第22話 物語の王子様


「新次元パンチ!!!」

「超次元フィールドですよう!」

「超武現手刀八式、撃・波!!」

「波動返しの秘術ですよう!」

「五月雨降魔斬!!」

「斬撃究極耐性付与障壁展開ですよう!」

「閃光烈風疾風斬り!!」

「風読みの式に風繰りの式ですよう!」

「世界破滅拳!!」

「理収束の法ですよう!」

「異次元封滅の脚撃!!」

「次元破壊の玉ですよう!」


 「超最強魔法戦士」となったスケダは将来的に使えるであろうあらゆる職業を統合し、ただ一つの万能職として生まれ変わっていた。セティレの夢を形にしたこのダンジョン限定である。限定ではあるがその力に偽りなく、スケダが思うことはすべてできた。剣術、魔法、体術、魔術、さらには様々な力の操作。


 なんでもできるオールラウンダーになったスケダだが、相対するセティレも妄想力では負けていない。夢の中であれば、何でも出来る、何にでも成れる。姫は姫のまま、世界最強の何でもありな魔法使いに超変身を遂げていた。


 先ほどからずっと、互いにそれっぽい技名を叫んで想像力のままに攻撃を創造していた。

 そこに理屈は存在しない。ただ自身の内より溢れる可能性を表出させるだけ。言うなれば、"概念"のぶつけ合い。


 自らの限界を悟った時、それが敗北の時だ。


「ねえ、アレいつ終わるのかしらあ」

「どうなんだろうねー。スケダくんが楽しそうでお姉ちゃん嬉しいよっ!」

「あなたはそれでいいかもしれないけれど……お城、もう原形を留めてないわよお?」


 スケダとセティレが嬉々として子供らしい戦闘を続ける場所より上方、小型サイズの竜に乗って戦いを眺めるルルルアと、自然体で宙に浮くユウヒメがいた。悪魔の羽はまた飾りとなっている。


「玉座の間が無事だからいいんじゃないかな。セティレちゃんも楽しそうだよ」

「無事、ねえ……」


 紫の青空を眺め、完全吹き抜けの城を見下ろす。


「ずいぶんと見通しが良いお城よねえ?」

「スケダくんが見やすくていいよね!」

「……それもそうねえ」


 弟のことしか見えていない自称姉にはルルルアも匙を投げた。

 仕方なく眼下のお子様バトルを見守る。技名は子供でも、技自体の火力は圧巻の一言に尽きる。


 極彩色の玉が生まれたと思えば空間全域に斬撃の軌跡が走り、次元を貫く拳が見えたと思えばバリバリと複数次元に跨って世界の破片が障壁となり、黄金の剣がセティレを貫いたかと思えば逆再生するようにスケダが剣に貫かれたり。

 幼稚な台詞とは裏腹に、やり取り自体はこれまでの戦闘が児戯に思えるほど超越していた。


 とはいえ、それも時間の問題。


「……スケダあ、早くしないと時間切れよお?」


 ルルルアは"友人"の尻拭いをするのも悪くないと思いつつ種族特性と職業を最大に利用し保険の準備をしておく。隣のユウヒメは「キャー♡ 今のスケダくんちょーカッコよかったぁ!! わたしの弟くんサイコー!! 頑張れー!♡!」と頭の悪い声援を送り続けていた。


 自分の頭上高いところで姉に溜め息を吐く龍ロリがいるとは露知らず、ステータスGODのGODスケダはセティレとの戦いに少々の焦りを感じていた。


「さすがはオレが見初めた最初の仲間だ……ッ!」

「ありがとうございますよう! スケダさんも、さすがは私の王子様ですようっ」

「ははは! お褒めに預かり、恐悦至極ッ!!」


 視界を埋め尽くす虹色の洪水に剣一本で飛びかかる。ザンッ!! と水を断ち割り、セティレへの道を作る。


 あまり猶予はない。迷宮ダンジョンと白霊ダンジョンの力が合わさったとはいえ、惑星破壊ビームだとか宇宙創世剣だとか、規模がダンジョンどころか惑星を飛び越えてしまっている時点で今の空間が長くは持たない。


 感知能力GODとなったスケダには迷宮ダンジョン――お菓子ダンジョンの悲鳴が聞こえてくる。「もうだめ! だめよっ! 限界が近いの! 早くなんとかしてよぉ!!」……これはダイスケの演技だった。今日も奴は一人平和である。


「セティレ!!」


 地を駆け、水を踏み、宙を走り一直線に仲間の下へ――進んだと思ったら遠のいていた。空間を引き伸ばしているセティレの魔術だ。


「セティレ! もう時間がねえぞ!? あんたは本当にこれでいいのか!! 眠り姫は眠ったまま、王子は辿り着けずおしまい! そんな物語でいいのかよ!!」

「スケダさん」

「ああ!!」

「王子様は、最後まで諦めず立ち向かい、不屈の心でお姫様を救うものなのですよう」


 そんな時間はねえ! の一言は遠くに佇むセティレの瞳を見て消え失せた。


「私は王子様を――スケダさんを信じていますよう」


 その一言は正真正銘、何も含むもののないセティレの心だった。

 

 仲間の言葉に、冒険大好き少年の魂を持つスケダは輝かしい笑みを浮かべる。眩しいほどの笑顔は真に"王子様"そのものだった。姫役のセティレでさえ一瞬見惚れてしまう。他の仲間は言うまでもなく。


「きゃー♡♡ あの子わたしの弟くんなんだよー!♡!♡!」

「わ、悪くない顔するわねえっ」


 とハートを乱舞させたり声を上ずらせたりしていた。立派な観客である。


「――なら、その信頼に応えなきゃ漢じゃねえな」


 黄金の剣は鞘に。いつかの夢で見た王子の格好を想像し、青の装束に赤のマントを靡かせる。

 空間は未だ広がったまま。それでも辿り着くことは不可能ではない。一心に、セティレを――姫を求めて前へと踏み出す。


「セティレ」


 カラフルなレーザーが飛び回る。光線なのに追尾式で壁を跳ねる謎仕様だ。歩き続けたまま、姿勢制御だけで避けていく。避け切れないものは魔力の壁で防ぎ、それでも当たるモノは我慢して耐える。痛みは一瞬、移動に支障が出ない程度に治療した。


「オレはな、あんたと会った時に運命を感じたんだ」


 大声は要らない。ただ正面に立つ女性へ伝わるよう、心を込めて己のすべてを伝える。


「一目で何がわかるんだって思うかもしれねえ。けどな、オレの魂が言ってたんだ。"あぁ、この人は世界が巡り廻る中で今日この日この瞬間、オレが初めて冒険を始める今この瞬間に、オレと出会ったんだ"って」


 弾ける虹の泡は痛烈な痛みだけを齎す。感覚へ作用して、肉体の動きを阻害する魔法だ。避けることはできない。剣を使えない今、消し飛ばすこともできない。ただ耐える。我慢は得意だ。不敵に笑みを作る。


「世界は広い。ダンジョンなんざいくらでもある。過去と未来を見れば世界はどこまでも広がってる。そんなどこまでも広い世界で、オレたちはあの時、あの場所で出会った。オレは運命だと思ったぜ。あんたはどうだった?」


 返事は求めていない。セティレに尋ねているが、"今の"セティレに尋ねてはいないのだ。未だ眠り続ける、泡沫の中の姫へと問いかけている。それがわかっているからか、魔法を使い続けるセティレは何も言わなかった。ただ少し、どこか羞恥と羨望を表情に滲ませている。


「それからオレは、少しは強くなった。あんたの隣に立つにはまだ足りねえ。そんなのわかってる。それでも、オレたちはパーティメンバーとして、仲間として時間を積み上げた。メッセージのやり取りだけですら、オレは最高に楽しかった。孤児院以外なんざほとんど知らねえからな。なあセティレ、あんたも楽しかっただろ? わかるぜ。仲間だからな」


 色とりどりの炎をその身に浴びる。服が燃え、皮膚が燃え、髪が燃える。同時にすべてを再生し、ただただ真っ直ぐ進み続ける。ダメージはない。あるのは痛みだけ。我慢だけでどうにかなることだ。超熱いし超痛い。しかし耐える。スケダは漢なのだ。


「フラットダンジョンであんたの話を聞いた時は、すげえ夢だって思ったぜ。小さな夢しかないオレ自身を比べて、眩しささえ感じたんだ。けど仲間だからな。素直に応援してえと思った。今オレがあんたの言う"王子様"に成り切れているかはわからねえけど、その役をもらえただけで光栄だ。意外か? 結構喜んでるだぜ、オレ」


 巨大な光の波を自然体で通り抜けてきたスケダに、セティレは驚きながらもふわりと微笑む。既に種族特性の「読心」はずっと発動中だ。しっかりスケダの心の声は聴けていた。無論、今の言葉に噓偽りなく、本気も本気で言っているともわかる。スケダという王子様は……ちょこっと王子様らしくはないけれど、真正面から自分に向き合ってくれるカッコいい男の子だ。


「あんたが迷宮ダンジョンに呑まれたって時は即、助けるって思ったよ。仲間だからな。オレのこと心配したかもしれねえ。オレ弱えし。迷惑だとかも思ったかもな。そこまでの仲じゃねえって。けど、それでもオレは助けるぜ。セティレ。何が何でも、絶対に助ける。仲間は見捨てねえ。誰が言ったとかじゃねえよ。オレがそう決めた」


 少しずつ距離が縮まっていく。

 どんな攻撃もスケダは耐えて、痛みを堪えて真っ直ぐとセティレだけを見つめて歩いてくる。言っていることはただの思い出話に過ぎない。その時々にスケダが思ったことを、今伝えているだけ。それだけ。でも、その姿は。その在り様は。


「一度死んで、やっぱオレ弱えって悟ってな。もう一人のオレ――ダイスケに言われたんだ。今のままじゃあんたを救えないって。だから強くなった。あんたを救えるくらいに、あんたを助けられるくらいにオレの可能性を束ねてここに来た」


 虹の雷を浴びながら足を止めず、次元障壁すら一歩で踏破し、どんな攻勢もどんな痛撃も乗り越え、スケダはやってきた。


「あんたを見てて、オレも決めたよ。ダンジョンに挑む理由も意味も、夢も何もねえオレだけどさ。"何もない"からこそ、それを探そうって決めたんだ。ルルルアに言われたままで情けねえが、仲間と共に、その"何か"を見つけたいと思った」


 何物にも屈せず、脅威も悪意も跳ね除けて歩くその姿は。


「――セティレ、オレは王子様なんて役柄似合ってないかもしれねえ。それでもオレはあんたを助ける。仲間だからな。この世界で最初に見つけた、かけがえのない仲間だ。共に未来を歩む仲間一人助けられなきゃ、夢の一つも掲げられねえだろ? だから今はせめて――セティレにとって一番の王子様になってみせるぜ」


 王子様なんて柄じゃないと言いながらも、一切の痛痒を感じさせない眩しい笑みを浮かべ、セティレの目の前までやってきたスケダは――。

 

「あなたはもう――私の、王子様ですようっ」

 

 セティレの想う、絶対的な王子様像そのものだった。

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