第11話 狙撃用歩行戦車

 第一層まで走る月盾に対して、黄金姫は愛国同盟について簡単に説明した。


 彼女の説明によると、愛国同盟は山乙位者を中心とした集団で、自分達は人類に不利益をもたらす反人類勢力から人類を守る活動をしていると信じているようだった。


 現在、人類は夷狄と通じて破壊活動を企んでいる夷狄協力者により弱体化されている。

 そして、人類でありながら夷狄に与する夷狄協力者から人類を守るのは愛国同盟の使命である。

 特に貧困街に棲む貧賤は学がなくて容易く夷狄に利用されるので、注意を要する。

 評議会も紅政府も基本的人権を理由にして夷狄協力者を放置しているので、愛国同盟が人類の敵となった彼等を誅殺しなくてはならない。





 月盾は移動しながら黄金姫の説明を聞いていた。そして、第一層にある住宅に隠れると彼等について質問した。


「愛国同盟は探索士協会の関係者なの?」


「探索士協会とは関係ないわ」と黄金姫は答えた。「彼等は民間団体で、しかも愛国を理由に殺人と強盗を繰り返している犯罪者集団よ。建位者には人権がない、建位者の劣った遺伝子により人類は弱体化したと主張する過激集団で、正直、夷狄だけでなく人類にも彼等は敵と言える存在だわ。探索士協会は遺跡の有効活用を提唱しているけど、愛国同盟は遺跡は例外なく敵として破壊するべきだと主張している。つまり、思想の点でも愛国同盟は探索士協会の敵よ」


 月盾は情報を整理した。


「要するに、彼等と戦っても問題ない?」


「その通りよ」と黄金姫は言った。「法律上も、そして道徳上も個人の判断で他者を殺している以上は愛国同盟は犯罪者集団なのよ。彼等は犯罪者よ。しかも、彼等は自分達は人類を守るための正義だと信じているから対話は不可能。今まで私と仮契約した探索士達は彼等の独善と強欲により殺されてきたわ。私が高額な遺物を仮契約者に渡すと、彼等が殺して奪うのよ。愛国同盟は未成年を殺して財を盗む卑劣な強盗。今まで撃退しようと努力したけど無理だったわ」


 黄金姫の悔しそうな声を聞いて、月盾は怯えた。


 黄金姫と関わった進級探索士が行方不明になった事件の真相が判明した。

 犯人は黄金姫ではなくて、黄金姫から遺物を貰った子供を狙う強奪犯だった。



 真相は衝撃だが意外ではなく、高価な遺物を抱えた子供から強盗が遺物を奪うのは当然だと思った。


 暴力団に守られていても、分離壁の内側には追級探索士ですら敵わない武力が存在している。


 月盾は恐くなった。


 炎風や雷人のような務級探索士に匹敵する力が自分を殺そうとしているのなら、彼等から生き延びるのは不可能と思えるほど難しい。


「ぼくは殺されるの?」


「心配ないわ。安心して」と黄金姫は答えた。「私の指示通りに動いて。そうすれば私が確実に彼等を殺すわ」


「今まで失敗してきたのだよね」


 黄金姫は冷酷な口調で、月盾の懸念に答えた。


「前回までは、私は進級探索者と仮契約だけを結んできたの。だって、初対面で、互いに相手の性格が分からないのに急に本契約を要求するのは難しいでしょう。でも、仮契約だから私の支援には限界があった。私は自分の戦力を防御には使えなかった。今、私と月盾は本契約を結んでいるわ。私は愛国同盟に憎しみを抱いているの。だから絶対に彼等を皆殺しにしてみせる」


「信じて良いの?」と月盾は尋ねた。


「信じて良いわ」と黄金姫は答えた。「だから、私の指示通りに動いて。月盾が生還できる確率は八十七パーセントしかなくて、月盾が死亡する未来は月盾が私の指示に従わなかった場合に生じている」


「分かった。信じる」


 黄金姫の指示に従い、月盾は背負い鞄を地面に置いた。

 そして、住宅の外に出て、事前に指示されていた道を全力で走った。


 周囲を警戒する事はなく、ただ黄金姫を信じて道を全力で駆けた。


「相手は十一人。遠隔操縦人機が七体もいるわね」


 月盾は左手の指輪を耳に当てながら走っていた。

 拳銃は重くて邪魔なので、背負い鞄に入れて住宅に隠していた。


 突然、月盾の左で爆発が起きた。


 火だるまになった狼型兵器が現れて燃えながら隣で倒れた。


 月盾に向けて撃たれた対夷狄用の弾薬、強火弾の直撃を受けて破壊されてしまったのだ。

 黄金姫の指示に従い、月盾は必死に走った。


 銃声が何度も聞こえて周りで次々に狼型兵器が討たれた。


 隠れて、走って、また隠れての繰り返しで月盾は状況が何も分からなかった。


 もう走れない。


 月盾が逃げるのを諦めようとした瞬間に黄金姫が言った。



「終わったわよ」



 銃声が止んだ。


 月盾は走るのを止めて、電柱を背に座り込んだ。

 そして、呼吸を整えてから黄金姫に尋ねた。


「全員、倒したの?」


「遠隔操縦人機は破壊して、人間は殺したわ。ただ、熱光学迷彩で姿を隠している敵がいる可能性が残っているから警戒は解かないで。安全のために拠点に戻って。背負い鞄は狼型兵器に回収させるわ」


 月盾は黄金姫の指示に従って第二層の拠点に戻った。


 階段を下りて、黄金姫の顔を見ると月盾は安心した。


「契約して初めての戦闘ね。お疲れ様」


 黄金姫から水筒を受け取ると、月盾は中の水を飲んだ。

 そして、汗で濡れた防弾服を脱いで黄金姫に渡した。


「守ってくれてありがとう」と言って、月盾は椅子に座った。「初めての戦闘だと黄金姫は言ったけど、ぼくは逃げただけだったよ。実際、敵を倒してもいなければ銃も一発も撃っていないしね」


「申し訳ないけど」と黄金姫は正面に座った。「月盾の管理下にある機械、すわなち私と他の夷狄なのだけど、人工知能も狼型兵器も私達夷狄は法律上は道具よ。道具が人を殺したら道具ではなくて道具を使用している使用者の責任になるわ。拳銃で人を射殺したら拳銃が人を殺したのではなくて、拳銃を撃った銃撃者が人を殺している。だから、今回は月盾は銃を撃ったの」


「そうなの?」


「もちろん、故意と過失は同じではないけど」


 黄金姫は利用規約と契約内容を説明した十日間を月盾に思い出させた。


 契約には、月盾の生存確率が九十九パーセント以下の場合には黄金姫は自動的に月盾の生命を守るという内容が含まれていた。


 今回、月盾の生存確率は零パーセントで、黄金姫の支援があっても八十七パーセントという低い状態だった。


 そして、支援状態での生存確率が九十五パーセント以下になると、黄金姫は原因を排除するために殺人と大規模破壊を実行すると契約書には書かれていたのである。


 重要な内容だったので、黄金姫は何度も説明して月盾も内容を憶えていた。





 月盾は契約書を理解して同意した。


 つまり、自分が殺される前に相手を殺す事を黄金姫に契約で許可していた。



「もし今回のような状況が嫌ならば、契約内容を変更するけど」


「契約を変更したらどうなるの?」と月盾は黄金姫に尋ねた。


「契約内容によるけど、相手を殺す前に月盾に許可を得たり、または生存確率が三十パーセント以下でないと警告しなかったりするわ」と黄金姫は答えた。「契約内容を変更すると私が月盾の意思に反して人を殺す危険はなくなる。

 但し、警告するけど、変更すると月盾の生存確率が劇的に低下するわよ。現在の契約は月盾が寝ていたとしても、私が月盾を自働で守る内容になっている。そして、月盾が想像できない脅威に対しても、私が自己判断で対処する。

 自動生命保護契約を変更するならば、月盾は自分が気付かない脅威に対しては無力になるわ。どうする?」


 月盾は十秒ほど考えて、答えた。

 十秒ほど考えていたが、正確には考えたのではなく覚悟を決めた時間だった。


「今のままにしておく」


 大型乗合車は出発していて、今日は帝錦都市に帰るのは不可能だった。


 月盾は入浴して黄金姫が用意していた部屋着に着替えた。


 そして、黄金姫が全自動調理器で料理した夕食を彼女と二人で食べた。


 海老を汁物と焼いた料理に生野菜、麦焼、青菜の汁物。


 夕食を二人で食べていると、月盾は元気になった。


 夕食が終わると、初戦闘の勝利記念として黄金姫は苺の生菓子を焼いてくれた。


 乳脂肪が大量に使われている生菓子で、月盾は食べている間に泣いてしまった。


 悲しかったのではなくて、無事に敵から生き延びる事ができて安心してしまったのだった。


「残念な知らせだけど、激戦だったのよね」


 黄金姫が溜息を吐いた。月盾は戦闘を思い出した。


「分かるよ。随分と走ったし、何体も狼型兵器が破壊されていたから」


「前回は三人で、それ以前でも襲撃者は三人から四人だったのよ」と黄金姫は申し訳なさそうな顔で説明した。「月盾と会った時に、機巨組の遠隔操縦人機を六体も破壊したのが原因だと思うわ。私の脅威度が上方修正されたのだと思う。今回は菊臣人形社の強力な機体も混じっていて、それが大変だったのよね。結果、四体もあった狙撃用歩行戦車が三体も破壊されたわ」


「狙撃用歩行戦車は六体だよね?」


 月盾が疑問を尋ねると、黄金姫は答えた。


「貧困街で襲われた場合に備えて、二体は帝錦都市で待機させているの。既に活躍していて強盗を二人も殺しているわ」


 月盾は驚いた。黄金姫は続けた。


「昨日、狼型兵器を連れていた月盾を見て、私から他にも何か高価な遺物を貰っただろうと思ったらしい強盗がいたのよ。経歴を調べると二人組は殺人歴が何度もあって、彼等を放置していた場合に月盾の生存確率は六十三パーセントだった。だから、契約に従い強盗を排除したわ。具体的には、強盗を長距離射撃で殺害したの。場所が貧困街だから相手を殺すしかなかった」


「教えてくれたらよかったのに」と月盾が不満を言った。


「怖がらせると思ったから報告しなかったのよ」と黄金姫は答えた。「貧困街での安全地帯を確保してから教える予定だったの。恐怖は判断を狂わせるから脅威の全部を報告したりはしないわ」


 貧困街にある自分の寝床を襲おうとしている強盗の姿を想像して、月盾は黄金姫の説明に納得した。


 もし強盗の存在を知っていたら眠れなくなったかもしれない。

 少なくとも、遺跡探索には集中できなかっただろう。


 登録したばかりの探索士が稼げるようになると、強欲な犯罪者から襲われる危険が増えるのは貧困街では当然だ。


 当然なのだが、今まで月盾は自分が襲われる姿を真剣には想像していなかった。

 

 財があると襲われると理解していたが、それでも最近は油断していた。



 黄金姫は紅茶を飲みながら話を続けた。


「今回の戦闘で狙撃用歩行戦車は三体が大破、狼型兵器も二十二体が破壊されたわ。言葉を飾らずに率直に表現すると、今回、月盾の護衛隊は全滅ね。狙撃用歩行戦車は高性能な熱光学迷彩を装備している第三層の兵器なのだけど、まさか契約して二日目で失うとは想像できなかったわ」


「狙撃用歩行戦車は強いの?」


「とても強いわよ」と黄金姫は答えた。「白薔薇遺跡の周辺を守っている自律軽戦車よりも上位の夷狄だものね。狙撃用歩行戦車を三体も撃破するなんて、愛国同盟は予算も人材も豊富で残念ね」


 月盾は悲しくなった。

 そして、零すように言った。


「ずっと地下室で暮らしたい。外に出たくない」


 自分一人では絶対に立ち向かえないと思っていた自律軽戦車、あの恐ろしい夷狄兵器よりも上位の夷狄を撃破できる愛国同盟は、月盾には恐ろしい組織だった。


 その恐ろしい組織が自分を殺そうとしていると思うと、拠点の外は危険で、明日からは遺跡だけではなくて貧困街でも安心できないのだと憂鬱だった。


 しかし、拠点は快適だった。


 永遠に拠点で暮らしたかった。



 月盾の嘆きを聞いて、黄金姫は困った顔をした。


「月盾が拠点で暮らしたいのならば、私は歓迎よ。拠点は安全で、月盾が死ぬと私はとても困るもの。ただ、不誠実になるから言っておくわね。拠点から出ないと、務級探索士になるのは不可能よ。昇級するためには、月盾は探索士としての活動を続けて結果を出さないとならない」


 黄金姫の言葉を聞いて、月盾は炎風と雷人を思い出した。

 二人を思い出して、絶対に務級探索士になるという決意が甦った。


「分かった。ぼくは務級探索士になる」


「今日は、もう寝ましょう」と黄金姫は言った。「急ぐ必要はないわ。そして、私は月盾の夢を最後まで応援するつもりよ」


 拠点は空気調節装置も完備されていて、温度も湿度も最適だった。


 月盾は清潔な寝台に横になった。


 戦闘を思い出して興奮していたので眠れなかったが、十一時になると自然と夢の中にいた。





 黄金姫の身体は居間にいたが、彼女の精神は情報空間に戻り今後のために活動していた。


 狙撃用歩行戦車が三体も撃破されたのは想定外だった。


 状況の見積もりが甘かったのを猛省していた。


 しかし、彼女は悲観していなかった。


 むしろ、今回の戦闘を理由に今まで使用を禁止されていた夷狄兵器を申請できると喜んでいた。


 今回の事件を好機だと思っていた。



「要求する」と黄金姫は言った。「現在の戦力では契約者を守る事は不可能である。終末騎士の使用許可を再度申請する」


「許可できない」と白薔薇は答えた。「級伐飡兵器は過剰戦力だと判断する。六体の終末騎士を出撃させれば、周辺の遺跡を壊滅させる事も可能である。人間と契約して、人間に逆らえなくなった夷狄に過剰な武力は与えられない。私との対立は黄金姫も望んではいないと信じている」


「しかし、舎知兵器六体では戦力が不足している事実は認めて欲しい」


 黄金姫が言うと、白薔薇は苦々しげに同意した。


「黄金姫の主張が事実であると認める」


「それでは終末騎士を一体のみ、それも武装を制限しての使用許可を求める」と黄金姫は白薔薇に情報を送信した。「遠隔操縦人機ならば妥当な戦力だと判断する。以上の条件ならば夷狄世界の脅威にはならない」


 白薔薇は情報を確認して計算した。


 そして、答えた。


「許可しよう。支援状態の契約者の生存確率が八十五パーセント以下の場合に、終末騎士一体に装備された遠隔操縦人機の出撃を許可する」


 黄金姫は頷いた。


「感謝する」




 黄金姫の精神が拠点に戻った。


 彼女は楽しそうだった。

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