! 先の貴様も面白かったが、我はやはり今の貴様が良い!!』


 のしのしと戻ってきた巨鎧が空気を震わし大きく笑う。

 スケダは両手を空け、自然体で立ち笑う。


「はは。好かれたもんだぜ。だがムゲンブシン――今のオレは、強いぜ?」

『フッ、ならば来るが良い。その力――存分に示して見せろッ!!!』


 全身に力を漲らせる。努めて澄ました顔で、けれど少しだけ心配を覗かせるルルルアの頭を撫でた。姉は露骨に心配そうに見てくるので、ニヤリと不敵に笑って見せた。


 仲間二人を安心させ、スケダは一歩で巨鎧を通り過ぎる。

 

「――悪いなムゲンブシン。もうお前程度じゃオレの相手にならねえ」

『――――ク、クハハハハ!!!……天晴れ。姫を頼むぞ、簒奪者よ』

「任せろ」

 

 超大な魔法剣の一撃で巨鎧を斬り伏せたスケダは、自信に満ちた表情で地に降り立つ。

 魔力の燐光が散りきらめく中、スケダの視界には今のステータスが映っていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

スケダ

種族:普人族

職業:無職(超最強魔法戦士)

職業レベル:∞

 

体力 :GOD

知力 :GOD

思考力:GOD

行動力:GOD

運動力:GOD

能力 :GOD

 

【選択可能職業】

超最強魔法戦士∞

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 「超最強魔法戦士」。

 スケダの思い描く世界最強が、セティレのお菓子ダンジョンに前触れなく出現していた。


 

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