第5話 幕開け

 少年――否、青年とも呼べるようになったスケダの前に、大蛇が立ち塞がっている。

 蛇はその大きさを大人から巨人へと変じ、さらには三つ首を落とし三体の蛇へと姿を変えていた。


「グゥオオオオオオ!!」


 「武闘家」の青年が咆哮し、駆けた勢いのまま蛇1の下に潜り込む。自重で潰そうとしてくる相手は「魔法使い」のワープで避け、「魔術師」になって分身を残し爆発させる。本体は作っておいた魔法剣を持ち「剣士」となって素早く頭頂部に突き刺した。

 巨体故一撃死はせず、振り落とされそうになるのを「戦士」のスキルで耐え、「武闘家」のスキルにより頭部奥深くへ魔法剣を打ち込む。


「ハゴゴゴゴ」


 おかしな鳴き声と共に倒れる蛇1。同時、別の分身が消され蛇2の尻尾攻撃が襲ってくる。咄嗟に「盗賊」で緊急回避し、しかしそこに蛇3からの消化液が襲いかかる。右手を犠牲に回避して「癒術士」の回復魔法で治療を行う。


 蛇2と3が左右から迫ってくるのを見て、回復をヒールからリジェネに切り替え職業は「魔術師」に。分身を複数作った後、設置型の魔術と蛇2への足止め妨害を同時に行っておく。

 本体を見極めた3に対し、正面から「戦士」で向き合い最大スキルを叩き込む。武器は「魔法使い」で作った巨大魔槍だ。


 目前に迫る蛇へ全力の投槍。しかしそれはブラフ。槍の影に隠れながら「盗賊」で近寄り、蛇1同様の手順で二体目も打ち殺した。


「ヒゴゴゴゴ」


 三体目を倒す前に「魔術師」で大量の罠を設置し、自分への強化魔術も施しておく。「魔法使い」に変えて魔法剣も周囲に突き刺しておく。これで魔力は使い切りだ。スキル用の気力もあまり残っていないため乱用はできない。


「オオオオ!!」


 突貫! 性懲りもなく尻尾攻撃を繰り出す蛇3を「武闘家」スキルで背負い投げ。倒した位置は強力な罠を仕掛けておいたところだ。爆裂、同時に剣を一本拾い「剣士」で眼球を潰す。後の流れは蛇1、2と同じだった。


「フゴゴゴゴ」


 そしてコロッセオに現れる、一体の蛇。今までと違い、緑から赤の鱗へとカラーチェンジしていた。


「よお、出やがったなクソ蛇!!」


 この赤蛇に何度敗北したことか。

 最初は油断して食われた。その後数十回は尻尾と突進で吹き飛ばされ死にかけた。遊ばれるどころか、この形態は相手も加減を知らないので院長に助けられるまで数え切れないほど生死の境を見た。


 しかし今日、スケダは悪夢のような脅威を乗り越える。


「――おっと熱放出はさせねえぜ!!」

「ヘゴゴ!?」

「魔術、熱気発冷ってなぁ!!」


 事前にセットした罠が発動し、赤蛇の熱を吸って空気を零度以下へ落とす。

 駆ける! 「盗賊」のまま魔法剣を拾い、巨体を屈めコロッセオを滑る蛇の側面に回る。回転したまま「剣士」に切り替え横薙ぎ! 食い込むが浅い。押し込むには力が足りず、手を離しその場を離れる。再び「盗賊」だ。


 適度に罠を発動しながら蛇の突進と尻尾攻撃を避け続ける。

 「盗賊レベル10」の素早さなら油断しなければ攻撃には当たらな――。


「ゴボァァァ……ぐぎぃいたい!!けど痛くねえ!!」


 油断禁物。鱗飛ばしで弾き飛ばされ、額から血が流れる。「癒術士」は魔力を使って回復するため、これ以上治療はできない。

 血を拭い、剣士に切り替え魔法剣を両手に持つ。もう職業選びは止めだ。短期決戦で行こう。先の巨大鱗攻撃で足も痛めてしまったらしい。長くは戦えない。


「グゥオオ!!!」


 自身を鼓舞し吠える。

 輝く剣を携え、強引に足を動かし前を行く。あわや赤蛇と正面衝突か! 


「ヘゴ!?」


 そこで起動するもう一つの魔術。魔力や気力をたっぷり込めた術はスケダそっくりな偽物を蛇の背後に召喚した。ワープと判断した蛇の前、跳躍し魔法剣を掲げる男がいた。


「よそ見しやがったなクソ蛇ぃぃい!!!


 四度目となる頭部突き刺し。今度は剣二振り――どころか余った魔法剣すべてを融合させた今にも爆発しそうな一振りの剣だった。


「ヘゴ――」

「――爆裂剣!!!!」


 閃光、爆風、宙に跳ね上げられた青年が「武闘家」になり足を折りながら着地する。

 "爆裂剣"などというスキルも魔法もないが、スケダの攻撃により赤蛇は頭部を大きく損傷していた。それでもまだ。


「ヘゴゴゴ!!」


 まぬけな鳴き声と地面を擦る轟音。

 スケダは満身創痍のまま、静かに赤蛇へ背を向ける。左手でステータスを操作し職業を「魔術師」へ変更。残しておいた最後の能動魔術を起動した。


「足元注意、ってな」


 呟き。スケダの背後では巨大な土の槍に貫かれた赤蛇の姿があった。首を縫い留められ、宙に浮きぐったりとしている。数秒後、全身から淡い魔力の光を散らし消えていく。


 背後の魔力を感じ取り、スケダは勝利の余韻に浸る。


「オレの、勝ちだぜ!!!!」


 男はカッコよく生きる。けれど嬉しい時は、最高に嬉しがるのが真の男――否ダンジョン探索者だ!! まだ探索したことねえけど!!!


「ウォオオオオオ!!!」


 勝利の雄叫びを上げる。オレは!最強だ!!!


「スケダ君、おめでとうございます」

「スケダくん! おめでとうっ! やったね!」

「イエエエス!! ははは!! 院長!姉ちゃん!オレが最強だぜ!!」


 観客席から降りてきた二人に胸を張る。

 自称姉と軽いハグを交わし、院長とは握手を交わす。ようやく、ようやくここまで来た。


「傷は治しておきましょうか」

「おう!」


 院長の手の一振りでスケダが負った傷はすべて治った。さすがは悪魔王である。

 ユウヒメの手付きが妙にいやらしいのはいつも通りだ。前世のダイスケが「これはおねショタですね……」と嘯いている気がしたが、スケダは無視している。


「よくやりましたねスケダ君。赤蛇……赤蛇霊せきじゃれいは中位ステージ2に相当する階層ボスでしたが、よくぞ倒し切りました。下位職業でここまでやるとは、私の想定以上ですよ」

「へへ! そうだよな! オレは最強だ!」

「そこまでは言っていません」


 院長の言葉は聞かなかったことにした。

 拳を突き上げ、しかしと顎に手を当て考える。これも十年で培ったカッコいい仕草の一つだ。


 中位S2。これは職業位階を指している。

 職業はレベルを上げ切り条件を達成することにより「転職」が可能となる。上へ上へ。人間が魔物に対抗できている理由の一つがこれだ。


 職業位階は「下位、下位S2、中位、中位S2、上位、上位S2、最上位」とあり、これの上に「秘位、絶位、極位」の三つがある。この十年スケダが使い続けてきたのは当然「下位」職業だ。


 転職にはそれぞれ条件があり、とにもかくにもダンジョンを攻略しなければ始まらないと言う。訓練漬けだったスケダはほぼすべての時間を訓練に費やしていたので、外の状況を一切知らない。あのクソ蛇をぶち殺すことだけに全神経を使っていたのだ。ようやくスッキリしたぜ、とはスケダとダイスケ共通の思いだった。


「院長、オレはまだ転職できねえのか?」

「本来ギルドで行うものですが、スケダ君の能力ならば可能かもしれません。現状のステータスはどうですか?」

「おう。見てみるぜ」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

スケダ

種族:普人族

職業:無職(剣士)

職業レベル:10

 

体力 :999G

知力 :999G

思考力:999F

行動力:999G

運動力:999G

能力 :999G

 

【選択可能職業】

剣士10、魔法使い10、武闘家10、癒術士10、魔術師10、盗賊10、戦士10

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ええ……」


 つい困惑の声を漏らしてしまう。久々に確認したステータスはすべて999でカンストしていた。ローマ字はランクアップしていないので今の限界がこれなのだろう。悲しい。


「院長、オレ全部999だ……」

「ほう……ランクはいくつですか?」

「Gばっかだ」

「そうですか。やはりステータスの上限解放には転職が必須のようですね」

「そうなのか?」

「はい。何故上位職が下位職を圧倒するのか。それは単純なステータスランクに差があるからです。一つ上の職業であればランクも一つ上です。今のスケダ君風に言うなら、オールFになる、というところですね」

「転職した方が手っ取り早く強くなれるんだな。院長のステータス……いや、姉ちゃん、ステータス見せてもらってもいいか?」

「ふふーっ、いいよ!お姉ちゃんはぜーんぶ見せてあげるっ!」


 さすがにプライバシーが過ぎるかと遠慮し、身近な姉に聞いてみる。今さらながら姉はどの程度の強さなのだろうか。院長は赤蛇を召喚できたことから遥か高みにいるとわかるが……。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

ユウヒメ

種族:悪魔皇姫

職業:影忍

職業レベル:86

 

体力 :412A

知力 :380A

思考力:362A

行動力:472S

運動力:471S

能力 :430S

 

【職業ツリー】

盗賊→盗者→中級盗賊→忍者→下忍→中忍→上忍→影忍

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「強すぎんだろ……」


 戦慄した。ステータスのランクもAとSでやばすぎるが、それ以上に職業がやばかった。

 スケダのステータスにある「選択可能職業」の代わりに一種類のみの職業が表示され、過去転職してきたであろう名称が並べられている。現在スケダが持つ「盗賊」もそこには含まれていた。

 というか冷静に考えてSってなんだ。ファンタジーかよ。ファンタジーだったわ……。


「えへへー、お姉ちゃんのこと褒めてる? もっと褒めてもいいよー!」

「姉ちゃん強すぎだろ」

「きゃーっ♡ スケダくんに褒められちゃったぁー♡」


 やんやんと白金の髪を振り回している女、ユウヒメ。

 転職回数を見るだけで、単純に今のスケダの128倍は強い計算になる。ちょっと意味がわからない。


「……院長、ちなみに院長は?」

「私は職業の種別だとユウヒメ様より上ですね」

「ぐぇ……――いや大丈夫だ。追いつくぜ! オレはあんたらによぉ!!」


 ズビシィ、と指を突き付け、自身の未来を思い描く。

 七回転職すればいいってことだろう。余裕だぜッッ!! しかしスケダの頬には嫌な汗が噴き出ていた。ユウヒメが甲斐甲斐しく拭き取っていく。


「ふふふー、お姉ちゃん待ってるからね。スケダくんなら大丈夫。すぐ追いつけちゃうよ」

「その意気です。スケダ君。約束通り、君にはダンジョン探索の許可を出しましょう。君の求めていたダンジョン探索者への道。ここまで長かったでしょう。お待たせしました。これからは自由に外へ飛び出してください」

「院長……」

「あー!まったくもう、イチョウさんわたしの言いたいこと全部言っちゃうんだから……。スケダくん、お姉ちゃんはいつでも一緒だからね! 怖い時はちゃんとお姉ちゃんを呼ぶんだよ? ぴゅーって飛んでいってあげるからっ!」

「姉ちゃん……」


 二人の言葉に胸が熱くなる。

 今ここから始まるのだ。長い、長い雌伏の時であった。


『無職がダンジョン攻略なんてできるわけねえだろ』


 すべてはこの一言から始まった。

 負けられねえ、見返してやる、オレがチヤホヤされる、絶対にだ! と固い決意と共にクソ蝙蝠とクソ蛇に挑み続けた。特にクソ蛇、三つ首から分裂した時も絶対ぶっ殺すと思ったが、赤くなった時は心の底から「ぶっころ!」と叫んだ。


 そんな奴らも討伐完了し、職業もすべてレベル10だ。

 十六歳。孤児院の同期は皆一端のダンジョン探索者となり、引退した者もいれば亡くなった者もいると聞く。スケダのように十年も訓練を続ける頭のおかしい人間は他にいない。


 けれど、異常な鍛錬に興じる狂人ムーブもこれで終わりだ。

 ダンジョン探索が始まる。


 サウザンド・スケダ・ブレイズによる真のダンジョン攻略がついに始まるのだ。

 無職でもダンジョン攻略はできる。証明と、あとチヤホヤされるため。


「オレ、やるぜ。――ダンジョン攻略者に、オレはなる!!」


 拳を天に突き上げ、燃え滾る情熱を言葉に変えてスケダは猛る。

 今この瞬間より、転生者スケダのダンジョン物語は幕を開けた。 

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