第12話 探索士用宿

 朝、月盾は爽快に目覚めた。


 昨日の襲撃は実際に起きた出来事ではなくて、寝ている間に見た悪い夢かもしれないと思った。


 しかし、間違いなく現実だった。


 確かに月盾は強盗の集団に襲われたのである。


 時計を確認すると朝七時だった。

 居間では黄金姫が食卓に白い布を敷いて朝食の準備をしていた。


 月盾は椅子に座ると、蜜柑果汁を飲んで、黄金姫が食卓に並べた朝食を食べた。


 朝食は生野菜に麦焼、目玉焼きに肉の腸詰め、それから果物が入った甘い発酵乳である。


 食事を終えて、「拠点に住む」と言った昨日の自分がした発言を月盾は思い出した。


 昨日は襲われた恐怖により発したが、今、今度は朝食を理由に昨日と同じ気持ちになった。


 平和で幸福な朝で、もし許されるのであれば毎日、拠点で目覚めたいと思った。





 食器を台所の流しに運び、防弾服に着替える。時計を見ると午前八時前だった。


 愛国同盟の気配が遺跡から完全に消えて、しかも白薔薇女王が遺跡を荒らした不届き者を退治するために自律軽戦車などの夷狄を多く放ったので、現在、第一層は安全だった。


 昨晩のような戦闘に巻き込まれる可能性は低い。


 そのため、黄金姫は早朝から遺物収集を始めるように月盾に言った。



「他の探索士が集まる前に、可能な限り遺物を集めておきましょう」


 月盾は頷いた。

 そして、戦場の状況が気になったので尋ねた。


「昨日倒した愛国同盟の遠隔操縦人機はどうなったの? 貧困街で部品を売れば、お金になると思うけど」


「残念だけど、白薔薇遺跡の夷狄が回収したわ」と黄金姫は肩をすくめた。「放置していると愛国同盟が回収に来るでしょう。それに遺体は早く焼かないと疫病の原因になるから諦めるしかないわ」


「掃除しているの?」


 月盾は荒れ果てた第一層を思い出した。

 一部の建物は新しくなるが、全体が管理されているとは思えなかった。


「予算が少ないだけで、保守管理はされているのよ。夜になると工作機械が現れて建物や道路を修復しているわ。遺物の補給も必要だしね。まあ、本当に予算が少ないから誰が見ても廃墟だけれど」


 携帯端末で遺物の位置を確認して、月盾は第一層に向かった。


 昨日と同様に、収集物を背負い鞄に詰めて一杯になったら拠点に戻る。


 拠点は隣に倉庫があり、黄金姫は収集した遺物を倉庫に積み上げていた。


 昼食を食べて、それから午後も遺物収集を継続した。


 停留所に向かう時間になった。

 二十万紅銭に相当する遺物を背負い鞄に詰めて、大型乗合車の停留所まで歩く。




 乗務員の遠隔操縦人機は、月盾を発見して驚いた。

 月盾は死んでいると思っていたらしい。


「昨日、夷狄と秘密結社の間で激しい戦闘が行われた。正直、お前は戦闘に巻き込まれて死んだと思っていた」


 乗務員の話を聞いて、月盾は苦笑した。


「巻き込まれたのは本当です」


「黄金姫が絡んでいるのか?」と乗務員は心配そうに尋ねた。


「黙秘します」と月盾は答えた。そして、背負い鞄を見せた。「彼等は遺物を横取りしようとしたのでしょう」


「命は一つしかない。危険な事はするなよ」


 乗務員が言うと、月盾は笑顔になった。

 心配されて、人間社会にも自分の味方がいると思い嬉しくなったのだ。


「ありがとうございます」


 大型乗合車には紫虎の徒党はいなかった。

 第一層には現れないはずの狙撃可能兵器が出現したという情報が出回って、しかも遺跡周辺を徘徊している自律軽戦車の数が二十倍に増えたと警告があったので、探索士達は白薔薇遺跡を避けたのだ。


 結果、今日は大型乗合車には四人しか乗客がいなかった。


 思えば、月盾が愛国同盟に襲われたのは大型乗合車が出発する時間で、戦闘の音を聞いた者もいたらしい。


 乗務員は銃声が聞こえて小型無人機を飛ばしたと月盾に教えてくれた。


 乗務員を含めた六人は、都市に帰る間に情報交換をしながら札遊びをした。


 自律軽戦車と遭遇しないために、何度も停車して隠れたので六人は親しくなった。





 帝錦都市に戻ると、月盾は小建支部に向かった。


 小建支部は賑わっていたが、白薔薇遺跡を狩場にしている探索士達はいなかった。


 紫虎と彼女の仲間達もいない。


 月盾は遺物買取所に行くと、背負い鞄から籠に遺物を移して職員に渡した。


 椅子に座って買い取り価格の計算が終わるのを一人で待っていると、以前に月盾の取調べをした女性職員が慌てて歩いてきた。



 彼女は夷狄と愛国同盟が戦闘した経緯と、交戦地域に月盾がいた事実を把握していた。


 月盾は女性職員に、愛国同盟は黄金姫の遺物を狙っていて、遺物を奪うために自分を襲ったのだろうと述べた。


 そして、偶然にも白薔薇遺跡の夷狄と遭遇して彼等は全滅したと説明した。




 黄金姫の存在を隠す意図があったので、月盾は挙動不審になった。しかし、女性職員は真剣な表情で頷いた。


「進級探索士が行方不明になった原因は愛国同盟。夷狄に偽装して強盗している。可能性としては十分にあるわね」


 情報提供を感謝しますと言うと、女性職員は去った。


 黄金姫に助けられた事実を誤魔化せたとは思えなかったが追及されなかった。


 自分が誤解しているだけで、黄金姫は重要な夷狄ではないのかもしれないと月盾は思った。


 反応を見る限り、女性職員は黄金姫よりも愛国同盟を警戒していた。


 同時に、愛国同盟と口にした女性職員の敵意が滲む顔から彼等が敵であると分かった。


 黄金姫を疑っていたのではないが、しかし自分が騙されていないと分かり安心した。





 遺物の価値は機械により自働判定される。


 探索士協会に属する遺物買取所には自動遺物交換価値測定装置が設置されていて、特別な遺物ではない限りは二分以内に正確な買取価格が評価される。


 計算が終わったと、月盾の携帯端末に連絡が来た。


 画面に表示されている買取価格を見ると、二十三万千八百六十七紅銭だった。


 二三万一八六七紅銭と表示されている携帯端末の画面を見て月盾は怯えた。


 遺物販売後の貯金総額は二十五万六千二十五紅銭になる。


 人生で貯金総額が二十万紅銭を超えた経験はなく、十万紅銭を超えた経験すら一度もなかった。



「良かったわね、月盾」


 指輪を耳に当てると、黄金姫から祝いの言葉が届いた。


「絶対に失敗だったと思う。進級探索士が一日で二十万紅銭も稼いだら、ぼくなら間違いなく夷狄に買収されていると疑う」


「分かっているわ。でも、今日は諦めましょう」


 携帯端末に「遺物を販売しますか?」と確認が来たので、月盾は確定した。


 遺物は販売されて月盾の口座に販売額が入金された。


 普通、紫位者の子として生まれようと、建位者の子として生まれようと、生まれた子供は身分証明書が発行されて、身分証明書と紐付いた城臣銀行の口座が開設される。


 そして、新しい口座を開かない限りは城臣銀行の口座を通して売買を行うのが普通だった。


 今、月盾が開いている城臣銀行の口座には約二十万紅銭が貯金された。


 身分証明書は本人しか使用できないので、治安の悪い貧困街でも強盗は金銭だけは奪えない。





 小建支部から外に出ると、黄金姫は月盾を宿に案内した。


 大金を得て警戒していた月盾は黄金姫の指示に素直に従った。


 案内されたのは探索士協会が経営している探索士専用の宿だった。


 探索士は都市を移動する職業なので、資金に余裕がない探索士のために探索士協会は支部の近くに宿を建てていた。


 一泊で八千紅銭の安宿だが、個室で食事も朝夕と付いている。


 月盾が受付で身分証明書を出すと、黄金姫が予約していたので直ぐに客室に通して貰えた。


 案内人が浴室の使用方法、一階の食堂で提供される夜食と朝食に関する規則を教えてくれた。


「宿に泊まるのは初めてだ」


 案内係が去ると、月盾は宿泊室を楽しそうに見渡しながら言った。黄金姫が指輪の向こう側で声を立てて笑った。


「今後は宿を拠点として活動しましょう。探索士用宿は軍事基地、おそらく人類社会では最も安全な場所よ。愛国同盟も人類最強の戦力、探索士を束ねる探索士協会が運営する場所を攻撃したりはしないでしょう。今の月盾には普通の強盗も十分に恐いので、宿で守られていましょう」


「分かった。ありがとう」


 月盾は入浴して、寝台に横になった。

 寝台は固かったが、それでも裏路地にある月盾の家よりは快適である。


「まだ二十万紅銭は残っているわね。明日は武器防具を揃えに行くわよ」


 黄金姫の発言に、月盾は不安になった。


「もしかして、二十万紅銭を全額使う予定なの?」


「理想としてはそうね」と黄金姫は言った。「突撃銃だけではなくて、もっと高性能な防弾服と救急箱も購入したいのよ。今、月盾が装備しているのは探索士協会が無料で提供している防弾服よね。防弾服だけど防弾能力に乏しいから不安なのよね。まあ、砲撃の破片程度は防げるけど」


 夜食の用意が整ったと、携帯端末に連絡が来た。


 一階の食堂に行き、指定された席に座ると食事が運ばれて来る。


 肉料理に生野菜、そして海藻の汁物。献立は黄金姫が出してくれる料理と似ていたが味は劣っていた。


 月盾は黙々と食事を続けた。

 すると、男性の探索士が来て隣に座った。


 三十歳代前半の男性で、月盾に身分証明書を見せた。

 身分証明書の札色は白だった。


「機巨組の鱗蛇だ。黄金姫の件は悪かった」と追級探索士は謝罪した。「こうして再び月盾と会えて嬉しい」


 相手は黄金姫を狙っていた暴力団の組員だった。

 白薔薇遺跡で、遠隔操縦人機を操縦していた操縦士である。


 醜い悪人を想像していたが、美しい茶髪茶眼で、想像とは異なり爽やかな男だった。


 月盾は警戒した。


「何の用ですか?」


「謝罪に来た。筋を通そうと思ってな」


 月盾は肉料理を飲み込んだ。恐いので早く帰ってくれないだろうかと思ったが、鱗蛇は去ろうとはしなかった。


 彼は親しげに雑談を始めた。


 北西にある砂漠地帯は全域が遺跡と解釈されていて、防衛しないと、砂漠から夷狄が帝錦都市に来る。


 鱗蛇は砂漠地帯に建てられている霊乙基地で今日まで夷狄狩りをしていたらしい。


 仲間を集めて、気が狂うほど夷狄を狩ったと笑いながら話した。


 最初は固く無視していたが、月盾は次第と鱗蛇の話に興味を惹かれた。


 路地裏で一人で生きてきたので、追級探索士から探索士活動の話を聞くのは初めてだった。




 そして、彼の思惑通りに食後に喫茶店で御茶を付き合った。


 鱗蛇は珈琲と生菓子を二人分注文して、詫びと言って料金も鱗蛇が払った。


 月盾は砂漠地帯で夷狄を倒していた鱗蛇の話を聞きたがった。


「それで都市防衛を為さっていたのですよね」


 月盾が尋ねて、鱗蛇は首を振った。


「いや、今回は公開依頼に該当する。都市防衛というのは、都市を防衛する任務ではなくて都市が破壊されている場合に発動される命令だ。防衛線が突破されて住民が虐殺されてから発動される。だから、都市防衛が発動されるのは、探索士協会が致命的な失策を犯した結果で最悪な状況か、あるいは白薔薇女王のような人類が太刀打ちできない夷狄が現れた絶望的状況だ」


「そうなのですね」と月盾は理解した。


「普通は、都市に夷狄が近付いたら迎撃の公開依頼が出される。そして、暇な探索士が進攻してくる夷狄を迎撃する。都市防衛が発動されるのは、迎撃に向かった探索士が全滅したか周辺に依頼を受ける探索士がいない場合だけだ。迎撃の依頼任務は報酬が良いので普通は探索士の全滅だな」


 鱗蛇は珈琲を飲みながら苦笑した。

 月盾は夷狄に壊滅させられる探索士の姿を想像して恐くなった。


 ふと、何度も見た光景を思い出して月盾は質問した。


「時々、貧困街に夷狄が侵入して、暴れている夷狄を暴力団が討伐していますけど。あれは都市防衛ですか?」


「とても良い質問だよ、月盾君」と鱗蛇は笑った。「建位者が暮らしている住宅街や貧困街が攻撃されても、普通は公開依頼で対処される。住民が虐殺されても、虐殺されているのが建位者ならば普通は都市防衛は発動されない。分離壁の外に広がる住宅街や貧困街は正確には都市ではないので。もちろん、大規模襲撃ならば話は別だ。帝錦都市では大規模襲撃なら襲われたのが貧困街でも都市防衛が発動される。大規模襲撃では夷狄が分離壁を突破してくるからだ」


 月盾は炎風と雷人を思い出した。

 すると、夷狄への恐怖が薄れて、彼等が与えてくれた時間が懐かしくなった。


 大規模襲撃は月盾には幸福な記憶だった。


「十歳の時に経験しました」


「ああ、あれかあ」と鱗蛇は懐かしむように言った。「大変だった。直級探索士まで出動していたからなあ。将軍様だぜ」


「直級探索士は将軍様なのですね」と月盾は笑った。


「そうそう、正直級は将軍様だ。探索士は大きく三つの階級に分かれている。最上級探索士である正直級、上級探索士で探索士の主力である勤務級、そして細かい依頼で駆り出される便利屋、下級探索士である追進級だ。勤務級と追進級は兵士職で、正直級は将軍職として解釈されている。正直級の探索士は九人だけで、しかも正級探索士である征夷大将軍はただ一人しか存在しない」


 月盾は鱗蛇の話を整理した。


 突然、鱗蛇は話題を変えた。


「話を変えるが、支部の職員から聞いた。大きな夢を持つじゃないか。月盾は務級探索士を目指しているのだろう?」


 月盾は恥ずかしくなって顔を赤らめた。


「不可能だと思いますか?」


「まさか、俺はできると思う」と鱗蛇は月盾の弱気を否定した。「小建から務級探索士になる者は少ない。しかし、歴史上一人もいなかった訳ではないからな。それどころか俺が知っているだけで三人もいる」


 月盾は驚いた。


「本当ですか?」


「本当だ」と鱗蛇は答えた。「貧困街の小建が務級探索士になれないのは、務級探索士になる意思が欠けているからだ。俺を含めてな。貧困街には無料大浴場もあれば食料も衣服も実際は充実している。小建は誰もが自分達の生活に満足している。努力もしないのに昇級できる訳がない」


 月盾は貧困街の生活を思い出した。


 確かに衣食と娯楽は充実してはいる。

 貧困街で餓死者が出た話は聞かない。


「理解はできます」


「紫虎も月盾ほどの気概があればなあ」と鱗蛇は溜息を吐いた。「彼女も結局は貧困街が好きだからなあ。群れる奴は駄目だ」


 月盾に見えている世界では、紫虎は自分よりも遙か上に存在していて、自分が紫虎よりも優れている所など一つもなかった。


 だから、人生の先輩である追級探索士が紫虎を意気地なしだと嘆いている姿に月盾は驚いた。


 同時に、鱗蛇ならば、務級探索士になるための具体的な方法を知っているかもしれないと期待した。


 建位者の最上位、追級探索士である鱗蛇に月盾は質問した。


「務級探索士になるためには何をすれば良いですか?」


 鱗蛇は即答した。


「勉強しろ。探索士は実績ではなくて学力が足りなくて昇級できなくなる。今すぐにでも学習書を買うべきだ」




 夜十時になるまで、月盾は鱗蛇から昇級に関する話を聞いた。


 そして、明日も仕事があるので二人は別れて自分達の部屋に戻った。


 月盾は指輪を耳に当てて、黄金姫に学習書が欲しいと相談した。


 黄金姫から許可を得て、月盾は携帯端末でも読める四千紅銭の探索士昇級入門進級版を購入した。


 追級探索士の話は黄金姫にも参考になったようで、鱗蛇が話をしている間に指輪は一度も振動しなかった。


 黄金姫といえども、人間社会の常識には暗いのである。





 朝、また月盾は鱗蛇と出会った。


 二人で朝食を食べ終えると、鱗蛇は組長と話があるからと直ぐに宿を出た。

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