第13話 武器屋の黒魔

 帝錦都市は経済活動が活発な巨大都市だが、同時に白薔薇遺跡という脅威度の高い遺跡を監視する役割を与えられた前線基地でもある。


 とはいえ、帝錦都市の周辺には白薔薇遺跡しか遺跡が存在しない訳ではない。


 西には黒狼遺跡が、東南には海岸沿いまで続いている青鰐遺跡があり、他にも半径四百キロ以内に合計七カ所の遺跡が存在していた。


 白薔薇遺跡と青鰐遺跡を除くと他は驚異度が低く、武力による制圧が可能である。


 それでも探索士協会が遺跡征伐を発動しないのは攻略できないからではなくて、白薔薇女王の報復を恐れているのと、遺物が資源として利用されているからである。


 実際、帝錦都市は探索士活動により発展してきた。





 探索士活動が活発であれば、探索士を相手にした仕事も繁盛する。


 分離壁の内側には探索士用の商業施設があり、外側にある商店街でも探索士用の装備を販売している武器防具店が並んでいた。


 黒魔は商店街に店を出している、三十七歳の女性である。


 探索士だったが現在は休業していて、建位者向けに銃火器や強化服、情報機器を販売する武器防具店を経営していた。


 独身だが十四歳の娘がいて、壁内で中学校に通学している。


 今まで探索士活動で十分に稼いできたので、娘が大学院に進学しても困らないほど貯金があった。


 店の名は黒魔店である。


 友人達からは黒魔術に関係した薬品が棚に並んでいる姿を想像すると笑われていた。





 朝八時になり、今日も元気に仕事をしようと店を開けた。

 すると、防弾服を装備した幸が薄そうな少年が来店してきた。


 進級探索士の青と、小建位の黒。青と黒の見覚えがある防弾服を見た瞬間に、黒魔は少年が貧困街で暮らす建位者であると分かった。


 青と黒の防弾服を目撃したら、相手は小建の新人探索士なのである。


 遠くから見た経験はあったが側で見たのは初めてだった。


 拳銃を装備した少年探索士を、黒魔は珍し野生動物を見つけた気分で眺めた。


 探索士として登録できる最低年齢は十五歳である。


 少年は子鹿のような怯えた表情をして店内を見渡していた。


 貧困街の子供なので、来店を拒否されると恐れているのかもしれない。





 青と黒、帝錦都市の進級探索士が装備している防弾服には物語があった。


 帝錦都市の貧困街で暮らしている少年少女達は親がいない場合が多く、そして親がいない小建の大部分は探索士になる。


 探索士になれば肩書きが手に入るし、以後は探索士協会から仕事を貰い大人達からも支援して貰えるからだ。


 探索士の等級を定めた探索士諸帝王十二階諸将兵四十八階等級法により、最初、山位者ならば務広四級として、乙位者ならば追広二級として探索士に登録される。


 しかし、小建者は最下位の進広四級だった。


 そして、帝錦都市の進広四級探索士は、最初に白薔薇遺跡を探索するのが慣例だった。


 ところが、貧困街出身の少年少女達は教育とは無縁で、助言してくれる人工知能とも契約しておらず、しかも白薔薇遺跡を徘徊している夷狄の特性にも詳しくない。


 そのため、警備車両に撃たれて命を落とす者が多かった。





 貧しい環境で十五年間も必死に生きてきて、探索士に希望を抱き、しかし警備車両の軽い拳銃弾で人生の最後を迎えるなど悲劇である。


 帝錦都市の帝錦都市小建児童人権委員会は現状に抗議して、それに帝錦都市児童福祉委員会が同調して、それから帝錦都市福祉委員会が、さらには帝錦都市戦略委員会までもが哀れな小建位の少年少女達を取り巻く環境を問題視した。


 何度も議論が交わされて、結果、帝錦都市小建支部で新規登録された十九歳以下の進級探索士には、全員に、備臣重工が製造した防弾服を無料で配布する都市法が定められたのである。


 帝錦都市小建児童人権委員会の努力もあり、防弾服は黄金姫が馬鹿にするほど低品質ではなかった。





 四大財閥の一柱である備臣重工が意匠を凝らして制作して、しかも転売を阻止する目的で転売禁止記号を目立つ場所に刺繍しているので、配布された防弾服は一目見れば直ぐに該当する防弾服だと分かった。


 結果として、帝錦都市では青と黒を基調とした「帝錦都市で暮らしている小建位未成年、進級探索士少年少女の生命と未来を守るための無料の進級備防弾服」、通称「進級防弾服」を装備した子供を見れば、誰もが相手が貧困街で探索士を始めた進級探索士であると確信できる。


 進級防弾服が支給されて白薔薇遺跡の夷狄情報が周知されると、最初の三ヶ月で命を落とす進級探索士は激減した。


 現在、青と黒の防弾服を着た小建の少年少女が大型乗合車で白薔薇遺跡に出発して、笑顔で戻るのは帝錦都市の日常風景である。





 黒魔店に入店してきた進級探索士の正体は、月盾だった。


 防弾服に拳銃と背負い鞄だけを装備していて、履いている運動靴も防弾服の下に着ている衣服も貸出品。


 漫画で描かれるような典型的な貧困街の新人探索士である。


 黒魔は小建を発見と楽しくなって、若き探索士を歓迎した。


「黒魔店にようこそ、店長の黒魔よ。初めてのお客さんね。何か捜し物かしら?」


 自分の娘と近い年齢だからでもあるが、それ以上に進級探索士の客は初めてなので黒魔は興味津々だった。


 貧困街は暴力団が支配する世界であり、貧困街の小建が探索士になると多くは武力要員として暴力団に勧誘される。


 そして、暴力団に所属した新人探索士は組から突撃銃や強化服を支給されるのが普通である。


 暴力団に所属していない新人探索士も貧困街の中古店で武器を揃える。


 そのため、黒魔は、商店街で銃を探している小建など今まで一度も見た経験がなかった。


 黒魔店に来るのは住宅街の大建だけで、小建は商店街には近付かないものだ。


「進広四級探索士の月盾です」


 少年は自己紹介をして礼儀正しく頭を下げた。


 身分証明書を見ると、確かに進広四級探索士と書いてある。



 月盾は銃が並べられている商品棚を見ながら言った。


「今日は火村突撃銃と半火弾薬を五箱、それに整備道具を買いに来ました。あれが火村突撃銃でしょうか?」


 黒魔は思わず吹き出した。

 月盾は不安な顔をした。


「どうかしましたか?」


「いえいえ、何でもないの」と黒魔は笑いながら答えた。「しかし、本当に建位者は村連武器が好きなのね。今まで、自分に合う突撃銃を探しています、と言った探索士が一人もいないのだけど。信じられないわ。私の店に来る探索士は、追広四級から追大一級まで例外なく火村突撃銃を買いに来ました、だものね。貧困街はまだ多様性があると思っていたけど住宅街と同じなのね。疑問なのだけど、建位世界では火村突撃銃以外の自動小銃が禁止されているの?」


 月盾は困った顔をした。

 そして、そのような事はないと思いますけど、と弁解するような小さな声で答えた。


 黒魔は小動物と遊んでいる気分になって、月盾を教育したくなった。


「大建は思考が硬直しているから諦めるとして、小建も似た感じなのね。ねえ、今から武器を紹介してあげましょうか?」


 月盾は慌てた。


「いえ、今日は火村突撃銃を買いに来ました。絶対にです」


 黒魔は月盾が慌てる様子を見て違和感を抱いた。


 月盾は急に左手を耳に当てて、誰かと通信しているようである。左手には金色の指輪を嵌めていて、間違いなく指輪は通信機器であると黒魔は思った。


 支援人格と契約しているのだろうか?


 家庭教師のように個人に付き添い教育や指導をする人工知能は「支援人格」と呼ばれている。


 城臣造船を筆頭に多くの企業が商品として提供しており、建位者を例外として、ほぼ全人類が幼少期から支援人格の世話になっている。


 そのため、支援人格と相談しながら装備を調える探索士は壁の内側では珍しくない。





 しかし、壁の外側では珍しい。


 住宅街でも貧困街でも、子供達は支援人格を否定する環境で育つからだ。住宅街では支援人格は評議会が人民を支配する武器であり、貧困街では人工知能の支援を受けるなど金の無駄遣いだと軽蔑される。


 しかし、それは建位者が支援人格を利用できない事を意味しない。


 消費者が大資本が作る人工知能を拒否するだけで、金を払えば利用はできるのだ。


 親と通信しているようには見えないので、少年は支援人格と契約しているのだろう。


 そして、支援人格が火村突撃銃を買うようにと指示していると思われた。


 自分の支援人格を信頼して機械に従順な者は珍しくないので、諦めて火村突撃銃を売るしかないのかもしれない。


 誰もが火村突撃銃を買うので、品揃えを重視した武器屋を目指した黒魔としては残念だった。


 目の前の少年も火村突撃銃を購入して探索に出かけるのだろう。



 ところが、月盾は左手を降ろして申し訳なさそうに言った。


「あの、火村突撃銃以外の銃火器も教えて頂いてもよろしいでしょうか? 購入は火村突撃銃に決めているのですけど、今後の探索士活動も考えて勉強したいと思います。迷惑でしたら諦めますけど」


「かまわないわよ」と黒魔は笑顔で答えた。通信機の向こう側にいる支援人格に勉強しろと言われたようである。黒魔はやる気が出てきた。「正直、このままでは村連武器専門店になりそうだったので退屈していたの。それなら分離壁の内側、勤務級が使っている銃を紹介してあげるわ。銃火器の世界はとても広いのよ。今日は突撃銃は火村突撃銃だけではないと教えてあげる」


 黒魔は商品棚に展示されていた一挺の突撃銃を手に取ると、広机に置いた。


 洗練された意匠の突撃銃だった。


「これが壁内で一番人気の突撃銃、備臣重工製の標準備騎兵銃よ。標準備自動小銃を市街戦用に改良した騎兵銃で、探索士の七割が使用経験があるわ。同じ追級探索士でも乙位者は最初から標準備騎兵銃を愛用している場合が多いわね。

 騎兵銃というのは銃身が短い突撃銃を意味していて、例えば自動二輪車を運転しながら夷狄を撃ったり、装甲車の上で揺られながら射撃したりするのに便利。人型兵器の操縦席から顔を出して抗戦する場面でも活躍するわ。

 もちろん、徒歩が中心の進級探索士にもお勧めよ。なぜなら銃身が短いため取り回しが良くて、重量が軽くて携帯性にも優れているから。最大有効射程距離が九〇〇メートルだから狙撃にも使える。本当に突撃銃とは思えないほど精度が良いの。私も昔は愛用していたわ」


 黒魔も愛用していたと聞いて、月盾が驚いた顔をした。


「黒魔店長は探索士だったのですか?」


「今も探索士よ。休業中だけど」と黒魔は笑った。「さて、説明を続けるけど、標準備騎兵銃こそが突撃銃の王道で、探索士の標準武器よ。大惨劇以降の探索士を支えてきた重要な突撃銃ね。前型、標準備自動小銃の初期型には信じられない欠点があったけれども、基本設計が優秀だったので何度も改修されて、最後は騎兵銃として生まれ変わった。

 戦城自動小銃や四正小銃のような高火力な小銃弾薬を使用する銃とは違って、反動が小さくて強化服なしでも連射できるわ。標準備自動小銃は今でも製造されていて、有効射程距離は一一〇〇メートル、すなわち距離一キロ以上も離れた夷狄を狙撃できる。

 驚くほど命中精度が高い突撃銃ね」


「それは凄いのですか?」


 距離一キロという言葉を聞いて、月盾は首を傾げた。探索士になったばかりで距離の感覚が分からないのだろう。


 しかし、左耳に指輪を当てると驚愕で目を見開いて、机上の標準備騎兵銃を畏怖を込めて見た。


 人工知能が具体例を挙げて、距離一キロの意味を理解したのかもしれない。


 貧困街で使用される武器は拳銃で、拳銃の射程は三〇メートル前後なので突撃銃の射程は桁外れだ。


 連射も可能で、突撃銃と拳銃が戦ったら間違いなく突撃銃の使用者が生き残る。


 威力も、射程も、耐久力も高く、機関銃のようにも使えて、拳銃に劣っているのは携帯性だけである。


 言葉を換えると、拳銃とは護身用で敵を倒すための武器ではないのだ。


 黒魔は微笑みながら話を続けた。


「まあ、遠距離の夷狄を狙撃するのは簡単ではなくて、結局は六十メートル前後の距離で戦うのが普通だけど」と黒魔は苦笑した。「さて、有効射程距離も凄いけど、標準備騎兵銃の最大の特徴は優秀な射撃統制照準器よ。射撃統制照準器とは銃に装着されている高性能情報端末ね」


 黒魔は標準備騎兵銃から望遠鏡に似た装置を取り外した。


 そして、外した装置を月盾に渡して反応を見る。


 月盾は恐る恐る射撃統制照準器を両手に乗せて、まるで壊れやすい硝子細工を渡されたかのように慎重に扱った。


 精密機械だが、射撃統制照準器は探索活動で使う頑丈な機器なので、仮に地面に落としても壊れたりはしない。


 落としただけで壊れたら欠陥品である。



 新人探索士の反応を楽しみながら、黒魔は説明を続けた。


「射撃統制照準器こそが、突撃銃の性能を決めると断言しても過言ではないわ。環境情報を収集する能力があって、周囲の情報を集めて地図を製作したり、爆発物を察知したりする機能があるのよ。発見した植物が食べて安全なのかも判定できるわ。

 索敵して、周辺の夷狄情報を表示したり、対峙する夷狄の弱点を表示したりできて、探索士の生存確率を計算する機能も備えている。戦闘に必要な情報を表すだけではなくて、迷子になっても道案内をしてくれる」


「地図は携帯端末でも見られますけど」


 月盾は自分の携帯端末を見せた。

 小建に無料配布されている携帯端末で、防弾服と同様に備臣重工製である。


 黒魔は笑った。


「それは探索士用ではないから夷狄に軽く操作されてしまうわ。現実とは異なる位置に自分の位置情報が表示される場合もあるのよ。西に向かって歩いていると思っていたら東に進んでいたとかね」


「ああ、分かります」


 月盾は納得したように頷いた。まだ若い新人探索士が背伸びをしたのだと思い、黒魔は面白くて微笑んだ。


 進級探索士が情報機器に侵入する夷狄と出会う機会はなく、出会えば確実に死んでいるからだ。


 探索士の情報機器を狂わせながら戦う夷狄は、勤級探索士が相手をするべき強敵である。


 そして、情報機器を狂わせる夷狄に有効だからこそ標準備騎兵銃は名銃として信頼されていた。


 射撃統制を狂わされた場合は、銃弾は絶対に相手の夷狄には命中しない。





 黒魔は説明を一通り終えて、標準備騎兵銃を月盾に持たせた。


 十五歳の進級探索士は目を輝かせて標準備騎兵銃を抱えた。


 軽量とはいえ重量三キロはある。まだ十五歳の身体には重いようで、月盾の身体がふらついた。


 しかし、月盾は標準備騎兵銃を好きになったようである。


 永遠に別れたくないという顔をしていて、人工知能の助言を無視して購入してしまうかもしれない。


「それでは、次は火村突撃銃の説明をしましょう」


 火村突撃銃は棚に積み上げられていた。


 黒魔店の主力商品は、残念ながら標準備騎兵銃ではなくて火村突撃銃だった。


 実際、慌てて来店してきたと思うと、棚から火村突撃銃を掴んで急ぎ買っていく探索士も多い。


 逃走時に紛失した、夷狄に壊された、急に不安になり予備が欲しくなったなどと理由は様々で、要するに探索士達は突撃銃を消耗品のように消費している。


 そのため、黒魔は火村突撃銃を目立つ場所に大量に置いて直ぐに購入できるようにしていた。




 黒魔は棚から火村突撃銃を一挺降ろして、広机の上に置く。


 標準備騎兵銃より見た目は華奢だが実際は重い。


「これが月盾君が求めている突撃銃。火村突撃銃よ」


 火村突撃銃は鉄製の突撃銃だった。


 鉄は高温だと触れると火傷して、氷点下の低温になると触れた瞬間に凍結して肌が接着して危険である。


 そのため、火傷したり接着したりしないように、火村突撃銃の手や肩で触れる部分は木製だった。


 そして、射撃統制照準器は標準備騎兵銃と同じ望遠鏡型である。


 標準備騎兵銃が男性ならば、火村突撃銃は女性らしい可憐さがあった。

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