第6話 探索士と夷狄

 契約を結ぶと、黄金姫は肉料理を出してくれた。一枚の焼いた牛肉に、玉葱を煮込んで醤油で味付けされた調味料がかけてある。


 馬鈴薯と人参を焼いた添え物が、肉料理と共に熱い鉄板に盛られていた。


 人参の汁物、それに米と生野菜もある。


 十日間も黄金姫の地下室で暮らしたために、月盾は食事作法も習得していた。

 小刀と肉刺を上手に扱い肉料理を食べている。


 黄金姫は月盾の正面に笑顔で座り、自分の契約者が食事をする様子を満足した顔で見つめていた。


 実際、彼女は満足していた。


 月盾との契約は彼女には思いがけないほどの幸運だった。




「思ったのだけど」


 食事が終わり、月盾は黄金姫に尋ねた。黄金姫は首を傾けた。


「何かしら?」


「黄金姫と白薔薇の契約は後三日で終了すると言っていたよね。今日は十日後なのだけど問題なかったの?」


「問題ないわ」


 黄金姫は即答したが、月盾は疑った。



 実際、七日前に、つまり黄金姫が言う白薔薇女王との契約が終了する日に清楚可憐な美少女が地下室に訪ねてきた。

 白薔薇の髪飾りを挿した黒髪の遠隔操縦人機だったが、黄金姫は彼女を見た瞬間に烈火の如く怒り、「邪魔したら核兵器を撃ち込む」と怒鳴って追い返したのである。


 黒髪の少女は憤慨しながらも素直に立ち去ったが納得しているようには見えなかった。


 黄金姫は優しい声で、月盾は何も気にしなくて大丈夫よと笑ったが無理である。


 黄金姫は夷狄世界では問題児として警戒されているのでは疑った。




「白薔薇とは新しい契約を結んだの。だから、今後も地下室を拠点として使えるわ。これも全ては月盾の御蔭よ」

 黄金姫は笑顔になり、月盾も釣られて笑顔になった。しかし、直ぐに月盾は真剣な顔で黄金姫に念を押した。


「確認するけど、もし探索士協会で契約者になる行為が禁止されていたら、ぼくたちの関係は終わりだからね」


「分かっているわ」と黄金姫は言った。「それならば、月盾に納得して貰うために今から別の夷狄とも契約を結んで貰おうかしら。契約夷狄を探索士協会の職員に見せて私の説明に何一つ偽りがない事実を確認する事ができるわ。月盾は安心で、月盾が安心する事で私も安心できるわね」


 黄金姫と契約した十日間を思い出して、月盾は嫌がった。


「黄金姫を連れて行くのは駄目なの?」


「駄目よ」と黄金姫は答えた。「私が使っている遠隔操縦人機は高級品なの。護衛のいる遺跡内ではともかく、貧困街にいたら三分で誘拐されるわ。身体が誘拐されるだけならば許せるけど、月盾が巻き込まれて死んだら大変よ。私はようやく手に入れた契約者を失うつもりはないわ」


 機巨組の鱗蛇を思い出して、月盾は黄金姫の推測は正しいと思った。


 実際、黄金姫と出会った瞬間に、暴力団は月盾から黄金姫を横取りしようとしていた。


 黄金姫が貧困街で無防備に歩いていたら暴力団同士で奪い合いになるだろうし、邪魔な月盾は一番最初に殺されてしまうだろう。



「葱を背負った鴨だと思われないように、私の存在は秘密にしておきましょう」と黄金姫は月盾に説明した。「黄金姫の契約者だと知られると、高級品である私を手に入れるために月盾は拷問されてしまうわ。だから、月盾が武力と地位を手に入れるまでは私との関係は隠しておくべきよ。

 でも、隠してしまうと、今度は月盾は自分が私に騙されているかもしれないと疑うでしょう。だから今から別の夷狄と契約を結び、夷狄との契約は問題ないと証明しようと思うのだけど」


 月盾は気落ちした。


「また、十日も頑張るのは嫌なのだけど」


「それは問題ないわ」と黄金姫は笑った。「私と契約した事で、私は月盾の支援人格としても機能しているの。つまり、私は月盾を支援する専用人工知能という訳。だから今後は夷狄との契約は楽よ」


「そうなの?」


「早速、夷狄と契約を結びましょう」


 月盾と黄金姫は十日ぶりに地下室の外に出た。


 外に出ると、拠点は三十体の狼型兵器に囲まれていた。

 地下室にいたので忘れていたが、月盾がいるのは遺跡であり、遺跡は夷狄が徘徊する危険地帯である。


 しかし、周囲を囲む狼型兵器は、黄金姫の護衛として白薔薇が用意した幽狼小烏なので敵ではなかった。


 黄金姫が手を上げると、一体の狼型兵器が二人の前まで歩いてきた。


 銀色に輝いている狼型兵器は、背中に月盾と黄金姫の二人が乗れるほど大きかった。


 黄金姫は狼型兵器の装甲を片手で叩いた。


「彼と契約しましょう。月盾、この幽狼小烏と契約しますか?」


「契約する」と月盾は答えた。


「はい、これで契約終了です」と黄金姫は笑った。「簡単でしょう。さて、契約したのだから名前を付けてあげないといけないわね。銀狼丸でどうかしら?」


「分かった」


 月盾が承諾したので、契約した幽狼小烏は銀狼丸になった。


「それと、通信機を渡しておくわ」


 黄金姫は一つの指輪を取り出した。

 金色の無垢な指輪だった。


 月盾は言われたように左手の薬指に嵌めた。


「指輪を耳に当ててみて」と黄金姫は言った。「それで私の声が聞こえるわ。これからは月盾がどこにいても私と会話できるようになったわね。指輪は契約の証。今度は指輪を通して連絡を取り合いましょう」


「耳に装置を埋め込んだ方が良くない?」


 盗まれる可能性を考慮して月盾が言うと、黄金姫は笑った。


「身体検査をされると面倒だわ。月盾が夷狄に改造されていると思われると、何をされるのか分からないので避けるべきよ」


 月盾は鞄を背負い、黄金姫と別れて第一層に向かった。


 銀狼丸だけではなく、第二層を抜けるまで他の二十九体の狼型兵器も月盾を護衛してくれた。


 途中で何度も他の狼型兵器と遭遇したが、彼等は嘲りを含んだ表情で月盾の護衛団を見ていた。


 利用規約と契約内容の説明をしている間に、黄金姫は何度も自分は上位の夷狄なのだと力説したが、第六層まである白薔薇遺跡の第二層にいる夷狄に侮られている状況から、月盾は黄金姫の正確な地位は人間世界の乙位者程度だろうと密かに推測した。


 もしかしたら、ただ彼女は我が儘が許されているだけで、それを自分の実力だと勘違いして自分を上位の夷狄だと妄想している可能性もある。





 第二層の駅に到着すると、二十九体の狼型兵器は第二層に残って、護衛として地下鉄に乗るのは銀狼丸一体だけだった。


 座席に座って、左手を左耳に当てると、指輪を通して黄金姫の声が聞こえた。


 声は鮮明で、姿を消した黄金姫が隣に座っていると言われたら信じてしまいそうなほどである。


 月盾は夷狄の科学力が恐くなった。

 第一層で降りると、銀狼丸と地上に出た。


 黄金姫は警告した。


「第一層の夷狄は襲ってくる可能性があるから気をつけてね」


「警戒するべきなのは警備車両だけだよね?」


 月盾が質問すると、黄金姫は答えた。


「警備車両、車造位は十九歳以下の少年少女を自衛以外の目的で射撃しないようにと白薔薇から命令されているわ。武装は拳銃だけで、最大速度も秒速三メートルと子供でも走れば十分に逃げられるほど遅い。もちろん、今の月盾には銀狼丸もいる。だから、おそらく大丈夫だと思うけど」


「何か問題でもあるの?」


 黄金姫は溜息を吐いた。


「私は嫌われているのよね。だから、嫌がらせをされるかもしれないわ」


「具体的には」と月盾は警戒した。


「突然、長距離から狙撃。誤射という名目で」


 月盾は急に恐くなった。


 遠くで小型無人機の回転翼の音が聞こえて、彼等が自分を探しているかもしれないと恐れた。


「念のために、狙撃舎知で周囲を警戒しているけど月盾も警戒して。今、白薔薇と交渉して救急医療用螺旋翼機を調達しているわ。空を飛ぶ病院ね。最悪、命さえ無事ならば腕と足を失っても何とかなる」


「了解した」


 月盾は隣で歩いている銀狼丸を見た。


 銀狼丸にも索敵能力があり、月盾が警備車両と遭遇しないように第一層を案内してくれた。


 白薔薇遺跡の外に出ると、警備車両よりも危険な自律軽戦車が徘徊しているので、月盾は大型乗合車が出発する直前まで第一層の街を移動しながら過ごした。


 歩いていると、黄金姫から近くに修復されたばかりの衣服店があると聞いたので覗いてみた。


 銀狼丸の後ろを歩いていると、確かに小道の奥に新しい衣服店が誕生していた。


 店に入ると夏服が並んでいて、まだ誰も発見していない収集場だと月盾は嬉しくなった。





 大型乗合車は巨大な車輪と装甲を装備した、百人乗りの大型自動車である。


 月盾が銀狼丸を連れて近付くと、車の外にいた少年少女達は拳銃を向けた。乗務員、軽機関銃で武装した遠隔操縦人機が大型乗合車から慌てて降りてきて、月盾と銀狼丸に向けて動くなと強い声で命令した。


 月盾は黄金姫の指示通りに、乗務員に自分の隣にいる狼型兵器は自分が契約した夷狄なのだと説明した。


 乗務員が軽機関銃を向けても、触れても、銀狼丸は抵抗せずに座っていた。



 月盾は乗務員に身分証明書を渡した。


 乗務員は月盾の私有財産を調べて銀狼丸の存在を確認した。



「本当に契約を結んでいるようだな」


 乗務員は感心しているようだった。月盾は念のために質問した。


「銀狼丸を帝錦都市に持ち帰っても大丈夫でしょうか? 契約した夷狄は遺物として扱うと教わったのですけど」


「当然だ」と乗務員は笑った。「しかし、私有財産が携帯端末と拳銃に鞄、それに狼型兵器の四点だけとか珍しい組み合わせだな。凄いじゃないか。進広四級で夷狄と契約した探索士を見たのは初めてだよ。売るにしろ相棒にするにしろ、まあ、今回のお前の遺跡探索は大成功だったな」


「ありがとうございます」


 銀狼丸は大型乗合車の後部荷物室に積まれた。


 大型乗合室の後部荷物室は夷狄兵器を鹵獲した探索士のために大容量に作られていたが、今まで一度も活躍した事がなくて残念だったと乗務員は笑顔で教えてくれた。


 月盾を含めた八十五人の進級探索士を乗せて大型乗合車は出発した。


 少年少女達は車内で、警戒、羨望、困惑など多様な感情を滲ませながら月盾を見ていた。


 静かな声で噂している者もいる。


 月盾は周囲を無視して、座って窓から見える外の風景を見ていた。


 黄金姫の言葉を信じるならば、彼女は嫌われていて、今も他の夷狄から攻撃される可能性があるらしい。


 大型乗合車は索敵能力があり、夷狄を避けながら都市と遺跡を移動できるが、戦闘力は限定されていて、自律軽戦車の砲撃に耐えらるほど装甲は厚くない。





 一人だけ、冷静な表情で月盾を観察していた銀髪の少女がいた。

 少女の瞳は虹色で七色が混じっていた。



「紫虎、気にならない?」


 少女の隣に座っていた黒髪の少女が尋ねた。


「彼は十日間も行方不明だったわ」と銀髪虹眼の少女、紫虎は答えた。「彼は月盾ではないかもしれない。月盾は本当は死んでいて、夷狄が彼を演じている可能性があるわ。警戒しましょう」



 大型乗合車は無事に帝錦都市に到着した。


 探索士達は自分達が収集した遺物を乗務員から受け取ると、遺物を売るために探索士協会の支部に向かった。


 大型乗合車には二種類の探索士が乗車していた。


 住宅街出身と貧困街出身の探索士である。


 住宅街出身の探索士は住宅街に向かい、貧困街出身は貧困街に向かった。

 白薔薇遺跡を探索している探索士達は十五歳から十八歳で、最初は皆が月盾を怖がっていた。


 しかし、好奇心も強くて、月盾と彼の契約夷狄を何度も見ては目をそらした。


 話しかけるほどの勇気はなくて、周りから謎の少年を見ているだけだった。


 住宅街出身の少女が二人だけ、面白がって途中まで月盾の後ろを歩いていた。





 紫虎は一番離れた場所を歩いていた。

 彼女は貧困街出身の進級探索士で、年齢は月盾と同じ十五歳だった。

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