第23話 フィナーレ

 『王子は姫に攻撃なんてしない』

 

 それがスケダの思った理想の王子――漢の在り方だった。セティレもまた同様のことを思っていたため、完璧な"物語"の終幕に彼女の世界も納得してしまった。結果、魔法を使っていた幻想のセティレは薄い虹の泡となって散っていく。


 スケダは消えゆく仲間の横を通り過ぎ、無言で泡沫の前へと歩みゆく。


「待たせたな、姫様。オレと帰ろう。そしてまた始めよう。オレたちの冒険を」


 そっと泡に踏み込み、彼女の頬に手を添える。

 泡の中、二人。壊れ行くお菓子の世界で向き合う。眠り姫を起こすのは口付けと決まっている。眠りながらもすべてを見ているセティレは、物語のクライマックスを想像して頬を紅潮させていた。スケダは自分に酔っていた。ダイスケは「――俺のファーストキス、君に捧げる」とカッコつけていた。ルルルアは世界の崩壊を疲れた顔で押し留めていた。そしてユウヒメは。


「――もう、無粋なのはよくないぞーっ!」

「ぐ、な、なぜだ貴様ぁ!!!」


 玉座の間、姫と王子諸共に奥の手の霊剣で刺し殺そうとしていたダンジョンボス、ビャクレイに忍殺を決めていた。


「ふふふー、お姉ちゃんセンサーは弟くんの活躍を最大限に引き出せるものなんだよ!」

「くそ、くそぉお!!! 意味がわからん!! 気狂い悪魔がぁあ!!!」

「えへへ、悪者は退場しようねー!」

「ぐご、この私が、こんな……これだか、ら! 狂人は嫌、なの……だ…………」


 ひらりと、微かな魔力光を残して今度こそ本当にビャクレイは消える。姉もまた、忍者らしく影に潜み消えた。まあ姉は弟の晴れ舞台を間近で見るためすぐ近くに潜んだだけだが。


「セティレ、目を覚ましてくれ――」


 男の唇が、女のそれに重ねられた。

 そこに男女の情は含まれず、色恋の匂いもせず、純粋に誰かが誰かを想う人間の願いだけが詰め込まれていた。


 世界は崩れていく。ボスが死んだことで崩壊は早まり、ルルルア一人では押し留めることができなくなっていた。「もおっ、わたくしが舞台裏で頑張るなんておかしいわあ。後で文句言うんだからあ」とぐちぐち言う龍ロリが空の上にいたりいなかったり。


 甘やかな口付けは数秒、十秒と続き、しばらくしてセティレが目を開けてもスケダはキスをしたままでいた。


「…………っ」


 セティレの顔がどんどんと赤くなっていく。呼吸は問題ない。意識も明瞭だ。しっかりと物語の呪縛は解けている。眠り姫を起こす王子の口付けは完璧に終わった。セティレの描く物語はこれ以上ない終幕を迎えた。


 ダンジョンは崩れかけ、ゲートだって玉座の間の中心に生まれている。ならばどうしてスケダは離れないのか。唇を合わせたままでいるのか。


 顔が近い。互いの呼気が耳に触れる。異性の匂いが鼻をくすぐる。体温すらも敏感に感じ取れる。

 セティレはひっそり目を開け、普通にぱちぱち瞬きをしているスケダに気づいた。


「~~~!?」


 驚き慌て、口を開けようとして合わせたままの唇に気づく。微かな動きが繊細な刺激となってセティレを襲った。さらに赤くなる頬。物語から覚めたセティレはただの初心な少女になっていた。しかも相手は先ほどまで王子様だった理想のヒト。それはもう胸も高鳴るし頭も熱くなるし目も回る。


 一方で青少年スケダ。


「……」


 いったいどのタイミングで唇を離せばいいんだ? と未だに王子役を全うしている大真面目な馬鹿だった。内なるダイスケが「ワンチャンディープなやつまで行ける説あるか? 俺はあると思うね。――俺たちの可能性は、今使う時だ」などと言っていた。思考回路が終わっているし、カッコつけるところが本当に終わっている。


「ぷはぁっ……ふぅ、セティレ、起きたみたいだな」

「ひゃ、ひゃぃですようぅぅ………」


 セティレのまろやかな甘い香りに名残惜しさを感じながら、スケダは地面に降り立った。ふらつく仲間を支え泡を出る。


 魔法の波状攻撃に耐えセティレを救うのに必死で、周囲が見えていなかった。見渡せば城は原形を失い、世界はテクスチャが剥がされていくように壊れかけていた。


「――ようやく終わったのねえ。ほんっとうにもお、時間かけすぎよお、おばかっ」

「うお、ルルルア……。はは、なんだあんた、結構ボロボロじゃねえか」


 空より舞い降りた天使――ではなく星龍。

 小柄な少女はただでさえ露出の激しい服を損壊し、全身に大小の傷を負っていた。少々お怒りモードだ。桜のジト目がイラついているように見える。


「誰のせいだと思っているのよお、誰の――」

「悪い。ありがとなルルルア。オレたちのためだろ? 助かった。ありがとう」

「――もお……仕方ないんだからあ……ふふっ」


 静かに少女の頭を撫で、目線を合わせ笑って礼を言う。

 ジト目でお怒りだったルルルアはもにょりと口元を尖らせ、「不敬よお」と言いながらもすぐに愛らしい笑みを浮かべた。相変わらずのちょロリだった。


「スケダくーん!」

「っと姉ちゃん」

「うん! スケダくんのお姉ちゃんだよ! カッコよかったね!! さっすがわたしの弟くん! よくやり遂げましたっ。えらいぞー!」


 急に横から現れ抱きつき、なでなでと撫でまわしてくる。いつもの姉だ。


「姉ちゃんもありがとうな。助かったぜ」

「えっへへー! スケダくんのお姉ちゃんだからねっ! えっへん!」


 胸を張って備えた美乳を揺らす。龍ロリがそれを忌々しげに見ていたりするが、特にツッコミは必要ないだろう。

 姉とのスキンシップはそこそこに、冷静さを取り戻したセティレが皆に向き直る。


「あのえと……ルルルアさんもユウヒメさんも、スケダさんも。私の"物語"にお付き合いくださり、ありがとうございましたっ。……ずいぶんと、ご迷惑をおかけしましたよう」

「構わねえよ。仲間だ。気にすんな」

「別にいいわあ。わたくしもそれなりに楽しめたもの」

「ふふ、お姉ちゃんもカッコいいスケダくん見られたし、可愛いセティレちゃんも見られたからよかったよ! 全然気にしなくていいからね!」

「皆さん……えへへ、ありがとうございますようっ!」


 ニッコリと笑い合い、それじゃあ、と誰からともなく告げる。


「ダンジョン早く出ようぜ!」

「早くダンジョンから出るわよお」

「もう十秒も持たなそうだよね!」

「は、早く逃げますようっ!!」


 ということで、全員揃ってダンジョンゲートに飛び込む。

 崩れ行くお菓子ダンジョンは、まるで役割を全うしたかのように綺麗にすべてを飲み込み消えていった。


 

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