第7話 帝錦都市小建支部

 探索士協会とは探索士を統括して支援する機関である。

 世界中に支部があり、探索士協会帝錦都市小建支部、通称、小建支部もその一つだった。


 小建支部は遺跡から戻った探索士達で賑わっていた。


 帝錦都市は白薔薇遺跡を監視する目的で建てられたが、周辺にあるのは白薔薇遺跡だけではない。

 西には黒狼遺跡もあり、安価な遺物しか収集できない白薔薇遺跡とは異なって、高価な狼型兵器を自由に狩れる場所として人気があった。


 今日も小建支部では黒狼遺跡から帰還した探索士達が遺物を買取所に持ち込んでいた。

 夷狄の部品を鞄に詰めている者だけでなく、頭部のみを破壊した狼型兵器一体を押し車で運んでいる追級探索士も多い。





 しかし、月盾が小建支部に入ると室内は静かになった。


 探索士と契約を結んでいる夷狄は何度も見た記憶はあるが、狼型兵器の契約夷狄を見たのは初めてだからだ。


 同じ狼型兵器でも遺跡によって色が異なる。

 黒狼遺跡に現れる狼型兵器は黒で、白薔薇遺跡に現れる狼型兵器は銀である。


 探索士達は機体の色を見て、月盾が連れている狼型兵器は白薔薇遺跡の夷狄であると判断した。


 しかし、白薔薇遺跡で狼型兵器と遭遇した記録は大惨劇以降には数回しかなく、また狼型兵器は契約が不可能と思われている夷狄である。


 探索士達は笑顔を消して突撃銃を掴むと、少年と夷狄を警戒した。


 既に連絡を受けていた小建支部の職員は月盾を個室に案内した。





 月盾を椅子に座らせると、職員は尋ねた。


「進級探索士の月盾様、十日間も行方不明だったと聞いています。これまでの経緯を話して頂いても良いですか?」


 月盾の尋問を担当した小建支部の職員は二十五、六歳の女性で、彼女の後ろには突撃銃を装備した遠隔操縦人機が立っていた。


 女性職員は背広を着ていて、出会ったばかりの黄金姫と雰囲気が似ていた。


 自分が知りたい情報を得るためならば、拷問も殺害も厭わない冷酷な人物に思えた。


 月盾は左手に嵌めている指輪を耳に当てた。


「夷狄に襲われて監禁されていました。でも、今日の昼に解放されました。狼型兵器は解放された時に貰いました」


 黄金姫の指示通りに月盾は状況を説明した。

 しかし、残念ながら、月盾の話を聞いて女性職員は警戒した。



 実は、小建支部は事前に鱗蛇から報告を受けていた。


 遠隔操縦人機六体を動員して黄金姫を鹵獲しようとしたら反撃されて全滅した。

 鹵獲作戦では囮として小建の少年を利用したが、少年は進級探索士の月盾である、と。


 遠隔操縦人機を全滅させた黄金姫と姿を消して、それから十日間も誰も月盾を見た者はいなかった。


 小建支部は月盾は死亡したと判断していた。


 しかし、月盾は生きていて、しかも取り調べで月盾は黄金姫の名前を出さなかったのである。


 小建支部の女性職員は強く警戒した。彼は黄金姫と取引した可能性が高い。





 しかし、緊張した顔の月盾を見て、女性職員は誘導して情報を得るのを止めた。


 黄金姫は謎に満ちた夷狄で、正体は遺跡の主、白薔薇大阿飡であると噂されている。


 これまで敵対者を例外なく始末していたので危険とされているが、しかし契約を拒否した少年少女だけは見逃している。


 力があり余裕がある夷狄なのだ。



 白薔薇大阿飡、白薔薇遺跡の主である白薔薇女王が黄金姫の正体であり、帝錦都市の少年少女を利用して情報を得ようとしているのであれば、今は刺激しないのが賢明である。


 白薔薇遺跡は現在は非活発な遺跡に分類されているので、可能であれば、そのまま沈黙したままでいて欲しいのが探索士協会で働く職員達の本心だった。





 女性職員は情報を整理して、月盾に尋ねた。


「追級探索士の鱗蛇様からは、月盾様が黄金姫に殺害、あるいは誘拐された可能性が高いと報告を受けています。しかし無事で何よりです」


 黄金姫の名前が出た瞬間、月盾は露骨に動揺した。


「もしかして、月盾様の狼型兵器は黄金姫から貰いましたか?」と女性職員は背後にいるかもしれない黄金姫を意識しながら話した。「落ち着いてください、月盾様。警戒する必要はありません」


 月盾は警戒を露わに、女性職員に尋ねた。


「夷狄と取引したら探索士の資格を剥奪されると聞きました」


 月盾の言葉を聞いて、女性職員は彼が何を知りたいのかを理解した。背後にいるであろう黄金姫を安心させる。


 女性職員は微笑んだ。


「諜報行為防止法ですね。大丈夫ですよ。月盾様が夷狄の配下となり、人類と敵対する活動を行えば探索士の資格は剥奪されます。問題は諜報活動と破壊活動です。しかし、夷狄と会話したり駆け引きしたりする行為は禁じられてはいません。

 そして、夷狄と契約を結び彼等を配下にする行為は奨励されています。探索士は人民に奉仕する存在で、同時に夷狄から人民を守る存在でなくてはなりません。探索士の理念を守れば、月盾様は探索士を続ける事ができます」


「そうなのですか?」


 月盾の安堵した表情を確認して、女性職員は続けた。


「もちろんです。今回は月盾様に何があったのかを確認するために、こうして個室に案内させて頂きました。他意はありません。仮に月盾様が黄金姫と取引していても、月盾様が人類の味方であれば問題ありません」


「分かりました」


 月盾は笑顔になった。

 女性職員は月盾の瞳を覗き込んだ。


「それでは、もう少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 女性職員が確認したかったのは、月盾が夷狄の支配下にあるかどうか、そして黄金姫の正体と彼女の目的だった。


 少年は黄金姫と取引していても処罰されないと分かって安心したのだろう。

 女性職員の質問に関して何でも素直に答えた。


 女性職員は月盾が黄金姫と取引したのは確実だと確信した。


 しかし、確認したい二点、月盾と黄金姫の間で交わされた取引の内容と、彼女の正体と目的に関しては分からなかった。


 左手の指輪を頻繁に耳に当てているので、間違いなく今も彼女と通信しているのだろう。

 夷狄の目が近くにあると思い女性職員は緊張した。



「つまり、月盾様は黄金姫と交渉したのですね?」


 女性職員が確認すると、月盾は左手を耳に当てたまま慎重に答えた。


「はい、交渉しました。報酬として狼型兵器を貰いました」


「交渉内容に関しては?」


 月盾は話し相手をしたと言った。

 黄金姫は人間の友達を求めていて、自分は十日間だけ友達になったのだと説明した。


 探索士協会の常識から考えれば明らかに嘘である。


 女性職員は溜息を吐いた。


「黄金姫の正体に関して、何か分かりませんか?」


「夷狄だと思います」


「そうですね。彼女は夷狄です」と女性職員は笑った。「交渉内容を秘匿している件に関しては探索士の権利として法律で認められているので今回は不問にします。彼女と関わり行方不明になった探索士が大勢いますので、可能であれば黄金姫の正体と目的を知りたかったのですが残念です」


 月盾は申し訳なさそうな顔をした。女性職員は続けた。


「それでは、報告書には月盾様は人類の情報を求めている黄金姫と名乗る夷狄に尋問されて情報提供を行った。要求を断れば殺すと脅されて、しかも相手の求める情報は機密情報ではないので問題ないと判断した。そして、進級探索士が取得可能な情報と引き換えに狼型兵器を取得したと報告書には書いておきます」


「情報提供の取引は断りました」


 月盾が答えると、女性職員は怪訝な顔をした。女性職員は報告書に書くための表向きの経緯を創作して、創作した偽の経緯を月盾に説明したつもりだった。


しかし、素直な顔をした月盾は説明した。


「情報提供は人類への裏切りです。ぼくは人類を裏切っていません」


「もしかして、本当に黄金姫は情報提供を求めていたのですか?」


 女性職員が確認すると、月盾は動揺した。

 黄金姫との取引内容は情報に関するものだと女性職員は推測した。


「分かりました」


 女性職員は今回は警戒する案件ではないのかもしれないと思った。

 夷狄が少年少女を誘拐して人類の情報を得る事態は今まで何度も報告されているからだ。


 黄金姫の目的も情報収集だったのだろうか?


 しかし、それならば月盾が隠匿する理由も分からない。


 女性職員は判断を上に委ねる事にした。

 これ以上は現場の職員が判断する内容ではないと彼女は判断したのだ。



「それでは今後、もし黄金姫から接触があれば相談してください。可能な限り月盾様を守りたいと思います」


 女性職員が言うと、月盾は嬉しそうに笑った。


「ありがとうござます」





 事情聴取は終了した。


 残念にも、調査の必要があるという名目で銀狼丸は支部に取られてしまったが、月盾としては満足だった。


 遺物を売ると、月盾の予想よりも買取価格は低くて四千二百紅銭だった。


 ふと疑問に思って、もし手に入れた狼型兵器を販売すると何紅銭になるのか買取所の職員に尋ねた。


 職員は月盾が連れていた白薔薇遺跡の夷狄を思い浮かべながら、調べないと分からないがと前置きして、状態が良く、しかも契約夷狄なので四百万紅銭で買い取れるのではないかと答えた。


 月盾は銀狼丸の販売価格が予想以上に高額なので驚いた。





 小建支部を出ると、指輪から黄金姫の文句が聞こえてきた。


「よくもぜんぶ喋ってくれたわね」


 月盾は心外であるという顔をした。


「ぼくは全部、指示通りに言ったよね」


「顔に問題があるのよ顔に」と黄金姫は不機嫌だった。「私と契約を結んでいる事以外は全部露見してしまったわ。月盾、今後は絶対に賭け事をしたら駄目よ。月盾に私が求めていた秘密情報の内容を教えていなくて正解だったわ。もし依頼内容を悟られたら私も月盾も終わりだったわよ」


「それほど危険な情報なの?」


 月盾は警戒した。黄金姫は溜息を吐いた。


「さあ、分からないわ。今の人類にとっては、私が知りたい情報がどれほどの価値がある情報なのか分からないもの」


「夷狄にとっては重要な情報?」


 月盾が確認すると、黄金姫は肯定した。


「私はそう信じているわ」


「言っておくけど、ぼくは諜報活動には協力しないからね。絶対に」


 月盾は路地裏に家を作っていた。


 木版を重ねただけの家である。横になれるだけの狭い場所だった。


 中には毛布と置き電灯があるだけで、家具はない。


 月盾は水筒の水を飲んで薄い毛布を身体に巻き付けた。



 十日間、快適な場所で過ごしていたので、月盾は自分の家が粗末に感じた。


 しかし、以前に感じていたような惨めさは感じなかった。


 黄金姫と契約を結ぶのは大変だったが、同時に楽しかったと月盾は思った。


 食事は美味しくて、寝台は柔らかで快適だった。


 しかし、黄金姫と過ごした十日間が楽しくて幸福だったと月盾は思いたくなかった。

 契約のために自分は苦労したと思いたかったのだ。


 報酬には苦労が伴うべきであり、黄金姫と暮らした十日間は苦労に分類されるべきだった。


 報酬は務級探索士になる結果なのだ。





 朝になった。


 月盾は黄金姫から指示されて白薔薇遺跡に向かう予定だった。


 大型乗合車は朝八時に出発する。

 そして、朝七時から八時半までに、食料配給所で朝食用の麦焼と昼食用の弁当が配給される。


 食料配給所に行くと、これから遺跡に向かう進級探索士達が並んで食料を受け取っていた。


 月盾も並ぶと、既に朝食と弁当を受け取っていた黒髪の少女が隣に歩いてきた。

 



 彼女は紫虎の仲間だった。

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