第21話 小建支部の四季
探索士協会は登録者である探索士と、正規労働者である職員で構成されている。
探索士協会帝錦都市小建支部の職員である四季は、天織都市で大学院修士課程を中程度の成績で卒業した山位者だった。
そして、就職活動に失敗して、誰もが嫌がる最前線の帝錦都市で働く結果になった哀れな女性である。
しかも、就職して飛ばされた先は帝錦都市でも貧困街にある小建支部。
貧困街とは暴力団が支配する恐ろしい場所である。
二十四歳にして未来は閉ざされた。
同じ探索士協会に就職していながらも、天織都市の参謀本部で働く友人達が四季は恨めしかった。
探索士協会に就職している時点で負けなのに、探索士協会の中でも不遇とされる貧困街に配属されるなど悲劇である。
有名企業に就職して将来は錦位になる夢は露と消えた。
「希望を捨てないで。絶望して自殺しては駄目よ」
同窓の仲間達から見送られて、四季は大陸東部に出発した。
大型乗合車の窓からは涙を浮かべている父母が見える。
帝錦都市に到着すると、装甲車で分離壁の外に出て貧困街に向かった。
装甲車が必要になる場所なのかと四季は怯えたものである。
小建支部に到着すると、想像よりも綺麗な場所なので安心した。
支部の建物に入り、階段を上って支部長室に行くと、五十歳代前半の逞しい身体をした男性が笑顔で出迎えてくれた。
遠隔操縦人機が紅茶を淹れてくれたが不思議な味がして恐くなった。
昔、映画で、貧困街の暴力団が麻薬入りの紅茶を飲んでいる場面を見たからだ。
「よく来てくれた」
と支部長は上機嫌に言った。
「知っての通り、帝錦都市の前には女王が君臨する白薔薇遺跡がある。
人類が滅亡する時に、最初に死ぬのは間違いなく帝錦都市で働いている私達だ。
最前線で危険な場所だが、遣り甲斐だけは保証する。
波瀾万丈の人生を楽しみたまえ」
「分かりました。尽力します」
しかし、四季は事務仕事が中心だったので、尽力するほど難しい仕事も波瀾万丈の人生も訪れなかった。
友人達に貧困街の風景を知らせる写真や、生存を知らせる手紙を送りながら最初の一年目を過ごした。
白薔薇遺跡は大惨劇で有名なので、夷狄は狂暴で、頻繁に暴走して襲撃して来るものだと思っていた。
しかし、実際は穏やかで、むしろ狂暴なのは砂漠地帯の夷狄である。
小建支部を拠点にしている探索士が亡くなる場所は、白薔薇遺跡ではなく主に砂漠地帯だった。
また、小建支部に出入りしている多くは、死に慣れた熟練の探索士ではなくて、登録されたばかりの少年少女達であるのも意外だった。
戦闘経験などない無垢な子供達である。
冷静に考えれば当然だが、貧困街などに高度に訓練された兵士など存在しない。
毎日、十五歳の誕生日を迎えた子供が小建支部に来て探索士登録をする。
彼等は簡単な講習を聞いて防弾服を受け取ると、元気に白薔薇遺跡に向かう。
夕方になると、白薔薇遺跡から子供達が帰ってくる。
探索を終えた子供達に挨拶されると、倶楽部活動を終えて下校する生徒達を見送る学校の先生になった気分である。
貧困街で行事が催されると、進級探索士達は手伝いに駆り出されて、四季達は書類仕事に追われた。
半年ほどで、貧困街では暴力団と探索士協会が学校を担っていると四季は悟った。
座って字を読むのが嫌いな子供達に昇級のために勉強が必要だと教えるのが四季達の仕事で、彼等の成績を管理するのも探索士協会の仕事である。
目標は追求探索士であり、最低でも進広二級を目指して子供達に勉強させていた。
勉強を怠けているのが分かると、暴力団に電話して注意するのも四季達の仕事だった。
意外にも、小建支部にも山位者が多かった。
誰もが忘れているが、七色二十六階法は身分制度ではなくて学位制度である。
初等教育を卒業したら小乙中で、中等教育後期を卒業したら大乙下。
四年制大学入学試験に合格したら小山下となり、四年制大学を卒業したら小山中に昇位する。
通学している子供が小乙位で、労働している大人が大乙位、そして大学卒業者以上の高学歴者が山位である。
乙位は探索士などの非正規労働者、あるいは起業したり中小企業に就職したりする。
山位は大学で研究したり正規労働者として大企業に就職したりして、最終的には人民大会に出席できる錦位を目指す。
人間世界は自由と民主主義を重んじるので身分制度は存在しない。
山位や乙位、建位などの階位は身分ではなくて経歴評価である。
しかし、実際には高学歴者は自分達を上級人類だと勘違いしていて、肉体労働者である乙位とは関わろうとはしない。
ましてや、壁の外側で暮らしている建位など、映画の世界にしか存在しないと本当に信じているほどである。
だから、四季は小建支部で働いているのは乙位と建位だけで、山位者は自分だけだと思っていた。
しかし、実際には、大学で勉強に疲れて、貧困街で暮らしている貧賤への奉仕活動に逃げていたら、そのまま奉仕活動が好きになり探索士協会に就職する者は多い。
そして、小建支部は競争が嫌いな山位者の楽園になっていた。
貧困層と、恵まれない子供達への「福祉」が合い言葉である。
宇宙物理学を専攻していて、大学院まで卒業して、大山下の階位にまで昇位した四季には理解できない世界だった。
彼女の人生が転機を迎えたのは、二十七歳の夏である。
突然、同僚の七葉が慌てて四季に話しかけてきた。
「大変よ、四季。白薔薇女王に洗脳されたかもしれない少年が現れたの」
七葉は自分の人生が波瀾万丈であると信じたいために、どれほど小さな出来事でも大事件にしてしまう傾向があった。
四季は彼女の言葉を真剣に聞く気はなく、ただ付き合いとして返事をした。
「それは大変ね、何があったの?」
進級探索士が白薔薇遺跡で高価な遺物でも見つけたのだろうか?
四季が麦茶を飲みながら彼女の話を聞こうとしていると、支部長が休憩室に入ってきた。彼らしくもなく慌てた顔をしている。
「四季君、大変だよ。大事件だ」
貧困街で暴力団同士の抗争が起きて十人以上が死亡しても、雨が降った程度の反応しかしない支部長が大事件だと言ったので、四季は意識を切り替えた。
即座に人工知能に状況の報告をさせると、十日前に白薔薇遺跡で行方不明になっていた少年が、狼型兵器と契約して無事に戻ってきたと分かる。
写真と名前を確認すると、機巨組の鱗蛇から報告があった進級探索士の月盾だった。
黄金姫の鹵獲に利用されて、そのまま行方不明になった十五歳の少年である。
「ねえ、四季が何とかしてよ。大山者でしょう」
七葉が四季の肩を揺らした。
階位は関係ないだろうと思ったが、彼女に理屈は通用しないと分かっている。
「頼んで良いかな、四季君」
と支部長も言った。
「これほどの事件となると、宇宙物理学を学んだ君だけが頼りだ。
広大な宇宙を理解できるのだから、矮小な人間の子供を理解するなど簡単だろう」
小山位とはいえ児童心理学を専攻したお前が行けと言いたかったが、しかし四季は重要な事ほど自分の目で確認しなければ安心できない物理学者である。
問題の少年、月盾を個室に通して四季は自ら尋問する事にした。
写真で見た時も思ったが、月盾は幸が薄そうな少年だった。
等級は進広四級。
青と黒の進級探索服を着て、突撃銃すら持たない探索士の最底辺である。
他者の顔と名前を憶えるよりは、記号と数式を憶える方が得意な四季でも簡単に内面が分かるほど素朴な少年で、事情聴取の結果、月盾が黄金姫と取引したのは確実であると思った。
しかも、白薔薇遺跡の中心部に招かれて、衣食住と遺物で懐柔されたのも間違いない。
四季は月盾を解放すると、支部長に報告して、休憩室に戻った。
「きっと、白薔薇女王が人間を侵略する計画を立てているのだわ」
波瀾万丈な人生を求めていると日頃から口にしているが、実際に危険が迫ると四季に任せて逃げた七葉が力説した。
侵略しているのは人類側なので、七葉の発言に四季は心底呆れてしまった。
「判断できないわね」
と四季は麦茶を飲みながら資料を見た。
「ただ、上位の夷狄が関係しているのは間違いないと思うわ。
指輪型通信機で指示を受けていたけど、あの大きさでは周辺情報を取得する力はない。
あるいは限定されていると思うの。
となると、黄金姫は部屋の監視機器に侵入して状況を把握をしていたはずよ。
そして、先ほど調べたら夷狄に侵入された形跡はなかった。
支部内で通信機が使われた記録もない。
つまり、それができる相手なのよ」
七葉は怖がった。
「それは今も白薔薇女王が私達を見ているという事なの?」
「それができるという事よ」
と四季は慎重に答えた。
「黄金姫が白薔薇女王である可能性は低くはないわ」
黄金姫と出会った探索士は多く、黄金姫と出会い生き延びた探索士も多い。
黄金姫は目撃した瞬間に逃げれば助かる夷狄として知られていた。
しかし、黄金姫と取引したと疑われる探索士は行方不明になり、また行方不明になった探索士で無事に帝錦都市に帰還した者は今までいなかった。
だから、黄金姫と十日間も過ごして、無事に戻ってきた月盾は貴重な存在だった。
「月盾探索士は大丈夫かしら」
七葉は心配そうに言った。
四季は肩を竦めた。
「大丈夫ではないわ。
私の予想では三日で行方不明になるわね。
黄金姫の目的が何であれ情報を奪われる危険を放置しておく理由がないもの。
今、月盾を殺されたら、私達は黄金姫を調べる手段を失う。
だから、白薔薇遺跡の奥で生活していた月盾を黄金姫が見逃すとは思えない」
しかし、月盾は行方不明にはならなかった。
探索活動も順調で、裏路地ではなく探索士用宿で暮らすようになった。
火村突撃銃を手に入れて、狼型兵器を騎乗用獣機に改造して等級も上がり進大四級である。
また、黄金姫にも変化があった。
黄金姫は白薔薇遺跡から完全に姿を消した。
月盾が愛国同盟に襲われた事件を調べた結果、黄金姫と取引した探索士が行方不明になるのは、黄金姫に殺されたからではなくて、愛国同盟による犯行である可能性が高くなった。
情報を集めた結果として、愛国同盟が黄金姫と取引していた探索士を反人類勢力として殺していたと四季個人は確信していた。
話を聞くと、敵と仲良くする者は敵だと答えた。
白薔薇遺跡に純銀姫、青銅姫、英雄姫の三姉妹が現れた結果として、黄金姫は過去の存在となった。
しかし、四季だけは黄金姫を忘れていなかった。
両親が死んでいて、暴力団にも所属していないのに、月盾は不気味なほど健全に成長していた。
左手には今でも金の指輪を嵌めている。
四季には、月盾と黄金姫の関係が続いていて、黄金姫が月盾を育てていると思われた。
「ぼくは務級探索士に昇級して壁の内側で暮らします」
月盾の担当になった四季は、経過報告の途中で彼の夢を何度も聞いた。
しかし、務級探索士を目指している月盾を四季は素直な気持ちで応援していた。
自分も月盾と似た少女時代を過ごしていて、錦位者を目指して勉強していたからだ。
山位と建位だが、四季と月盾には似た部分があった。
だから、黄金姫の問題など不安はあるが、自然と月盾が好きになったのである。
月盾が無事に進広三級昇級試験に合格したと聞いて、四季は喜んだ。
「ようやく、進広三級ね。先は長いけど順調と判断しても良いでしょう」
小建支部の地下には大衆食堂があって、四季は月盾と食事をしながら言った。
経過報告を兼ねて毎週、月曜日には月盾と二人で夕食を取るようにしていた。
月盾は餃子定食を食べながら尋ねた。
「務級探索士になるために何が一番の障害になりそうですか?」
四季は即答した。
「数学。微分積分に確率、線形代数」
中等教育後期で、同級生が数学が理由で受験勉強に挫折して、それで乙位者に留まっている姿を見てきた四季は断言した。
「分かりました。やはり数学が強敵なのですね」
月盾は不安な声で言った。
四季は微笑んだ。
「数学が難しいのは継続が難しいからよ。
語学は、たとえ古語でも、まあ文章を書いたり読んだりするために何かしら貢献すると思うでしょう。
でも、宇宙が波動で理解できると知らない初学者には、三角関数とか馬鹿馬鹿しくて勉強できない。
だから、後回しにして駄目になるのよ」
「肝に銘じておきます」
正直、今のまま月盾が勉強を続ければ務級探索士になるのは簡単だと思った。
何度か学力検査を受けて貰ったが、彼の学習速度ならば、務広四級試験で必要となる語学力と数学力の習得は三年で可能だと四季は予測していた。
しかし、四季は月盾の成長速度は黄金姫に依存していると理解していた。
間違いなく、月盾の背後には学習計画を立てる支援人格が存在している。
月盾が優秀なのは、月盾が支援人格を信頼して素直に計画に従い勉強しているからだった。
四季は黄金姫との取引内容を知りたかった。
今、黄金姫が月盾の夢に協力しているのは間違いなかった。
しかし、今後も続くとは限らない。黄金姫が唐突に月盾を捨てる可能性も十分にあった。
とはいえ、慎重に考えた結果として、四季は、月盾に黄金姫について尋ねるのは危険であると判断していた。
取引内容によっては、四季が黄金姫の目的を探った瞬間に月盾が殺される可能性もあるからだった。
だから、今は月盾の背後にいる黄金姫を刺激しないようにしていた。
最後に黄金姫に裏切られたとしても、裏切られた瞬間に月盾を助ければ良かった。
試験会場で長距離射撃を成功させた話を振ると、月盾は素直に喜んだ。
今、彼は未来が閉ざされた少年ではなかった。
彼は希望に溢れていた。
黄金姫が邪な目的で月盾を利用していたとしても、四季は黄金姫に感謝していた。
労働者階級は資本家に搾取されて豊かになった歴史を思い出した。
本質は関係と結果で決まる。
今は、むしろ黄金姫が消える事を心配していた。
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