第24話 降誕祭の紫虎
月盾にとって、紫虎と行動を共にできる、しかも仕事ではなくて私生活で一緒に祭りを楽しめるのは本来なら幸運な出来事だった。
しかし、人類の敵であり、正体が露見した瞬間に大事件になる黄金姫が隣を歩いていたならば話は別である。
紫虎は賢く幽鬼は直感が優れているので、二人と冬祭に変装した黄金姫を一緒に歩くのは、無知な友人と地雷原を歩いている気分だった。
絶対に回避するべき危険な状況である。
しかし、今は回避する方法がない。
今、月盾にできるのは可能な限り紫虎と幽鬼が黄金姫と会話しないように誘導する事だけである。
しかし、黄金姫が商店街から来たと自己紹介して、直ぐに幽鬼と意気投合したので、状況は月盾の手を離れた。
黄金姫は創作なのか真実なのか分からない商店街の話をしている。
一方、黄金姫が見せた身分証明書を見て、紫虎は、直ちに月盾は冬祭から案内依頼を受けているのだと解釈した。
一瞬、十五歳の女の子らしく、冬祭と月盾は恋人同士で恋人として降誕祭を過ごしているのかもしれないと疑った。
しかし、月盾が冬祭を紫虎達から隠そうとしている不審な態度、二人の姉弟のような会話、何よりも貧困街の少年と住宅街の少女が恋人になる事は絶対にないという小建世界の常識によって、二人が恋人であるという推理は破棄されたのだ。
紫虎はまだ恋の経験がなかった。
そのため、恋人を自慢する少年少女が普通の恋人関係だと思っていて、結果、月盾が恋人との関係を恥ずかしがっているなどとは思わない。
「行動範囲が広がると、交友関係も広がるのね。勉強になるわ」
紫虎は笑いながら月盾の隣を歩いた。
隣の暴力団の縄張りに入ると、暴力団の事務所に行って挨拶した。
相手は夷狄兵器である銀狼丸に驚いて、組長と若頭が出てきたので紫虎が状況を説明した。
去年までは闇牙が引率者代表を担当していて、今年からは紫虎が担当すると話は聞いていたが、噂の紫虎が戦闘力が高い狼型兵器を連れてきたので警戒するのは当然である。
しかし、背中に六人も子供を乗せているので、まあ威嚇が目的ではないだろうと納得して許可を出した。
それに紫虎の顔も何度も見ているので、彼等も信頼する事にしたのである。
黄金姫は幽鬼と並んで歩いていたので、月盾は紫虎と一緒だった。
黄金姫が幽鬼に正体を見抜かれないだろうかと心配していたが、月盾の予想に反して、黄金姫は平凡な商店街の少女を完璧に演じていた。
直感力に優れた幽鬼ですら、冬祭と名乗る少女の正体が夷狄だとは見抜けなかったようである。
紫虎も黄金姫を人間の少女だと信じているように見えたので月盾は安心してしまい、途中からは警戒を解いてしまった。
紫虎は何事も分析して理解しようとする少女で、公園の屋台、教会の飾り、丘から見える景色にも必ず感想と評価を与えた。
月盾は紫虎とは逆で、飾りを見ても景色を見ても、美しいとも醜いとも思わずに自分の目で見た結果に満足するだけだった。
話すのが好きな紫虎と聞くのが好きな月盾は恋人のようだった。
子供達を銀狼丸から降ろして、新しい子供達を乗せながら紫虎は言った。
「銀狼丸、もう少しだけ馬力が欲しいのよね。進化したりしないかしら」
「夷狄は進化したりするの?」
と紫虎を手伝いながら月盾が尋ねた。
「討伐された遺跡主が進化して復活した話はあるわ」
と紫虎は答えた。
「情報空間に存在している本体を完全に削除するか、あるいは情報空間自体を完全に破壊するまでは夷狄は死なない。
私達が見ているのは夷狄が操る機械でしかない。
だから夷狄は負けると強化された新しい身体で活動を再開する事もある。
人間が探索に失敗したら、より強い装備で再挑戦するようにね」
「それは進化なの?」
月盾は首を傾げた。紫虎は笑った。
「それを進化とは思えないのは、月盾が夷狄世界を知り過ぎているからではないの?」
黄金姫の遠隔操縦人機は食事が可能になるように変更されたので、夷狄が自分の身体を自由に変更できるのは間違いなかった。
戦闘鬼達は月盾の訓練に合わせて身体を改造しているので改造もできる。
夷狄は情報世界の住人であり、現実世界で見る夷狄は情報空間から遠隔操縦している人形でしかない。
だから、月盾の視点では、夷狄は服を着替えるように身体を変更しているだけでしかなくて、強化されて強くなっていても装備変更であり進化ではなかった。
「まあ、銀狼丸は今や夷狄世界ではなくて人間世界の戦力だから、夷狄世界にある設備は利用できないと思うのだけど」
と紫虎は肩を竦めた。
「でも、契約夷狄が進化した記録が実際にはあるらしいの。
私が読んだ本に、突然、契約していた夷狄が行方不明になって二週間後に進化して帰ってきたと書いてあったわ。
ほぼ間違いなく、税金対策で秘密に自分の契約夷狄を改造しただけだと思うのだけど。
普通に考えると、契約夷狄が遺跡を自由に利用できるとは思えないしね。
でも、それでも夷狄が進化して戻ってくると想像したら愉快だと思わない?」
月盾は前を歩いている黄金姫を見た。
冷静に考えると、契約夷狄の扱いは不思議で今でも月盾は理解できていなかった。
黄金姫は、月盾の協力者でありながら遺跡の設備を自由に利用して冬祭を製造している。
第二層には拠点もあり、第四層にある訓練場の使用許可まで得ている。
黒狼遺跡では仲間である夷狄を気兼ねなく狩って、遺跡で暴れたのに罰せられた気配もない。
同じ破壊活動を月盾が人間社会で行ったならば、捕らえられて処刑されてしまうだろう。
「でも、気になる事はあるのよね」
紫虎は指先で自分の頭を叩きながら言った。
彼女の癖だった。
「何が気になるの?」
と月盾は尋ねた。
「銀狼丸、ときどき部品が交換されているようなのよ」
と紫虎は答えた。
「月盾が整備に出した結果、部品が交換されている所もあると思うの。
ただ、整備期間中ではないのに部品が交換された形跡があるのよ。
しかも、傷も再現されていて。
まるで部品を交換した事実を隠すように」
月盾は紫虎の鋭さに恐くなった。
「どうして紫虎は気付いたの?」
「全力疾走と荷物運びを繰り返したから身体に負担が掛かっていると思って交換部品を用意していたけど、壊れない」
と紫虎は冷たい声で言った。
「それは誰かが部品を交換している証拠でしょう?」
月盾は黙った。
紫虎は話を進めた。
「私は契約夷狄に興味があるの。
人間に協力する夷狄の異端。不思議だけど、でも視点を変えると不思議ではないのかもしれない。
夷狄世界にも銀狼丸のように人間に協力する夷狄がいるように、人間世界にも夷狄に協力する人間がいるのかもしれない。
彼等は銀狼丸のように夷狄世界で働いていて、人間社会でも食事をしたり、装備を調えたり無料大浴場を利用したりする。
そして、私達は彼を夷狄の手先だと思わない。
同じように、銀狼丸は夷狄世界では人間の手先ではないと思われているのかもしれない。
契約夷狄は夷狄世界で嫌われていない」
「それはない」
夷狄世界で黄金姫がどのように思われているのかを知っている月盾は断言した。
明らかに黄金姫は警戒されている。
黒狼遺跡で暴れた件で黄金姫は罰せられていないが、黄金姫から目を離したと白雪は叱られていたのだ。
白薔薇遺跡の夷狄達は少なくとも夏までは黄金姫を嫌っていた。
紫虎が眉をひそめた。
「月盾は確信があるように断言するのね。真実を知っているの?」
「いや、そういう訳ではないけど」
「黄金姫と交渉して銀狼丸を手に入れたと聞いたわ」
と紫虎は言った。
「もしかして彼女から夷狄世界の秘密を聞いたの?
白薔薇遺跡の第一層が存在する秘密、遺跡と遺物が存在している秘密、夷狄の正体と目的を直接聞いたの?
それとも白薔薇遺跡の第六層を見て地球文明の真実を知ってしまったとか。
月盾は白薔薇女王から何か特別な使命を与えられているのかしら?
私は、ずっと疑問に思っているのよ。
どうして夷狄は人類を滅亡させないのかと」
月盾は紫虎が矢継ぎ早に放った質問に驚いた。
紫虎の認識は完全に間違っていて、月盾は夷狄世界の秘密も知らなければ、偉大なる白薔薇女王から使命を与えられた特別な存在でもなかった。
ただ、黄金姫という不思議な夷狄、夷狄世界の嫌われ者と契約しているだけの普通の少年だった。
白薔薇遺跡の第四層には入ったが、行動が制限されているので秘密など知らない。
紫虎は固い声で月盾に謝罪した。
「ごめんなさい。探り過ぎたわ」
紫虎派と紫虎が引率する子供達は、移動して天蓋組の縄張りに到着した。
天蓋組は貧困街の最大勢力であり、彼等の拠点は和風の屋敷である。
女中に案内されて紫虎達は屋敷の奥に案内された。
月盾は機巨組ではないので、門の外で待機していようと思ったが女中に一緒に来るようにと言われた。
紫虎を先頭に紫虎派の少年少女が続いて、それから緊張した顔をしている子供達が静かに歩いていく。
最後が月盾と幽鬼、そして正体を隠している黄金姫である。
廊下を歩いていると、左手に鯉が泳ぐ池が見える。
同じ暴力団でも機巨組とは規模が異なる。
一面に畳が敷かれた部屋に通された。
幽鬼と月盾、冬祭に化けた黄金姫が紫虎の隣に順に正座した。
正面には若頭の剣獅子、彼の隣には本部長の古都が座っている。
剣獅子は楽しそうな顔をして紫虎ではなくて月盾を見ていた。
月盾は自分が何か粗相をしてしまったのではないかと恐れた。
しかし、剣獅子は直ぐに目をそらして、遠征組の指揮者である紫虎に向けて言った。
「天蓋組若頭、追大一級探索士の剣獅子です」
紫虎は正座したまま頭を下げた。
「機巨組、進広一級探索士の紫虎です。よろしくお願い致します」
紫虎が挨拶を終えると、剣獅子は月盾を見た。
月盾が困っていると、右隣で正座していた幽鬼が指で突いた。
逆側で正座していた黄金姫が、通信機を通して「早く自己紹介をしなさい殺されたいの」と言った。
獅子も早く自己紹介をしろと、困った顔をして月盾を見ている。
月盾はようやく、自分が機巨組の付き添いではなく一人の探索士として招かれていた事実に気付いた。
月盾は慌てて紫虎の真似をした。
「進広三級探索士の月盾です。よろしくお願いします」
剣獅子は笑った。
そして、月盾と紫虎に言った。
「銀狼丸、いや狙撃手の月盾だな。
それに紫虎。二人の話は聞いている。
しかし、二人が親しい関係であるとは知らなかった。
降誕祭なのに引き留めると悪いので、今日は挨拶だけで解散しよう」
天蓋組の屋敷から出ると、紫虎が緊張で胸を押さえていた。
暴力団の屋敷を自分の足で歩く事ができたと黄金姫は満足な顔をしている。
満足している黄金姫を見て、「冬祭は本当に度胸があるわね」と幽鬼が感心している。
月盾は貧困街で最強の夷狄狩り集団を相手に観光気分な黄金姫を見て、感心ではなく軽蔑した。
危機感がないを越えて暴力団を嘗めているとしか思えない。
紫虎を先頭に、再び見学を開始する。
天蓋組の縄張りは道が広くて歩きやすかった。
機巨組の子供達は大好きな銀狼丸に乗って、見知らぬ街を探索するのが楽しいようだった。
店が並んでいる道を歩いていると、紫虎が、赤と緑の紐で飾られている手帳に目を奪われたようだった。
色彩豊かな葉が描かれた白い手帳である。
値札を見ると、六千七百紅銭と暴力団で働いている少女が買うには少しだけ高い品だった。
紫虎は諦めて残念な顔をして通り過ぎたが、月盾が手帳を購入して、降誕祭の贈り物だと言って紫虎に渡した。
紫虎は驚いて、それから喜んだ。
そして、一瞬だけ躊躇したが鞄から鉄軸の万年筆を取り出して月盾に贈った。
「遺物だけど、良い万年筆よ」
「ありがとう」
と月盾は喜んだ。
「大切にするよ」
見学を終えて、機巨組の縄張りに帰る時間になった。
黄金姫を見ると、もう幽鬼とは親友になっている。
子供達にも人気で、黄金姫の会話力に月盾は衝撃を受けた。
どうして彼女が白薔薇遺跡では嫌われているのか本当に謎である。
気付くと、月盾達は機巨組の事務所に到着していた。
「今日はありがとう、月盾」
紫虎は笑顔で言った。
月盾も赤くなった。
「こちらこそ。本当に楽しい降誕祭前夜だったよ」
「話を蒸し返すけど」
と紫虎は真剣な顔になった。
「私は、もし月盾が夷狄世界で働く銀狼丸でも絶対に嫌いにはならないわ。
絶対によ。
むしろ、夷狄と人類を結ぶ存在として応援すると思う。
私、いつも思っているの。
もし貧困街の全員が白薔薇遺跡で暮らせたら絶対に仕合わせだろうなって。
だから、もし可能性があるならば、仮に犯罪者でも私は月盾を応援するわ」
紫虎の想像の中で生きている月盾は、現実とは異なり革命家だった。
月盾は彼女の空想を否定しなくてはならないと思いながらも、そのまま彼女に希望を与える存在のままでいたいと思った。
そして、突然、鱗蛇の言葉を思い出して、純粋な疑問として興味が湧いたので紫虎に質問した。
危険な質問だったが、しかし抑えられない興味により月盾は紫虎に尋ねたのだった。
「ねえ、紫虎、もし白薔薇女王と契約を結ぶ機会があったらどうする?」
紫虎は驚愕に目を見開いて、慌てて言った。
「白薔薇女王を契約夷狄にするとか想像だけでも不敬だわ。
ましてや、言葉にするのは絶対に許されない」
紫虎の声は怯えていた。
しかし、彼女は慌てて言葉を付け加えた。
自分が言った言葉で自分の幸運が逃げるのを阻止する必死な声だった。
「でも、機会があったら私は絶対に契約する」
革靴が地面を叩く音が聞こえた。
紫虎が身体を震わせた。
月盾は聞き慣れた革靴が地面を叩く音を聞いて、相手の正体が分かった。
音がした方を見ると、一人の少女が歩いて近付いてきた。
白雪だった。
純白の美しい外套を着て、白薔薇遺跡で見たままの顔で彼女は貧困街に現れた。
隣にいた紫虎が月盾の外套を握る。
今にも倒れそうなほど顔を蒼白にしていた。
以前、黄金姫が白雪こそ最大の問題児と言った事を思い出した。馬
鹿な発言だと無視したが、今では納得である。
白雪は紫虎を見ていた。
冬祭に変装している黄金姫が腰に手を当てて言った。
「貴女は馬鹿なの、白雪?」
白雪は不満な顔して黄金姫を見た。
「迎えに来ました。放置していたら心配で壊れそうです」
「もう壊れているわよ」
と黄金姫は辛辣に言った。
「分かっていると思うけど、貴女が貧困街にいるのは大事件よ」
白雪は不機嫌に黄金姫から目を逸らすと、紫虎に微笑んで挨拶した。
「初めまして、白雪です。
今日は冬祭がお世話になりました。
今後、もし機会がありましたらお話を聞かせてください」
紫虎は返事をしようとしたが声が出なかった。
白雪は黄金姫の手を掴むと、そのまま住宅街に向けて歩き出した。
しかし、直ぐに足を止めた。
振り返って月盾を見て、早く来てくださいと視線で訴えた。
月盾の隣では紫虎が震えていた。
外套を強く握っている紫虎の様子が普通ではないので、彼女が心配になって月盾は尋ねた。
虹色の瞳は清楚可憐な白雪を見つめていた。
「紫虎、どうかしたの?」
紫虎が震える声で言った。
「月盾、彼女は誰、何者なの?」
「冬祭の友達だけど」
と月盾は答えた。
「どうして怖がっているの? 白雪は親切で頼りになる女の子だよ」
突然、紫虎は月盾から離れた。
そして、夷狄を見るような目で月盾を見た。
月盾は紫虎の目を見て、彼女が何を考えているのか分からなかった。
紫虎は目を閉じた。
再び目を開いた時には彼女は落ち着きを取り戻していた。
月盾に微笑み、それから白雪と黄金姫に笑顔で手を振った。
白雪も紫虎に微笑んで軽く手を振り、それから同じ場所にいて動こうとしない月盾に再び不満の視線を向けた。
月盾は紫虎に別れの挨拶をして、白雪と黄金姫がいる場所まで駆けた。
月盾、黄金姫、白雪の三人は再び紫虎に手を振り、住宅街の方向に向けて歩き出した。
紫虎は三人の姿が見えなくなっても動かなかった。
幽鬼が部屋に入るように言うと、紫虎は月盾達が去った場所から目を逸らして事務所に戻った。
私は思いがけない幸運を掴んだのかもしれない、と紫虎は呟いた。
幽鬼は呆れて、また紫虎は突拍子もない妄想でもしているのだろうと思った。
来年も冬祭と話がしたいなあと幽鬼は言って、映画を観ている闇牙達がいる部屋に入った。
銀狼丸に乗れて、子供達は満足していた。
彼等は親と一緒に自分達の家に帰った。
機巨組は今は平和な場所だった。
ただ、紫虎だけは興奮した顔で部屋を歩いていた。
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