第4話 第二層の地下室
狼型兵器は四足歩行、鋭い牙がある機動型の夷狄兵器である。銃弾を弾く装甲で全身が覆われていて戦闘力が高いが、同時に隠密行動にも長けていて、消音装置により動いても僅かしか音がしない。
有名な型だけでも六種類が確認されていて、熱光学迷彩で姿を消す隠密型、口腔内に短機関銃を装備している短機関銃型、狙撃銃を装備していて超長距離狙撃を得意とする狙撃型、野砲を二門も備えた砲撃型、他の狼型兵器よりも大型で他の狼型兵器を指揮している指揮官型、そして黒狼遺跡の主である全長二十メートル級の狼型兵器である黒狼型である。
全種類が腹部に爆弾を抱えていて、戦闘不能になると爆発して周囲を破壊する能力があった。そのため、最低でも五十メートル以上は離れての遠距離戦闘が奨励されていた。
「隠密型が幽狼小烏、短機関銃型が炎狼小烏、狙撃銃型が銃狼大烏、砲撃型が砲狼大烏で指揮官型が尉狼吉士ね。黒狼将軍は黒狼型に分類されているけれど、黒狼大舎は将狼大舎だから型としては将狼大舎が適切なのかしら。
どちらにしろ第一層では狼型兵器は現れないから安心ね。まあ、あまり暴れると銃鳥大烏が来るでしょうし、警備車両も新人探索士には強敵だけれど」
移動しながら、黄金姫は月盾に狼型兵器に関する情報を教えてくれた。二人は三十体の幽狼小烏と命名された夷狄、隠密型の狼型兵器に護衛されていた。
隠密型は遠距離攻撃能力は持たないものの、四輪駆動車に匹敵する重量級の機械兵器で、仮に時速六十キロでも体当たりされたら人間は死亡する。
隠密型の一体が月盾に顔を寄せてきた。月盾が今まで見てきた狼型兵器は目が赤く輝いていたが、非戦闘中だからだろうか、今、隣にいる幽狼小烏の目は緑色に変化している。
狼型兵器の頭部は大きくて、噛まれなくても衝突するだけで危険である。
「銃鳥大烏というのは何?」
月盾が尋ねると、黄金姫は上機嫌に答えた。
「武装軽螺旋翼機よ。大型回転翼で空を飛ぶ飛行型兵器で、攻撃型螺旋翼機と比べると機動力も防御力も劣っているわ。ただ機関銃と小型誘導弾が搭載されているから、まあ生身の人間が相手にするのは難しいわね。もし戦いたいのであれば、最低でも対空誘導弾は用意するべきよ」
黄金姫は地下通路を塞いでいる緑色の扉に触れた。
扉は静かに開いた。緑色の扉は巨大で奥の道も広く、月盾と黄金姫だけではなく、護衛をしている狼型兵器の集団も三列に並んで通る事ができた。
通路は地下深くまで続いていて、地下には狼型兵器を輸送できる地下鉄があった。
地下鉄の乗車口が開いて黄金姫は乗車したが、月盾は恐くて乗車口を前にして硬直していた。
黄金姫は溜息を吐くと、一度下りて、月盾の手を握り、再び地下鉄に乗車して並んで椅子に座った。
地下鉄は直ぐに出発した。
二十分ほど走り、降車して地上に出ると第二層だった。探索士協会の規則では探索も侵入も禁止されている、夷狄が支配する世界である。
月盾は自分が第二層にいる事実に怯えた。
周辺には機関銃型と砲撃型、そして指揮官型の狼型兵器の姿が見える。
「実は、私は白薔薇遺跡の夷狄ではないの」
と黄金姫が衝撃の告白をした。
「大丈夫なの?」
「まあ、白薔薇大阿飡に話は通しているから襲われたりはしないわ。ただ、彼女は私を良く思ってはいないようなのよね」と黄金姫は肩をすくめた。「護衛として幽狼小烏が三十体に狙撃舎知が六体だけしか用意して貰えなかったの。ひどいと思わない。私はいつか誘拐されてしまうわ」
都市内で戦闘が行われないためか、あるいは修復を欠かさないためか、第二層は第一層とは異なり街が完全に保守されていた。
舗装された道路はなめらかで、倒壊している建物は一棟も見当たらない。人間の姿が見えない点を除くと、理想の街である。
路地裏で生活している貧困街の少年少女達を思い浮かべて、月盾は残念に思った。
人類が夷狄との戦争に負けて奴隷になれば、目の前の都市で豊かに暮らせるのだろうかと思ったが、逆に皆殺しにされるだけなのかもしれないので希望を抱くのを止めた。
月盾は無人の街を恨めしく思いながら黄金姫の隣を歩いた。
美しい街が、必死で生きている貧困街の住人を馬鹿にしている気がした。
指揮官型の狼型兵器が黄金姫の道を塞いだ。
月盾を睨み、夷狄語で騒いでいる。
帝錦都市の貧困街には、月に三回ほど黒い狼型兵器が襲撃に現れるので、月盾は隠密型と短機関銃型は何度も見た経験があった。
身体が細くて俊敏に動くのが隠密型で、樽に似た体格をして口から銃を撃つのが短機関銃型の狼型兵器である。
狼型兵器に限らずに、夷狄を見たら何も考えずに反対方向に向けて走る、また遠くで襲撃の音がしたら近付かないのが貧困街の掟である。
無知な子供達には隠れていれば大丈夫だと見学に行く者もいたが、普通は戻らない。
狼型兵器は赤外線探知機能があるので、物陰に隠れている人間の体温すら発見できるからだ。
今、目の前には銀色の指揮官型がいたが、月盾が見た経験がある狼型兵器とは姿が大きく異なっていた。
隠密型も短機関銃型も狼の姿をしているが、指揮官型は背中に八挺の自動小銃と四門の大砲を装備していて、狼ではなく自律軽戦車の仲間に見える。額には鍬形が輝いている。
全長は八メートル程度で他の狼型兵器の親に見えて、全身を覆う装甲も他の狼型兵器よりも重々しく感じる。
黄金姫は怒りで顔を赤くして、指揮官型に夷狄語で悲鳴を上げた。
月盾は夷狄語が分からないので、黄金姫に尋ねた。
「何を言っているの?」
「月盾は気にしなくて良いわ」と黄金姫は答えた。「一人だけなら人間を第二層に入れて良いと白薔薇には許可を貰っているのに、相手が契約者ではないからと文句を言ってきたのよあの馬鹿犬は」
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫よ。私を信じなさい」
最初から不安だったが、月盾は更に不安になってきた。
「もう我慢できない」と黄金姫は標準語で指揮官型に言った。「これ以上、私の邪魔をすると白薔薇大阿飡に抗議してやる」
指揮官型は唸った。「女王からは契約者一人の同行を許可すると聞いている」
「契約者の定義は契約者候補が含まれると私は解釈している」
「ふざけるな。女王はお前を許していない」と指揮官型は怒鳴った。「今回は見逃すが次は発見し次第に射殺する」
月盾は怯えた。黄金姫は指揮官型を睨んだ。
「了解したわ。しかし、今回で成功するから問題ないわ」
「同じ言葉を何度も聞いた」と指揮官型は黄金姫を嘲った。「そして、状況は悪化していると認識している」
狼型兵器達は道を空けた。黄金姫は溜息を吐いて、彼女を冷たく眺めている狼型兵器達の間を通り抜けた。
月盾は慌てて黄金姫の後に続いた。黄金姫が率いていた狼型兵器は月盾を守るために左右を固めた。
しかし、月盾は安心できなかった。彼等の見た目は他の白薔薇遺跡の夷狄と同じで、しかも彼等も先ほど月盾を襲ったからだ。
薄い氷の上を歩いている気分だった。
護衛に守られながら、黄金姫と月盾は十分ほど市街地を歩いた。そして、二人は赤い屋根の一軒家の前に到着した。
煉瓦造りの二階建てで、庭には花壇と畑がある。
黄金姫は玄関から入ると、月盾を中に案内した。
室内には居間も台所もあり、食器棚には高く売れそうな磁器が並んでいた。
誰か人間が暮らしている気配はないが、しかし今から月盾が暮らす事も十分に可能に思えた。
突然、本棚が横に動いた。
地下に続く階段があり、黄金姫は階段を下りはじめた。
月盾は勇気を出して彼女を追った。
左右に照明があり、銀の手摺りも備えてあった。
地下室に到着した。
照明が灯されて、部屋が明るくなった。食卓と三つの椅子、それから調理器具が並ぶ台所がある。
掃除用の小型機械が歩いている。壁には花瓶と果物の絵が飾られていて、部屋の隅には本棚があった。
照明は真鍮の装飾電灯で、照明だけが豪華だったが食卓も椅子も貧困街でも売られている普通の家具だった。
絵本に描かれる貴族の隠れ家に思えた。
「私に与えられている拠点なの」と黄金姫は笑った。「まあ、狭いけど食料も浴室も寝室もあるから何日でも過ごせるわ」
玄関に荷物置きがあったので、月盾は背負い鞄を置いた。しかし、拳銃だけは装備したままで手放さなかった。
黄金姫が椅子を引いたので、月盾は座った。月盾が座るのを確認すると、黄金姫は台所で料理を開始した。
銀色の調理器具が置かれていたが、それは使わずに、奥にある全自動調理器の電源を入れて献立を選択する。
食卓からも見える黒い全自動調理器が振動する音を聞いていると、月盾は不安になってきた。
もしかすると噂は本当で、自分を案内した夷狄は人間に強い効果がある毒物を開発するために人体を必要としていて、だから自分は案内されたのかもしれないと疑った。
月盾は緊張していた。
しばらくすると黄金姫が料理を運んできた。肉料理に生野菜、パンに金色の汁物が食卓に並んだ。
毒入りでも食べたいと思える料理だった。
「食べても良いの?」
月盾が尋ねると、黄金姫は笑顔で答えた。
「どうぞ召し上がれ」
肉料理は挽肉を丸めて焼いた料理で、匙を入れると肉汁が溢れた。生野菜は瑞々しくてパンは柔らかく、南瓜の汁物は甘かった。
貧困街の配給で配られる弁当にも同じ肉料理の献立はあったが、同じ料理とは思えないほど黄金姫が出した料理は美味しかった。
匙で食べるのが難しい汁物の残りを嘗めようとしたら、黄金姫がパンで拭き取るように教えて籠からパンを渡してくれた。
同じ方法で皿に残った肉料理の肉汁も食べた。
月盾が夢中で食事している様子を黄金姫は上機嫌に見ていた。
食事が終わると、月盾は名残惜しそうに綺麗になった皿を見た。
黄金姫は笑った。「焼き菓子を焼いているから後で食べましょうね」
「ありがとう」と月盾は笑顔で答えた。そして、真剣な顔になった。「それで契約内容について教えて欲しい」
料理に懐柔されて、月盾の心に油断が生まれた。正直、今ならばどのような依頼でも内容を吟味せずに契約してしまいそうである。
しかし、貧困街では菓子で懐柔して少年少女に危険な仕事をさせる詐欺師など大勢いる。
月盾は十五歳であり、前報酬を警戒するだけの分別を備えていた。
愚か者が死ぬ姿を何度も目撃してきた。貧困街では親切を素直に解釈するような愚かな人間は早死にするのである。
警戒している月盾に、黄金姫は微笑みながら手を叩いた。
「契約内容を説明する前に、まずは月盾の状況を教えてくれないかしら。どうして月盾は探索士になろうと思ったの?」
「分離壁の内側で暮らしたい」と月盾は即答した。「俺は建位者だ。建位者には壁の内側で暮らす権利がない。でも、昇級を積み重ねて進級から追級探索士に、そして務級探索士になれば建位者から乙位者に昇位できる。乙位者になれば壁の内側で暮らせる。だから俺は探索士になった」
なるほど、と言って黄金姫は頷いた。
「つまり、月盾は乙位者になるために探索士になったのね」
「そうだ」と月盾は答えた。「年間で四百人も建位者から乙位者になっている。だから俺は務級探索士になる」
月盾の熱弁を聞いて、黄金姫は困った顔をした。
「月盾の言葉に間違いはないと思うわ。務級探索士になれば乙位者になれる。建位者が務級探索士まで昇級すると乙位者として分離壁の内側で暮らせるというのは、私が調査した内容とも一致している」
声に含みを感じて、月盾は警戒した。黄金姫は同情した顔で続けた。
「しかしね、月盾。建位から乙位に昇位しているのは大建出身者なの。建位者にも大建出身と小建出身がいて、月盾は小建の出身よね。小建で、つまり進級探索士から務級探索士まで昇級する探索士は滅多にいないわ。
大建は進広四級ではなくて最初から追広四級探索士として登録されるけど、追級探索士から昇級して、それで務級探索士になるのが年間で四百人前後なの」
「そうなの?」
月盾は愕然として、自分が聞いた内容を黄金姫に確認した。
「そうなのよ」と黄金姫は答えた。「残念だったわね」
大建と小建を比較されて、月盾は納得した。
住宅街で暮らしている立派な住宅で家族と生活する大建と、貧困街の路地裏で暮らしている社会の最底辺である小建は、同じ建位者とは思えないほど服装も教養も生活も異なっている。
小建者は大建者と言葉を交わす機会もなければ、住宅街に近付く行為も許されない。
住宅街で生活している大建の子供には壁外学校に通学している者も多い。
つまり、同じ分離壁の外側で暮らしていても大建は貧賤ではないのだ。
「とはいえ、諦めるのは早いわ」
「何か方法があるの?」と月盾は黄金姫に尋ねた。
「規則としては探索士の昇級に制限はないわ。探索士の規則を定めた探索士諸帝王十二階諸将兵四十八階等級法によれば、最下位の進広四級から最上位の明大一級まで、五十九階昇級するのも可能であると言えば可能なの。探索士は生まれよりも能力が大切。誰でも進級探索士から明級探索士に上がれる」
「明級探索士? 初めて聞いたけど」
月盾が怪訝な顔をすると、黄金姫は肩をすくめた。
「明級探索士にも浄級探索士にも、歴史上一度も昇級した者はいないわ。だから月盾が一度も聞いた経験がなくても当然よ」
「勤級探索士が一番上だと思っていた」
月盾が零すと、黄金姫は笑った。
「明、浄、正、直、勤、務、追、進。勤級探索士は上から五番目ね。でも、月盾の認識は間違っていないのよ。現在、正級探索士は一名、直級探索士は八名。彼等は将軍で普通の探索士とは異なるわ。
だから遺跡探索をして、夷狄を倒して、遺物収集をする普通の探索士としては勤級探索士が最上位になるの。
正直級の九人ですら本当に特別で、月盾とは無関係な人達よ」
小建は進広四級から探索士を始めて、進大四級、進広三級と昇級していく。追級探索士の最低等級である追広四級になるまでには、八階も昇級する必要がある。目標の務級探索士になるまでは、更に八階。
合計十六階の昇級は、想像すると本当に気の遠くなるほど長い道程であると月盾は悲しくなった。
そして、黄金姫は正級と直級探索士を月盾とは無縁な人達だと言ったが、実際には、勤級探索士すら月盾とは無縁である。
務級探索者までで探索士の世界が完結している月盾には、勤級以上の探索士達は自分とは関係のない遠い世界の住人だった。
黄金姫は真剣な表情で諭した。
「普通、探索士は生涯で十階程度しか昇級できない。だから、進級探索士は追級探索士にしかなれないのが普通なの。勤級探索士に上がるのも普通は乙位者だけで、分離壁の外側で生まれた建位者が勤級探索士に上がる事は滅多にないわ。しかし、安心して。これは規則ではないの」
「つまり、どういうことなの?」
「もし私と契約を結んでくれるのならば私は月盾を務級探索士にしてみせます。それも月盾が二十歳になる前に務級探索士に昇級させてあげるわ。どうかしら、私の話を聞きたくなったのではなくて」
月盾を見つめる金色の瞳は楽しそうに輝いていた。
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