第21話 クライマックス。
巨鎧を打倒し、後を託されたスケダはルルルアの背に乗って天高く紫色の青空を飛んでいた。ユウヒメは先に潜入し攪乱工作をド派手にかましている。今も強烈な火柱が城の一角で立ち上ったばかりだ。もう潜入どころではない。
じゃんけんで負けてスケダとのひと時を得られなかった八つ当たりでもしているのだろう。遥か下方より「弟くんパワァァアア!!!」と聞こえた気がした。気のせいか。
竜形態のルルルアは別に人間体を捨て去ったわけではなく、普通にスケダの前で自身(竜体)に優雅な面持ちで座っていた。実質分身である。
「さっきから気になってたんだけどよ、龍人なのに竜ってどういうことだよ」
「? りゅうりゅう?……あぁ、ふふ。ドラゴンとリュウのことお?」
「そう。たぶんそれ」
「ふふっ。そうねえ……ドラゴンは四肢が発達した獣に近いモノ。リュウはこの子……というかわたくしみたいなモノねえ」
「ふーむ……ルルルアは龍人なのにリュウじゃねえんだな」
「くふふ、ええ。わたくしは特別なの。そもそもリュウ自体がこの星じゃあもう見かけることがないはずよお」
「そうなのか?」
「うん。だってリュウは精霊や神様に近い存在だものお。星の深層や別の次元に住んでいて、普通表に出てきたりしないわあ」
「なるほど。じゃあルルルアは?」
「わたくしは星龍。星霊と龍人が交わって出来た特別な子、というところねえ。リュウみたいにも生きられるけど、ヒトみたいな感情も持っているの……」
「そうか……」
微かに遠い目ををするルルルアは超然としていて、彼女自身が言うように遠い存在のように思えてしまった。
いつかは別れが訪れるだろうとわかっているが……ダイスケが色々言っていたせいだろうか。少々感傷的になってしまう。
「くふ、なあにい? そんなにわたくしのこと気にしちゃって……くふふ♡ いいわよお? スケダになら少おーしくらいやらしいことも、教えてあげても……♡」
生き生きと艶めいた笑みを見せる龍ロリに、スケダは無言で微笑んで頭を撫でた。今はそんなことを考える気分ではない。「ふけいよおぉ」と呻く少女も、次第に黙って為すがままになった。
「あんたがいつかいなくなると思うと少し寂しくなってよ。……オレが死ぬまで、付き合ってくれよな、ルルルア」
「――――」
空を眺めていた目を戻すと、少女は桜の瞳をまん丸にしてこちらを見つめていた。「どうした?」と問いかけると、数秒して花が綻ぶような可愛らしい笑みを見せる。
「ふふ、ええ。あなたが死ぬまで、ずうーっと見ていてあげるわあ」
温かな笑みに、スケダもフッと柔く笑みを浮かべた。
風が心地良い。仲間との親睦も深まった。絆も確かめ、今なおストレス発散している姉との繋がりは言うまでもなく。
準備は万全。心は晴れやか。やるべきことはただ一つ。
「――さあ、行こうかルルルア!」
「くふふ、ええ。行きましょう、スケダ」
白と桜で彩られた竜が進路を変える。口元に溜めたエネルギーの奔流は景色を歪ませるほどで。
機嫌が最高潮に良いルルルアはユウヒメの配慮を一切せずに全出力でブレスを放つ。
「景気よく行きましょう? 受けなさいな、星龍の咆哮っ!!」
お菓子の城に向けて、極大のエネルギー砲が放たれた。
衝突は一瞬。
白桃色の光の束と展開された魔術障壁が互いのエネルギーを散らし合う。飛散した力の粒がきらきらな光の雨となって城下に降り注ぐ。甲高い音が世界に響き、今にも障壁は壊れそうだった。
「あとは任せたぜ」
竜の上から飛び降り、仰向けになりながらルルルアへ手を振る。上方では白の少女がひらひらと手を振っていた。
風を切り、甘い大気を全身で浴びて世界を往く。気分はスカイダイビングだ。心に戻ったダイスケが「今日も世界は美しい……!」と涙していた。相変わらず頭がおかしい。
「姫を救う旅」という物語の最終幕にも色々と手段がある。正面から城へ侵入するのは一流、こっそりと忍び込むのは二流、舞台をぶち壊して入るのは三流。スケダが選んだのはそのどれでもなく。
バリィィン! と音を立てて飴細工の窓を突き破る。
玉座の間の天井近く、キャラメル色のシャンデリアを突き抜けて飴のガラスがきらきら光りながら落ちていく。
「――助けに来たぜ!」
颯爽と、影だけを残した男が丈夫な綿菓子製の絨毯に降り立つ。
超一流は、舞台をそのままに一番目立つ方法で侵入するのだ。その際、不意打ちはしない。あくまで王道を貫く。それがスケダ流人生のカッコつけ方。無論独学である。
「忌々しい人間が……」
「あんたがビャクレイだな」
玉座の間にいたのは白霊ダンジョンのボスであるビャクレイと、虹色半透明の泡沫に包まれたセティレだけ。宙吊りされるかのように眠り姫は浮かんでいた。
「死ね、下等種」
「おっと! はは! 残念だな。今のオレはボス程度に苦戦する男じゃねえ!」
「ぐっ、貴様その力は何だ。ムゲンブシンを一蹴した力。そのようなものはありえるはずがない!」
高速魔力ビームはスケダの腕が容易く弾く。
ビャクレイはずっとスケダたちのことを監視していたので、ダイスケの意味不明な謎パワーもスケダの意味不明な覚醒も知っていた。どちらも一切理解できていないが、とりあえず自分が容易く滅ぼされそうだとはわかっている。ユウヒメとルルルアが言っていたことを今さら理解し、背中で冷や汗をだらだら流しているボスである。
「ありえないことはありえない。何故なら今ここに――オレがいるからだ」
「黙れ! なんだその顔と言い回しは! 私を馬鹿にしているのか!?」
「……フッ、茶番はここまでにしよう。一秒で終わらせてやる」
「ま、まて――がっ」
戦意を高め構えを取ったスケダだったが、ビャクレイの腹から突き出た光の帯に目を細める。
「まさ、か貴様……私、を飲み込むつも、り、か」
ビャクレイの問いかけた先はスケダではなく。
「――はいですよう。もうあなたは用済みですよう」
ボスの背後で淡い虹色を纏い佇むセティレだった。
「ぐ、ぐぃああああああああ!!!」
怨嗟の声を上げてビャクレイが消えていく。あっさりと、ここまで生き延びた100階層型ダンジョンのボスにしては本当にあっけなく魔力に還っていった。
「「……」」
静かに、玉座の間で相対した姫と王子は見つめ合う。
セティレの頬は上気し赤みを帯びていた。愛おしげな眼差しはスケダの生き様に向けられ、"王子"としての役を完璧以上に全うしてきた"主役"の素晴らしさに恋い焦がれていた。惜しむらくは一人きりでの奪還作戦ではなかったことか。まあそんな瑕疵も死からの蘇生と覚醒で吹き飛んだが。
一方で王子役のスケダ。目前に立つセティレ――ではなく、その背後の
スケダの前に立つセティレ、その奥で眠り姫のままでいるセティレ。
分身魔法かとも思うが、それにしては雰囲気が違い過ぎる。ダンジョンに取り込まれた……いや、先のビャクレイとのやり取りを見るに、ダンジョンを取り込んだ影響と思われる。
「……セティレ、オレはあんたを助けに来た」
「ええ、はい。ふふ、えへへ。とっても嬉しいですようっ! ずっとお待ちしていましたよう」
「そうか。ならそこを通してくれるか? 眠り姫を助けるのは王子の役割だって、あんたが言っていたことだろう」
「そのあの、口付けは……う、嬉しいですよう。でも、まだだめですよう……。スケダさん」
「ああ」
「
「……物語には、段階が必要か?」
「はいですよう! 黒幕の「悪い魔法使い」じゃあ今のスケダさんには力不足でしたよう」
「――だから、あんた自身が立ち塞がるのか」
「えへへ、その通りですよう」
「本末転倒じゃねえか」
「王子様は、どんな逆境も跳ね除けてお姫様を救うんですよう!」
「はぁ……しょうがねえ姫様だ。いいぜ、最後まで付き合ってやる。だがな、セティレ」
状況はわかった。長杖を持つセティレが何をしたいのかもわかった。
膨れ上がるセティレの魔力と威圧感についても納得がいった。それでも、スケダの自信が薄れることはなかった。
「オレは強いぜ。最強の王子だ。――すぐに叩き起こしてやるから、覚悟しておけッ!」
カッコつけて、鞘に入ったままの剣を女へ向ける。
片目を隠した女は露わになっている紫の瞳を爛々と輝かせ、隠された瞳にも狂おしい物語への期待と愛を宿して魔法を使う。
「ふふふ、ぜひぜひ、ですよう! お菓子消滅光線!!」
「魔法無効バリア!」
「魔法無効バリア無効魔法ですようっ!!」
「なにぃぃ!?!?」
ヒュォンと貫通してきたカラフル光線を横跳びで避ける。構えていなかったら危なかった。
「スケダさん。夢と創造で私に敵うとは思わないでほしいですよう。私は――この世界の創造主ですよう」
「――はは! 上、等ッ!!」
笑みを深め、連鎖する虹色ビームと虹色の玉を破壊し避けて相殺する。
セティレへは一歩も近づけず、しかし一歩すら退かないスケダの覚悟が見て取れた。絶対的な自信を携えた二人の戦いは、現実の枠を超えて広がり続ける。
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