第14話 火村突撃銃

 備臣重工にしろ村連武器にしろ、企業名は「臣連七姓制度」という評議会が定めた命名規則に基づいて名付けられていた。


 最初に、創業者は創業する企業に組織名となる識別文字を定める。


 城臣銀行の場合は城、備臣重工の場合は備である。


 そして、七色二十六階法により定められた創業者の階位によって、臣や連、造や首という姓が与えられる。


 錦位なら臣で、山位なら連である。


 備臣重工の場合は創業者が「備」という会社を建て、創業者が錦位者だったので姓は「臣」が与えられた。


 そして、最後に事業範囲である。備臣重工の事業範囲は重工業なので、名は備、姓は臣、事業範囲は重工で「備臣重工」が正式名称として登録されている。


 創業者が探索士の場合は、階位ではなく等級により君や直が姓として与えられる。





 宇宙人類移民団国家「紅」には六大軍需企業と呼ばれる大企業が存在するが、村連武器は創業者が山位である唯一の企業である。


 村連武器にも物語があった。


 白薔薇女王により人類の軍事力が壊滅した大惨劇の後で、ある無名の技術者が標準備自動小銃にあった信じられない欠点、具体的には雨と泥により頻繁に故障する、夷狄の情報侵入により射撃統制照準器が簡単に停止する、を問題視して個人の研究所で新型突撃銃を開発した。


 完成したのは池に沈んでも蹴れば直り、引き金を引けば確実に銃弾が発射して、夷狄に殴られても簡単に壊れる事がなく、内部に三系統の演算装置が組み込まれているために簡単には機能停止しない堅固な射撃統制照準器を備えた突撃銃だった。


 無名の技術者は堅牢性に特化した突撃銃を作った。





 最新兵器見本市が開催された。


 彼は自分が開発した新型突撃銃を抱えて、備臣重工の展示区画まで歩いた。


 そして、標準備自動小銃の説明をしていた若い技術者を突撃銃で殴り倒したのである。


 若い技術者は頭から血を流して、会場は静かになった。


 想像を絶する事態に誰もが動けなかった。


 殴った技術者は血を流している若い技術者を睨み、憎しみを込めた声で言った。



「大惨劇で人類が装備するべきだったのは、この銃だった」



 技術者は運命という名前だった。


 運命は大惨劇の後で、列島から半島、そして大陸東部を旅して衝撃の光景を目撃した。


 兵士達の遺体の前には、故障して分解されている標準備自動小銃が散乱していたのである。


 夷狄から殴られて曲がった銃もあれば、泥で壊れた銃を抱えて死んでいる子供達も倒れていた。


 話を聞くと、標準備自動小銃は軽く携帯性は高いが故障が頻発していたらしい。


 兵士達は戦場で何度も銃を分解して、分解中に夷狄に殺されたのだった。


「射撃統制照準器も毎回止まっていましたよ」と兵士達は大惨劇を懐かしむように笑って説明してくれた。「索敵と通信に優れていたらしいですけど、そもそも戦場では機能を停止するので関係なかったですね。皆は目視で撃っていましたよ。距離十メートルまで近付けば目視でも当たる」


 技術者として、運命は涙を流した。


 兵士達が抱えていた悩みは本来は抱える必要のない悩みであるべきだった。


 運命は最新兵器見本市で備臣重工の技術者に向けて怒鳴った。


「無能な技術者は存在自体が犯罪だ。兵士達は夷狄に殺されたのではない。無能が開発した欠陥銃に殺されたのだ」


 大騒ぎになった。備臣重工の技術者達は憤然として、運命が開発した新型突撃銃を疑わしげに持ち帰ったのだった。


 しかし、無能という言葉に思う所があったのか、殴られた若い技術者だけは黙っていた。


 彼は暗い顔をして、仲間から手当をされながら最後まで黙っていたらしい。





「そして、誰もが驚いたわけ」


 黒魔は火村突撃銃を構えて、楽しそうに歴史を解説した。

 そして、火村突撃銃を広机に静かに置いた。


「火村突撃銃は信頼性と耐久性で標準備自動小銃を圧倒していたわ。備臣重工は慌てて火村突撃銃を研究して、自社の標準備自動小銃を改良した。しかも、運命博士を招いて問題点を徹底的に洗い出したのよ。

 元々、基本設計が良くて細部に問題があるだけだったから標準備自動小銃は優れた銃になったわ。結果として、現在販売されている後期型に関しては過去の問題点は完全に解決されている。そして、市街戦用である標準備騎兵銃も高く評価されているの。

 現在、費用対効果、整備性と信頼性に優れた名銃として、標準備騎兵銃は広く使われている」


「それを聞いて安心しました」


 最初、月盾は標準備騎兵銃に憧れの視線を向けていたが、黒魔が大惨劇の話をすると不審の表情を浮かべるようになり、しかし最後は信頼を取り戻したのか再び信頼の笑顔を向けるようになった。



 月盾の目まぐるしく変化する表情を見て、黒魔は微笑んだ。


「しかし、それでも堅牢性に関しては火村突撃銃が優れているわ。火村突撃銃の特徴は引き金を引くと必ず銃弾が出る信頼性。整備する時間がなくても、足で蹴れば衝撃で隙間から泥や砂が抜けて自然と撃てるようになる。

 卓越した信頼性に、強靱な鋼で製造された非常に高い耐久性。射撃統制照準器の性能は控えめだけど、情報病毒による感染に強くて戦闘中に機能を停止した報告は少ない。

 そして、火力。半火弾薬という専用弾薬を使用するので攻撃力が高い」


「専用弾薬?」


 月盾が怪訝な顔をしたので、黒魔は説明した。


「標準備騎兵銃もそうだけど、突撃銃の多くは半標準弾薬を使用する。だけど、火村突撃銃は専用の半火弾薬を使用するのよ。半標準弾薬よりも打撃力が高くて、武装螺旋翼機を撃墜した記録もあるわ」


「本当ですか?」


 本当だった。

 黒魔は微笑んだ。


「火村突撃銃は絶対に裏切らない銃として有名ね。ただ、どのような商品にも必ず弱点は存在しているわ。火村突撃銃の弱点は命中精度ね。標準備騎兵銃の有効射程距離が九〇〇メートルであるのに対して、火村突撃銃は五〇〇メートル弱しかない。長距離攻撃が苦手で狙撃には向かないわね。

 でも、まあ、普通は百メートル以内で戦闘するので、火村突撃銃の最大有効射程距離は妥当とも言える。少なくとも、今まで命中精度が悪くて困ったという話は聞かない」


「他にも何か弱点はありますか?」


 月盾が尋ねると、黒魔は射撃統制照準器を叩いた。


「索敵範囲が半径二キロしかない。また、熱光学迷彩を破る能力に関しては期待できないと言っておきましょう。ただ、下位の夷狄を相手にするには十分な性能で、上位の夷狄が相手ならば索敵を射撃統制照準器だけに頼るのがそもそも危険。だから妥当な性能と言えば妥当な性能ね。

 致命的な欠点としては重さ。見た目は可憐なのに重量は四三〇〇グラムもあります。衝撃の四キロ。標準備騎兵銃よりも一キロ以上も重いわ。ただ、重さは射撃時の衝撃を吸収してくれるけど」


 弱点の説明を終えて、黒魔は再び火村突撃銃の凄さを月盾に語った。


 月盾は熱心に黒魔の話を聞いていた。


 銃の話を始めると長い、と黒魔は仲間から嫌われているので相手が熱心な生徒で満足である。


「まあ、標準備騎兵銃の素晴らしさを解説してきたけど、進級探索士が愛用するならば結局は火村突撃銃が正解なのよね」と黒魔は溜息を吐いた。「もちろん、標準備騎兵銃と火村突撃銃のどちらが優れているのかは状況によるわ。

 大惨劇のような過酷な状況ならば火村突撃銃が優秀だけど、普段の遺跡探索や夷狄の迎撃任務では、標準備騎兵銃の高い命中精度と強力な情報収集能力は魅力よ。軽いしね。

 火力と信頼性なら火村突撃銃、それ以外ならば標準備騎兵銃かしら」


「なるほど、分かりました」


 月盾は二つの突撃銃を交互に見ながら両方が欲しそうな顔をした。


 そして、彼は標準備騎兵銃の値段を一度も尋ねていなかった事実に気付いたようだ。


 火村突撃銃の価格が八万三千紅銭なのは憶えているが、標準備騎兵銃は何紅銭なのだろう?


 銃の相場に詳しくない月盾は無垢な目のまま標準備騎兵銃の価格を尋ねた。黒魔は困った顔をして、月盾に販売価格を伝えた。



「射撃統制照準器が付属して、八十九万紅銭ね」



 月盾は幻聴が聞こえたような顔をした。そして、値段を確認した。


「八万九千紅銭ですか?」


「八十九万紅銭よ。火村突撃銃が十挺購入できるわね」と黒魔は苦笑した。「標準備自動小銃は射撃統制照準器付きで一三五万紅銭。標準備自動小銃の精密生産品は完備で二二六〇万紅銭もするので工芸品ね。使用している探索士を一人も見たことがないわ。生産性の高さも火村突撃銃の特徴なのよねえ。

 標準備騎兵銃は性能でも価格でも負けているけど大丈夫なのかしら」


 月盾は火村突撃銃と専用弾薬である半火弾薬を購入した。しかし、標準備騎兵銃への未練もあるようだった。


「三年後には標準備騎兵銃も装備したいと思います」


「期待しておくわ」と黒魔は笑顔を見せた。「標準備自動小銃の基本操作は務級探索士になるために必要な技術よ。もし月盾君が務級探索士を目指すのならば、標準備自動小銃も使用できないとね」


 黒魔は冗談で言ったつもりだったが、月盾は務級探索士を目指していたので黒魔の言葉を真剣に記憶した。


「他に欲しいものはあるかしら?」


 月盾は再び金の指輪を左耳に当てて、それから答えた。


「防弾服と救急箱はありますか?」


「予算はどれくらいかしら?」


 黒魔が尋ねると、月盾は八万紅銭と答えた。


「それなら救急箱だけにすると良いわ」と黒魔は計算した。「月盾君が装備している進級防弾服は高性能なのよ。重量四キロで拳銃弾を完全に防ぐ防弾性がある。主に白薔薇遺跡の第一層と、貧困街に出回る銃火器を想定して設計されているわ。防弾服としては二十万紅銭相当の品質なのよ。

 もちろん、純粋な防御力だけならば六万紅銭でより性能の高い防弾服があるけど重量十一キロよ。四キロでも十五歳には重いのに、重量十一キロの服を着て月盾君は走れるの?」


「分かりません」


「走れませんから」と困った顔をした月盾に黒魔は断言した。「防弾服は不意打ちを防ぐ能力にだけ期待して、進級探索士は夷狄と出会ったら逃げなさい。火村突撃銃も自衛のために使用するのよ」


 分かりました、と月盾は素直に頷いた。

 黒魔は微笑んだ。


「武器と防具も重要だけど、探索士ならば救急箱にもお金を使いなさい。私としては梅相救急箱がお勧めね」


 黒魔は奥から白い箱を持ってきた。取っ手がある金属製の四角い箱で、側面に赤で十字架が描かされている。


 黒魔は救急箱を広机に置いて蓋を開けた。

 そして、薬や包帯を取り出して机に広げる。


「各種薬、絆創膏に包帯、そして賞味期限が二十年の保存食が含まれているわ。相臣食品が販売している救急箱だけど、進級探索士が使うには十分な内容ね。進級探索士向け商品だから貧困街でも売っていると思うけど」


「見た事がないです」と月盾は首を傾げた。


「そうなのね」と黒魔は呆れて言った。呆れたのは月盾に対してではなくて、進級探索士向けの商品を貧困街で販売しない相臣食品に対してである。「探索活動だけではなくて日常生活でも役立つ薬が揃っているし、保存食が便利なのよね。水さえ確保できれば、三日程度は遺跡内に閉じ込められても生還できると思うわ。もっと内容が充実した竹相救急箱もあるけど、余計な薬が多くて混乱するから邪魔なのよね。価格も高くて。

 竹相救急箱を買うくらいならば私なら松相救急箱を買うわ。梅相救急箱は値段も一万九千紅銭で経済的な負担も大きくない。私の考えでは、すべての進級探索士が購入して絶対に鞄に入れておくべき商品ね」


 月盾は指輪を耳に当てて、笑顔で答えた。


「購入します」





 こうして、月盾は火村突撃銃と弾薬、それに救急箱を購入して帰った。


 月盾がいなくなると黒魔は心配になった。


 月盾は暴力団に所属していないか、所属していたとしても虐められていて装備を与えられていないのかのどちらかだろう。


 暴力団に所属していない進級探索士は先輩からの指導がないので生存率が非常に低い。


 それに月盾が契約していると思われる支援人格にも懸念があった。


 世の中には不誠実な人工知能を提供して利益を得ている犯罪組織があるからだ。


 もしかしたら、月盾が契約しているのは犯罪組織が提供する支援人格かもしれない。





 とはいえ、月盾の支援人格は黒魔店で武器を買うように勧めた。


 黒魔店は追級探索士には人気の店であり、今日は客がいなかったが繁盛している店でもある。


 それに黒魔自身は有名な勤級探索士だった。


 そのため、月盾が契約しているのは変わり者ではあっても犯罪で稼いでいる悪い組織の悪い人工知能の可能性は低い。

 何か負い目があれば、恐くて黒魔店を紹介できないからだ。


 探索士は治安維持活動もしているので、普通、犯罪者は探索士を避けるのである。

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