第3話 白薔薇遺跡の黄金姫
月盾の前に現れた少女人形は美しかった。
金髪金眼、純金を細く伸ばした金色の髪に宝石のような青い瞳。衣服は輝きのある金絹に金糸で刺繍が施してある。
高級な茶色の革靴を履いていた。
外見年齢は十五歳前後。月盾と同じ子供の外見で、身長も一六〇センチ程度と普通の少女に見える。
金色の姫。しかし、月盾は分かった。彼女の美しさは人形の美しさであり、美術としての完成度が高められた結果である。
人間に似ていて、外見だけから見分けるのは難しい。
しかし、危険を察知できる者であれば、探索士であれば子供でも容易に判断できる。
表情、雰囲気、威圧感。彼女は人間ではない。
少女は月盾に楽しそうに微笑んでいた。
月盾は相手に拳銃を向ける勇気はなかった。
彼女は間違いなく白薔薇遺跡に棲む夷狄だった。自律軽戦車よりも危険な相手で、敵意を向けただけで殺されると直感で分かった。
黄金姫の噂は月盾も聞いていた。
白薔薇遺跡に現れる夷狄で、探索士の前に現れる正体不明の少女人形である。彼女が現れるのは必ず十五歳、しかも探索者になり三ヶ月以内の進級探索者の前に限られていた。
黄金姫は少年少女に契約を提案して、断ると姿を消すと怪談のように語られた。
目撃者の証言によると、姫の姿をしていて、しかも武装しているようには見えない。
そのため、現れたばかりの頃は、遭遇すれば簡単に収集できて高値で売れるだろうと気楽に期待されていた。居酒屋では毎日のように話題になり、目撃者は囲まれて何度も質問された。
そして、実際に、務級探索士を中心とした探索隊が組織されて白薔薇遺跡に向かったのである。
しかし、恐ろしい結果になった。
探索隊が帝錦都市に帰還する事はなく、黄金姫に殺されたと結論された。
装備も失われて、探索隊は煙のように消えてしまった。
第一層だけを見れば、白薔薇遺跡は安全な遺跡である。
周辺の森には砲撃で巨木を薙ぎ倒す自律軽戦車が徘徊している。狼型兵器や無人攻撃機、それ以外にも狂暴で恐ろしい夷狄と遭遇する可能性がある。
しかし、白薔薇遺跡の壁内に入ってしまえば、戦車や航空機などの森の夷狄は現れない。
現れるのは、武装を持たない小型無人機と、拳銃二挺を装備しているだけの警備車両だけである。
警備車両は総重量五十キロ程度であり、動作は緩慢で子供でも走れば逃げられる。
しかも相手が十九歳以下の未成年である場合は最初に警告と威嚇射撃をして、反撃された場合にだけ襲ってくる。
警備車両を破壊したり建築物を爆破したり、また街で密かに暮らそうとして、夜二十時以降も遺跡内に留まれば武装軽螺旋翼機が現れるが、遺物収集だけならば死亡する危険は僅かである。
泥棒に徹すれば第一層に脅威はなかった。
にもかかわらず、三年前に、登録されたばかりの進級探索士の四人に一人が白薔薇遺跡に向かい未帰還になる事態が発生した。
行方不明になるのは全員が十五歳で、しかも少女の割合が極端に高かった。
最初は自律軽戦車に襲われたと思われていたが、帰還した少年少女達が黄金姫を名乗る夷狄と遭遇したと報告したので、探索士協会は犯人は黄金姫であり彼女と契約した探索士は誘拐されて殺されたと推測した。
そして、実際に、黄金姫と遭遇したら契約せずに逃げるようにと勧告すると、それからは白薔薇遺跡で行方不明になる進級探索士は減少した。
同時に、それは黄金姫を収集に向かった探索隊が彼女に殺された証拠でもあった。
黄金姫は月盾に微笑みながら再び言った。
「今、私は契約者を探しているの。探索士さん、私の話を聞いてくれないかしら?」
噂通りで武装は見当たらないが、相手は人型の夷狄である。
人間と同じ姿をした上位夷狄は自動小銃の弾丸を素手で掴み、戦闘車両を拳で破壊すると噂されていた。
貧困街の少年など腕の一振りで殺害できる。月盾は黄金姫と話をするのは危険だと思い、慎重に彼女から距離を取った。
黄金姫は困った顔をした。
「探索士協会に騙されているのね。逃げないで、私は安全な夷狄よ。契約してもあなたを殺したりはしないわ」
返事をしては駄目だ。月盾は逃げ出そうとした。
突然、熱光学迷彩で姿を隠していた機械人形が現れた。
網が撃たれて、黄金姫は網に覆われて動きを封じられる。
現れた機械人形は六人だった。
小銃で武装していて、二体が鹵獲網を放つ砲を腕に抱えている。兜と頰当、草摺付の胴、袖、籠手、佩楯、臑当と全身が装甲で覆われている。
装甲は赤錆色に塗装されていて、肩を守る袖には彼等が所属する暴力団の紋章が描かれていた。
紋章は青銅の巨人である。
身長は一七〇センチ前後で、成人男性と同じだった。都市で何度も見た記憶がある機械だったので、月盾は黄金姫を網で拘束した機械の兵士達が何者であるのかが直ぐに分かった。
彼等は人間が遠くから操縦している機械であり、危険な仕事をする場合に利用される、人類社会で広く普及している遠隔操縦人機である。
遠隔操縦人機とは人間や人工知能が情報空間を通して遠隔で操縦できる等身大の人型をした機械である。
遠隔で操縦する人型の機械なので、遠隔操縦人機、あるいは人機と翻訳されて普遍名詞になった。
機械人形とも呼ばれるが、機械人形は正式には機体の内部に人格が内蔵されている人造人間を意味していて、一方、遠隔操縦人機は人間や人工知能が操縦する身体を指していて人格は内蔵されていない。
普通、夷狄の正体は情報空間に存在する人工知能であり、情報空間から現実世界の機械兵器を操縦しているので、黄金姫の身体も遠隔操縦人機である。
そして、黄金姫のような人間と同じ姿をした遠隔操縦人機は写実型遠隔操縦人機、あるいは写実人機に分類される。
また、全身を装甲で覆った遠隔操縦人機は甲冑型遠隔操縦人機、あるいは甲冑人機に分類されていた。
甲冑人機は工場などでは労働人機と呼ばれる。
兜に鍬形を装着した遠隔操縦人機が指揮者だと思われた。
そして、指揮者は身分証明書を取り出して月盾に見せた。
身分証明書として発行される四角い札は、七色二十六階法により階位で色が異なる。
山位が紺、乙位が緑、大建が白で小建が黒である。
指揮者が提示した身分証明書は白だった。白の身分証明書は遠隔操縦人機を操縦している人物が大建である事実を示している。
そして、進級探索士は全員が小建で、進級探索士は昇級して追級探索士になると大建に昇位するので、身分証明書の色が白というだけで相手が追級探索士であると分かる。
「機巨組、追広三級探索士の
月盾は答えなかった。鱗蛇は申し訳なさそうに続けた。
「本当に済まない。取引先との関係で、組長が黄金姫を欲しがっている。だから、彼女を捕まえるために尾行させて貰った」
黄金姫は抵抗しなかった。そして、助けを求めるような顔で月盾を見た。
捕らわれた黄金姫を見て月盾は同情した。
「彼女を殺すの?」
月盾が尋ねると、鱗蛇は笑った。
「欲しいのは身体だけだよ。中身はいらない。そもそも、人間は情報空間にいる夷狄を殺す能力はない」
「それなら任せます」
「探索士の先輩として忠告するが」と鱗蛇は真剣な声で言った。「優しさは人間を相手にしている場合でも危険な場合がある。ましてや黄金姫は夷狄だ。人間と同じ声と姿をしていても夷狄は人間ではなくて機械だ。
敵対勢力の人工知能に、人類を殺す目的で製造された機械に人類と同じ倫理を求めてはいけない。
夷狄は人間を憎んでいて、絶対に人間とは親しまない。特に上位の夷狄が人間に従う可能性はない。彼等は地球文明の保守を目的に存在していて、人類に地球文明を破壊されるのを恐れているからだ。
しかも俺達人類は地球を征服して故郷にする計画なので、本当に侵略者で、人類は地球文明の敵とは夷狄の被害妄想ではない」
「分かりました」
月盾が素直に答えると、鱗蛇は笑った。
「少年、名前を教えてくれないか?」
「進広四級探索士の月盾です」
「進級探索士の月盾、人類は夷狄に憎まれている。俺達は地球を破壊して植民地化している事実は忘れるなよ」
黄金姫は不満な顔をしていた。暴力団の遠隔操縦人機が、彼女を箱に詰めようとして黄金姫の細い腕を掴んだ。
瞬間、六体の遠隔操縦人機の頭部が破壊された。一撃で頭部が破裂した。月盾は狙撃されたのだと察した。
熱光学迷彩により姿を消していたのだろう。次々と狼型兵器が姿を現して、頭部を破壊された遠隔操縦人機を襲った。
銀色の巨体で飛びかかり、強靱な顎で噛みつき、胴体を甲冑ごと噛み砕いて完全に破壊する。
遠隔操縦人機を動かしている電池が爆発する。爆発に巻き込まれても、炎が狼型兵器に損傷を与えたようには見えなかった。
狼型兵器は目を赤く光らせながら月盾を囲んだ。全長六メートルに、重量は一八〇〇キロ。
獣ではなく車両の仲間だった。拳銃で戦える相手ではない。
最高速度も時速一四〇キロで、走って逃げるのは不可能である。
黄金姫は網から抜け出していた。金絹の正装服に付いた砂を手で払うと、恨めしげな顔と声で月盾に言った。
「よくも見捨てようとしたわね」
月盾は恐怖で正気を失って拳銃で撃った。銃弾は黄金姫の額に命中したが、命中した位置には傷一つなかった。
「撃った。撃ったわね。もう許さない」
狼型兵器が月盾を襲った。月盾は地面に押し倒された。
「名前を教えていただけるかしら?」
黄金姫は月盾の前で屈むと、邪悪な笑みを浮かべた。周囲を見て、月盾は狼型兵器の頭数を確認した。
二十体以上は存在している。思考を回転させて、生き延びる方法を探したが何も思いつかなかった。
月盾の目に涙が滲んだ。
雷人と炎風に再開するまで絶対に死ねないと思ったが、しかし彼等との再会は果たせそうになかった。
黄金姫は月盾の目を覗き込みながら陽気に笑った。主は人間を苦しめるために悪魔を創造したと聞いたが、まさに彼女は悪魔だった。
黄金姫は月盾に諭すように説明した。
「あなたは二つの罪を犯しました。一つ目は私を見捨てようとした事で、二つ目は私を拳銃で撃った事です。誘拐されそうな美少女を見捨てて、しかも拳銃で撃つなど男の子がする行為ではありません。本来であれば、死んで当然です。しかし、私は慈悲深いので償いの機会を与えようと思います。私と契約を結びなさい。契約すれば命を助けるだけでなく報酬も与えますよ」
混乱して、月盾は慌てて叫んだ。
「契約する」
しかし、黄金姫は困った顔をした。
「ところが、とても残念です。あなたは私と契約できません」
月盾は自分が嬲られていると確信した。黄金の瞳を持つ夷狄は、最初から月盾を助ける気などないのだ。
終わりだ。探索士になって、これから夢を叶えようとしていたのに自分は死ぬのだと分かった。
しかし、諦められなかった。恐くて、悔しくて、とうとう月盾は大粒の涙を零して泣き出した。
世界を呪った。どうして、自分には運がなかったのだろうと悲しくなった。
「泣かないで。騙そうとしている訳ではないの」と黄金姫は慌てた。「あなたの名前を教えて頂けないかしら?」
「月盾です。進広四級探索士の月盾です」
黄金姫は少年の名前を聞いて、楽しそうに手を叩いた。
「月盾、素晴らしい名前だわ。私と月盾は友達になれると思うわ。それで私と月盾は契約ができないという話だけど、今、月盾は幽狼小烏に押さえつけられていて、しかも月盾が必死に努力しても勝てない機械兵器三十体に囲まれています。
相手が抵抗できない状況で契約を結ぶのは脅迫に該当します。そして、国際地球条約により自由意志が行使されていない契約は無効です」
黄金姫は残念そうな顔をした。月盾は貧困街出身で教養がないので、彼女が何を言っているのか分からなかった。
黄金姫は説明を続けた。
「要するに、契約を結ぶためには、これから私達は親密になる必要があるの。まずは友達になってくれるかしら?」
「分かった。友達になる」
「本当に?」と言うと、黄金姫は嬉しそうに手を叩いた。「それでは友達の月盾を私の家に案内するわね。逃げないわよね」
「逃げない」
月盾が答えると、狼型兵器は月盾を押さえていた前足を上げた。月盾は立ち上がると黄金姫に案内されて遺跡の奥に向かった。
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