白薔薇女王、終末世界の黄金姫

紅葉に燃える景色

第1話 遺跡探索士の月盾

第一話 遺跡探索士の月盾


 重量二十トンほどの自律軽戦車による砲撃で木が砕けた。四枚の回転翼により飛行する小型無人機が枝の間を飛んでいる。


 月盾げつじゅんは再び砲撃されないように、木の根元に隠れて身体を屈めた。


 彼は貧困街出身の十五歳で、軍事訓練を受けた経験もなく、青と黒の防弾服を着ただけの普通の少年だった。


 恐怖で震えながら拳銃を抱きしめる。


 自律軽戦車が通り過ぎるのを息を潜めて待った。


 突然、目の前に小型無人機が現れた。小型無人機は蜥蜴が両手両足を広げて、手足の先に回転翼を付けた姿をしている。

 胴体は艶消しの銀色に塗装されていた。


 頭部には撮影機がある。


 月盾は恐怖で頭の中が白くなり、思わず拳銃を向けようとした。


 しかし、攻撃したら反撃されると聞いたのを思い出した。


 月盾は目を瞑って動かなかった。自衛のために行動して自衛になるのは、相手を殺せる力がある場合だけだと理解していた。




 遭遇した自律機械兵器の一群は作戦行動中だったのだろうか、あるいは月盾を脅威ではないと判断したのかもしれない。


 小型無人機は回転翼を唸らせながら上昇して、月盾の前から姿を消した。無限軌道が落ちた小枝を砕く音が、隠れていた木の根元から徐々に遠ざかるのが分かる。


 自律軽戦車は月盾を無視して、四機の小型無人機を連れて森の奥に消えてしまった。


 深呼吸して、消えた自律軽戦車の姿を月盾は思い出した。


 車体は緑と茶色の迷彩色に塗装されていて、八五ミリの主砲は槍のように前方に伸びていた。


 自律軽戦車は軽戦車なので多脚戦車と比べたら小型で可愛いと聞いていたが、実物を見ると身体が震えるほど大きかった。



 季節は初夏、森は緑に包まれていた。



「絶対に帰らない。遺物を手に入れるまでは絶対に」


 月盾は呟くと、森を歩き出した。


 今度は待機中の自律軽戦車と出会わないように、慎重に周囲を警戒しながら目的地まで進む。


 森を抜けると、高さ十メートル以上になる灰色の壁が正面を塞いでいた。


 城壁は所々が破損していて、崩れた場所から登って内側に侵入する事ができる。瓦礫の山を乗り越えて、月盾は壁を越えた。



 壁の向こう側には都市が存在していた。


 しかし、荒れ果てて廃墟と呼ぶのが相応しかった。


 住宅は樹木に覆われて、道路には亀裂があり、亀裂からは草が生えている。


 崩れて室内が露わになっている集合住宅もあれば、屋根が落ちて潰れた一軒家もある。


 陥没して上から線路が見えている地下鉄では電車が停車したまま錆びて朽ちていた。


 鼠だけでなく鹿まで道を歩いている。公園は森になっている。



 しかし、同時に、最近になり修復されたと思われる建物も存在していた。風雨で荒れた住宅地を歩いていると、突然、今でも人が暮らしているように見える住居や、まだ商売を続けているかのように思える衣服店や食器店が見つかる時がある。


 都市は死んでいるように見えるだけで本当は死んでいなかった。


 整備機械が今でも生きていて、都市を修復し続けているのである。


 踏切を渡ると、舗装されたばかりの道路が見つかる。さらに歩き続けると大型商業施設がある。


 天井が崩れて電源も落ちているが、中に入ると商品が並んでいる店が一区画だけ見つかる。


 そして、無限軌道の音。


 都市を守るために城壁内では警備車両が徘徊している。





 回転翼の音は聞こえなかった。


 しかし、油断はできない。廃墟内でも小型無人機が違法な侵入者を監視している。


 月盾は都市を奥に進んだ。高値で売れる物がないかと、修復された住居を見つけて侵入した。


 玄関には傘と靴、階段の隣にある廊下を進むと、衣装箪笥がある寝室が見つかった。衣装箪笥を開けると新品の服が並んでいる。


 家具も衣服も存在していたが人が暮らしていた形跡はない。




 月盾がいるのは遺跡、二千年前に滅びた地球文明の幽霊都市である。



 二十一世紀、宇宙開発は活発になり、人類は宇宙都市を建造して生存圏を太陽系全域に広げた。


 しかし、革新を憎み、地球文明の保守を求めて過激な行動を繰り返す地球人類と、彼等を嫌悪する宇宙人類の間で戦争が起きた。


 結果、地球文明は熱核攻撃で壊滅して地球人類は滅亡した。


 熱核兵器は一年以上も降り続けて、自律殺戮兵器が世界を覆った。




 都市は破壊されて森は焼けた。自律兵器が百年以上も地上を徘徊して、最後の一人まで地球人類を殺した。


 地球人類は滅亡した。


 しかし、地球人類は滅亡しても、地球を守護していた人工知能は生き延びた。



 地球を防衛していた人工知能は地球人類が滅亡しても密かに活動を続けていて、宇宙人類が地球を忘れると決起した。


 彼等は宇宙人類の自律兵器を破壊して、地球人類のために都市と軍隊を再建した。



 宇宙人類が存在を忘れている間に地球は再び地球文明で覆われた。


 都市と動植物に満ちた新たな地球。ただ人間だけが存在しなかった。



 整備機械が幽霊都市を保守して、森林の手入れをする。牧場では家畜が楽しげに草を食んでいる。





 再び地球が宇宙人類の関心になったのは百年前である。


 二千年の間、地球文明の復活を阻止する目的で地球への移住は禁止されていた。


 地球とは人類の出身惑星であると歴史だけが記憶されていた。


 しかし、迫害された宇宙人類の一団が新たな故郷を求めて地球への植民を開始したのである。


 当時、宇宙人類にとっては地球は敵性人工知能が活動している危険地帯だった。


 実際、宇宙移民船から地上に降りた宇宙人類移民団は、地球文明を防衛している機械兵器に襲われた。



 機械兵器は強力だった。


 しかし、反撃は小規模で、宇宙人類移民団は地上に拠点を建設できた。


 城郭都市を建てると、宇宙人類移民団は社会民主主義国家「紅」を建国した。


 そして、植民戦争を開始すると、植民地を列島、半島、そして大陸東部に拡大させた。






 月盾は水筒の水を飲み、草と蔦で覆われた廃墟を進んだ。


 彼が装備していたのは機械兵器を倒すには威力が不足している拳銃と、最低限の防御力しかない防弾服、それに擦り切れた古い背負い鞄だけだった。


 自動小銃も強化服もなく、月盾は宇宙人類に敵対する機械兵器が徘徊する場所を一人で歩いていた。


 警備車両が道路を進む時に立てる、無限軌道が石を踏む音が近くで聞こえる。


 月盾は怯えながら街を進む。


 廃墟は安全が保証されている場所ではなかった。


 危険だと月盾も理解していた。


 しかし、豊かな生活を求めて月盾は幽霊都市で高価な遺物を探しているのだった。


 月盾は貧困から抜け出して豊かな生活を手に入れたいのである。





 再び回転翼の音が聞こえてきた。


 月盾は近くにある建物に隠れた。



 小型無人機にしろ警備車両にしろ、廃墟で動いている機械は宇宙人類から地球文明を守る目的で活動している防衛力である。


 彼ら機械兵器は地球文明権力の統治下にあり、地球都市に侵入する宇宙人類を排除する役割を担っていた。


 宇宙人類移民団は地球文明が遺した機械兵器と、機械兵器を操縦している人工知能群を「夷狄いてき」と名付けた。


 夷狄は危険な相手だった。


 自律軽戦車だけでなく、警備車両ですら月盾が倒せる相手ではない。


 そして、遺跡には他にも恐ろしい夷狄が存在していた。


 狼型兵器と呼ばれる夷狄に発見されたならば、月盾の人生はその瞬間に終わる。





 音が聞こえなくなるまで隠れていた。


 月盾の目に涙が滲んだ。恐ろしくて、ゆるされるならば直ぐにでも幽霊都市から逃げ出したかった。


 しかし、同時に、彼には絶対に遺物を持ち帰るという強い意志があった。


 月盾は貧困街で暮らしていて、家族もいなければ組織にも所属していなかった。


 育ててくれる父母はおらず、利用価値すらないと侮られながら生きてきた。


 しかし、月盾は人生を諦めていなかった。彼は自分の惨めな人生を変えたいと強く願っていた。


 月盾は探索士である。等級は進級だった。


 進級探索士から務級探索士に昇級して、貧困街から抜け出して、植民者が暮らす城郭都市を囲む分離壁の内側で暮らすのが彼の夢だった。


 そして、月盾は探索士となり、夷狄が支配する地球文明を探索していたのである。





 日が暮れてきた。携帯端末で時間を確認すると、十六時である。


 幽霊都市と貧困街を往復する大型乗合車が出発するまで後二時間だった。


 背負い鞄には衣服や小物など、十分な量の遺物が集まっていた。


 幽霊都市は滅亡した地球人類の遺跡なので、人工知能と整備機械により都市機能が復活していても「遺跡」と呼ばれていた。


 そして、地球文明により建造された幽霊都市での発掘物と、装甲や演算装置などの夷狄の部品は、地球人類の遺物と解釈できるので「遺物」と呼称されている。



 遺跡探索は今回で三回目、前回よりは高額で販売できそうな遺物が集まったと月盾は安心していた。


 回転翼音がしないのを確認して慎重に物陰から外に出た。






 物陰から出て、月盾は南の方角を見る。


 高い城壁があり、城壁の向こうには摩天楼が密集している壮大な景色が見えた。



 現在、月盾は白薔薇遺跡の第一層にいる。




 白薔薇遺跡は宇宙人類移民団が遭遇した中でも最大規模の遺跡である。


 山と海に囲まれている広大な幽霊都市で、外縁部の第一層から中心部の第六層までは三百キロ以上も距離がある。


 遺跡と一括りにされていても性質は様々で、自衛に徹して遺跡内から夷狄が外に出ない防衛型の遺跡もあれば、逆に人間が接近するだけで軍団を出撃させて、積極的に宇宙人類を殺そうとする攻撃型の遺跡もあった。


 白薔薇遺跡は防衛型の遺跡で、夷狄が勢力圏の外に出る事は滅多にない。




 しかし、白薔薇遺跡は防衛型であっても愚鈍ではなかった。



 七十四年前、武紫都市から出撃した大規模攻撃隊が城壁を突破して第四層に突入すると、それまで防衛に徹していた白薔薇遺跡は突然、反撃を開始した。


 夷狄が遺跡から溢れた。夷狄は移民団が侵略拠点として建造した帝乙基地を破壊すると、北に進軍して武紫都市を蹂躙、さらに山脈を南に越えて半島まで進撃した。移民団は抗戦したが、夷狄の皇帝、白薔薇大阿飡しろばらだいあさんの軍団を前に全戦力の八割以上を失った。


 列縫都市を突破されて、首都、天織都市がある列島中心部にまで侵入された。


 天織都市への破壊は二十日間も続き、反撃開始から一年後に白薔薇大阿飡は大陸東部に帰った。




 大惨劇。




 移民団の生き残りは恐怖を抱いて、現在も白薔薇遺跡を攻撃する行為は憲法で禁じられている。





「第六層まで行けたら、高額な遺物が手に入る」


 摩天楼を見ながら、月盾は漠然と思った。そして、自分が思った妄想に恐怖を抱いて震えたのだった。


 現在、探索士は白薔薇大阿飡が放棄していると思われる第一層でだけ遺物収集が許されていた。


 第一層を徘徊している夷狄は、小型無人機に警備車両、破壊活動が起きた場合にだけ現れる武装軽螺旋翼機の三種だけで比較的安全である。



 しかし、遺跡を奥に進み第二層、第三層に到達すれば危険度は跳ね上がる。


 第二層を防衛している狼型兵器は拳銃弾だけでなく突撃銃の中間弾をも防ぐ装甲を備えていて、第三層を守る多脚戦車なら月盾が暮らしている貧困街全体を焼却できる。


 第二層に足を踏み入れた瞬間に月盾は殺されるだろう。





 第一層から徒歩二十分の場所に停留所がある。


 摩天楼を名残惜しそうに見て、月盾は遺物が詰まった鞄を背負い歩き出した。


 収集した今日の遺物を売れば、販売額は四千紅銭ほどになるだろう。


 紅銭こうせんは政府が発行している人類勢力の通貨で、評議会の富貴だろうと貧困街で暮らす貧賤だろうと一紅銭は一紅銭の価値で支払いに使用できる。



 置き時計を一個見つけたので、今日は販売価格が六千紅銭を超えるかもしれない。


 六千紅銭は運動靴を一足購入できる金額である。背負い鞄の確かな重さを感じて、月盾は心を弾ませながら城壁の外に向かった。





 そして、道を曲がった瞬間、月盾は少女人形と出会った。少女人形の周りでは美しい金色の蝶が飛んでいた。



「初めまして、私は黄金姫おうごんひめよ。話を聞いてくれないかしら」



 月盾は身構えた。


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